日本語でおk
利家のご都合主義的な知識から得た情報によると、WWでヴェリーペア世界を闊歩するエルフと、僕らを包囲しているミウルの違いは以下。
・もとは清浄な空気でしか生きられなくなった突然変異種のエルフが生き残り、現在知られている。ミウルは魔物と戦い潰えた。
・ミウルの言語は古代エルフ語とも言うべきもので、エルフ語からある程度推測することが可能。
・ミウルは手足、そして末端の指が非常に長い。色は灰を被ったような浅黒い肌に銀色の髪。目は総じてエメラルド色。
・エルフより攻撃的。
さて。
「Ner rar quorts!」
彼らが叫んでいるこの言葉をどうにか翻訳してみる。昨日利家が聞き取った「逃げろ」という言葉とほとんど同じだけど、意味は逆だ。
『動くな』
彼らはそう言ってる。おそらく。
しかしなぜ、急に姿を現したのか。それも警告を伴って。僕らに襲いかかるつもりなら、のんきに昼飯を食ってた所をいつでも狙えたはずだ。イイリコさんがスキルを使ってばれたから、というなら、スキルを使う前に攻撃すればいいのだ。
だから、
「みんな、動くな。武器を捨てて害意がないことを」
率先して杖を放り出す。
観察。
いつだってそれが大事なんだ。
「Raralu!」
そう、この声だ。
甲高い女の声。
これが原因で、僕らは気づいた。
だからミウル達は『動かなければならなかった』んだ。
茂みから顔を出した、ミウルの少女を僕らが攻撃するかもしれないという、それを恐れたから。
「Raralu!」
少女の後ろから、声を上げながら女性が出てきた。やはりミウル。長い手足で肩をつかむと、惚けている少女を引き戻そうとしている。
「……ねえ、あれ、なんだろ」
小声でエイタローが聞いてきた。
「わからない。でも僕らがあの声に気づくまで仕掛けてこなかったんなら、問答無用で矢を射ることはないはず……」
「Der Kknauk omm!」
わかんね。でも喋ってる僕に言ったんだから、たぶん黙れとかそんなことだろう。ひときわ背の高い男が木から飛び降りて(着地の時に全然音がしなかった)、少女を抱えた女性に向かって言った。
「Dar rar no Raralu quorts.」
おっと、これは昨日言われたこととほとんど一緒だ。逃げろと女性に言った。なんとか聞き取れるぞ。それに女性と少女のせいで彼らの気が立ってるなら、いなくなるのは願ったりだ。
相手の語彙が少ないのはそういうバランスだからか、それともミウルの言語自体あまり表現の種類がないものなのか。古代語だからそういうのもあるかもしれない。
ええと、教えてもらった言葉はなんだっけ。
左目を閉じて、メモしておいた言葉を確認する。利家がほとんど喋らないから発音を覚えるのは苦労したけど、大体ローマ字読みの推測からなんとかなる。
「Ele dok ber nelery.」
彼女らが姿を消して十分時間を置いてから、僕は言った。
ミウルの戦士は片眉を上げる。僕らにもともと敵意がないなら、これで交渉の余地が生まれるだろうか。ちなみに『敵ではない』と言った。
「Vo dood shluf'Meiy ja?」
日本語で頼む。
全然わからんかった。横目で利家を見ると、ほとんど聞き取れない小声でぶつぶつ呟いていた。
「Vo……君たち……dood……意思を表明する……shluf……関係する……」
ミウルに精通する利家も、ミウル語がバリバリ喋れるわけじゃない。一つ一つ単語を聞き取って、頭の中の辞書と照らし合わせてようやく和訳できる。単語全部わかってるわけじゃないし、ちょっと英語のできがいい高校生くらいのレベルだ。
「Meiyの関係者か?」
かなり意訳した答えが出たようだ。
「Meiyってなにかわかりますか」
首を振る利家。知らない単語か、それとも固有名詞なのか。一番肝心な所がわからないとなると答えは慎重に。Meiyがミウルの敵なら、はいと答えた時点で僕らも敵だ。
なにか手がかりはないか。
ふと、ユージンが僕を見ていることに気づいた。
なんだか自信ありげだな。ということは根拠があるってことでいいのか。
「ユージン、答えて」
「間違ってたらオダブツかもしれないっすよ」
