僕らは攻略順序を間違えてるっぽい
「このランタンがなければ砦の地下には潜れない」
僕をごくあっさりと無視して、男爵は続けた。
「攻略組にしてみたら、なにが出てくるかわからない危険をずっと放置することになる。だからヤツらはこれの奪還を一番に考えている。見たところ今はローテーションでログアウトしているらしいから人類は手薄だ。そんな時期に二小隊を割いてまでこのあたりに来る。目的は見え見えだな」
さっきから男爵は姫代子に向かって喋っている。
男爵の読みは当たっている。ガランスギュエック以来、あの地下から何かが出てくる気配はないけど、それが安全を保証しているわけじゃないんだ。僕らのヘルプに来る小隊も、地下を見張ってなにか起きたら本軍へ知らせるために常駐している。
このまま進めたら、背後をなにに襲われるかわからない。だからまずは、砦の地下を探索しなけりゃならないんだ。
「違うって言ってるだろ」
だけど僕は、面倒くさいキャラで行く。
「本軍の動向をチェックしてるなら、僕が一部からハブられてるのくらいわかってるだろ。居づらくなったから除隊したんだよ」
気味の悪い薄ら笑いを崩さずに、相変わらず僕を見ないで、男爵は続ける。
「とりあえず、君をここから出そう」
姫代子に。
「なんですって?」
「君だけじゃない、そこのエイタローも、イイリコも。ミウルは愛想はよくないが客には茶くらい出してくれる」
なんだこいつ。
僕らを追っ手と断定しておいて、でもここから出すという(女子だけ)。男爵の一派は最大で十二人だから、確かに三人じゃなにもできないに等しい。でもここから出た姫代子たちはログアウトも通信も可能になるんだ。男爵の動きをジュリアさんや外のノリアキングに伝えられる危険性だってあるんだぞ。
ていうかなんで女の子だけなんだよ。
「俺も腹減ってるっす」
「土でも食ってろ」
ユージンの軽口に辛辣な言葉を返す。
何をする気かわからないけど、口や頭が回るのは確かなようだ。城に忍び込んでノリアキングから宝を盗むくらいだから度胸も実力もある。
マズいな。さっきから姫代子をずっと見ているのも作戦だとすると、男爵は目もいいらしい。この様子じゃ僕らはずいぶん早くから観察されていたようだ。
「ゆっくり話をしよう。ただのおしゃべりだ。警戒しなくても危害を加えるつもりはないし、別になにか聞き出そうってわけでもない。君たちがこんな所で夜を明かすのが辛いだけさ」
なんだこいつ。
「頭おかしいの?」
「馬鹿な……と言いたいところだが、混乱しているのは確かだよ。俺と君を引き合わせた信じがたい運命に戸惑っている」
姫代子が意気消沈していくのが見て取れた。
「あたし、パス……」
「残念だが」
口調こそ、表情こそ変わらないが、男爵の口から吐き出された言葉は、
「この誘いを断ったら、俺は君らとの接触を一切打ち切る。あと六年この中で過ごしてもらうぞ」
明らかに脅迫だ。一気に卑怯染みた手になった。
僕らと男爵は共にミウルと接触している。けど、明かな違いは、僕らは牢の中にいて男爵は外にいるということだ。
方法はわからないけど、男爵はミウルの信頼を得ている。男爵が「ずっと閉じ込めていろ」というなら、僕らはミウルと交渉するチャンスまでなくなってしまう。
エイタローが僕を見てきた。
正直な話、全く気が進まない。今姫代子をナンパしてるのだって裏に意図があるのが見え見えだ。牢から出すのが女性だけなのも、表面通りに受け取るわけには行かない。
なにを考えてるかわからない間にに、あんな男にエイタローを預けるのは危険だ。かといって下手に口を出してもうまくはぐらかされるだろうから滅多なことは言えない。
