やっぱ姫代子は怖かった
思ったより多い。
十五人ほどの人間がメシを食っている。確認したときより人数が増えているのは、時間が経ったからだろうか。それにしても多い気がする。スタッフか?
ユージンとガートランドは……僕は顔を知らないから断言は出来ないけど……来ていない。メシを食っていない人間はここにはいないし、僕と同時にログアウトした二人がすでにメシに取りかかるほどの時間はない。それに、これからのことを考えて、二人がメシを食うはずがない。
僕がどうしようか考えていると、
「ジェストさん、ですか」
背後から呼びかけられて、僕はぎくりと振り返った。
ああ、ユージンだ。ゲーム中の顔とはまるっきり違うけど、声は一緒。それにまるっきり違うパーツで構成されたその顔にはなぜか見覚えがある。表情の作り方が一緒なんだ。
ゲーム中では金色の髪。目の前の青年は茶色い短髪をワックスで持ち上げている。
思った以上にリア充っぽい。女にモテそうな顔の、体つきもしっかりした、まごう事なきイケメンだ。身長は僕の方がちょっと高そうだけど、そんなの問題にならない。
「う……あ」
しまった。声が出ない。心臓が早鐘を打って、こめかみのあたりを汗が流れ出すのがわかった。指の先が早くもチリチリと痺れだして、このままだと本気でまずい。
「……っすね。打ち合わせ通りいきましょう。目を閉じてください」
ああ、そうだ。僕はこれを予期していた。こうなることは必然だった。パニックに陥るのもわかっていた。だからユージンに、指示を出すように言っておいたんだ。
言われた通り、目を閉じる。暗闇。蛍光灯の光が少し入ってくるけど、景色は消えた。でもまだ緊張は途切れない。ここにいるのは現実に存在するユージンの中の人。
「ユージンっす。深呼吸してください。いいですか、ゆっくりです……そう」
聞き慣れた声。僕はそれに従いながら、暗闇の視界にCHのユージンを思い描いていく。声は一緒。声は一緒。だから目の前にいるのは……中の人なんかじゃない、僕がよく知っている、ライトメイジのユージンだ。
うまくいきますように。
「いきますよ。がめつい」
「がめ……つい」
話す練習をするために、適当に選んだ言葉。
「がめつい」
「がめ、つい」
「がめつい」
「がめつい」
「それじゃ自己紹介を」
「……ジェスト。職業はネクロマンサー」
もう少しだ。
『ジェスト』をリアルにコンバートする。僕らがどうにか考えた苦肉の策。
付け焼き刃だ。リアルの僕はやっぱり引きこもりで、ろくに会話できないダメ人間。でもそれを、ほんの短期間だけごまかすための、ジェスト。
「イイリコ小隊のメンバーで、後衛。イイリコさんがログアウトしたから迎えに来た。ここはキャッスルで」
CHのリアルさを逆手に取った、ある意味ウルトラCの案。ここをゲーム内だと、脳に認識させる。ゲーム内であれば対面でもどうにかなることは実証済みだ。
「ちょっとずつ目を開いてください」
動悸は収まらない。けれど、少しずつ緩やかになっているような気がする。
「今はユージンと話している。もう少ししたらたぶんガートランドも来る。僕らの目的はむこうに見つけてもらうこと。ゲーム外で今の時間、男三人以上で行動するプレイヤーは少ない。そしてむこうも女子三人。こっちから見つけられれば最高」
「……そして、彼がガートランドさんです」
ユージンの指の先に、一人の男。
ああ、ガートランドだ。わかる。ちょっと抜けてそうな、それでいてなんでもさりげなくやってしまいそうな、どっちかというとお笑い系の三枚目。
ガートランドだ。あれは、ガートランド。
「……初めまして。ジェストです」
「ゲームと同じでいーよ」
ガートランドは照れているのか、頭を掻きながら歩いてくる。
「ホントに喋れないんだな。ちょっと驚いた」
「……どうにか」
「いけそうっすか。なんならもうちょっと練習してもいいですけど」
「時間が惜しい。い、行こう」
この二人が、僕の友人。
少なくともゲーム内での友人。
