表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/115

マーシャヴェルナで本買ったことを思い出してくれると嬉しい

 三時間ほど。


 頭の中にはいくつか作戦が浮かんでいる。イイリコさんの帰りを待って、とにかく男爵に何を持ちかけられたか聞く。一番楽な方法だ。男爵もゲームプレイヤーの一人だから、常識に則った提案をしてくる可能性はある。最悪でも砦戦の時に求められた「無償の奉仕」だろうと思う。


 だけど、男爵に会ってからちょっとした不安が抜けない。


 男爵、そして目の前のレツリン、正太郎に共通するのは指輪だけじゃない。言葉にすると馬鹿らしいが、彼らは他のプレイヤーとは違う。


 プレイヤーらしさがあまりない。


 引きこもりが何を言うかと笑われそうだけど、普通女性は「君たちがなにかするとは思えないが」とか言わない。ネカマの可能性もあるけど、そして見る限りゼロではなさそうだけど、基本フィクションの話法だと思う。


 じゃあロールプレイか、というとそれもちょっと引っかかる。ロールプレイってのはつまり「普段と違うしゃべり方や動作」になるわけで、どうしたって演技っぽくなる。XXXとかが良い例だ。


 彼らの立ち方、歩き方、座り方、表情、まだ十分と言えるほど見たわけじゃない。


 でも、あまりにもキマりすぎている気がする。


 レツリンの口から出たあまりに自然なセリフ、それ自体が僕に強烈な違和感を覚えさせる。


 正体はまだわからない。可能性を考えるのもあほらしい。だけど、


 だけど、僕はジェストだったじゃないか。


 男爵が中にプレイヤーのいるアバターなら、たぶん心配はない。


 もしあれが「夕闇男爵だったのなら」、なにが起こる?


「お腹すいた」


 姫代子が声を上げて、正太郎が顔をこちらに向けた。


「夕飯にはちょっと早い。我慢できないか」

「喉も渇いた」


 変わらず不機嫌な面で続ける姫代子を見て、ため息をつく。


「わかったよ……とりあえずこれ」


 机の水差しからコップに液体を注ぎ、格子の前まで歩いてくる。腕は通る大きさだ。


「エイリルのおいしい水」


 一瞬のことだった。


 かがみ込んだ正太郎の差し込まれた腕から左手でコップを受け取ると同時に、姫代子の右腕が伸びた。油断していたのか、反応できなかった正太郎の胸ぐらを掴み挙げて引き寄せる。格子を挟んで、お互いに息のかかる距離。


「なにかしてみなさい。PKなんかじゃすまないわよ」


 三時間掴まれっぱなしの僕の袖に、わずかに力がこもる。だよな、僕も姫代子がこんなに本気で怒ってるのは初めてだ。ちょっと怖い。


 泥まみれで湿地を歩き続けたこと、僕が方針を独断で変更したこと、捕まって長時間、牢の中に放置されていること。それを指示したのがプレイヤーであること、男爵がたらし染みた態度でこちらをからかったこと、イイリコさんを一人で連れて行ったこと、それを許した自分。


 ストレスは最大値だ。おそらく僕が万が一と考えている危険が、姫代子にはもっと可能性の高いものと思えるのだろう。


 通常あり得ない。だけどCHは普通じゃない。


「正太郎?」


 レツリンが顔を上げた。


「なんでもない」


 そしてそのまま、胸元にある姫代子の手を掴んでこともなげに払った。


「水、こぼすなよ」





 

 かなり強く握っていたのが軽くふりほどかれしばらく呆然としていた姫代子だったけど、時間と共に怒りが湧き起こってきたのか、地団駄を踏みかねない形相に変化しつつある。そうなる前に話題をそらそう。