どうする。
「あんた……!」
「怒らないでくれ。俺は本当に話がしたいだけだ。俺のことを知って欲しいし君たちのことも知りたい。WWの時に染みついた夕闇男爵のイメージを払拭したいんだ。そうすればきっと……」
きっと、なんだよ。
盛大な姫代子のため息。まずいな、男爵にいいようにおちょくられてるのに気づいてるのか。
「私が行くんじゃダメかしら」
ずっと姫代子を見ていた男爵の目が、動いた。
僕の反対側に座っているイイリコさんに。
「もちろんあなたにも来てもらう」
「私、一人よ」
ぐ。なぜイイリコさんがここで。
男爵は目を細める。人を値踏みする時のクセなのか、それとも別の意図があるのか。
「美しい花をこんなところに咲かせておくのは忍びない」
「大丈夫よ、みんな慣れてるから」
歯の浮くような男爵のセリフに真顔で答えるイイリコさん。姫代子やエイタローにこの受け答えができるとは思えないから、男爵が言葉を交わそうとしている中でマシな人材を挙げればイイリコさんになる。
だけど男爵、こんな痛いセリフばっか吐くわけじゃないだろう。仮にナンパ野郎だったとしても、他にいろいろ手段を持っているはずだ。
「それに綺麗な花を二つとも手元に置こうとするのは贅沢よ。可愛い二人はあなたに近づけたくないわね」
イイリコさんを一人で行かせるのも問題だ。
男爵は笑みを崩さずに……どこか上機嫌で、
「それなら、今のところはあなたをもてなすことにしよう。二人のお嬢さんにもできる限り快適に過ごしてもらう」
「イイリコさん」
「食べれるわけじゃなし」
イイリコさんは僕に向かって、
「お姉さんに任せなさい」
男爵が満足そうに頷いて……しまった。
「なにあいつ」
イイリコさんを連れて男爵が姿を消すと、姫代子が腕をさすりながら言った。鳥肌でも立ったのだろうか。
「あれが男爵? 色ボケのバカじゃない」
「そう思ったんなら、うまく引っかけられたんだよ。目的はイイリコさんだ」
男爵は初めから、姫代子を連れて行くつもりはなかった。いや、三人でも二人でも一人でもいいけど、その中にイイリコさんがいなけりゃいけなかったんだ。
だから姫代子に対していちいち臭いセリフを吐いて、時には脅したりして感情を上下させたんだろう。イイリコ小隊の女性三人のうち、感情を一番表に出すのは姫代子だ。それをわかりやすくさらけ出すことで、イイリコさんに選択を迫ったんだ。
男爵がイイリコさんを知っている可能性は十分ある。二人ともWWではある程度名の通ったプレイヤー同士、サーバーは違えど聞いたことくらいはあるはずだった。例え知らなくても、この数日観察していたとしたら、メンバーの大体の立ち位置くらいはわかるはずだった。
イイリコさんは小隊長である以上に、みんなのまとめ役だ。そもそもWWでイイリコパーティを結成した張本人がイイリコさんだし、ちょっと失礼かも知れないけど母親とかお姉さんとか、そういう言葉が似合う。最近はいろいろ僕の好きにさせてもらってるけど、基本的に小隊方針の最終決定はイイリコさんの承認を聞いてから、が暗黙の了解だった。
リーダー。
男爵の狙いはなんだ。
「ちょっと待って、誰か来る」
エイタローの言葉に、僕らは声を落とす。直後にドアが閉まり、足音が響いた。
二人分。
注意深く待っていると、出てきたのはガーディアンと……
もう一人の職業は、タクティシャンか? 手に水差しみたいなのと本を持っている。
「こいつだ」
左目を閉じながら、ナイトが言った。僕を指さしている。
なんだ?
