見えない翼
ナイフを宝物だというように、顔を綻ばせながら何度も触るスール。
「さあ、これでスールは一人前と見なせれた。だからスールよ、人族と共に行け!」
「え?」
「ここで生まれ育った場所だが、近いうちに俺達もこの村を出る」
「父しゃん!?」
「俺の親もそこの墓にいるから迷っていたが、人族の話を聞いて心が決まった。俺もここにいるからな」
「ワッグさん……」
ワッグさんが自分の胸を拳で叩いた。
「君が言うように、あの長では村はいずれ駄目になるだろう。表立って言わないが不満を持っている者もいる。見切りをつけた。妻の両親がいる村に行くことにするよ。数回しか行ったことはないが、向こうはここと違い穏やかな村だ。カロンものびのびと暮らせるだろう。どうだ? カロン」
「うん! うん! おりぇ、いく!」
カロンがはしゃいでいる。
「俺の親もわかってくれるよ。行けと言ってくれるはずだ。子の幸せを願う親ならな。イルグも同じだ。スールが楽しく笑って過ごせるのを願っている。ここにいたら、それは叶うことはない。羽を傷つけられ怒り狂っている長だ。人族が逃げたのを知れば君にその矛先を向けるだろう。きっと殺される。俺達と一緒に行ってもいいが、一刻も早くここを離れるべきだ」
「スール、一緒にいこう! スールが死ぬはイヤだ!!」
殺されるという言葉を聞いて、楓が必死になる。
「スール、これはイルグの言葉と思え。お前も自分の幸せを掴みに行け!」
「っ!」
おー、ワッグさん、良いこと言うな~。
「でも……ぼく、こんな見た目だし、足もわるい。きっと女神さまたちの足手まといになる……。羽があったらよかったのにな。足がわるくてもとべれば、いけたのに……」
だんだんと声が小さくなるスールを楓が大声で否定した。
「足手まといなんかじゃないよ! 言ったよね? スールは楓たちに必要だって!」
「俺達は狩った獣を捌けない。それにどの食材が食べられるか、薬草になる植物をスールは知っている。俺達がこれから向かう場所にはスールは必要なんだよ」
「女神さま……カエデさん……」
あとちょっとなんだよ。
スールの気持ちはぐらついている。こっちに大きく傾いてほしい。
「スールにだって、翼はあるよ」
「え? ぼくに、つばさが?」
どこにあるの? と、驚いた顔でオレを見た。オレは笑って答えてやる。
「そう、翼。スールだけじゃない、オレ達にもあるんだ。目に見えない翼が!」
「目に見えないつばさ?」
「そりゃ、ワッグさんやカロンのように空は飛べないよ? でもさ、誰にだってある。羽ばたこうという、強い気持ちや思いがあれば、どこにだって行けるんだ」
「どこにだっていける……」
スールは、目を大きく広げてオレの言葉を噛み砕く。
「オレ達の世界にも嫌なヤツはいた。でも、そこではない違う場所では、オレや楓を心配して声をかけてくれる良い人がたくさんいたんだ。この世界だって広い。色んな人種がいるんだ。スールのことを受け入れてくれる人も多くいるはずだ。それを探しに行くのも面白くないか? 最初の一歩を踏み出せば、あとは進んでいく。一緒に飛び立とうぜ、スール!」
オレはスールに掴んでもらえるよう、右手を差し出す。
「もう、何よ! お兄ちゃんったら、その台詞!! 日本でそんなこと言ったら臭い~ってなるよ!」
「だよな~」
オレは少し恥ずかしくなり、左手で頭を掻いた。
でも、スールに出した右手を引っ込める気はない。
「でも、でもさ、こっちの世界ならそんな台詞言ってもいいよね! それでスールが飛び立てるなら、私も一緒に臭くなるよ! スール、一緒に見えない翼を広げて飛び立とうよ!!」
オレの言葉に同調した楓が、オレの右手に自分の手を重ねる。
「つばさ……。ぼくにもつばさがある……。見えないつばさがある……広げてとびたつ」
それまでなかったのに、玄関から優しい風が吹いてきて、スールの髪が揺れる。
それを見てワッグさんが「ほら」と言った。
「イルグが自分の羽を使い、風を起こした。お前に飛んでもらいたいんだ。行け、スール」
「!! お父さんがぼくに風を……。ぼ、ぼく女神さまたちといっしょにいきます。行きたいです! つれて行ってください!」
父親から受け継いだナイフを片手で抱きしめ、もう一方の手で、オレと楓の手を掴んだ。
「やったね、お兄ちゃん!! スールが手を掴んでくれたよ!」
「ああ。よろしくな、スール!」
「はい!」
手を離すとカロンがスールに、よかっら、よかっらよと駆け寄ってきた。楓も一緒になってその中に入っていく。
それを見ていると、ノン子さんがぽんとオレの肩に飛び乗り、耳元で話した。
『やっときまったとー。もうすこししたら、アタシがでていこうとしてたっちゃが。いかないというスールのくびねっこばかんで、ひきずってつれていくきでいたとよ』
おいおい、ノン子さん。なんてこと考えていたんだよ。そんなことにならなくてよかった。
小さい猫のノン子さんが、子供とはいえ何倍もある人間の首を噛んで引きずることはできない。でも、今のノン子さんなら出来るんじゃないか?
ノン子さんが泣いているスールを引きずっていく姿が頭の中で浮かんしまい、すぐにそれを打ち消した。
『よかったね、ミズキ。これでこころおきなく、たびにいけるとよ』
シュタッと、オレの肩から床に飛び降りたノン子さんの言葉に頷いた。
心置きなくか。本当にそうだな。
もし、ここにスールを置いていったら、ずっと考えるし、後悔する。
置いてはいきたくな………
「いや、ここにスールは置いていこう」
そう言ったら、急に部屋が静かになった。




