ゴブリンシャーマンを……すり……つぶせ……?
推奨レベル12、は、ゲームの進行具合から見ると難度の低い方だ。プレイヤーの平均レベルが22だから。最初に攻略するよう設定されているだけあって、アーシュアのクエストは簡単なものが多いらしい。
よって今の時期、攻略組のほとんどはこのクエストをクリア済みだ。だから僕らが出会った小隊は出遅れ組となる。ニート脱出組か、そのあたり。
六人組だがバランスが悪い。前衛に寄っている僕らが言えたことじゃないけど、逆に彼らは後衛に寄っていた。
イイリコさんが挨拶した途端、むこうの小隊の雰囲気が変わった。たぶんみんな気づいてるだろう。僕らを見る目に、明らかに軽蔑の色が浮かんでいるのを。
「ああ……噂のジェスト小隊」
フェアリーメイジの男が笑う。名乗ってくれないので勝手に確認した。左目を閉じると『ウサギマツリ』というネーム。よくわからん。
もちろんいい噂でないことはわかっている。
「どうぞお先に。横取りされたくないんで。あんた達と違って俺らは横取りとかしないんで安心して」
「おい」
前に出ようとしたガートランドをイイリコさんが制す。姫代子は、僕が。
エイタローが不安げに僕とイイリコさんを交互に見ていた。
「協力ができないヤツはハブられる。プレイ時間が長いだけの連中がトップになれると思うなよ」
ハンターの男。こっちは明らかに敵意を向けている。顔が怖い。
「どうも」
イイリコさんは多く語らず、定型句だけを言って歩き出す。相手が積極的に関わってこないのを利用して、さっさと立ち去る。
背後から聞こえてくる悪態。五人は理解出来ていないだろう。ラメの態度からイイリコさんとエイタローはうすうす気づいてるかもしれないけど……そして今のやりとりからユージンも気づいたかもしれないけど……ちょっとまずい。小隊の士気に関わる。
こんなタイミングで例の連中に会うとは思わなかった。完全に交通事故だ。今更このクエストを攻略している小隊がいるなんて運が悪い。
「なによあいつら」
姫代子が悪態をつく。姫代子はログアウトしていた時間が長いから、気づいていなくてもおかしくない。CHと他のMMOの違い。ノリアキングが作ろうとした体制がプレイヤーに与えた影響。臨時で組んだ「ジェスト小隊」が取った行動がプレイヤー達にどう捉えられたか。
僕らは嫌われている。少なくとも一定数の小隊から。
地下一階のゴブリンを掃討し、地下二階に降りた。
最初の部屋以降、イイリコさんのスキルは全て成功している。六匹のゴブリンを苦も無く倒し、僕らは小休止を取る。
「あのさ、あいつらなに言ってたんだ」
ガートランドがわからないのも無理はない。MMOは多種多様な人がいるから罵倒された経験は誰だってある。ただし、今回のようなケースは初めてだろう。
「とりあえずクエストを終わらせよう」
その悪意を理解するのは、少なくともモンスターの危険性があるダンジョンでは難しい。このタイミングで小隊に知れてしまったのは僕のミスだけど、だからといって全てを話すことはできない。
「あんた、なにか知ってるの」
頷く。
「ちょっと複雑なんだ。今晩話そうと思ってた」
「それって、ノリアキングさんと話してたことが関係あるの?」
イイリコさんの質問にも頷く。
「アーシュアは狭いから、城に移ってから。誰かの部屋に集まった方がいい」
ユージンの顔を見る。いつもの、特に特別な感情はなさそうな顔だ。だけど僕も一回だまされているとおり、腹の中ではなにを考えてるかわかった物じゃない。というより、なにも言わないのはすなわち「大体理解している」と考えてよさそうだ。
ユージンは小隊の中では、一番僕といた時間が長い。ガートランドもそうだけどあいつは鈍いし、ユージンほど現状を把握できていないだろうから。イイリコさんとエイタローもラメの態度なんかから「なにかある」とは思っているけど、憶測の域を出ていないはずだ。
「面倒くさいから今は忘れて、クエストに集中したほうがいい。長引かせずに終わらせよう」
「無茶言うわね……ちゃんと話しなさいよ」
「わかってる。今後に関わる問題だ。エイタロー、大丈夫?」
「え?」
盾は……特にサムライの盾は受け流しに頼りがちだから、メンタル面のミスが多くなりがちだ。他のことに気を取られてはスキルの成功頻度が下がってしまう。
そしてエイタローのメンタル面は……特に悪意に対しては、弱い。と思う。CHになってから強く感じるようになった。リアルの彼女に会ったことも関係しているかもしれない。
