ミウルを探してえんやこら
オルトノグェイクから続く山脈が終わりを告げたところにスコイア湿原帯はあるが、木々は引き続き茂っている。びっくりするほど広い湿原を囲むように鬱蒼とした森が広がっているのだ。ジメジメした湿原を腹に抱えているからかしらないが、このあたりまで来ると森の中も薄気味悪い。光が届かず薄暗いし、すえた臭いで満ちているし、おまけに冬が近いからかなり寒い。
あくまでゲームだから、真っ裸に近い姫代子やイイリコさんでも風邪をひいたり凍死したりすることはない。けどやっぱり、なんか寒いと思い続けてたら体も引きずられるものだ。プラシーボ効果の亜種みたいなもので、ここ数戦、ふたりの動きが目に見えて悪い。リアルに比べたらずいぶん体感温度は鈍感なんだけど、よっぽど寒いんだなこのあたり。
「……」
何も言わないけれど、利家の顔が気まずそうなのがわかる。そりゃそうだ、ガートランドの立ち位置はヤツの器用さと長い槍だからしっくりきていたのであって、しかも長年組んできた僕らの間で熟成されきっている。合わせる努力はお互い最大限に行っているけど、完全に息を合わせるのは難しい。
でも気にしなくていい、と思う。このゲームは新規の流入やリアルの都合がないから、自然と各小隊のメンバーは固定されつつある。だけどMMOじゃ初対面とパーティ組んでクエストとか当たり前のことだ。
イイリコ小隊はちょっと付き合いが長いから、暗黙の了解とかいろいろできちゃいる。でもそれを理由に他人をつまはじきにすることはないと断言できる。
「着る。もう着る」
砦で仕入れた防寒着をいそいそと取り出すイイリコさん。防寒着、といってもシーフ用の薄い長袖だ。僕やユージンみたいな厚手のローブに比べたら薄布一枚の頼りなさげなものだけど、そこはそれ、ゲーム用にご都合主義である。
まあ、リアルみたいに厚いコートとか着たらシーフらしい動きできなくなるし。これでも一応重量が増えて動きが鈍くなるらしい。リアルさとゲームらしさのギリギリの妥協点みたいなもんだ。なんか中途半端だけど。露出が激減したけど。
なんかすげぇ違和感あるけど、今までイイリコさん、ほとんど裸みたいなアバターだったもんな。これもゲームたるゆえんか。
「姫代子ちゃんも着たら?」
もうちょっと頑張る、と姫代子は言った。なんで頑張るのかはわからない。
「それより、昨日見たのこのあたりでしょ?」
利家を見た。僕はすぐに沼の方に気を取られたので、ミウルは一瞬しか見ていない。ちょっと自信ない。
何か言おうと口をもごもご動かして、利家は結局頷くだけだった。
「それっぽいものなんにもないけど」
エイタローがうろうろしている間も、利家の指が高速で虚空を打鍵しているのがわかった。また結構な大作がくるらしい。
「イイリコさん、スキルでお願いします」
利家の一大叙事詩を要約すると、僕の発言のようになる。『森の種族である彼らの痕跡を人が見つけるのはかなり難しい。鋭い五感に長けたものでなければ見つけるのは難しいだろう』。つまり探索技能だ。サクラ小隊にもハンターの陽炎がいるけど、朝から別行動だし。
「あたし捜し物にはあんま振ってない……失敗……失敗。ちょっと待って、聞き耳してみる」
イイリコさんが試したのは、たぶん新しく仕入れた『探知』『目星』の二つだろう。探知は指定した対象の関連物がないかを調べるスキル。今回は「ミウル」と指定すれば、イイリコさんが知ってる知ってないは別に、技能判定でミウルに関係したなにかが見つかる。その対象物に対して知識があれば成功率にプラス。利家の力作を読んでも失敗ならスキルレベルが低すぎたか、あるいは成功難度が高いのか。
目星は、とにかくなんでもいいから怪しそうなものをマーキングするスキル。スキルが成功した場合、左目を閉じると視界の中の怪しい箇所が光る。どっちも失敗だ。
