239話【締めつけ】※
「結局、飛ばしてくれたわけで良い人、だったようね」
それに、と付け加え、セーターの上に着た紺色のダッフルコートを見せながら「これもプレゼントしてくれたしね」と付け足した。
気が付かなかった。いつの間に………。
短いスカートも、スキニーの黒のパンツに変わり、見ているだけで寒かった服装が、少しマシになった気がする。
スニーカーまで、ショートブーツに変更され、ここまで来ると着せ替え人形かと思ってしまう。
「まぁ、何があっても責任は取らない、自己責任だから勝手にしろって突き放されたとも、捉えられなくはないけれど」
「そんなの、どうでも良いわよ。一時はどうなる事かと思ったけれど、無事、あの屋敷に着く事ができたのだから」
そう、今居るのは本部ではなく、例の屋敷なのだ。
緑色の蔦が屋敷を覆い、高く伸びた木々が家を陰に隠す。
窓はぴっちり、閉まり濃い青紫色のカーテンが掛かって中の様子を見ることは出来ない。
烏が鳴き、バサバサと木々を揺らし木の葉を落としていく。
白い息を吐きながら、腐葉土の上に落ちた色取り取りの暖色系の木の葉を踏み鳴らし屋敷の玄関へゆっくりと歩みを進めていく。
この屋敷に入る事はまず無いため、貴重な体験になる。
この屋敷の住人は紬だけの筈だが、ポストにはギッチリと色取り取りの英語で差出人と宛名が書かれた手紙が押し込まれ今にも溢れ出しそうだ。
玄関の扉は、ブラウンの光沢のあるヨーロッパ調(?)でインターホンはなく、金色のライオンの口に輪が繋がったタイプの物になっている。
(後で調べたところ、ノッカーと言うらしい)
コンコン、と心地よい音が鳴る。
初めて、こういうタイプの物を触ってみたが、楽しい。
華山も、興味を持ち、何度もコンコンと叩いている。
2人で合計10回程ノックしたが、中から人の気配が感じられず、思い切ってドアノブを握ってみると、案外簡単にドアは開き、ギギギ、という軋む音が聞こえて来る。
中はオレンジ色のライトで照らされ、予想以上に明るかった。
いや、それは玄関だけ。
玄関で客用の物と思われるスリッパに履き替え、家に上がれば少しカビ臭く、人が住んでいるにしては汚れていた。
玄関の靴箱脇の黒い、グレート・デーンという犬種の陶器の置物が証明に反射し、異様に光る。
それもまた、埃被り美しい光沢は少し減少してしまったのでは無いだろうか。
きっと手入れすれば、もっと高そうに見えるのに。
「ふぅん。どうやら、金持ちが住んでいたようだな。
グレート・デーンは2万程、このペルシャ絨毯も700万はするだろうね。
マスミ工房の最高級シルクだね。
私の実家にも、これと似たようなものがある」
「金持ちだね、ほんと」
ポフポフ、と玄関に置かれた絨毯を触り満喫した所で、華山はズカズカとリビングへ歩いていく。1階に人の気配はしないのだが……。
玄関脇の扉からリビングへ入ると、ダイニングテーブルが置かれ、その上に花瓶と花が置かれている。
花はもう、枯れてしまっていた。乾燥して、茶色くなっている。
もう、しばらく家に帰っていないのだろう。
「人の気配はしないが、シンクに水滴が付いている。
1時間で1mm液面が低下すると考えると、まだ新しいよ。
今さっき、家を出たかまだ、屋敷に潜んでいるか、のどちらかと思うけれど、私は出て行っておいてほしいね。
できるだけ、鉢合わせは避けたいよ」
長い髪を揺らし、スタスタとリビングを出ると絨毯の上でスリッパを脱ぎ、靴箱に戻すと靴に足をれようとしている。
「え、何してんの」
「勿論、帰るんだ。消灯時間を過ぎてしまった。10時だ」
「ここまで来て帰るのか?てか、簡単に帰る事ができる道でも無いからな」
携帯電話の画面を見せながら、10時を強調してくる。
上の階に雪が居るかもしれないのに…………。
雪を捨てるのか?
「雪を捨てて行くのか?」
華山は玄関のドアノブを握り、施錠を解錠している。
ガチャリ、と音が鳴り冷たい風が入り込んでくる。
「明日、助けに来たら良いでしょう?
冬休みも、もう終わってしまう」
冷笑しながら上着に顔を埋め、二階の雪が居ると思われる位置を見上げる。
白い壁から、コトンッと何かが衝突する音が聞こえ華山はサッ、と顔色を変えてドアを開け放つと、タタッと外へ走り出てしまった。
「何しに来たんだよ」
「良いじゃ無いか!
寮の年長生として顔向けができないだろう。
それに、命の危険を冒してまで私が助ける事もない!