「ダンジョンアタックでの最前線って結構プレッシャーでかいんだ。ちょっとガートランドに交代して、楽に戦ってもいいと思うよ」
とりあえず別の理由でごまかす。もちろんここでの『最前線』は盾という意味で、他のメンバーへ伏せる意図がある。あくまで形式的なものだ。他のメンバーはエイタローが盾として機能していることは行動から承知済みだし、だからイイリコさんもエイタローを一番前に出している。暗黙の了解というか公然の秘密というか、本人は隠し通しているつもりなのだからほほえましくはある。
「……ううん、大丈夫。やれる」
ガッツポーズ。歯を見せて笑ってはいるが、どこか陰りが見えるのも事実だ。とりあえずフォローは今まで以上に気をつけよう。
「じゃあ……そうね、ちょっとプラン変更。まっすぐにシャーマンを目指そうと思います」
「どうして?」
「ちょっと遅れ気味なのよ。このままだと城に着く頃には日が暮れちゃうから」
アーシュアから城までは三時間ほどだ。今は二時半だから十分間に合う。にも関わらずイイリコさんがそう言ったのは、もちろんエイタローのことを含めた士気の問題である。さっき出た話題が話題だから、誰も意義は唱えない。
「ここ、どうしても回り道したいようなレアはないし。ささっとクリアして城に戻りましょう」
同意して、みんな立ち上がる。『ささっとクリアして』というイイリコさんだが、たぶん後ろの連中に追いつかれたくないのもある。みんなもそうだから行動は迅速だ。
ノリアキングからもらった地図で最短距離を辿れば、ゴブリンシャーマンまでは三部屋。運も味方してくれて、たいした危険もなくたどり着けた。
「回復薬の残数確認」
イイリコさんが聞き耳している間に、僕らは最終調整をする。回復薬が減りがちな僕とユージンだけど、ドロップにも恵まれているからむしろクエスト開始時より増えていた。問題はエイタローだ。
「装備してるな?」
「うん」
髪をかき上げたエイタローの右耳に、赤いイヤリングがついている。フレイムリングはゴブリンシャーマンの使う魔法、フレイムショットなどの火炎系攻撃を軽減する。アーシュアのブラックスミスから一つだけ残っていた在庫を買った。
「中には四匹。このゲームでは初めての魔法を使うモンスターだから、みんな気をつけて。とくに火炎系の魔法を食らってもパニックにならないこと。あくまで燃えるのはアバターだからね」
ノリアキングの忠告の一つ。CHで今も引きこもりを生み出している原因の『痛み』。
WWでは最低レベルの難度のこのクエストを若干難しくしているのも痛みだ。斬られたり殴られたりしたら痛みを感じるこのゲームにおいて、もちろん燃やされた場合も『熱い』。しかも体を火が囲むので視界もある程度制限される。なによりイイリコさんの言ったとおり、パニックが重大な問題になる。
自分が燃やされているという感覚は、ともすれば致命傷になりかねない。実際、それが原因で全滅した小隊もある。
タチの悪いゲームだ。こればっかりは僕らがウルフキングで試したように、実際に食らってみないとわからない。そしてウルフキングの時とは違い、全滅はあまり喜ばしくない状況である。
「情報だと固定でシャーマン一体にゴブリン三匹。部屋の中には明かりがあります。作戦通りに」
隊列を組み直す。今までと同じで、エイタローを盾としたものだ。一点だけ違うのはガートランドと姫代子の位置が変わっていること。これはガートランドのスキル、ドラゴンハートが火炎耐性を得られることによる。
「エイタローくん、お願い」
「はい」
エイタローが飛び込んで仁王立ち、ガートランドが続いてドラゴンハート。姫代子は内気功で、イイリコさんは最寄りのゴブリンに飛びかかる。ユージンはエイタローにフィジックをかけて、僕はイイリコさんとは別のゴブリンにブラインド。部屋に明かりがあるのであれば、ブラインドが効く。
これが突入直後の僕らの行動だ。ただし『部屋に明かりがある』のが条件だ。
真っ暗闇だった場合、どうなるか。
明かりがある……つまり部屋にたいまつなどがあって視界が良好なのであれば、ウィスパーライトは不要だ。あってもなくてもかまわないから、特に時間切れなど待たなかった。
だが部屋が真っ暗だったら。
突入した僕らが光源に照らされていたら。
それはまったく、ピンチだと言える。
「エイタロー、走れ!」
致命的なのはエイタローだった。予想していた状況と違い、面食らっている。光源があるから結果的に部屋は照らされるが、最初の一瞬、モンスターの視認が遅れる。
それだけならまだ大丈夫だ。問題は……モンスターの数、種類。
ゴブリンシャーマン二体、ウォーゴブリン二体!
