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さらばガートランド

 二時間後、2000字制限のメッセージが7通、やっと利家の知っている情報を把握できた。


 びっしりと書き込まれたメッセージを読むのは心底骨が折れたけど、おかげでミウルがなんなのか非常によくわかった。


 なんか聞いたことあると思ったら、WWで登場していたNPC種族だ。


 WWやCHでは、プレイヤーが選択できるのは基本的に人間である。一部二次職三次職で「竜人」とか種族が変わる例外もあったけど、あくまで基本的には人間だけだ。


 人間とモンスター。シリーズにはそれに加え、ゲーム世界で暮らす第三勢力、NPC種族がある。


 砦で戦ったホビットを初め、人間に友好的なのもいれば敵対的なのもいる。ミウルはそのうちの一つ。クエストに関わってきたり集落を築いていたりと結構なウェイトを占めるけど、ミウルを僕が、というか利家以外の誰もが思い出せなかったのには理由がある。


 正確に言うと、ミウルはNPCとして誰一人登場しないのだ。


 かつて魔物と戦って絶滅し、今はマップのごく一地域にだけ、その名を示す文献がわずかに存在する。歴史の中には確かに登場しているけど、ゲームプレイにはほとんど関係ない。知ってたら世界の見方が少しは変わるかも知れないけど、知らなくても支障はない。ミウルをテーマにしたクエストもなく、ほとんど裏設定のようなものだ。


 とはいえ、利家の築き上げた情報の山を眺めていると、記憶の底からぼんやりと浮かび上がってくる。


 なんで利家が知っていたかというと、ヤツがとんでもないほどのフレーバーマニアだったからにほかならない。とにかく無駄に詳細に定められている世界観を調べ尽くし、二次創作のネタにし、あるいは知ること自体が目的のプレイヤーは必ず一定数いる。僕らに取って幸運だったのが、そういうプレイスタイルで利家が戦闘攻略重視のパーティに所属しなかったことだ。サムライは三次職の守護神とか剣聖とかになればソロでもそこそこいけるから選んだんだろう。戦闘を主としないプレイスタイルで500人に選ばれたという事であれば、彼がどれだけWWの世界に没入していたかが想像できる。


 サクラさん達の小隊に入ったのはある種の妥協点だったようだ。もともとソロで楽しもうと思っていたところに小隊推しのシステムで、更にノリアキングピラミッドに吸収されかけていた利家は同じようにマニア気質のはぐれもの集団に交じることを選んだ。


 多少不便であっても好きに世界を研究したいという、これも遊び方の一つである。ノリアキングが聞いたら羨ましがるだろう。


 それにしても驚くべきは、利家が失われたミウルの言葉までもある程度理解していることである。音声データなんかなかったろうによくもまあ聞き取ったものだ。


 その点についても長々と文章が送られてきたけど、とりあえず今は関係ない。


「少なくとも敵対的じゃない」


 たき火を囲んで、僕は言った。さすがにみんな疲れた顔をしてる。


「危険が迫っていることを教えてくれたんだ」

「だからといって友好的とも限らない。あんたたちが見たミウルが友好的だと仮定しても、種族全体がそうかはわからないわ」


 姫代子の意見ももっともなのだった。


「話を整理するよ。この湿地を越えるか、城まで戻って北上するか、東域を探索するならこの二択。どっちを選んでもデメリットは、まあ、あるけどね。軍団長としてはどう?」


 このまま湿地を越えるにあたり、必要なのは無限ループなのかそうでないのかがまず重要になる。無限ループならそれを打破する方法を探らないといけない。かといって無限ループでなくとも、一日で渡りきるのは無理だからどうしてもあの化け物と戦う必要がある。ゲロを食らったらまともに動けなくなるので、その対策が必要になる。それにあれが一匹だと決まったわけでもない。これについては今、城からの情報を待っている。

 情報源として一番可能性が高いのはミウル。ただすんなり情報をくれるかどうかがわからないし、情報をくれたとしても今の僕らでそれをいかせるのかもわからない。と言う風に、このまま進もうとするのはバクチ要素が強い。

 城まで戻って北上する選択は、単純に時間がかかる。ここから砦を経由して城に戻るのに、どんなに急いでも五日。そこから北上で一週間ほど遅れが出る。これは男爵に与える猶予が多くなる点、攻略が遅れる点で痛い。それに遅かれ早かれ、またここに舞い戻ってくるハメになる。中央部へ近い砦への道は多いほどいいんだ。