「いざとなったら逃げよう。一応みんな、準備して」
できるだけ相手を刺激しないよう、静かに伝達。
「Ele vrotte Meiy.」
ユージンは三語で返事を返した。
『私たちはMeiyを追う(追っている)』
つまり……つまり、ユージンはMeiyを『男爵(を表すなにか)』だと判断した。
いくらなんでも根拠が薄すぎないか。どこまでも賭けだな。
人類がここを訪れる理由は限定される。そもそもの前提として、人間は魔物に攻め立てられ最南端まで勢力を減じていた。ここ一年で少しずつ領土を取り戻し、この森に手が届くに至る。
この動きをミウルが知っていたのなら、僕らが魔物と戦っていることもわかっているはずだ。それに昨日、僕らは魔物であるワームに襲われ、その警告をミウルから受けている。
その僕らに『関係者か』と聞く場合、たぶん、おそらく、そこに『魔物』はかからない。人間側のなにかがかかる。『(魔物と戦う誰かの)関係者か』
そして少し前にここにいたかも知れない、魔物と戦う誰か。
僕らに近しい生き物。
昨日、メンデルが見たかもしれない人物。
「Der totzs.」
ミウルの戦士が言い、男達が木から降り立った。全員、僕らより背が高い。区別がつかないほど似ているけど、肩の辺りにある模様が少しずつ違う。
「Ele dok vavaa vu tat. Plui ner quorts. Vo dok thraz maeskarittb.」
「みんな動くな。じっと」
何とか聞き取れた部分だけ。Pluie ner quortsは「だが動くな」だ。そのほかの部分はわからないけど、危険度の高い単語が出たら即座に利家が行動に出る手はずになっている。微動だにせず頭をフル回転させているであろう利家が動くまで、僕らはなにもしない約束。
「Der huha.」
男達が僕らの合間をぬって、放り出した武器を回収し始めた。戻ってくるんだろうな。
六人全員の得物からエイタローの刀を取り上げ、
「Dar beral joda.」
「他に出せ」
すぐに利家が通訳する。僕らが持ってる武器を全て取り上げるつもりか。
「言うとおりに」
といっても、サブウエポンの概念は二次職からだ。だからナイフを投げることもあるイイリコさんが予備の二本を捨てただけだ。
「Joda?」
「Ele beral bartu.」
利家が返事をする。私たちは出した……bartuってなんだ。全部って意味か?
「Dar toe!」
戦士の一声で、他の男達が僕らの腕を掴んだ。
そんで、放り込まれた。
「……」
言葉もない。異言語コミュニケーションがこんなに大変だとは思わなかった。使われた語彙が少なくて助かったけど、どんな単純でも一晩で覚えられるわけあるか。利家がいなかったらたぶん敵対は免れなかっただろう。
「やっぱり隠されてたんだね」
イイリコさんが呟く。
僕らは今、大木のうろを利用した牢屋のような所にいる。ご丁寧に『捕虜』のステータス異常が付与されてるからログアウトもできない。ただゲームの進行としては間違っていないから、ログアウトしなきゃいけない理由も今のところないけど。それに時間進むしな。こういうときはできるだけログアウトしたくない。
ここに連れてこられるまで、一度景色が変わった。森の中を歩いていたはずが……いや、森の中は変わらないんだけど、あのジメジメした薄暗い森から、城の近くにあったような快適なところに変化した。
ミウルの隠れ里だ。
なにかやってるに決まってるけど、これは幻覚なんてもんじゃない。異空間みたいなもんだ。もしかすると地図上でかなり離れた所に転移するような仕掛けかもしれない。
「利家さん、さっきの会話、わからないところが多かったんですが」
無理に脱出するまでもないので、答え合わせをする。といっても利家も理解出来なかった箇所があって、結局わかったのはbartuが『全部』。そしてvavaaが『殺す』を意味することくらいだった。dok vavaa vu tatは『今はお前達を殺さない』。あ、あとたぶんhuhaは『拾え』。