僕らは立ち上がった。ここに来た小隊にシーフかハンターがいないという可能性は大いにある。から、探すのに探索技能が必須ってわけじゃないだろう。と思ってはいても、妙な所で意地悪なCHの事だ。探索技能がなかったら絶望的な難度であってもおかしくない。
シーフがいるならスキルに任せる手はないだろう。聞き耳が失敗したら、目星なんかが再使用可能になるまでの三十分、また頑張ればいいだけだ。
「静かに」
イイリコさんが呟いた。僕らは口をつぐむ。
「東の方、ずいぶん遠いけど……なにか歩いてる。二足。数は二つ。大きさは人間と同程度」
この場合、スキルを使用しているイイリコさんには音の他に仮想ウインドウで情報が表示される。それを読み上げているのだ。
ビンゴかもしれない。でも二足で人間と同程度、となるとキラーマンのような人型モンスターも含まれるから絶対じゃない。だけどやっぱり、調べないわけにはいかない。
「時間切れ。二キロ先ね。一応マークしたから共有する」
二キロ。ずいぶん遠いけど、それでもこの湿地の大きさに比べたらわずかだ。たぶん。
僕らは湿地を左に見ながら早歩きで進んだ。できるだけエンカウントしたくないから潜伏は張ったままだけど、ある地点を基準にするのとは違い、イイリコさんを中心に張った場合、潜伏率は落ちる。たどり着くまでに三回、猿とエンカウントした。
「MPきれました!」
ユージンが叫んで、僕はエイタローの援護に猿を一匹回す。
ガートランドの役目は、今は姫代子がやっている。エイタローが防いで、イイリコさんが引き受けて、利家が数を減らす。前衛の動きはだいたいこんな感じに落ち着いた。利家は攻撃的サムライなので、下手すると姫代子よりも攻撃力は高い。姫代子は姫代子で、ガートランドのリーチの長さを素早さで補っている。なんだかんだでうまくまわるものだ。
それより僕がヤバい。
レベルがある程度上がってきたことにより、ネクロマンサーの貧弱さが浮き彫りになっている。魔力以外の成長率がかなり低い。肝心の魔力もライトメイジやフェアリーメイジには敵わないし、なにより『躁屍』は全ステータスの合計値を相手のそれと比較し、それで成功率、操れる時間が増減する。ノリアキングを操った時間が異常に短かったのもその仕様のせいだ。
早いとこ転職しないと、モンスターを操れるという長所が生かせなくなってしまう。
「さっきから叫んでるけど、これ聞こえたら隠れるんじゃない?」
戦闘後、すぐに移動を再開しながら、イイリコさんがいった。
「ミウルから隠れるために連携がおろそかになったら元も子もないです。いなかったらもう一度探索スキルお願いします」
「久しぶりにシーフらしいわねぇ」
暇さえあれば盗んでおいて何を。
三十分後、僕らはマーカーの地点に到着した。
ぱっとみ変わったところはない。今までと同じ、森だ。
やっぱり左手には湿原帯が見えてて、さっきと同じように対岸が意外と近くに見える。
もしかしてこのまま進んだら意外と抜けられたりしないだろうか。
と言う考えはナシ。昨日もそれで痛い目を見た。それにあのワームをなんとかするのはここを抜けるためだけじゃなくて、後の安全を得るためでもある。
「やっぱ三十分もあったら移動してるっすね」
とりあえずイイリコさんにはスキルを再使用してもらう。
「いた、ミウルだわ」
今度は『探知』が成功したようで、ミウルの足跡を発見できた。
僕らが追いかけているのはモンスターじゃない。
「南に向かってる足跡ね」
イイリコさんが見下ろす土や草の上には、もちろん足跡なんて見えない。それだけ巧妙に隠されているということだ。
「どっちから来てるっすか」
「私たちと同じほう」
……ん?