 イイリコさんの問いかけに、答えた。


「僕は、ミウルがいたあたりを調べたいです」


 つまり、このまま湿地を攻略したい。砦や城からそう離れていないから、今のレベル帯で攻略できるのではないかという推理と期待がひとつ。もう一つはやっぱり、帝の言葉にせかされているんだろう。


 一日でも早く、転職拠点を見つけたい。転職はステータスの上昇が著しい。二次職に上がるだけで、戦力の強化としてはかなりおいしい部類に入る。


「あたしらはそれでいいよ。こっちは時間も余ってるし、どっちにしても東域を探索できるなら」


 うなずくサクラ小隊の面々。新素材の発見が目的だから、それはわかる。特に利家は、ミウルと接触したくてさっきから落ち着かない、ように見える。


「みんなの意見はどう」


 最初に発言したのは姫代子だった。


「独断でルート変更して、またフラフラ変えるならぶっ飛ばそうと思ってた所よ」


 これは賛成ととっていいのだろうか。いや、すっとぼけるのはやめよう。姫代子の辛抱強さをありがたいと思う。同時に僕が軍団長として未熟なのもかなりこたえる。マーシャヴェルナ斥候のときは突っ走ってたけど、改めて人の時間を預かることがこんな大変だとは思わなかった。長いことパーティリーダーやってたイイリコさんを尊敬する。


「俺は現レベルで突破できるに賛成っす。メタで申し訳ないっすが、敵であれ味方であれ、ミウルが鍵なのはこの配置じゃ間違いない。探索しましょう」


 あっぱれなメタ読み。


「エイタロー、ガートランド、どうかな」

「詰まらなきゃいい。だからお前らがいけるってならこのままでもいいけど、焦って変な失敗すんなよ」

「あの……」


 妙にかっこつけたガートランドのあと、おずおずとエイタローが、


「僕は、城に戻った方がいいかな」







 わずかでもショックを受けなかったと言えば嘘になる。


 実際の所、僕は全員が賛成だとほぼ確信した上で話を振った。サクラ組は前述の通りだし、ユージンの考えも予想通りだ。姫代子だけが確信を持てなかった。


 まさかエイタローから反対の声が上がるとは思わなかった。


「理由は……その、ええと」


 前々から自分の意見についてはおおっぴらにしてこなかったエイタローだ。盾宣言はあの時点じゃずいぶん思い切ったように感じてたな。


 だから、ここで反対する理由を僕は知りたかった。


 それだけのものがあるはずなんだ。


 エイタローが真琴だと知っている今だから、余計に知りたい。


「……」


 困ったような顔で黙り込んでしまい、気まずい空気が流れる。困ったのはこっちだ。責めるような言葉は厳禁だし、理由の伴わない意見を了承するのも無理だ。


「ちょっと待って」


 沈黙を破ったのはイイリコさんで……思わず僕は心臓が跳ねた。


「城から通信入ったわ。ちょおっとジェストくん借りるね」


 エイタローも驚いた表情のまま固まっている。


 僕のセリフだ。ちょっと待て。


 城から通信?


