リアルイイリコさん
028。イイリコさんの部屋番号はかなり若い。
部屋は早い順番だったろうか。詳しい説明は受けていないけど、もしそうだったのなら……イイリコさんは、やっぱりこのゲームが好きなんだ。そう考えよう。
全員で来るのは控えた。人数が多いというのはそれだけ威圧感を与えるわけで、それは親しい相手だったとしても変わらない。リアルの僕が実例であるから、説得力もそれなりにあると思う。
ネガティブな時に、ポジティブな集団は余計に追い詰めるだけだ。
だから僕が来るのも辞退しようとした。こういう役ならきっとユージンが最適だ。とっさに頭が回るしたぶん気遣いもできる。それに、まともに喋れるというのは僕から見ればうらやましいことこの上ない。
だけど、ユージンは僕を推した。
「俺、軽薄なイメージあるじゃないっすか。だから食事の時は任せてください。イイリコさんに対しては、俺は効果薄っすよ」
ガートランドは満場一致で却下。やつの名誉のために言っておくと、ポジティブさが必要なときこそ輝くタイプだ。
当然僕は面と向かって話すのが難しいから、女性陣から姫代子が来た。エイタローについては、三人になるということを考えると微妙だ。突撃武者というプレイスタイルに似つかわしくない引っ込み思案な性格も僕とかぶり気味だということを考慮して、待機してもらうことにした。三人で食堂の場所取りをしてもらう。
だから僕と、姫代子が二人。
ここに至って、僕を選んだのはやっぱり失敗だったんじゃないかと思う。ユージンはああ言ってたけど、そこら辺の配慮ができるからこそユージンなんだし。そもそも僕を推すメリットがどこにあるかもわからない。
だけど、ここにいるのだから全力は尽くさなければいけない。ずれたメガネを直して深呼吸する。隣の姫代子の視線が怖い。
「ホントに大丈夫?」
気遣ってくれているのか、やはり彼女も失敗だと思っているのか。とにかく彼女は物怖じしない性格だから、こういうときはちょっと頼もしい。
「う、うん」
「インターホン押すよ」
扉の横に部屋番号を示すプレート。その下にインターホンがあって、さらに下にカードキーを通すスリットがある。姫代子は丸いインターホンを押して、僕と同じように深呼吸した。
待つ。
反応なし。
もう一度押した。
待つ。
反応なし。
僕の推測が間違いだったのか。あれは条件をいろいろ仮定した上でのものだから、イイリコさんがいない可能性だってもちろんある。となると、やっぱり僕らはキャッスル内を探し回る必要がある。それはそれで想定済みだ。
やっぱりいないのかな。
そう思い始めたとき、
「はい」
と反応があった。姫代子を見ると、彼女も僕を見返してきている。
「姫代子です」
無言で促してくる。
「……ジェ、ジェスト、です」
こんな大事な時でもどもるのが歯がゆい。今の一言を絞り出すだけで、かなり精神力を削られる。
しばらくの間、インターホンからは返事がなかった。
僕らがここまで来たことを喜んでくれているだろうか。それとも迷惑に感じているだろうか。彼女がここにいるのならば、姫代子と僕がGMに質問したとき、拒否したはずだ。それにも関わらず部屋まで来たことをいぶかしんでいるだろうか。
そうだ。
「エ、エイタローに、その、番号を聞いて」
届いているのかわからないが、釈明してみた。これでイイリコさんの疑問の一つが消えるのならば、言うべきだと思ったから。
反応はない。
まだ言うべきことはある。沈黙に耐えかねて、とにかく何かを口にしようとしたら……ちょっと、僕らしくない……姫代子に止められる。指を口に当てて、喋るなというジェスチャー。
僕が意味をはかりかねていると、ドアの向こう側でカタリと音がした。
そしてゆっくりと、開く。
僕は……それが愚策だと知りつつも、ここで目を閉じた。失礼なのはわかっている。しかし初対面の相手と話そうとするなら、この手順を踏む必要がある。
「……姫代子ちゃんに」
控えめな、イイリコさんの声。
「ジェスト、くん」
どんな表情なのかはわからない。けど、たぶん困惑しているだろう。ドアの前に立っているのは、目を閉じた男。メガネで髪はろくに手入れされていない、不健康な二十代後半の男だ。隣の姫代子と比べてもまったく釣り合っていない。
だけど、イイリコさんは僕のことを知っている。僕が目を閉じている意味にも思い当たってくれるかもしれない。
「す、すいません。面と向かって話すのが、あの、慣れてなくて」
「イイリコさんを迎えに来たの。無理にでも連れて行きたいけど、でも先に謝りたくて」
「ここじゃなんでしょう。入らない?」
僕はうっすらと目を開ける。そうしなきゃ部屋の間取りがわからないのもあるけど、でもどうしても今、知っておかなきゃいけないことがあった。
僕が目を開くと……それだけで緊張して、心臓の音しか聞こえなくなる……イイリコさんの顔。
優しそうに笑っている、イイリコさんの顔。
笑ってくれている。
それが心からのものかはわからないけれど、少なくとも僕の励みになったのは事実だ。僕は善意から訪れてくれた友人に対して笑いかけることはできなかった。
「そうだね、私とエイタローくんが最初に会ったから、そのときのおしゃべりで部屋番号伝えたかも」
お茶を出してくれるイイリコさん。
イイリコさんは……本当に失礼な言い方で申し訳ないけど、若妻という表現がぴったりだと思う。派手じゃないけど地味でもない、ゆったりとした色合いの服。緩くウェーブがかかったロングヘアに、たれ気味の目が印象的だ。
「ごめんね。連絡を取ろうとしてくれたのは知ってたけど。ちょっと、合わせる顔がなくて」
ではやはり、GMからのアポイントは拒否していたのか。
