魔力の血
すぐに帰りたかったのだが、場が安定していないため転移するわけにもいかず、人目にもつきたくない。王城にもあるミンの私室で時間をつぶすことにした。
雑然としているが埃はないという妙な空間で、フェルベライトは興味の赴くままに散策しミンを苦笑させた。
夏の暑さがあるはずなのに快適な室内はやや柑橘系の匂いがした。問えば魔法で空調をしていると返答があった。
なぜ森の中で暮らしていて冷たい飲み物を必要としないのか気がつく。適温だからこれといって氷で冷やすほどのものは必要としないのだ。城の中はそう言ったことはなかった。だから、氷水など用意されたりもする。
あの場所がひどく異質だと気がつく。
あるいは、アッシュが、ミンが、そして彼女自身が。
「あの森ってなんなのですか?」
「……災厄を囲む結界、と言えばいいのでしょうか。王家の隠された勤めであり、義務、償いとも言えます」
フェルベライトの問いに彼はそう答える。彼女が振り返ればミンは本の整理をしているようだった。出しっぱなしの本を本棚に並べ替える作業の途中で読みふけっている。
まだ短いつきあいだが、彼は片付けられないタイプの人間だ。そして、アッシュに時々怒られている。懲りていないみたいだが。
「私のあとは誰かが継ぐでしょう。おそらく、ヴェールか、リアが」
「……あの。今更なのですが、王様とのご関係は?」
「言ってませんでしたか。従兄です。母方の」
フェルベライトは思った以上に近い血縁だったのだと知る。顔立ちに類似があるのだから当たり前と言えるが、王城では魔法使いとしてしか扱われていないように感じる。
あまり公表されていないのか触れないことが不文律としてあるのかは彼女にはわからない。
ただ、ありがたくないのはフェルベライトが王の従弟の子という立場になるということだ。
「先代は三兄妹で、それぞれ子供はひとりだけ。今は従兄の子がいっぱいいますね」
「それは、奥さんが一杯ということで?」
「シスルの意志はさっぱり入ってないそうですが、後宮には何人か居座ってるそうです」
「……政略?」
少なくとも普通に恋愛の結果とは思えない。フェルベライトにはあの国王がまともに恋愛するとはとうてい思えず、政略結婚しか考えつかない。
「いいえ、魔力症を抑えるための措置と減った王族の補充ですね。もう、私たちほど濃い血はいりません」
「魔力症?」
「体の許容量を超える魔力を吸収した結果なる病気のようなものです。全てのモノに魔力はあり、飲食や呼吸で少しずつ体に吸収されていくのですが、吸収率が異常か、体の許容量が異常だとなります」
「そうですか」
そう言ったもののフェルベライトにはぴんとこない。そもそも魔力を吸収しているという意識がない。魔物であるというのは魔力で体を維持しているということで、常に吸収しているはずなのだが。
体はコップのようなモノで、魔力が水のようなものとすれば溢れた結果が体の破損と言うことになるのだろうか。
ミンは少し考えたように本を棚に戻す。そして、一つしかないソファに座り、フェルベライトを呼んだ。そして、膝の上に乗せる。ミンは彼女の抵抗を頭をなでて少しやりすごす。
「そもそも王族は三人しか残っていなかったのです。生まれる前から、魔力症の子供しか生まれないことがわかっていたのに」
「はい?」
「私は許容量は規格外ですが、吸収率は前例がないそうです」
ええとそれはつまり? 見上げてフェルベライトは続きを問う。
「わりと早く死にます」
彼はあっさり結論を言う。表情も変えず、いつもの人形のような顔をしている。
フェルベライトはなにか聞き違いをしたのかと思うほど通常の顔のように見えた。
「物心ついたときから言われてきたことです。今更、思うところはありませんよ。それに今の調子ではあと十年は平気でしょうし」
落ち着きを払った態度で彼女の頭をぐりぐりとなでる。ミンはフェルベライトの頭をなでるのが案外好きなようだ。サラサラとした髪を意外に大きい手が梳く。