「姫代子、とりあえずそれ飲みな」

「喉なんか渇いてないわよ」


 じゃあアレを言うために呼んだのかよ。


「あ、じゃあ僕……」


 エイタローが声を上げて、でも途中でやめる。


「……はいいや、利家さん、喉渇いてるでしょ」


 引っ込みながら、遠慮がちに。


 利家はここに入ってから一言も会話に参加してない。無口だから、という以上に、ミウルと話した時のように、一人でブツブツと何事か呟いている。話かけるのはやめておいた。なんか怖い、じゃなくて、たまに聞き取れる内容から察するに、昨日僕らに渡した以上のミウルに関する情報を思い出そうとしているようだったからだ。邪魔すべきじゃない。いつ会心の一撃が出るかわからないんだ。


 考える時に呟くのはクセのようで、だからほとんど聞こえない小声とはいえ、利家はずっとしゃべり続けていることになる。


 首を振った利家だったけど、僕は多数決を提案して強引に利家に飲ませた。自らの特になることを多数決で決定されたら断りにくくなる心理。たぶん。


 僕は二人に視線を戻す。動きがあった。


 レツリンが読んでいた本を閉じたのだ。


「終わったのか」

「もうストックが尽きた。一度街に行きたいな」


 その二人の会話に、僕はとっかかりを見つけたような気がした。


 捕虜の間はアクションコマンドの大部分が制限される。だけど今まででわかるように、会話をしたり動いたり、日常の範囲であれば特に制限はない。


 アイテムインベントリを開いた。マーシャヴェルナで買って途中まで読んでいる『暗闇のベルタニーシュ』がある。砦を出発する時にアイテム欄を空けようか迷ったけど、持ってきてよかった。


「レツリン」


 取り出して声をかけた。格子の所まで移動するために、エイタローの手を袖から離す。心配ないことを伝えるために……これはなんか凄く恥ずかしいんだけど……ちょっと頭を……撫でようとしたら兜に邪魔された。脱いどけよ。


 仕方ないから手をうろうろさせて、最終的に頬に当てる。目が合わせられん。


「ちょっと話すだけだから」


 そう言って、立ち上がった。


 レツリンは机に置いた本に手を載せて、僕を見た。


「暇なら、貸すよ」


 この本は装丁が地味だ。見えるように振りながら、


「暗闇のベルタニーシュ。読んでないなら」

「ちょっとジェスト」


 怒気をはらんだ姫代子の声。いいから、僕には確かめたいことがあるんだ。


 レツリンは変わらぬ無表情のまま……だけど、立ち上がって、近寄ってくる。


「盗んだのか。それとも買ったのか」

「マーシャヴェルナの港で買った」

「では、よければ借りよう」


 変なところを気にするヤツだな。別にゲームのデータなのに。まあ、例え盗んだものだったとしても買ったって言うけど。


「質問が二つある」


 伸ばしてきた手が止まった。レツリンもやっぱり、こっちがなにか企んでるとは露とも思ってないみたいだ。まったくの無警戒。捕虜とは言えさっきの姫代子みたいに、急に暴力を仕掛けることがあるかもしれないのに。


 それとも二次職だからなんだろうか。さっきの姫代子と正太郎のやり合いを見たところ、初期職と二次職の間にレベルでは埋めきれない差があるのはWWから変わってないようだ。もとがタクティシャンとはいえ、その次くらいにひ弱なネクロマンサーが敵うかというと自信はない。


