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理不尽な決まりごと

「ふう、こんなもんか」


 生ゴミが詰まった袋を放り投げて背伸びをする。

 工藤さんの度重なる嘘で押し切った後、いざ脱出だと思いきや正面入口前にバリケードが築《きず》かれていて撤去《てっきょ》する必要があった。

 そりゃ確かに薄いガラスの自動ドアなんて直ぐに突破されるだろうから納得なんだが、陳列棚《ちんれつだな》やらゴミ袋やらが大量に積まれていて一苦労どころじゃない。しかも生存者を近付けるのは危険だからと言う理由で撤去作業は俺一人で行った。

 その間、工藤さんは生存者の健康状態や氏名と住所などを確認しているらしい。

 

「それにしても……この光景は圧巻だな」


 一時間近くかけて撤去したバリケードの先には、一切のズレすら許されない規則正しさで整列する感染者たちが見える。

 左右に別れてまるでモーセの海割りを彷彿《ほうふつ》とさせる感染者たちの間にはトラック一台程度の幅の道が空いており、輸送機までの約百メートルある距離の丁度中間あたりでナオが仁王立《におうだ》ちしている。

 暇なら手伝ってほしいのだが生憎《あいにく》と自動ドアを開ける鍵《かぎ》がない。っていうか、俺がバリケードを撤去している間ずっと仁王立ちとか何を考えているんだ。

 よく分からないけど撤去が終わったので工藤さんへ報告に向かう。

 

「撤去できました。通っても問題ないと思います」

「ありがとう。無線で伝えてくれて良かったのに」

「え? あ、そうですよね。まだ慣れてなくて」


 言われてみれば無線があったんだ。カラカラと笑う工藤さんに言われるまで忘れていた。

 

「疲れたかい?」

「いえ特には」

「便利な能力だろう?」

「――ッ!」


 俺の肩に手を置きながらすれ違い際《ぎわ》に耳打ちされる。

 これも能力なのか。確かに一時間荷物を運び続けたはずなのに肉体的疲労を感じない。てっきり軽い物ばかり運んでいたからだと思っていた。

 待てよ? ゴミ袋ならいざ知らず、陳列棚が軽いなんて事があるか? ペットボトル程度の重さ、ほんの三キロくらいの物を運んでいる気分だったけど、常識的に考えてそんな事あるはずが無い。

 我ながら気づけよって思うくらいの間抜けっぷりだ。身体能力の向上が俺の能力ってことは腕力《わんりょく》が向上しているってことなのだろう。

 

「皆さん、一列に並び前の人の両肩に手を置いてください。ムカデ競争と同じです」


 工藤さんの指示に従って生存者たちが並ぶ。俺はやったことがないけれど、運動会のムカデ競争ってこういう感じなのか。


「あ、伊藤さんたちは後で私がお連れしますので、ここでお待ち下さい」

「そうですか? わざわざすみませんねえ……」


 並んでいた老夫婦を列から外して地面に座らせる。見た感じかなり高齢《こうれい》の夫婦みたいだし、若い人たちと一緒に進ませるより個別に運んだほうが間違いなく安全だろう。


「工藤さん、俺がお婆《ばあ》ちゃんたちを運びましょうか? そのほうが早いですし」

「いや、僕が運ぶよ。遠藤君は正面入口の近くで異変がないか警戒《けいかい》をしてくれるかな」

「分かりました」


 俺の提案をやんわりと断ると列を先導して入口へと進み始めた。

 最後尾の少し後ろを歩きながら、果たして輸送機まで無事に辿《たど》り着けるだろうか、という疑問が湧《わ》いてくる。

 俺たちは襲《おそ》われる危険が一切無いから不安すら感じないけど、生存者にとっては生きた心地がしない狂気の行進になることは必至だ。


「この道を通り輸送機に向かいます。五分待ちますので、それまでに慣れてください」


 そう言われた生存者たちは悲鳴すらあげずに硬直している。

 恐怖や本当に操れているという事実とか様々な思いが渦巻《うずま》いていると想像がつくけど、間違いなく五分で慣れるのは無理だ。俺が生存者側だったら一週間見続けたって慣れる気がしないし、歩くなんて考えたくもない。

 それでも助かる為には進むしかなく、そのために用意された猶予《ゆうよ》も一瞬で過ぎ去った。


「それでは鍵を開けます。外に出たら絶対に声を出さないように。耐えられそうにない時は前の人の足元を見ながら進んでください」


 恐怖を和らげるアドバイスをしながら工藤さんが屈《かが》んで鍵穴へ鍵を差し込んで回せば解錠《かいじょう》を伝える音が小さく聞こえる。そしてそのまま自動ドアの隙間《すきま》に指を当ててこじ開けた。

 冷ややかな空気が足元を撫《な》でるのと一緒に呻《うめ》き声が聞こえる。整列している感染者は口を紡《つむ》いでいるようだが、能力が届いていないのか遠くの感染者たちは変わらずの前進を続けているようだ。