タクティシャン(たぶん)の女性は頷くと、被っていた帽子を脱ぐ。
「君たちが何かするとは思えないが、念のため見張らねばならない。こっちは好きにしてるから続けててくれ。私はレツリン。こっちは正太郎」
「武器と解放以外なら大体用意する。居心地はよくないだろうけど、捕虜だからな」
正太郎と呼ばれたナイトが続けた。
こちらの返事も待たずに背を向けて、隅にあるテーブルに歩いて行く二人。
あれが男爵の仲間か。
「レツリンさん」
試しに呼び止めて見ると、特に動揺もなくこちらを向く。
「あなたの職業、タクティシャンですか」
「二次職のスキーマーだ」
それだけ言って、席に着く二人。懐から出したコップに飲み物を注ぎ、特にこちらに関心もない様子だ。レツリンは持っていた本を開いて無表情に読み進め、正太郎は暇そうに髪を弄っている。
「とりあえず、イイリコさんを待とう。男爵打倒はそれから考える」
「ちょ、ちょっと、ジェストくん」
「ここまでやるんならあいつは敵だ」
袖を掴んでくるエイタロー。僕は姫代子とユージンに目配せし、すぐに外の二人に視線を戻す。
「まあ、向こうが交渉する気なんてなさそうですし。対価に姫代子さん達女性陣を求めるってんだからロクなヤツでもないでしょうし」
「ちょっと、ウチのリーダーになんかしたらボコボコにするからね、そこの」
二人に反応はない。あまりに幼稚な言葉だけど、とにかくいろいろ不穏なことを言ってみたにもかかわらず、黙れとかすら言わないのはやっぱりこちらに関心がないんだろう。
僕らをナメてるのか、それとも本気で興味がないのか。
それを見極めるのが先だ。前者ならむしろ願ったりだけど、後者ならちょっと面倒なことになる。とりあえず咎めないというならこっちも乗ろうじゃないか。
僕らが挑発染みたことを言い出したのが不安なのか、袖を握る力が強くなった。
「三人とも、こっちに。聞こえないように」
耳をそばだてる気配もない。こんな静かなところで話したらどうしたって聞こえるけど、それにしても聞く気はなさそうだ。
ユージン、姫代子、利家が寄ってくる。
「男爵はイイリコさんに、なにかしら協力を要請するつもりだ。まさか口説き落とされるとかないと思うけど」
「何をさせるつもりっすか」
「とにかくランタンに関係したもののはずだ。ワーム討伐ならわざわざ僕らに接触する必要はない。放っておけば僕らが勝手に倒すんだから」
「地下に連れて行く?」
「かもしれない。パーティ制限があるのかも。男爵の一派は多くて二小隊。人数の下限がそれより大きい縛りとかあったら、男爵達がどれだけ強くても地下には入れないから。もし地下になんの条件もないなら、数日僕らを監視したりせずに突入してると思う」
今のところそれくらいしか思い当たらないけど、他になにがあってもおかしくない。慎重に行こう。
「とにかく、ミウルと意思疎通できてるのは間違いない。だからその方法と、できれば僕らもそれを真似する。利家さん、ちょっと質問なんですけど……」
ミウル語愛好クラスタの参加者は三人。どちらも利家と連絡は取り合っているらしい。
「だとするとミウルと初対面の時、男爵の小隊にミウル語を話せたプレイヤーはいない。今ならもしかしたら多少は知ってるかもしれないけど」
「ミウル語が話せないと交渉できないなら、愛好クラスタがみんなはじかれてた場合詰むっすからね」
僕は頷いて、
「ミウルは魔力を使った交信でコミュニケーションを取る。それに似たことがプレイヤーにも可能なはずだ。職業で限定されるとは思えないから、可能性としてはアイテムかイベント」
そして僕は、あの二人に目を戻す。
あからさまに言うわけには言わない。こちらを見ていないのを確認して、僕は右手の指を左手でつまんだ。
レツリンと正太郎、そしてさっきあらわれた男爵の共通点。
同じ指輪をしている。