イイリコさんはログアウトしてから数十分、ずっとこの部屋にいたらしい。その後何回か来たGMからの問い合わせは全て拒否。座って、僕らのことを考えていた、と。
「……全滅したのが原因なら、私が謝らないといけない」
僕もだ。あそこで全滅策を勧めたのは、僕と姫代子である。
「姫代子ちゃんが謝る必要ないのよ。私だって賛成したし。でも……そうね、ショック、強かったかな」
やっぱりあの全滅が原因なんだ。
「ごめんね。隊長だからしっかりしないといけないのに。デスの仕方がね、まさかあんな風だとは思わなくて」
死に方、とは言いたくないのだろう。ちょっと表現はおかしいけど、それはよくわかる。なにしろあのとき……つまりエイタローが最初に死んだとき……僕らはみんな、予想だにしなかったショックを大なり小なり受けたのだから。
ウルフキングの腕に引っかけられて、跳ね飛んで、動かなくなる。
WWではなかった。どれだけ大きなダメージで死んだとしても、その場に崩れ落ちるのがデスだ。
僕は「交通事故」と表現したと思う。まさにそれで、あれは目の前で人が車に轢かれた、そんな光景だった。
あの瞬間、エイタローは確かに「死んだ」。ゲーム的なステータスもそうだし、それ以上に僕らのイメージが強烈に訴えかけたんだ。
第一の恐怖。
僕らは死んで、ゲーム内で受ける、おそらく最大級の痛みを経験した。これが第二の恐怖。
そして、僕は話でしか聞いていないけど……ほんの少しだけ、放心していたというエイタローが引き金となった。第三の恐怖。
これらが積み重なって、イイリコさんは精神的に大きなダメージを受けた。小隊長という立場上、そして今までリーダー格としてみんなをまとめてきていたという自負、責任感がダメージを倍増させた。
だからログアウトした。
「エイタローくん、大丈夫?」
「ピンピンしてるから心配しないで。あの子も会いたがってる。ユージンも、ガートランドも」
姫代子の言葉に、今度は困ったように笑うイイリコさん。
「……でも私は、ちょっと難しいわ」
……
ああ。
イイリコさんも、僕と同じなんだ。
自分が許せない。
僕の悩みをユージン達がどうしても理解出来なかったように、イイリコさんがどうしてそこまで深刻になっているのかを、僕たちは頭でわかってても本当には理解出来ない。
僕はこう言える。誰もイイリコさんに怒ってなんかいやしない。一緒にゲームをプレイしたいと思っています。だから、気にしないで。戻って来てください。
それで納得できるなら、そもそもログアウトしていない。
言葉での説得なんて無力だと思い知らされる。なによりも僕自身が、未だに納得できていない。
このイイリコさんを、僕らにとって大事なイイリコさんを裏切ろうとしていた。そのことがいまでもやっぱり、自身を苛み続けている。
でも、やっぱり僕はイイリコさんがいないとイヤだと思う。それはみんなも同じはずだ。イイリコさんがいないままCHをプレイするという選択肢は、少なくとも今の僕には、僕らにはない。
だから僕は、それでも言おうと思う。
「み、みんな、イイリコさんを待っています。気に病む必要なんて、あ、ありません」
僕がトシヒコやユージンやガートランドに言われたようなことを、今度は逆の立場で言うことになるとは思わなかった。
これだけで彼女を納得させられるなんて思っていない。だけど手始めとして、言葉で伝えるのは必要なことだ。みんながそうしてきたように。
「だからイイリコさん、わ、忘れて、なんて無責任なことは言えません……だ、だけど……その……」
感情のコントロールは難しい。頭の中が真っ白になっていくのがわかる。言いたいことがうまく言葉にできず、ただ焦りだけが募る。
落ち着け。僕が本当に言いたいこと。それを忘れないようにしなければならない。
「僕らを、も、もっと頼ってください。僕はイイリコさんの力に、なりたいんです」
まともにしゃべれないのに頼れとは何事だ。だがこれこそが僕の本心だ。贖罪の意味も、ある。
「あたしも力になりたいと思ってる。きっとなれると思ってる。一度エイタローに会って話してみて。あの子、カワイイからきっと気に入るよ。それで……もう一度、一緒にみんなでプレイしたら、きっと楽しいと思う」
姫代子の口からこんな言葉が出ると、想像したことがあったろうか。きつめで正論を吐く、それは彼女の一面でしかなかった。
僕らはきっと、長いこと一緒にいるけれど、お互いのことはほとんど知らなかった。オンラインゲームのチャットで遊びだと割り切っているならそれでもよかったんだ。ちょっとくらいきついこと言ったって、ゲームのことだ。それに相手が目の前にいるわけでなし。気分を害したらならログアウトしてしばらく頭を冷やせばいい。
逃げ道のある気楽なつきあい。
何故かCHが始まって、それがなくなりつつある。ゲーム世界に「入り込む」というプレイスタイル。実体を伴ったコミュニケーション。それが僕らの距離を、そして現実感を思った以上に浮き彫りにした。
……僕らにとって、この七日間はきっと、遊びじゃないんだ。
そう思う。だから責任を感じてログアウトした人を追いかけて、説得しようという流れが自然と生まれた。追いかけることができずに悩み続けているジュリアさんのような人も生まれた。ステータスが貧弱で小隊に入ることができないと絶望に陥るトシヒコのようなヤツが生まれた。
「……どうしよう」
そして、イイリコさんのような、僕のような、他人に理解できない自責の念にかられて、それでもゲームをプレイしたいと思って苦しむ人間も出てきた。
「い、イイリコさん」
だから、今の「どうしよう」はSOSだと思う。ここで僕は次の一手を進める。
「ご、ご飯食べましょう。オフ会、です」