僕らはゲーム内の名前で呼び合うことにしていた。そうでないと、僕がジェストでいるのは難しい。
「みたところ、食堂内にはいなそうっすね」
「食堂にいないんなら、娯楽室くらいしかなさそうだけどな」
「ひ、姫代子たちが会ってないなら、個室にはいないと思う。探すところはあんまり多くない」
くそ、やっぱどもりが抜けない。
「でもトイレとかにいたら、俺らお手上げっすよ」
何故トイレに、とは思うけど、どこにいたって不思議じゃない。僕はイイリコさんがログアウトしてしまった理由すら本当には理解出来ていないのだから。
急いで探さなければならないが、急いで動き回っても仕方ないので、僕らはタブレットの見取り図を見ながら歩く。
帝のいうところの『キャッスル』はなかなか広い。サンダマスヴェリア城ほどはさすがにないにしろ、500人が生活するための場所だ。居住空間は二階層になっていて一つ一つがホテル並みだ。個別にユニットバスがついているし、窓がないから照明にもやたら電気を食うはずだ。空調は行き届いているし、食堂はやたら広い。向かっている娯楽室はさらに広いし、バーなんかまである。
他にも保健室、共同浴場、その他諸々。この施設を本当にCHのためだけに用意したのなら、アホみたいな金の使い方だ。
「ネスレージャって儲けてるんだな」
ふとつぶやいてみる。
「そりゃ、WWは月額1500円っすからね。ユニットはずいぶん安くなりましたけど、初期費用で5980円。かけるの150万人っすからボロ儲けだと思いますよ」
「ネスレージャってWWが最初の作品なんだろ。長生きだし、うまくやったよな」
前進はあるにしろ、いったんお蔵入りしかけたゲームだ。およそ奇跡のような確率でここまでの成功を収めたんだから、運がよかった。
「まあ、異常なほど金使ってるっすね。この施設もどんだけかかってんだか。ていうか、CHのシステムもオーパーツもんっすよ。どこの誰がこんなの発明したんだか。ニュースくらいあってもよさそうっすけどね」
「これがお披露目なんじゃねぇの」
「にしても根幹技術の発表がないのは不自然っすよ。こりゃアレかもしれませんね」
「アレ?」
「宇宙人の知恵」
ユージンはそういう方面の興味もあるのか。
対照的にガートランドは眉をひそめて、
「そんなんやめてくれよ。なんか体に悪そうじゃねえか」
「WWだって携帯電話だって、みんなで人体実験やってるのと同じっすよ。そろそろケータイ第一世代は使い出して30年になるっすからね。なにが起きてもおかしくない、なんつって」
「やめろってそういう話こえーんだから」
角を曲がると、女性とすれ違う。
ふと覚えのある気配だったけど、僕は素通りした。もしかしてイイリコさんかな、とは思ったけど、それで声をかけられるなら僕はひきこもりをやってない。
ユージンとガートランドは話していて注意を払うのが遅れたみたいだけど、どっちにしろ僕が先頭なので具体的なことはわからなかった。
だけど、
「ねえ」
通り過ぎていった後ろから、おそらく先ほどの女性の声がした。
振り向くと、ユージン達も彼女を見ている。
切れ長の目に小ぶりな鼻、同じように小さな口。黒い髪はまとめ上げていて、動きやすいラフな格好をしている。
こうして見れば明らかだと思う。
「違ったらごめんなさい。あなたたち、イイリコさん探してる?」
目の前におとなしそうな少女……少女。
計算が合わない気がする。
さすがの僕でも初対面の女性にいきなり年齢を尋ねたりはしない。けれど、くどいようだがWWは十年続いていて、CHはその中でも有数の廃人を集めた企画だ。だから少なく見積もってもユージンの六年を下るプレイヤーはごく少数だと思う。実際、姫代子は多かれ少なかれ、僕と同じくらいの年齢のようだった。
だけど、この……子は、明らかに小さい。
十代に見える。
「えと、エイタロー、です」
