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嘘も方便

 生存者と思しき声を聞いた工藤さんは喜ぶでもなく、動くわけでもなく、何か問題でも見つかったかのようにあごに手をおいて考え込んだ。


「どうかしたんですか?」

「大したことじゃないさ。返事は一人だけで、やたら遠くから聞こえたのが気になってね」

「単に遠くから叫んだだけじゃないですか?」

「ははっ、確かにその通りだ。……さてと、遠藤君は僕が呼ぶまでここで待機してて」

「分かりました」

「絶対にここから動いちゃいけないよ。何があってもね」


 やたらと念を押す工藤さんに疑問を持ちながらもうなずく。

 まるで何かが起きそうな言い回しだけど、距離と返事をした人数から何を察したのだろうか。


「今からそちらへ向かいますが、銃を所持している方は発砲する前に私の話を聞いてください!」


 抱える小銃とホルスターに挿していた拳銃を外しながら工藤さんが声を張る。

 生存者たちが銃器で武装していると判断して考え込んでいたのか。それなのに武装を外すのは危ないんじゃないだろうか。

 非武装のまま角から歩み出た工藤さんを見つめながら、自分の考えがハズレていてほしいと強く願う。

 銃声はしない。激しく脈打つ心臓をおさえようと胸に手を置きながら、何とか平静を装うと努力する。


「考えすぎだよな……」


 ここは日本だぞ、当たり前に銃を所持しているわけけがない。ゾンビを題材としたゲームや映画に毒されているんだ、変な固定観念は捨てたほうが良い。

 結局、それから時間がっても物騒な音が聞こえてくることは無かった。


『遠藤君! もう大丈夫だからこっちへ来てくれるかい!』


 工藤さんが呼んでいる。どうやら無事に話をつけることができたようだ。

 置いていった銃を持っていくかどうか一瞬悩なやんだけど、暴発したら危ないし持つこと自体怖いので触らずに角を曲がる。

 それにしても銃だの何だのってとんだひと相撲ずもうをしていた。

 自分の間抜けっぷりに苦笑いで口尻が釣り上がろうとした瞬間、目の前の光景に全身が凍りついた。

 工藤さんの向かい側に立っている中年男性が小銃を肩から下げて抱えているのだ。


(めっちゃ武装してるじゃねえか!!)

「緊張しなくても大丈夫だよ」


 ヘラヘラと笑って手招きする工藤さんを見て止まっていた歩みが再開する。

 頭が冷静さを取り戻し始めたところで周囲を見渡せば、通路を囲むように扇状せんじょうに並んだ生存者たちが確認できる。年齢も性別もバラバラで、俺と同い年くらいの人は見えないけど小学生くらいの男の子はいる。

