要塞の片鱗
「君たちはここで待ってるんだ!」
「何だよ今の!!」
狩人の能力で加速した工藤さんが十字路に向かって疾駆し、ほぼ同時に俺も民家の屋根めがけて跳躍した。
「ちょ!? 誰がアタシを守るのよ!!」
下でナオの騒ぐ声が聞こえるけど仕方がない。どうしても確認したかった、さっき十字路を横切った存在をもう一度見たかったんだ。
屋根に固定されたアンテナに身体を預け、目を皿にして生き物を探す。
塀に隠れて全体像は見えないけど、直ぐに猛スピードで動く存在は確認できた。
「あれは……何なんだ?」
肌の色は人間と似ているのだが、容姿は地上のどの生き物とも違っている。
分からない。あんな生き物は見たことがない。あえて似ている生き物を挙げるとすればゴリラだ。四足歩行で器用に走る様はゴリラ以外に思いつかない。
だけどサイズが異常だ。ブロック塀の高さは俺の身長と同じ百七十センチくらいあった。それだけの高さがあるのに、あの生き物の上半身は塀より頭一つ分は高い位置にある。
少しでも情報を得ようと凝視し続けていた時、視線の先のデカブツがブロック塀を軽々と破壊し、その先にあった物を右手で掴み取ったのが見えた。
それを掲げながら振り返ったのを確認した瞬間、俺は無意識に工藤さんへ身体を向ける。
「工藤さん危ねえッ!!」
工藤さんが今何処にいるかなんて知らない。だけど、アイツは工藤さんが向かう場所を狙っているのだと確信できた。
「何をっ!? 待ってろと言っ――」
それは工藤さんが十字路から身体を出したタイミングだった。
俺に向けて怒鳴り声を上げたと同時に、工藤さんが立っていた場所が吹き飛ぶ。
怒声は瞬きよりも速く消え、飛び散るコンクリートブロックに合わせて身体が反対側の塀を突き抜けるのが見えた。
「工藤さん!?」
目の前で何が起きたかなんて気にしている場合じゃない。
俺は慌ててブロック塀の砕け散った地上へ跳躍する。
そこには理解し難い光景が広がっていた。
「なに! 何なの! 一体何が起きたのよ!」
駆け寄るナオにかける言葉もなく立ち尽くす。
そこには、ブロック塀に守られていたはずの民家が大きな口を開けるように破壊され、室内に歪な形をした大型バイクが転がっている。
そして、転がるバイクの手前には、力なく倒れ込む工藤さんの姿があった。
「工藤ちゃん!?」
ナオが身体を抱き起こし揺さぶっても工藤さんの反応がない。
殺しても死ななそうな人なのに、ピクリともしない様子から嫌でも最悪のケースが意識を埋め尽くしていく。
「……うっ……ん……」
「大丈夫ですか!!」
反応があった。急いで駆け寄って声をかける。
ナオの膝に頭を乗せた工藤さんがゆっくりと目を開く。そのまま静かに周囲へ視線を向けると、安心したように目を細めて大き聞く息をはいた。
「女子高生の膝枕って心地良いんだねえ……」
「……はあ?」
意識を取り戻した一言目は、とても欲にまみれたものだった。
それから直ぐに立ち上がると、ついさっきまで気絶していたのが嘘のように軽快な足取りで吹き飛んだ小銃を回収して辺りを見渡す。
「何が起きたんだい?」
「あの化け物? がバイクをぶん投げて吹き飛ばされたんです」
「なるほどね」
自分でも何を言っているのかって感じだが、工藤さんは分かってくれたようだ。
この世界に大型バイクを片手で持ち上げて投げられる生物が存在するわけがない。だけど俺は何一つとして偽ってはいないんだ。
「さてと一旦戻ろう。これ以上の追跡は危険すぎるからね」
「え? あ、はい」
「ちょっと待ってよ! あの女の子はどうするの!」
俺は追跡をせずに帰ることを選んだ工藤さんに賛同したけど、ナオは雨合羽の女の子が心配らしく待ったの声をあげた。
「あの子は救えない。少なくとも今の僕たちじゃ何も出来ないさ」
「そんな……子供なのよ!? なんとかしなきゃでしょ!」
小銃を担ぎ直して歩き始めた工藤さんの後を追いながら、ナオが納得がいかないと抗議を続ける。
足を止めて振り返った工藤さんの表情は真顔そのもの。笑みを浮かべない姿は久しぶりに見た気がする。
「最初に言ったよね。僕の指示には従ってもらう」
「指示が間違ってるって言ってんの!」
「ナオ! 止めとけ!」
食って掛かるナオを羽交い締めにして無理やりに止める。
俺は見てしまった。あの得体のしれない化け物を見てしまったんだ。あんな生き物に関わったら命がいくつあっても足りない。
「佐々木君の考えは分かるよ。あの子を救うためにも今は撤退するんだ」
「でも手遅れになったら!」
「追えば僕たちは殺される。それほど危険な相手なんだよ」
「俺も同じ意見だ。見たから分かる。アレはマジでヤバいんだよ!」
危険かどうか、という次元の話じゃない。素直な気持ちを言えば、雨合羽の女の子を見捨ててしまいたいくらいなんだ。
「……分かった」
渋々《しぶしぶ》といった様子で頷いたナオに胸を撫で下ろす。これ以上話がこじれることは無さそうで良かった。
足早にパトカーに乗り込み、警察署に向かって運転する途中、工藤さんがおもむろに取り出したスマートフォンを耳に当てる。
「熊の正体は要塞でした。基地に戻りますので、離陸準備と報告をお願いします。それと、外出禁止令を要請するよう伝えて下さい」
それだけ伝えて通話を切るとスマートフォンを仕舞ってハンドルを握り直した。
「要塞って?」
「まさか特殊感染者の事ですか?」
「教えてなかったかな? 要塞は特殊感染者の中で最も危険な能力だよ。破壊する為に存在する能力だと言っても過言じゃないね」
能力にはまだ種類があったらしい。そして予想していた通りにヤバそうなものだった。
車内に重たいに沈黙が流れる。もっと詳しく聞きたい気持ちがあるのに、実際に能力の片鱗を目の当たりにしていると深く尋ねるのが怖かった。
俺たちの能力だって十分に化け物染みている。それだけの能力を持ってしても殺されると言い切ってしまうほどに強力な能力。
直に目撃したからこそ、それが誇張じゃないと分かる。
「急いで帰らないとね……仕事が山積みだ……」
バックミラーに映る工藤さんは子供みたいに屈託のない笑みを浮かべている。
独り言を呟く姿は何処か今の状況を楽しんでいるようにも見えた。