ぺこりと頭を下げる少女。隣の姫代子とは対照的で、身長差が二十センチ近い。見たところ姫代子は僕と変わらぬくらいの身長、つまり160後半くらい。髪のせいでさらに大きく見えるし、凹凸のはっきりしたプロポーションで化粧をピシッと決めている。ボクシングをやってるせいかガタイ自体がよく、およそゲームなど趣味にしそうにもない雰囲気が漂っていて、この口から各種ステータスについてのうんちくがこぼれそうには到底見えない。
うってかわってエイタローだけど、こっちは僕と比べると頭一つ小さい。髪の毛は首のあたりまで。動きやすい服装は姫代子と似たような感じだけど、見た目も雰囲気もおとなしい。悪意があるわけじゃないけど、ちょっと地味目だ。問題は年齢なんだけど、やっぱり尋ねる気にはなれない。
娯楽室の六人掛けテーブル。この単位のものが一番多くて、きっとこんな感じの小隊単位での利用を念頭に入れているんだと思う。
「それで、どうして出てきたの」
姫代子がジト目で言ってきた。答えようとしても口が動かない。リアルで会ったらさらに怖い。
「力になれることはないかと思って。姫代子さんの言ったとおり、ちゃんと攻略はやったっすよ」
僕の状況を察してくれたのか、ユージンが答えた。
「ええと、ユージン」
確認するようにエイタロー。
「あ、そうっす。こっちがガートランドさん、ジェストさん」
ひろひらと手で挨拶するガートランド。
「……ど、どうも」
僕にはそこまでの余裕がない。ユージン達と話すのもまだ慣れていないのに、心の準備もできないまま姫代子に会って、そして今だ。
こりゃ無理せずに、もうちょっと練習してからでもよかったかもしれない。
ユージンがゲーム内の状況を説明している間、僕は自分の心を落ち着かせるのに終始していた。なにせ話せないとなると大問題で、一応パーティのみんなに話したことはあるけど話半分にしか聞いていないと思う。なにせボイスチャットは問題なかったし。
「……そこまでやる?」
僕らの一連の工作を聞いて、姫代子はどちらかというと呆れたようだ。エイタローもさすがにびっくりしてて、
「その、ノリアキングさんたち、協力してくれたんだ」
「み、水、必要だったから」
「にしても……そう、そうね。しばらくゲームオーバーの心配はなさそうだけど」
確かにゲームオーバーにならない確約というわけじゃない。いきなり襲撃のモンスター達のレベルが高くなったりとか、そんなことがもしかしたらあるかもしれない。僕らがログアウトしてすでに二十分。ゲーム内では四、五日は経っている。動きがあってもおかしくない。
「それで、イイリコさんはまだ?」
「まだ」
その点に関しては申し訳なさそうに、姫代子は言った。
「つないでもらおうとしたときは、もう部屋から出たあとみたいで……」
「それ、ログアウトしてすぐっすか」
「GMの呼び方を調べてたから、三分くらい経ってたと思うけど」
それだと時間が少しおかしい。ゲームをプレイするときは専用の寝間着みたいなのに着替えないといけない。逆に言うと、部屋から出るには私服に着替えないといけない。女性の着替えにどれだけ時間がかかるかわからないけど、三分で出るにはずいぶん急がないといけないはずだ。
となると、イイリコさんは『誰かが追いかけてくる』とあらかじめ予測し、それから逃げるために着替えて部屋を出たことになる。ちょっと考えにくい。ユージン達の話を聞いたところによると泣いていたらしいから、そしてゲーム内で泣いた際には現実にも泣いているのは自分の体験で知っているから……跡が残っていたから……だから、体面を気にする人だったら、三分程度じゃ部屋を出ることはできないはずだ。
となると、
「じ、GMは相手が拒否した場合、部屋にいないと答えるかもしれない」
ケータイのメール拒否と同じだ。相手が拒否しているから届かないのか、相手のアドレスが変わっているから届かないのかがわからないように配慮されている可能性。
とすると、
「イイリコさん、まだ部屋にいる?」
エイタローが言った。
「なら……なら、部屋の番号わかるよ。聞いてるから」