もともとエルフが喋っているのはWW運営が作った人工言語だ。だから文法自体は既存の、とくに簡単だと言われている英語がもとになっているらしい。いくつかの例外と単語をたくさん覚えれば、本当に初歩的な読み書きはできるようになっているとのことだった。しかし資料もほとんどない中、彼の属する研究クラスタはよくやるもんだな。
「殺すつもりがなくて、武器は取り上げて。住処には案内したけど牢屋。ユージン、あたったかもしれない」
「つーかあたってますよ。Meiyを追ってるって言ったら、包囲を解いて態度が軟化したんすから」
ちゃんと予防線を張ってたとは思えない言い方だ。「Meiyを追ってる」と言えば、例えばMeiyがミウルと敵対していた場合も、討伐のために追っているという言い訳が立つ。そこら辺も踏まえて、ユージンは言葉を選んだんだ。渡された単語表から選ぶ時間なんてほとんどなかったろうに、頭まわるよな。
だけどユージンの言う通りだ。もしMeiyがミウルの敵なら、僕らをここに案内する意味はない。
意外と近かったし、早かった。
ミウルは男爵と接触している。そして少なくとも、敵対していない。
「じゃあ、男爵は逃げるかな」
エイタローが言った。
「ミウルに追ってるって言ったし」
「それならやっぱり、ミウルは僕らを追い返すと思う」
「じゃあなんだっていうのよ。男爵が『追ってくるヤツがいたら捕まえといて』とか言うの?」
「その通り」
姫代子の言葉に答えたのは、僕らの小隊じゃない。
牢の外から。
男がうんこ座りで、いつの間にかそこにいた。
「俺が頼んだんだ。きっと俺を追ってくるのがいるから、丁重に案内しといてちょうだいって」
そいつは……
こんなファンタジックな場にそぐわぬ、タキシードにマントという出で立ち。仮面で顔を半分隠していて、手には脱いだばかりなのかシルクハットを持っている。脇にはいつ置いたのか、黒く塗られたステッキ。
安直すぎる出で立ち。
ニヒルな笑顔で、僕らのことを珍しい小動物でもみるかのような。
「……男爵……」
「待ってたんだぜ。半年もここで。姫代子」
「は?」
突然呼びかけられて驚く姫代子。待て、常識を忘れるな姫代子。
「先に遠くから名前確認してたんだ。ペースに流されないで」
だけど、姫代子がのまれかけたのもわからないでもない。
男爵の出現はまさに僕らの虚をついた。おそらく近づいたのも隠密の類いのスキルを使ったんだろうけど、それを予想する時間も与えずに、思考を許さない速さで『現実の常識』を超えた演出をしかけたんだ。
CHはゲームだ。だから左目を閉じればメニューが出るし、視界のプレイヤーの名前も表示される。僕らなら体に染みついていることを、ほんのわずかな間だけでも忘れさせる。
嫌なヤツだな。
「目当てはランタンだろ」
だから、こっちも簡単に答えてたまるか。
「違う」
僕は言った。
おまけ
ミウル語の初歩の初歩
例文:Dar rar quorts.
Dar:命令を意味する。動詞が続き「~しろ」となる。
rar:「そこ」。ミウル語は強調する語が合った場合、動詞の前に置くことがある。これは個体によってまちまち。
quorts:「(体を動かして)素早く移動する」。意訳として「逃げる」となる。ミウル語の移動に関する動詞には「自身の体を使用して」と「(魔法を使うなど)肉体を使わず」という二つの語がある場合が多い。
例文:Ner rar quorts.
Ner:否定の命令を意味する。「~するな」となる。
例文:Der Kknauk omm.
Kknouk:「閉じる」
omm:「息吹」。転じて息をする「口」。
ミウル語には「喋る」「声を出す」という単語がない(ささやくという意味の単語はある)ため、Nerを使った「喋るな」と直訳できる文は作れない。
ミウル語は基本的に単語の変化がなく語彙も少ない(「喋る」とか「声を出す」系統の単語はほぼ無い)。魔力を使用しての意思疎通、非言語コミュニケーションが主なので言語が発達しなかったため、文法も単純である。そのため多少勉強すれば容易に「初めの一歩」は踏み出せる。
ただし一つの単語が多くの状況でニュアンスを変えるため、完全話者になるのはほぼ無理。完全話者になったとしても、魔力コミュの補助言語でしかないため、ミウルと本当の意味で齟齬なく会話するのは難しいだろう。




