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キャッスルガード・ヒーローズ  作者: 栗原寛樹
第四次侵攻 あるいはいかにしてジェスト青年は答えをだすか
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人生で最大のピンチかも知れない

 現実と虚構の境界が曖昧になる。CHの出現で、僕はこれからそれが身近になってもおかしくないと思っていた。


 だけどよく考えてみると、すでに僕はそれに近い経験をしている。


 ジェストのリアルへのコンバート。


 どもってしまってうまく喋れない『僕』をどうにかごまかすために作り上げた仮面としての、ゲーム内のジェスト。


 新藤良介に重ね合わせる虚構の面。


 リアルをゲームが浸食している。


 僕はジェストのロールプレイヤーだった。それを今更ながら実感する。だってこっちにいる間はうまく喋れてたし、小隊の指揮もやるし、論戦だってなんとかできる。


 リアルじゃ、無理だ。


 人の前に立つだけで顔が赤面するし、視線が合わせられないし、手が震える。長年の仲間だったイイリコ小隊のメンバーにたいしてだって、いつも通りとはいかなかった。メガネをはずすという裏技があるにはあるけどゲーム内では視力はいいし、なにより見えなかったら戦闘で役立たずだ。


 僕とエイタローの仲がなんとかなっているだろうとみんな思っていたから、思いも寄らぬ展開にさすがに言葉がなさそうだ。


 だって普通、ないだろ。今まで流暢だったのに、いきなり喋れなくなるとか。


 僕だから起きたようなもんだ。エイタローとの関わりを通して、僕は自分の内面を深く見過ぎた。ジェストの下にある新藤良介をほじくり出してしまったんだ。


「えー、整理するとこんな感じっすね」


 ほとんど支離滅裂な僕の言葉を、ユージンはどうにかつないでくれる。さすがに顔色は芳しくない。


「とりあえず出発しましょう。イイリコさん、俺がサポートします。ジェストさんはとりあえず、小隊のことはいいんでエンカウントしたらブラインドお願いします」


 頷く。


「大丈夫ね?」


 頷く。


「ま、間に合い、ません」

「無理だと思ったらすぐに戻ります。いざとなったら私たちいなくても平気な戦力はあるから」


 頷く。


 だけど今回の防衛戦に参加しないのはちょっとまずい。ノリアキング救出の先鋒となったことで、僕らの地位が回復する糸口が見つかっている状態だ(一部躁屍で泥沼化した感もあるけど)。ここで防衛戦に参加してノリアキングのフォローをすれば、どうにかこうにか、ゲーム開始の状態までとは行かずとも、文句を控えるような所まで行けるかも知れない。


 一度地に落ちた信頼を回復するのは難しい。僕は楽観視しすぎなのかもしれない。でも行かないよりは行った方がマシなはずだ。


 だからここは是が非でも、サンダマスヴェリアに行きたい。


 ここが正念場だ。急に訪れたけど、いつかは解決しなけりゃいけないことなんだ。それが今だってだけで、たとえばこの前のガランスギュエック戦の時じゃなくてむしろ運がいいほうだ。


「出発。すぐに日が落ちるから、夜間戦闘のペナルティには気をつけてね」


 大丈夫、『僕』がゲームを侵食したとは言え、僕はジェストでもある。指揮は無理かも知れないけど、イイリコ小隊にはイイリコさんもユージンもいる。姫代子もガートランドもエイタローも、大丈夫だ。それにエイタローは、僕の身に起きたことですっかり緊張はなくなっている。自分のせいじゃないかと落ち込むことを危惧してたけど、やらなきゃいけないことだと納得してくれた。


 はずだ。


 僕らは急ぎ足で山の中を駆け抜ける。姫代子がマップを見ながらみんなを先導し、イイリコさんが索敵に全神経を注ぐ。


「思ったより深刻っす」


 そんなはずはない。少なくとも僕の見たところ、イイリコ小隊としては問題ない。


「大ありです。とはいえ、先にそれに注力してください。こっちは俺がなんとかします」


 なにをそこまで危惧しているのかわからないけど、ユージンの言葉には不思議な説得力がある。とにかく、今はユージンに任せよう。僕がなにかしようとしても良い方には動かないと思う。






 

 アーシュアについた時、僕は自信の半分くらいを喪失してしまっていた。


 なにしろ体が動かない。口が動かない。


 イイリコさん達のおかげでエンカウントは最小限だったし、ガートランド達のおかげで危なげなく戦闘はこなせた。


 僕を除いて。


 『僕』が予想以上に僕を邪魔する。全身を襲う倦怠感と、人に対する忌避感。すぐにでも横になって寝てしまいたい、みんなから離れて一人になって過ごしたい。


 それにあらがうのは……ジェストの全勢力がすり減るほど気を張っても、なお難しい。


 『僕』とジェストでここまで乖離が起きていたことに自分でも驚く。トッププレイヤージェストと、社会の最底辺に位置する、新藤良介。


「午前二時。一度宿を取るか、そのまま城に行くか。ここまで来たらどっちでも良いと思うけど、ジェストくん、決めて」


 本音を言うとここで休みたい。仮眠を取っただけで一日半の野外行軍が、数日前に比べてすごく辛い。途中からフレイムスタッフが重くなってアイテムインベントリにしまったり、ステータスとは関係なく、明らかに精神的な影響がジェストに現れてきている。