 腕を引っ張られて、たき火から離れる。


「ちょ、ちょ、通信なんて隠すこともないじゃないですか。なんでこんなに」

「通信なんてないわ」

「え?」

「だってジュリアさんにメッセージ送ったの、ジェストくんでしょう」


 左目を閉じて周りを見渡すイイリコさん。真似すると、ここはどうやら隠密の有効範囲ギリギリらしい。境界線が可視化する。


「確認させて欲しいんだけど、ログアウトした時、本当に体調に問題なしだったの?」


 なんだなんだ。


 なんで今、そんなことを確認するんだ。


 その問いが起爆剤になって、僕の思考が繋がり始める。CHが始まってエイタローはしばしば意見を言うことが多くなったが、大体が僕に関係することだった。


 うぬぼれてるとツッコミが入りそうだけど、そう実感している。それと今の問いで、


「もしかして、僕を心配してるんですか? このまま神経すり減らすような状態が続いて」

「あの状態になるより、一休みも兼ねて城に戻って、ここより優しいかもしれないルートを探るほうがいい」


 食い気味にイイリコさんが引き継ぐ。


「彼女がそう心配するのは、ログアウトしたジェストくんと一番長くいたのがエイタローくんだから。理由を言わないのは、君に口止めされていることが原因だから。どう?」


 裏を読みすぎ、とは言えなかった。


「もし私たちに隠してて本当はかなり辛いなら、遊撃軍団長は私が引き継いだ上で城に戻るわ」


 ……なるほど。


 エイタローの真意はわからないけど、本当にそう考えているなら少し嬉しいような気がする。


 だけど、


「ダメだったらまた強制ログアウトされてます。医者の伊佐木さんやアドバイザーの帝さんから許可が出てますし、気分が悪いとかもありません」


 多少嘘をついた。伊佐木さんはどう考えてもゲーム復帰に賛成していなかったし、頭の隅には依然、もやが残っている。


「むしろ気分がいいくらいです」


 これは本当。


「私、人の嘘を見抜くの、うまいほうじゃないのよ」

「嘘じゃないですって」

「でも警告。これから絶対に目を離さないし、確信したら絶対に止めるからね。鬱陶しいかもしれないけど、これ、迎えに来てくれたお礼だからね。ジェストくんはゲームの中での私を大切にしてくれたから、私はリアルのジェストくんを大切にする」

「本音は」

「ジェストくんがリタイアすると良いとこ全部ノリアキングにもってかれる。悔しいじゃない」

「がめつい」


 使いどころが違うと言われた時、目の端にメッセージアイコンがポップアップした。


「城からの返事が来ました」


 こりゃちょうどいい。ジュリアさん発信元のメッセージには、念のため頼んでおいたことの答えが書かれてあった。



『同じような絵が石壁にありました。おそらくボスだと思われます。名前はブラガワームです』








 再びたき火を囲んで、


「明日はミウルを探します。あのモンスターはボスの可能性が高い。となれば一度、どうにかして倒せば安全性が高まる。念のためジュリアさんに、砦に出てきている小隊二つと連絡を取ってもらっています。合計四小隊。ガランスギュエックやベスラム戦に比べるとこっちの戦力は少ないですが、そこはどうにか考えます。ここを抜けましょう」


 エイタローの不安そうな目を見ながら、僕は頷いた。


「大丈夫」


 エイタローが話してくれるかはわからないけど、僕のことを心配してくれているのならここが正念場だ。僕が大丈夫だってことを、真琴に教えてあげないといけない。言葉だけじゃなくて、いつも通りのジェストを見せることで。


「少なくとも、その二小隊が到着するまでは戦わない?」


 サクラさんだ。


「そうですね。最短で二日程度。ミウルとの関係によってはもうちょっとかかるかもしれません」

「じゃあ、一つ提案があるんだけど。ここで一旦別れようと思って」


 サクラさんの話はこうだ。


 ボスと戦うなら、そして戦力が不十分なら装備は充実していたほうがよい。僕らはガランスギュエック前に一段階強化してもらったとはいえ、ほとんど初期装備だ。勝率を上げるために一新した方がいい。


 だから、そのための素材集めに、サクラさん達はしばらく山を探検する。二日間で適正レベル程度には成長しているので、メンデルの異常なまでの回復への執念を考えれば数日は保つ。そこら辺の鉱石をガンガン掘るので、その間に僕らにミウルと接触して欲しい。


「ただそれだと……」


 横目で利家を見る。何も言わないがあからさまに不満そうだ。こちらとしても、ミウルについて詳しい利家には頼りたい。


「そこでだよ」


 エイタローは最前線の盾役である、という僕らの事情を鑑み、


「護衛にガートランドくんを貸してほしいんだけど」


 化け物退治までガートランドと利家をトレードしよう。


 という。


「お願いします」

「出たよ、俺の事情を顧みない即答」

「事情あるなら考えるけど」

「戦ってる方がわかりやすくていいわ。そっちは任せる」


 なんだそりゃ。


「運命共同体」

「こら」

「メンバーの入れ替わりは滅多にない」

「やめろ! 俺が言ったのは基本構成のことであってな!」


 冗談だよ。なんで二人で漫才してんだ。


「任せた。頼りにしてるよ」


 ガートランドは頬を掻きながらしばらく黙って、


「最初からそう言っときゃいいんだ」


 そういうわけでトレード成立。


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