嬉しい再会
聞こえてきた方を凝視する。ドキドキと胸が高鳴った。
「動物のなき声だ」
あの鳴き声は猫だ。それもよく聞いていた声。あの低いナァーは、ノン子さんの鳴き声にとても似ていた。
「……本当にノン子さん!?」
聞こえてきた鳴き声の方に「ノン子さん!」と声をかけながら近寄ってみると、ガサゴゾと茂みが動いてシユッと何かが飛び出してきた。
「うわっ!」
急に出てきた物体に驚き、尻餅をついてしまった。だがそんなことはどうでもいい。ある一点だけを見詰めている。
オレの前に現れたのは赤い首輪をしている猫。そう、白黒のハチワレ猫だ。
震える腕を伸ばし、その猫を捕まえると、嬉しくてギユッと胸に抱きしめた。
顔のハチワレ模様、金の瞳、背中の黒い毛の真ん中にある大きなダイヤ型の白い模様。
なにより一番確実なのは、尻尾。ノン子さんの尻尾は5㎝ぐらいしかない短い尻尾なんだ。若いときのノン子さんは大型の犬に食って掛かるほど気が強く、他の猫ともよく喧嘩をしていた。そんな雌猫のノン子さんをオレは影で、裏ボスと呼んでいたのはないしょだ。
そのノン子さんはある日、尻尾に大ケガをして帰ってきた。獣医に見せ処置したが深い傷だったらしく、その後化膿してしまい切るしか方法がなくなってしまったんだ。
その為、長かった尻尾が短くなってしまった。長い尻尾をユラユラと揺らしていたノン子さんも捨てがたいが、ピコピコと短い尻尾を振るノン子さんも可愛い。
今、腕の中にいるのは、紛れもなく本物のノン子さんだ。嬉しい!!
「ノ、ノン子さん! ノン子さんだ!!」
この世界で会えるとは!
嬉しすぎて、ノン子さんをギユッギユ~ッとさらに強く抱きしめた。
「フギャアーゥ!」
「痛ーっ!!」
ノン子さんとオレの悲鳴が森に響き渡り、その声に驚いた鳥の羽ばたく音が聞こえた。
「ご、ごめんよ。ごめんってば」
強く抱きしめたせいで苦しくなったらしく、オレの左手の甲を爪でガリッと攻撃したノン子さん。
オレから解き放たれたノン子さんは、地面の上で時々こちらをチラリと見ては、触られたところを毛繕いしている。
「だってさ、ノン子さんに会えたから嬉しかったんだよ。強く抱きしめたのは悪かった」
両手を顔の前で合わせオレの必死に謝る声に、ノン子さんはフンッと1つ、荒い鼻息を出し毛繕いを止めた。まるで仕方ないから許してやるわという感じに見える。
手をそっと伸ばすと、近寄って顔を擦り付けてきた。ノン子さん、ツンデレ。
それにしても、久しぶりに引っかかれたな。いつもならノン子さんが加減してくれるから痛くないんだけど、今回のはマジだったから痛かった。
血が出てるんじゃないかと自分の左手を見るが、爪痕の赤い線が数本あるだけで血は出ていないし痛みも、もうなかった。
「あれ?」
おかしいな、あの感じなら血が出ていてもいいはずなんだけど……。
「あの……」
「ん?」
オレの後ろから顔を出し、スールはノン子さんを見ている。
「この動物はなんですか?」
「え? 猫だけど……」
「ね、ねこ!! うわぁー、これがねこ!」
その言葉に驚いた。
「ええっ!? 猫を知らないの? スールは猫獣人って言ってたよな。それなのに知らないのか? 猫って言葉があるんだから、この世界にも猫はいるんだろう?」
「はい、います。でも、村にねこはいないから、このすがたではじめて見るんです。人族の住む東の国には多くいるときいています。じゅう化すれば、このすがたになるんですね~」
「獣化って、完全に動物になるやつ?」
「そうです。じゅう化出来るのは最強のあかしで、力がかなり強くないと出来ません。じゅう人のほとんどは出来ません。ぼくの村には一人もいませんよ」
「へー。マジ、漫画やゲームの世界だな」
「まんが? げーむ?」
「いやこっちの話。じゃあさ、顔が獣で体は人間っていう獣頭っていうのかな? そういう人はいるの?」
「はい。強い男の人に多いです」
「いるのか、そういう人も」
二次元で見るのはいいが、実際にいて会うとなると怖そうだ。
いや、猫獣頭の人には会ってみたい! スールの耳や尻尾だけってのも可愛いけど、猫の顔で二足歩行も捨てがたいもんな。
しかし……猫か……。スールは猫の獣人って言ってるけど、ちょっと違うような気もする。猫っぽいけど、よくわからん。ま、可愛いからいっか。
「このねこは、女神さまのねこなんですか?」
「うん、そうだよ。ノン子さんっていうんだ」
「さわってもいいですか?」
「もちろん」
「は、はじめまし、ノ、ノン子さん。ぼく、スールです」