 全員が何かしらの刃物や鈍器で武装しているという物々しい様子。

 よくもまあこんな場所を工藤さんは平気な顔で歩いたものだ。


「彼は遠藤拓人えんどうたくと。部下ではなく救助した生存者の一人で、我々に協力してくれています」

「ど、どうも……」


 突然の自己紹介にぎこちなく頭を下げる。というか、工藤さんが平然とうそをついているのだけれど大丈夫なのだろうか。


「ここまでの道のりや初任務の不安もあるのでしょうが、銃を見て緊張しているのでしょう」

「おおっと! これはすまなかった。おどかすつもりは無かったんだ」

「い、いえ、大丈夫です! こちらこそすみません……」


 露骨に緊張している俺へ工藤さんが救いの手をさしだしてくれた。

 本当は銃より生存者を見て驚いていたなんて口が裂けても言えない。


「皆さんの人数は……十七名でしょうか?」

「はい。それで間違いありません」

「分かりました。こちら工藤です、要救助者十七名と接触。直ぐに移動開始したいのですが脱出路は問題ありませんか?」

『問題ありません。万事整っております』

「では離陸の準備を進めてください」


 簡潔な無線を聞きながら既に準備が整っていることに驚いてしまう。感染者を操るというナオの能力が上手く働いているのか。


「皆さん、これより正面入口から輸送機まで歩きます」

「待ってくれ。何を言っているんだ? 外の状況はアンタだって知っているだろ」


 当然の横槍が入る。正面入口から出るなんて冗談としか受け取られないだろう。


大木一郎おおきいちろうという人をご存知ですか?」

「おおき……?」

「それって確かどっかの大学教授だろ? 前に脳科学を取り上げた番組に出てたな」


 首をかしげる中年男性とは別方向から声が上がる。

 俺もまったく知らない人だ。知っていたとしても、この状況で口にする意味が分からない。


「その人で間違いありません。その大木教授がつい最近、特殊な電波によってゾンビを操る実験に成功しました」

「操るだって? そんなことが可能なのか?」


 スラスラと嘘が出てくる人だ。これだけ並べ立てておいて工藤さんは何一つとして本当のことは言っていない。

 ゾンビだからおそわれないんです、なんて言ったら撃ち殺されるだろうから、真実を教える選択肢は最初からないけど。


「これはゾンビに同類と誤認させる電波装置です。これを使用して我々はここまで来ました」


 胸ポケットから機械を取り出して周囲の生存者に見せつける。

 あれって五十嵐さんから受け取った普通の無線機じゃないか。信憑性しんぴょうせいを増すためにやっているのだろうけど、綱渡つなわたりにもほどがあるぞ。

 でも効果は抜群らしく、生存者たちは『そうなのか』と口にしながら驚愕きょうがくしている。


「ただ少し問題がありまして、大きな音や衝撃を与えると効果が消えてしまうのです」

「触れるな、と言うことか」

「はい。それと貴方の銃をこちらに渡して頂きたい」

「会ったばかりの人間に渡せない。そもそも自衛隊なら銃くらい持っているだろ」

「丸腰でここまで来ました。大きな音がダメな以上、万が一にも発砲されては困るのです」

「だがしかし……」


 両手を差し出し小銃を渡すよう訴える工藤さん。それに対して中年男性は小銃をきつく握って露骨に渡すのをしぶっている。

 そりゃこんな世界で銃という強大な力を手放すのは難しい決断だろう。見たところ数は一丁のみらしいし、いくら工藤さんが自衛隊員と言えども初対面の相手をそこまで信用しきれない。


「それにですね、皆さんもご存知かもしれませんが、ゾンビにも人間と同じ意志があります」

「テレビやネットで見たが……」

「普段は人間と変わらないのに、人間が近づいた時に限り意識を失い襲ってしまう。これも大木教授の研究によって判明したことです」


 工藤さんの脳内のうないで大木教授が無双している。本当にそうなんじゃないかと信じてしまいそうだ。


「生存者の救助が最優先です。しかし、可能ならばゾンビを人間に戻したい」

「治る可能性はあるのか?」

「大木教授の元で研究は進んでいます。分かっている限りだと人間の血液が影響するのではと」

「……分かった」


 もう何が嘘で何が本当か分からなくなった。だけど生存者には信じ込ませることが出来たようで、差し出された小銃を工藤さんが受け取る。


「ご協力に感謝します。少しお待ち下さい」


 受け取った小銃の状態を一通り確認した後、工藤さんは何故か来た道を戻って通路の奥へ消えてしまった。

 嫌な予感がする。来た道を戻る理由なんて一つくらいだ。

 そして予感は見事に的中してしまう。奥に消えてから五分も経たないうちに姿を見せた工藤さんの肩には廊下ろうかの壁に立て掛けた小銃がかけられ、腰には拳銃の挿されたホルスターが巻かれている。

 丸腰と伝えたばかりでこの行動。開いた口がふさがらない。


「では脱出しましょう!」

「あ、アンタ、さっき丸腰で来たって……」

「ええ。あの角からここまで丸腰で来ましたよ」

「…………」


 唖然あぜんとする生存者たちに対し、平気な顔で小学生が言いそうな理屈を並べだした。


「伝え方が悪く驚かせてしまい申し訳ありません。ですが、嘘だけはついていませんから安心してください」


 そう言い切った工藤さんは笑顔を崩さないまま再び嘘をついたのだった。

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