「答えなきゃ貸さない、なんてことは言わない。ちょっとした親切だと思って答えて欲しい。このゲームが始まって何冊読んだ?」


 レツリンは首を傾げた。質問の真意が飲み込めていないようだ。もちろん、続く質問で大体気づくと思うけど。


「正確にはわからないが、二百くらいだ」


 読み過ぎだろ。始まって一年も経ってないのに、毎日一冊読んでることになるぞ。とんだ暇人……じゃなくて、むしろそっちのが助かる。


「全部、ちゃんとした内容だった?」


 また首を傾げる。


「駄作もあった」

「そうじゃなくて、全部オリジナルかって意味。例えば意味のない文字の羅列とか、どっかから丸パクリしてきたとか、そういうのじゃない、オリジナルの」


 レツリンの目が細くなった。薄い唇が引き結ばれて……どうやら、思い当たったらしい。


「ゲーム外で読んできたものと被っているものはなかった。でたらめなものもない。全て、内容はある」


 それが聞きたかった。


 僕が本を渡すと、レツリンは机に戻ってすぐに開いた。そうとうな本好きか、それとも僕と同じような疑問を抱えているのか……いや、その両方でも矛盾はしない。


 レツリンがリアルでどれだけ本を読んでいるのか、僕にはわからない。だけど彼女はとりあえず、自身の経験と照らし合わせて現在の結論を述べた。


 彼女が読んだ二百冊の本は、リアルにはない、このゲーム独自のものだ。


 まだ断言するわけにはいかない。僕の持っていたサンプルが一冊から二百冊になっただけで、図書館やマーシャヴェルナの本屋にあったもののほんの一部にも満たない。もっと数をこなす必要はある。


 だけど、僕と同じ疑問を持っているプレイヤーがいた。


 こんなところに。


 格子を掴んだままレツリンを見ていると、それに気づいた正太郎が、


「おい」


 と声をかけた。なんだ?


 レツリンはこっちを見て、本を見下ろして、またこっちを見て。


 そして自分が持ってきた本を手に、近寄ってきた。


「交換だ。つまらんが暇つぶしにはなる」


 僕は別にその本が読みたくて突っ立ってたわけじゃないぞ。


 だけどせっかくだから受け取る。


 タイトルは『荒野に散る』。なんか凄いありがちなタイトルだ。


 壁の方に戻って、エイタローの隣に座る。小隊メンバーの奇異の視線が刺さる。僕がなんでこんなことをしたのか理解出来ていないみたいだ。そりゃそうだよな。


 二百冊。


 二百冊のオリジナルを創作するのに、何人がどれだけ机に向かえばいいのだろう。


 そして、CHの制作陣は、なぜこんなゲームと直接関係のない世界観作りに力を割いたのだろう。


 このゲームに対する違和感。


 まずはここから考えるのもありじゃないだろうか。


 そしてわかったことがある。


 少なくとも彼女らは、僕らへの接触にある程度の裁量が認められている。

 

 更に、たぶんレツリンはあんま嫌なヤツじゃない。







 だからって時間が過ぎるのをただ待つとかありえないから。


 僕はジェスチャーで、紙と筆記具を持ってないかみんなに尋ねた。普段の文字コミュはメッセージでやりとりするから可能性は低い。現に僕も持ってないし。


 だけど運良く、利家が持っていた。考察の時にメモを書き散らすのによく使うらしい。


 僕が書いたのは手紙だ。気づかれないよう、それとなくユージン達に影になってもらう。無駄な会話を続けてもらって、そのうちに姫代子が暴力(ユージンの髪をぐしゃぐしゃにする)を振るいだしたけどかえってリアリティが出るから止めない。


 相手が複数の時に話すと、これみよがしに作戦をばらすようなものだ。


 かといってメッセージも通信も使えないなら、手紙しかない。


 そして、相手はレツリンがいい。


 レツリンと僕は短い会話の中で情報を共有した。このゲームの本、少なくとも僕らが読んだ全ての本はオリジナルだと思われる。こそこそ喋ったわけじゃないから情報自体は全員が知ったけど、その意味を理解しているのは僕とレツリン、あとたぶんユージンは気づいているかも知れない。


 だから、相手はレツリンだ。


 手紙を手早く書き終わって、やっぱり見られないように速読した。内容は掴んでおかないと『読んだ』と言って返せない。ゲームのログを読み逃さないように鍛えた速読がこんなところで役に立つとは思わなかった。


 仕込みは数時間に及ぶ。


 理由も聞かずに協力してくれるみんなには感謝する。


 ちょうど六時をまわった頃、レツリンが本を閉じた。


 僕の準備は万端だ。


「読み終わってる」

「待たせたか」

「別にすることもないし」


 少なくともレツリンは気づいていないはずだ。正太郎は僕らがなんかしてたことを教えるかも知れないけど、別にそれはいい。


 ばれても問題ない。


 僕は『暗闇のベルタニーシュ』を受け取り、『荒野に散る』を渡した。


 手紙が挟んである。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