「同じ方から、南に?」
「そうみたいね」
落ち着けよ、ちょっと変な気がするけどロジックで考えるんだ。
「利家さん、ミウルは夜行性でしたっけ」
首を横にふる。つまり夜は寝る。今は朝の九時半。何時に起きるかはわからないけど、そんな時間に『僕らと同じ方から来た』。
「ここから南に。とすると……ううん?」
「こういう見方もあれっすけど、ミウルがパターンで行動してるとします」
そう、パターンだ。ここまで戦闘を挟みながら、でも急いでやってきた。ミウルがここを歩く場合、のんべんだらりと散歩するわけじゃない。瘴気の強い湿地がすぐそこだし、モンスターも多い。魔王と対立して滅びた種族ならモンスターも敵だろう。
「歩哨、って考えはありっすかね」
「なくはない。ワームやモンスターの危害が及ばないように、見回ってるとしたら」
「そんで昨日の日没あたり、山との境にいた」
「イイリコさん、今どのあたりです」
ちょっと静かにしてて、とイイリコさんは聞き耳を実行する。
「成功……一キロ先」
つまり大体三十分で一キロ移動したわけだ。ずいぶん遅い。かなり警戒してるか、モンスターと戦っているのか。
「近いからもうちょっとわかるわ。茂みがまばらだから、森の端っこね。たぶんそこが南端だと思う」
「利家さん、ミウルは森から出ますか」
聞いてみたが、返事までの間に僕はメッセージの内容を思い出していた。森を愛する種族。彼らはよほど出なければ森を出ない。
となると、そこからどっちに曲がる? 森は東西にまだ広がる。
「移動しましょう。次でミウル達のルートが掴めると思います。今度は一キロ進めばいいんで、慎重に。モンスターに見つからないように」
森の端。ここから南下して三日ほどあるけば、山脈の切れ端みたいななだらかな斜面。そして山の向こうにアーシュアがあるはずだ。
この平原もそのうち探索するだろう。今はまだ。
スキル再使用まで五分ほど必要だったので、その間に僕とユージンで予想経路をまとめた。
「西に曲がってる場合、昼過ぎにはワームと出会ったところにつく。つまり一日に二周してる可能性がある。西の場合は……ちょっと予想できないな」
「東の場合は八の字を描いてるかも知れないッス。そうすると日没当たりにワームの所につくにはこういうルートで……」
共有したマップにいろいろ線を書いてると、
「ごめん、どっちも失敗」
イイリコさんが申し訳なさそうに言った。
「聞き耳はどうです?」
「試すよ。三回連続で成功するかな……」
耳に手を添えて、目を閉じる。
ここで情報がなかった場合、ちょっと困ったことになる。せめて方角さえわかれば範囲が絞れるから、できれば成功して欲しい。といっても、こればっかりは乱数に影響されるので仕方ないことではあるけど。
「……あれ? なにも聞こえない」
「失敗ですか?」
「違う……これ成功してるっぽいけど、聞こえない」
……ええと、
「例えば、歩いてないとか」
「足音が一番大きくなることが多いからそう思われがちなんだけど、聞き耳って足音聞くスキルじゃないよ。歩いてなくても、衣擦れとか、会話とか、そういうの聞こえるものなんだけど」
「潜伏使った場合は、確か聞こえなくなりますよね?」
「そうだね、相手のスキルレベルと対抗判定あるから……つまり、気づかれた?」
違う。たぶんそうじゃない。
「僕らから隠れるつもりなら、戦闘で大声出した時に潜伏してなきゃおかしいです。二回目の聞き耳のときです。そうじゃなくて、どうして今かって……」
なるほど。
「ここから一キロ、しらみつぶしにしましょう。この範囲内にミウルのすみかがある可能性があります」
他にも可能性はある。例えば高レベル帯のモンスターを避けるためとか。