話と違うぞ!
エイタローが固まった原因は、どちらのシャーマンに飛びつけばいいかの判断ができなかったからだ。
その一瞬をつかれた。というよりモンスター達は僕らが部屋に入るタイミングを見越していたとしか思えず、どうやって察知したのか、突入と同時に攻撃を仕掛けてきた。
鳴き声と共にシャーマン二体の手から火の玉が飛び出す。尾を引いて飛来した二つの火炎は過たずエイタローに直撃し、体を燃やした。
悲鳴。一撃だと考えていた炎が二発ではしかたないことだ。だけどまずい、この状況で悲鳴はまずい。
「ヒール!」
ユージンにも余裕がない、だけど判断力の高さは間違いない。状況を把握しきっていないながらも、フィジックからヒールに切り替えた。
ごっそりと減ったエイタローのHPが回復する。満タンじゃない。それほど大きなダメージで、たぶんフレイムリングがなかったら死んでいた。となるとその痛みも相当なはずだ。すぐ消えるにしろ、ショックを受けるには十分なほどの。
僕はとっさに走り出した。姫代子と他の前衛は戸惑いながらも動き出している。姫代子はシャーマン以外の雑魚が相手のはずだったが、飛びかかったのはシャーマンだ。ガートランドと二人で、それぞれ一体を攻撃する。なるべく早く接近戦に持ち込めば遠距離攻撃を防げる。
だけど、だ。僕は遅まきながら違和感を覚えた。通常、後衛である魔法使いは前衛に守られている。だから僕らは相手の陣容を「ゴブリン三体に守られたシャーマン」という風に考えていた。実際、攻略組のデータもそうだ。
だが前衛二人とシャーマンの間に、ゴブリンはいない。
どこにいるか。それを僕は見たはずだった。相手が『ウォーゴブリン』だと認識したそのときに、どこにいるかも確認したはずだったんだ。
パニックに陥ったのはエイタローだけじゃなくて、僕もだ。
とにかくエイタローを少しでも後退させようとした僕の視界に、影がうつった。
やばい、と思った瞬間に頭を割るような痛み。あまりにも唐突で意識が飛びかける。倒れた石畳で後頭部を打って、ぐわんぐわんしながらも気絶はしなかった。
ウォーゴブリンは左右の端にいた。きっとシャーマンが集中攻撃したエイタローを挟み撃ちにするつもりだったんだ。その結果どうなるか。きっとエイタローは致命的なダメージを負ってしまい、僕らはほとんど全滅したも同然になる。
だけど僕が飛び出したから、そしてユージンが機転を利かせて即座にエイタローを回復したから……回復したから、攻撃を僕に切り替えた。
馬鹿な。
そんな戦術をAIが取るはずがない。
あらかじめ部屋の明かりを消していたことといい、まるで……まるで、これは。
「ヒールいきます!」
遠くでユージンの声が聞こえて、次の瞬間に視界が正常に戻る。僕を回復してくれたんだ。HPが回復すれば、体調不良や怪我なども消える。
だが、絶望。
僕の頭上で、先ほどのウォーゴブリンが棍棒を振り上げている。
しまった。
死ぬ。