「それにずっと森暮らしでしたし、悲しむのなんて……」
ミンの言葉が途切れ指折り数えている。
「……案外いました。おかしいですね」
真面目に数え上げる貴方がおかしい。フェルベライトは突っ込む気力がわかなかった。無自覚とは恐ろしいものだ。おそらく、本人が把握している以上に悲しむ人が多いに違いない。
しかし、彼が何となくどこにも属さないようにしている理由がわかった気がする。
いつかいなくなると自覚している。
それがひどく切ないことのように思えた。
「私も入れといてくださいね」
ぽっと現れた娘など数にもいれていないだろう。フェルベライトは自己主張しておく。
ミンは言われた意味がわからないように首をかしげる。
仮でも親子として数年は少なくとも一緒にいるはずだ。その頃には情だってわいているに違いない。今だってある種の親しみを持っている。
「一人にしないでとか泣いてやります。たった二人の家族ですからねっ」
意味がようやく伝わったのだろう。彼は口もとに手をあて、そして声を出して笑った。
「それは楽しみですね」
切れ切れにそう言う彼はひどく楽しそうだった。
それが自分が死ぬときだとわかっているのだろうか。フェルベライトは呆れた気持ち半分で見上げた。
彼は切なくなるくらいの優しい微笑みを浮かべてフェルベライトを抱きしめる。
「でも、アッシュのことも忘れないであげてくださいね。育ての親みたいなものですから」
「おじいちゃんって呼べばいい?」
「やめときなさい」
フェルベライトはくすくす笑った。変な顔をして、しかし、返事をするであろうアッシュの姿が思い浮かんだからだ。
日は暮れて既に空には星が瞬いている。
転移で戻っても良かったがふらりと歩いて見たかった。ミンにとっての世界は森と城だけだった。
今は主要な地方のことも知っている。そこに暮らす人々の営みがあることを。
世界が見たいとそう思ったのはそう遠い過去でもない。
「おかえり」
森の入り口で灯りを掲げてアッシュは待っていた。
「珍しいですね」
ミンは思わず口にした。出迎えなど記憶にない。
フェルベライトは疲れたのか彼の腕の中でうとうとしている。
「かわいそうな目にあった子供を迎えてやるくらいの甲斐性はあるつもりだよ」
「自業自得とは言わないんですね」
「……根に持ってるね。死にかけたわけではないし、僕の失態でもある」
アッシュは澄ました顔で棚上げする。
森を勝手に抜け出して、魔力症を発症して体が壊れかけたことがある。ああ、確かにこうやって自分は死ぬのだろうと冷静に思った記憶があった。
そのときに握ってくれた手を長いこと忘れられなかった。
「大変だったね」
アッシュはねぎらうようにフェルベライトの頭をなでて髪をぐしゃぐしゃにしてしまう。好意なのか嫌がらせなのか判別がつかない。
彼女も嫌がるようにうにゃうにゃ言っているが眠気が勝るようで言葉にならない。
不意に頭をなでられる感触にミンは顔をしかめた。
「なにを」
アッシュがわざわざ空中に浮いてまで彼の頭をなでる。その意義がわからない。
「ミッドナイトも大変だったじゃないか。よくがんばりました」
子供をほめるように言うと彼はいささか意地の悪い笑みを浮かべた。
「泣いちゃうんじゃないかと心配したよ。まだ、忘れてないんだろ」
「泣きません」
「人が良いよね。僕が育てたとはとても思えない」
「……良くありません」
アッシュはミンの顔をのぞき込む。そうすれば、傷のありかを見つけられるとでも思っているかのように。
そして、大体は隠し事などできない。長く生きてきた魔物を舐めてはいけない。
「ふぅん。この子がきて良かったってことかな」
軽く空を蹴ってアッシュは地面に降り立つ。
「ちょっとは大人になった顔しているけど僕にとってはまだまだ子供だよ」
澄ました顔でそう言うと先に立って歩き出した。