 ゲーム内でも引きこもり。サンダマスヴェリアからでない連中を苦々しく思っていたのが懐かしい。


 ジェストの主張は、もちろん城まで強行だ。ここまで来るとモンスターも弱い。夜間先頭のデメリットなんて無いに等しいから、一刻も早く城に入ってノリアキング達と会うべきである。到着は四時頃だから寝ている可能性が高いけど、起きるのを待つことができる。 


襲撃への対策……今回、なぜサンダマスヴェリアが襲撃されるとわかったのか。何故ボスが来ると予想できているのか。それも確認しないといけない。


『七月八日:モンスターの軍勢がサンダマスヴェリア城を襲撃します』


 城のレベルが上がっているので、昨日からこんなダイアログがメニューに表示されている。だからノリアキングの予言は当たっていることになるけど、ボスが来るとまでは表示されていない。アーシュアで話した時から自信満々だったから、二週間前にはすでに確たる情報を手に入れていたことになる。


 襲撃の頻度、もしかしてちゃんとした情報源があるのだろうか。


 確かめなければならない。それに今までの会話で、ノリアキングが嫌悪派を快く思っていないのがわかる。となれば、その対策についても話合わないといけない。本来なら僕がどうにかしなけりゃいけないんだけど、一度嫌われたらなにしたって嫌われるからな。連中が担ぎ上げているノリアキングの協力があるに越したことはないんだ。


 頭ではわかっている。わかっているけど。


「……ジェスト、くん」


 なにも言わないのを心配してくれたのか、エイタローが近づいてくる。


「……す、すいません。アーシュア、で……やす、休ませてもらえますか」

「了解。朝は六時に出ます。自由行動ね、まあ寝ると思うけど」


 解散。


 そうじゃないんだ。


 僕は行かなきゃならないんだ。


 だけど、だけど『僕』が邪魔をする。


 引きずってでも連れて行って欲しいんだ。怒鳴ってくれればどんなに楽か。こうやって人のせいにするのも、ああ、『僕』が出てきている証拠だ。


 みんなが去った後も、僕は動けずに立ち尽くしている。宿に向かって歩き出そうとする足をどうにか制して、ただ立っている。ここで努力したってなんの意味も無いのに。


 どれくらいそうしていただろう。汗と気力が乾いてしまいそうな頃、がちゃ、と鎧の音が鳴った。


 エイタローがいた。


「……」


 月明かりに照らされたエイタローが、僕を責めているように見えた。


「……」


 呼びかけようとしても声が出ない。教えてもらったばかりの名前を、約束したばかりの相手に、言うことができない。


 あまりの情けなさに泣けてくる。あれだけ偉そうなことを言って、今がこれなのだから救えない。


 エイタローの目が、痛くて。


 目をそらした僕に向かって、エイタローが近づいてくる音がする。なにをするつもりだろうか。ひょっとしたらこの前とは別の意味で「なかったことにしてください」かもしれない。今となってはそれも自然で、おそらく言われても、ジェストはともかく『僕』はたいして感慨を抱かないだろう。


 アーシュアもオルトノグェイクと同様、人はほとんどいなかった。NPCを除くとちらほらファーマシストと護衛が歩いているだけで、ほとんどのプレイヤーは城に戻っているらしかった。


「ジェストくん」


 意識をそらそうとしていたのが、一気に引き戻された。


 エイタローが僕の手を握っている。


 両手で、僕の右手を包んでいる。


「一昨日、私はジェストくんに助けてもらいました」


 いや……エイタローではなく、真琴。


「だから次は私の番……なんだけど、でも、どうすればいいかわからないの」


 うざい。


 ぎくり、と僕は震えた。今僕は……『僕』はなんて思った?


 やはり新藤良介は敵だ。今まで以上に思い知る。人間関係を忌避する『僕』は、人の好意を無碍にする。人と表面以上の付き合いを嫌う。内へ内へと引きこもる。


「私……役立たずなのかなあ」


 そう思ってるなら黙ってりゃいいじゃん。


 今にも口をついて出そうになった言葉を、飲み込む。


 役立たずなわけがない。それを伝えたい。だって今の僕に必要なものは、ちゃんとエイタローから……真琴からもらっている。


 それを伝えたい。口を開くわけにはいかないけど、現在進行形で助けてもらっていることをどうにか伝えたい。


 外に出ようともがいている時に……そんなときに、見捨てないでくれている人がいる。


 それを教えてくれることほど、嬉しいことはないのだと。


 偉そうなことばかり言って、克服しなきゃいけないって言葉のくせにこのていたらくで、だけどそれでも一緒にいてくれることほど、励みになることはないのだと。


「……あ、あ」


 だからどうにか喉を絞って、暴言が飛び出さないように最大限の努力をして、一瞬でいいから『僕』を押さえつけて、


「ありが、とう」


 それだけでも、言いたかった。


 エイタローに伝わるかはわからないけれど、言わなきゃ気が済まなかった。


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