雪は………………私を捨てたんだ」
走る後ろ姿を見送り、唇を噛む。
バタンッとドアが閉まり、玄関に残された俺は____
扉を押し開け、元来た道を走り華山を追いかけて行った。
が、物陰から華山は頭を出し篠川が去って行った事を確認して、もう一度屋敷に入り玄関の鍵をしっかりかけ、3重ロック。
「私が、連れて帰るんだ」
*
額から流れてきた汗を拭い、部屋を出ようとした時廊下の壁に掛けられた鏡にあいつが立ち上がる姿が見える。
痛そうに頭を撫でながらギロリとこちらを睨んでいる。
「あぁ……痛い。酷いじゃない、あっ……クラクラする」
「諦めて帰ってくれない?」
「帰れない、って分かるかなぁ。
標的の首を持って帰らないと、帰らせてくれない。
ねぇ、どうしても首をくれないっていうなら、交換でどう?」
雪は振り返り、お姐様を見ようとした時、ガシリッと首を掴まれ頚椎に痛みを感じゲホッと咳をしてお姐様を睨む。
必死に声を絞り出し、
「こ……ぅかぁ……ん……って?」
グニィ、と押し当てられて顔を真っ赤にして天を仰ぐと、にまぁ、とお姐様は笑い、黒い笑顔を向ける。
苦しいし、………。
足をバタバタと動かして、壁を叩くが誰も助けてくれない。
紬さえ、来てくれれば。
「勿論、華山凛よ?どう?もう、関係ないんでしょう?」
「ぉ……他の……がんげぇい……ない、……まぎごぶ、な」
蹴ろうとしても、ヒラリと避けられてどうする事もできない。
もっと、俺が強かったら凛を守り、ずっと側にいる事ができたかもしれないのに。
本当に無力だ。
「巻き込むなって……もぉ、なんなの?意味わかんない」
お姐様はスッ、と手を離すと向かいの壁に凭れ、ずるずると座り込むと同じ目線になる。
嫌だわぁ、と髪をかき上げながら溜息をつき、背中に背負っていたライフルを床に置き上着から拳銃を取り出すと、ガシャッと音を立てて残弾を確認してから雪にてわたし、自分もライフルを手に取る。
「私があんたに害を与えないならば、あんたは私に害を与えないのよね?
そういう約束だったと思うけれど。
ならさぁ、私があんたの横腹にライフルの銃口を当ててトリガーに指を置いたら私を撃つの?」
「危ないとおもっ……ゲホッゲホッ……たらね」
ズンッ、と横腹に銃口が当てられ空気が張り詰める。
「撃ちなさいよ。ねぇ、撃って」
雪は手を伸ばし人差し指を伸ばして「バン!」っと言ってみたりするが、満足してくれないようだ。
不機嫌そうな顔をして、こちらに視線を送る。
「なんで、撃たないの。私は貴方の敵なの。
撃ってくれなくちゃ………ゲームセットにならないでしょ?
チェックメイト、ちゃんとしなくちゃね」
駄目よ、とお姐様は笑う。
頭の中がグルグル、と周り目の前がクラクラする。
ほんと、どうすりゃ良いんだ?
今のままでは正常な判断が出来ない事は確かだ。
HPがどんどん削られていく……………。
また、首が掴まれ言葉を促される。
ぐいっ、と掴まれた首を伸ばし、痛みなんか忘れて息をしてプハッ、と声を出して呼吸をしてから言葉を発しようとするが、掠れてしまう。無理。
カハッ、と息を吐き出してから目をギュッと瞑り唇を噛んでから、
「チェーーックメイト!」
その瞬間手が離され雪の前にしゃがんで良くできました、と言ってからニカッと笑い、好きだよ?、と呟く。
耳まで熱くなり、バタバタと廊下で足を動かす。
待った待った、初めましてだろっ?
それで、いきなり好きとか……ちょっと待って。
あぁ、いや、あの黄色い占い師、なんだよな。
どこかで会ったか?絶対ない。
あぁああ、どうして_______
ボンッとショートしてしまい、シューーと煙が頭から出て行く。
華山はソッ、と階段を上がり廊下を覗くと
雪と謎の短い髪の女が武器を持ち、雪の前いるのを目撃する。
なっ………なにを、しているんだろう。
どうしよう、今、踏み込んで良いのかな………。
あああ、でも雪くんが殺されても困る。
どうしたら。
「……雪くん」
『へ………?』
華山は目を見開いて、パクパクと口を動かす事しかできなかった。
ききききききききいいきききすぅ!!!
ガリガリ、と壁を引っかいて音を立てガクガクと口を動かす。
ダラダラ、と汗が流れていく。
ここで飛び出すわけにもいかないし、引き返すなんてもっと、無理だ。
あああぁ、どうしよう……。
*
雪はへ?、と拍子抜けして目をパチクリさせる。
ニィッとまた、嫌な笑顔で笑って手を振るお姐様。
唇に手を当てて、ダラダラと汗をながす。
「じゃあね、雪」
「なっ……」
お姐様は窓を開けて外へ出て行くと、もう見えなくなってしまった。
まるで、煙のように。
「雪くん!」
華山は雪に駆け寄ると、ギュッと抱き着きガルルル、と威嚇する。
もう、本当何が何だか。
首が締め付けられ、やっと直ってきた過呼吸がまた、再発だ。
頚椎と頚椎の間に腕が入り込んでくる。
さっきより、キツイ。
これで神経が消えて死んじゃったら、どうしよう……。
「浮気なんて絶対許さないから!別れてませんからね!」