ただ追いかける僕らはどこかで決め打ちをしなけりゃならないわけで、それが今だと思った。ミウルが僕らを避けていないようである、というのは実感してきているけど絶対じゃない。となると、すみかを見つけてそこを訪ねれば隠れるも何もないだろう。万が一敵対的だったとしても、姿を見て交渉する余地が生まれるかも知れない。
ミウルの足跡が消えたのが、例えば住処にたどり着いたからだとしたら。
もしくは住処が近いから、モンスターや部外者に足跡を辿られぬように潜伏を使ったのだとしたら。
そう考えた場合、彼らが三十分で一キロ進んだという情報がある。これだって絶対じゃなくて、途中で速さを変えた可能性だってあるわけで、でもまずは同じだと仮定する。このアテが外れたら『近くに住処はない』という情報が新たに手に入るから、スキルと頭でまた調べればいい。
つまり、三十分前までここにいたミウルが三十分の間に移動できる範囲。半径一キロメートルの円。ただしここから南は平原なので、森から出ないミウルに取っては半円の範囲。
僕たちは来たから歩いてきたから、その近辺にはない。
となると、ここから北東一帯と北西一帯のどこか。
まずは北西からあたってみよう。これは昨日、ミウルが日没あたりにワームの所にいたというのが前提となった方針だ。ここから北東に住処があるなら、ワームはわざわざ調べに来るほどの脅威ではないはずだ。この辺は実際のミウルの目的がわからんからやっぱり予想になる。
いつだって穴だらけだ。でもそれでやってきた。今回もいこう。
少し休憩した後、僕らは北東一帯を舐めるように這い回った。イイリコさんにも頑張ってもらい、三時間で探索技能をフル使用してもらった。
地図が大体埋まる頃、僕らは間違っていたかと思い始めた。遅い。
「なんかあるのは間違いないんだけど」
というのは、イイリコさんの目星にいろんな反応があるからだ。探知は一度も成功しなくて、これはミウルの足跡の消し方がより丁寧になっている可能性もなくはないんだけど、逆に目星でいろんなところが光っているらしい。
昼も過ぎ、腹が減ってきた。
とりあえず弁当を食べて空腹を回復。念のため食料は多めに持ってきたけど、それでも一週間分もない。途中、どうしても採取が必要になるだろう。
「目星に反応があるのはダミーか、それともあたりか」
難しい所だ。ほとんどギャンブルの域である。
WWにも隠された場所というのはあった。条件を満たせば異空間なりに立ち入ることができる特殊な場所だ。
「ミウルは幻覚も使う。これで住処を隠してる可能性もあるんですよね」
利家が頷く。そうなると目星がますます怪しく見える。
「じゃあ、腹ごしらえがすんだら念のためもうちょっと探しましょう。それでダメだったら東の方に。そのついでに城への道があるかどうかも確認しておくのがいいと思います。ちょっと距離は足りないですけど」
というわけで、十分後。
なにはともあれ、イイリコさんの聞き耳。
静かに、黙って、イイリコさんが何かを聞き取るのを待つ。
「Raralu!」
……
……
ん?
「聞こえた」
イイリコさんが呟いた。
「近いよ! すぐそこ」
いや、ちょっと。
「僕らにも聞こえました」
「え?」
しゃがんでいたイイリコさんが僕を見上げた。
その目が、僕の肩を素通りして、背後の樹上へと滑った。
悪寒。
「Ner rar quorts!」
不意に降り注いできた、男の声。
それと同時に、僕らの周りが急激に騒がしくなった。
「Ner rar quorts!」
「Ner rar quorts!」
ちくしょう。
メシの時は気が緩むって、ホントの事だ。
十数人のミウル。全員が木の上から、僕らを弓矢で狙っている。
僕ら、いつの間にか囲まれてるぞ。