 そんな状況下でついに先頭の工藤さんに続いて生存者たちが進み始めた。


「何も起こらないでくれよ」


 指示された通り周囲に目を配らせる。怪しい点に気づいたら直ぐ報告できるよう無線の送信ボタンへ常に触れておく。

 生存者は例外なく全員が両腕を震《ふる》わせていた。懸命に恐怖と声を抑え込んでいるんだ。あんな姿を見せられたら必ず助けなくちゃいけないという使命感が湧いてくる。

 歩みは順調、ナオの立っている中間地点を通り過ぎて着実に輸送機へ近づいている。

 この調子なら問題なく辿り着けると確信した時、視界の端《はし》に捉えた箇所に違和感を覚えた。その違和感の正体には直ぐ気づき、慌てて無線で状況を伝える。


「感染者の一部が集団を掻《か》き分けながら生存者へ近づいてます!」


 スーパーから離れている分、感染者たちの間隔が緩《ゆる》いのか少しずつ近づいて行っている。


『どの辺りだ? 生存者との距離は?』

「え~……方向はスーパーから見て生存者の左前方。距離は二十メートル? くらいです」

『私が対処する』


 逸早《いちはや》く返事をしてくれた五十嵐さんが頼もしく言い放つ。

 そして、ものの数秒で動いていた集団の動きがピタリと止まってしまった。


『止まったか?』

「はい。止まりました」

『引き続き警戒を怠《おこた》るな』


 何という早業。あれがナオと五十嵐さんが持つという感染者を操る能力か。

 それにしても適切で迅速な対応。態度や発言の一つ一つが辛辣だとか問題点はあるけれど、やっぱりリーダーは五十嵐さんがやったほういいんじゃないだろうか。

 再びそうやって考えてしまう程に今日だけで工藤さんの評価が落ちたというか……認識がガラリと変わってしまった。


「無事に着いたか」


 輸送機に乗り込んでいく生存者を眺めながら胸を撫で下ろす。もうここまで来れば余程のアクシデントが起きない限り脱出できるだろう。

 後は店内に残っている老夫婦《ろうふうふ》を運んでお終いだ。


「さっきは報告してくれてありがとう。本当に助かったよ」

「何事もなくて良かったです」


 戻ってきた工藤さんと言葉をかわす。


「後は僕がやるから、遠藤君は輸送機に乗ってていいよ」

「はい」


 店内へ入っていく工藤さんを見送って指示通り輸送機へ戻ろう……としたのだが、そこまで急ぐ必要も無いだろうし、さっきみたいなアクシデントが無いとも限らないから残ることにした。

 けれどいくら待っても工藤さんが来ない。十分たっても来ないものだから何かあったのかと確認しに行こうとした時、ようやく工藤さんが現れた。

 だけど変だ、老夫婦の姿は見えず工藤さん一人だけしかいない。


「お爺《じい》ちゃんとお婆《ばあ》ちゃんは? なにか問題でもありましたか?」

「何も問題はないよ。さあ、帰ろう」

「は? え? いやいや、二人を連れいかないと」


 何事もなく帰ろうとする工藤さんの服を掴《つか》んで止める。

 振り返った工藤さんの表情に笑みは無い。凍りついたような冷たさを思わせる真顔だ。


「あの夫婦は救助しない」

「ど、どうして? 生存者ですよ、助けないと! ってか、見捨てる必要がないでしょ!」


 理解不能な事を言う工藤さんに訴える。俺とナオは救助にここまで来たんだ、なのに見捨てるなんて納得できるわけがない。


「僕たちが生存者を救助するのは何故だと思う?」

「それは生存者がいるから……生存者を隔離《かくり》しないと感染者も危険――…違う。いや違わないけど、本当は人間の血液が必要だから……?」


 さっき工藤さん自身が感染者を人間に戻す研究で血液が影響する可能性があると言っていた。


「その通り。そしてあの夫婦は八十歳を超えている。採血は危険なんだ」

「だからって見捨てる必要は無いじゃないですか!」

「そういう決まりなんだよ。六十五歳以上の高齢者は救助対象外なんだ」


 本気で何を言っているのか理解できなかった。

 高齢者ってだけで置き去り? 血液なんて取れる人から取ればいいだけじゃないか。人間として生きることすら許されないなんて理不尽だ。


「そんな決まり知りませんよ。俺は救助したい、ナオだって同じ気持ちだ。その為に来たんだ!」

「駄目なものは駄目。早く離脱しないと他の生存者も危険に晒《さら》される」

「離せよ!」


 掴まれた右腕を振り払う。

 受け入れられる訳がない。誰が何と言おうとあの老夫婦を救助するんだ。

 そう意思を固めた刹那《せつな》、店内から聞こえた声に反射的に工藤さんへ振り返る。


「冗談だろ工藤さん……まさかアンタ……」

「…………」


 工藤さんは何も言わずに俺の目を捉《とら》え続けている。

 そうして向き合っている間にも店内から聞こえる呻き声が近づいてくるのを感じる。

 あれは人間のものじゃない。あの声は――


「生存者を感染させたのか!!」


 辺り一面から聞こえる声と同じ、意識を失った感染者の声と同じものだった。

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