恋のために
しかしながら今申し上げたいのは、なぜに人の恋バナを聞かされているということでしょうか。
フェルベライトは可愛らしげに頬を染めているマーリーを生暖かい目で見守っていた。なぜ、ミンとの出会いを聞いたのに旦那様とのなれそめを聞いている。何が起こったのかわからない。
ただ、彼女は旦那さんを熱烈に愛している。この事実だけは伝わってきた。
従兄同士だったが訳あって兄妹の振りをしながら、そのままのつもりがなぜか今夫婦。そして合間に挟まる国家の陰謀。
フェルベライトは何となく盛り上がっちゃった気持ちがわかる気がした。相手が死ぬかもしれないと思ったらぷっちんときたのもわかる。
そして、たぶん、何もなかったらそれら全てがなかった。ひっそり鍵をかけて、墓場まで持って行っただろう。
幸せそうに笑う彼女がフェルベライトはちょっと羨ましい。彼女のような熱烈な恋はしたことがない。恋人がいたことがあったりもしたが、あまり長続きはしなかった。片思いすらしたことがない。相手が言うからなんとなく、一緒にいたようなものだ。
「……ごめんなさい。こう、相づちがうまいものだから」
はっと我に返ったようにマーリーは謝罪した。フェルベライトはなんでもないことのように笑っておいた。控えめな微笑を心がけたせいか彼女はほっとしたように笑みを返してくれる。
「ええとだからミンとはそうね、七年くらいのつきあいかしら。館が機能を停止したわ」
「……私もそうなりますね」
「……たぶん、そう」
気の毒そうな顔でマーリーは同意した。現状、部屋にいた侍女にはお引き取り願った。
フェルベライトの姿を人に見せるのが問題であったこともあるのだが。
表情を動かすだけで見とれたり、心配されたり、何一つ進まなかったのだ。最初にあった侍女の方がよほど出来た対応だったのだとフェルベライトは今更ながら思う。彼女が叱責されていないと良いと思う。あとでこっそり確認しておこう。そう決める。
「ぬるくなっちゃったわね。新しく用意するわ」
溶けた氷に目をとめると彼女は水差しを取った。
彼女は息をするように魔法を使う。あっという間に湯を沸かし、氷を作り冷たい飲み物を用意する。彼女の魔法は日向の匂いがした。甘い焼き菓子の匂いがふっと香もするが。
お茶の用意をし、それとは別にグラスを用意し始める。
「殿下がそろそろお戻りになられるころでしょう? アクアも疲れているかもしれないし」
思ったより時間がたっている。フェルベライトはどこかにいると思いたい保護者に思いをはせた。一体いつになったら誰かくるのだろうか。それとも一人で帰れということだろうか。
もう、王様でもいいから迎えにきてくれないだろうか。フェルベライトはやや投げやりに思った。王城なのだからさっさときてくれてもいいじゃないか。
アッシュにしても薄情すぎる。森をでることがひどくまずいことは知っているが一緒に連れ帰ってくれてもいいだろう。
アガットに関しては無理だろうと諦めている。あの人は非常に仕事が多すぎた。近衛ってこんなこともするのかと思うような書類仕事が山ほど。
フェルベライトはミンに思いを馳せることはなかった。
彼が王城を好まないのものわかっている。むしろ新たな騒動となることがわかっていて来るとは思えなかった。
扉が叩く音が聞こえて入ってきた姿を何かの幻だと思うほどに。
「ようやく見つけました」
ほっとしたようにフェルベライトを見て表情を変える。
「怪我はありませんか?」
そう問われてフェルベライトは現実らしいと悟る。仮の父親は、彼女を心配してここまできたらしい。そろったら明らかに親子と思われることも考えもせず。
きっと王様が頭を抱えるだろうと思いながらもフェルベライトは頬に手をあてた。
「大丈夫」
きっと頬は真っ赤だろうが。彼は己の容姿の破壊力を踏まえるべきだ。フェルベライトは責めるようにミンを見上げた。
そこでようやく腕に抱えている少女に気がついた。ぽーっと彼の顔を見上げている。
「……まずい」
マーリーが低く漏らした声に視線を向けると思った以上に険しい表情だった。しかし、頬は赤く染まっているところを見ると効果を受けていないわけでもなさそうだ。
「少年よ、相手が悪い」
意味がわからなかった。フェルベライトは改めて入ってきた人物に視線を向けた。
ミンと抱えている少女、そして、ノワ。
悔しそうな表情が何かを物語っている気がした。
ああ、そう言えば迎えに行ったのだっけ。フェルベライトは今更ながら思い出した。一緒にいるのならば迎えに行ったのはこの少女なのだろう。しかし、彼よりも仮の父親のほうに釘付けとは報われない。
全く無意識だが、人の恋路を邪魔している。
これも気を付けて行かねばならないのかと思うとフェルベライトは嫌気がさしてきた。気にしないのが一番と言えればいいのだが。
ミンは少女を下ろすとフェルベライトの隣に座る。心配そうな表情でためらうように頭をなでた。
「心配させないでください」
「ごめんなさい」
上目遣いで見ればよく似た顔が微笑んだ。フェルベライトは表情が固まった自覚がある。今は似た顔であろうと今まで見慣れた顔ではない。少しは慣れたが、あくまで通常の範囲で笑いかけられると今でもどうしていいかわからなくなる。
「しばらくは外出禁止ですよ」
本人だけがその効果をあまり自覚していない。
「保護していただきありがとうございます。マルベリー」
「……、殿下が考えたことですわ」
彼女が外面を一瞬かぶり損ねたらしいことにフェルベライトは気がついた。
ミンが名を口にした時に思ったよりも優しい声だったことに違和感を抱く。そっと見上げた彼の表情はいつもと変わらない。ただ、少しだけ緊張しているように見えた。
ノワは少女の手を引きソファのそばに立っていた。彼女を母親の元へ連れて座らせる。
そして、少し思案してフェルベライトの隣に座った。
「殿下、ありがとうございます」
落ち着く頃合いを見てミンは礼を述べる。フェルベライトもあわせて礼を言う。
ノワは顔を真っ赤にさせぷいっと顔を背けた。照れたようだ。フェルベライトはかわいいなぁと頭をなでたくなったが我慢する。
忘れがちだが、見た目は五歳児なのだ。
「べつにいいよ。帰るの?」
「はい」
「また来るといい」
フェルベライトが困惑して保護者を見れば、彼も意図がわからないと言いたげな表情だ。しかし、断れという雰囲気ではない。
「いつかはわかりませんが、それでよければ」
フェルベライトがしばらく森を出ることを許されないだろう。そもそも出たいとは思わなくなってきた。今日一日で懲りてしまったと言ってもいい。
しかし、この兄妹は嫌いではない。
それ以上の確約を求められても困るので、笑顔で押し切ってみた。フェルベライトが考える良い笑顔は思ったよりも効果が高かった。
「あちゃあ」
遠くで聞こえて声の意味にフェルベライトが気がついたのは数日たってからのことだった。
今日は等しく皆に厄日であった。