自己紹介しながら、ゆっくりと恐る恐る手を伸ばしてノン子さんを触ろうとするスールは可愛らしい。スマホあればよかったのにな、写真撮りたかった。
ノン子さんはスールに気づくと、ジッと動かずその手が自分に伸びてくるのを見ていたが、もうすぐ触れるというところで、クンクンと手の匂いを嗅ぎ、微妙な顔をして迷ったあげく、フゥーと軽く威嚇してしまった。
「ノン子さん!?」
ばあちゃんが散歩に連れて行っていたので、初対面の人にも物怖じしないはずなのに……。
「おかしいな。ノン子さん、人に威嚇することしないんだけどな」
「じゅう人の匂いがダメなのかも。さわれなくてざんねんです……」
そっか、ノン子さんはスールの獣の匂いに反応したのか。
「ごめんな」
「いえ、ぼくと同じ短いシッポ。似てますね」
笑うスールの手が離れたら威嚇を止めるノン子さんだったが、気になるのか瞳はスールを見ている。そんなノン子さんを今度は優しく抱いた。
「それにしても、何でここにノン子さんがいるんだ? どうやって来たんだよ、ノン子さん」
喋ってくれるわけないのに、腕の中にいるノン子さんに問いかけてしまう。
「……さん……ノン……さー……」
遠くからノン子さんを呼ぶ声が聞こえてくる。
「!? あれは……あの声は……」
だんだんと近づいてくる声にオレは震えてきた。楓だ。楓の声だ!
「ノ……ん、どこよ! どこにいったの!? 一人にしないでよ、ノン子さーんっっ!!」
「ウナァー」
ノン子さんが自分を呼ぶ声に返事した。
ノン子さんがいるなら、楓がここに来ていてもおかしくない。 楓がここにいる!
「かえでーっ!! かえでーっ!! ここだ!!」
オレはノン子さんを抱いたまま、声が聞こえたほうに何度も大声をあげ、走り出した。
オレの声に、森の中から「お兄ちゃん!?」と驚きの声と共に、頭や体に葉っぱをつけた制服姿の楓が出てきた。
「楓!!」
「お、お兄ちゃ……、ひっ……く、お兄ちゃんがいた~……」
楓が涙目でこっちに走ってきてオレに抱きついた。あの負けん気の強い楓が泣くとはな。それだけ心細かったんだ。
小さいときは、よく泣いていた。オレを呼びながらすがりつくような目で見てくる楓は、そりゃーもう可愛かったよ。
大きくなったが、泣く顔は変わらないんだな。
片手でノン子さんを抱いて、反対の手で頭を撫でてやる。
いつもなら子供じゃないんだからやめてよと言われるけど、さすがに今日は言われない。
「楓、会えてよかった!」
「ん、ひっく……私も。怖かったんだよ! ノン子さんいなくなるし、一人で不安だったんだから~」
「オレもノン子さんもここにいる。だから泣くな、安心しろ」
「なっ、泣いてない! 泣いてないよ!」
楓は、涙をゴシゴシと手の甲で拭い、赤い目になりながら恥ずかしそうにオレから離れた。
「なあ、楓。お前たちはどうやってここに来た?」
落ち着いてきた楓にオレがここに来た経緯を話し、楓達の話も聞いた。
知らないおばさんが家に来て、逃げようとしたが水の玉に包まれてしまい、気がついたら木の上にノン子さんを抱いたままいたらしい。知らない場所だったのと、暗くなってきて怖かったので眠れぬ夜を過ごした。朝方になり木から降りると、ノン子さんが楓の腕から飛び降り、どこかに行ってしまった。
一人になった楓は心細さの中、ノン子さんの後を追って来てオレと出会えたということだ。
「ねぇ、お兄ちゃん。ここはどこ?」
「それなんだけど……。楓は知ってるか? ゲームとかである異世界に行くって話。オレ達もどうやらその異世界に来たみたいなんだ」
「え? 異世界? うそ……」
瞳をこれでもかって大きくひろげて驚く楓。だよな、信じられないし、異世界になんか来たくはなかったはずだ。
「本当だ。ほら、見てみろ。あそこにいる男の子。スールっていうんだけど、耳と尻尾がついている。獣人だよ」
離れたところでオレ達を見ているスールを楓に教えてやった。
「あ……」
目は見開いたまま、さらに口を大きくあけて、楓はスールを凝視する。
「驚くのも無理ないんだけど、話してみればわかる。あの子、怖くないよ。素直で可愛いんだ。だから――」
「キャアーーーッッ!! 獣人、異世界!! ラノベみたい! そうだよね、あの水の玉、ありえないもんね! ……もしかして、これって勇者召喚!?」
「え?……はあ?」
楓が両手を組ながら、ピョンピョンと飛び跳ねる。不安げな様子になるかと思いきや、嬉々として大声をあげた。
その大きな声に、ノン子さんとスールが固まり、また鳥の羽ばたく音が聞こえた。




