どんだけ食ったんだよ昨晩
翌朝。ついに潰れた面々がようやく起き出してきた頃、
「え、マジで?」
食料枯渇の旨を伝えると、全員が目を丸くした。
「昨日買いすぎたってこと? でもウルフのドロップが結構あったでしょ?」
「あれ、売却しちゃダメだったみたい。食堂のNPCに渡して初めて食料としてカウントされるんだって」
「あちゃあ」
「ちょちょ、食料がないとどうなるんだっけ? あたしさ、ずっと探したんだけど空腹ゲージないのよ。空腹回復用の丸焼き肉はあるんだけど」
「あ、俺も思った。無くなってるよね」
「ないんなら、まあそういうことなんじゃないっすか」
「そういうことってなによ」
「姫代子さん怖い怖い。いや、リアルタイムに時間が流れるんすよね? だったら空腹もリアルっていうか、体感なんじゃ。誰か腹減ってる人いないっすか?」
「減ってる、僕」
「あたしも」
僕と姫代子が手を上げた。
「つーことで、たぶん空腹もリアルっす」
「え、ちょちょ、待ってよ! ここでの一年がリアルでの一日なんでしょ? そんなに食べたら太るじゃない!」
「イイリコさん、落ち着いて。データですから、データ」
脱線したが、話をまとめると食料がないのは致命的だ。
とくにステータスとしてデメリットはないが、実際に腹が減るのはきつい。
「ノリアキングさんと通信できる?」
イイリコさんに言われて、僕は左目を閉じる。
通信ON。ノリアキング。
『おはようございます。今いいですか』
『いいよー』
『食料の件なんですけど』
『ああ、俺たち、とりあえず城を出てウルフ狩ろうと思ってる』
『わかりました。ちょっとこっちでも相談してみます』
『どうも。外で会ったらよろしこ』
というわけです。
「そうだねぇ。あたしたちも探索がてらウルフ狩りに行こうかしら」
「襲撃来たらどうするの?」
「そんなに離れなきゃ大丈夫だと思う。あと……別に根拠があるわけじゃないけど……襲撃、しばらく来ないんじゃないかなぁ」
「毎日来てたら、さすがに外に出られないですからね」
イイリコさんに同意する。ゲームの目的が魔物の城をおとしていくことだから、あんまり頻繁に攻められたら地図を埋めることもろくにできない。
「それにね、食料がなくなっちゃったんなら、薬草と聖水も近いうちに枯渇するんじゃないかな。一応500人いるでしょ? なくなったら結構やばくないかな」
「見てくださいこれ」
昨日ノリアキングに教わった操作を促し、みんな左目を閉じる。結構面白い光景だな。
メニューに「Castle」の項目が追加されている。WWにはなかったものだ。
城名:サンダマスヴェリア城
人員:26/26
耐久力:1000/1000
物資:1208/5000
食料:0/3000
水:2/3000
宿泊:10G
武器/防具/雑貨Lv:1/1/1
支配町村:0
「あー、水もないねぇ」
城のステータスが見られるわけだ。この城がおちたらゲームオーバーなら、これを常に把握して行動しなきゃならないってことになる。
「この人員ってなんでしょう」
「たぶんNPCのことだと思う」
「武器とかのレベルって、販売品に関係あるのかな」
「回復薬とかの食料以外のものって全部物資扱いなんでしょうか」
「支配町村って、解放した地域のが入るのか?」
などなど。
つーかこりゃWWとはかなり別モノだな。基本的なシステムやモンスとか職業バランスは引き継いでるけど、冒険の仕方は結構変わってくる。
僕らがごちゃごちゃ言い合っていると、見た顔が近づいてきた。
「ジュリアさん」
「や、ちょっと挨拶をしようと思って」
ブロンドに皮装備の初期ナイト。昨日、僕らと入れ替わりでモンスターと戦った小隊のリーダー。
朗らかな笑顔で自己紹介すると、こっちのリーダーであるイイリコさんと握手した。
「噂は聞いてたけど、見るのは初めてです」
イイリコさんは有名人である。
「がめつい!」というWW流行語の元ネタもイイリコさんだ。サーバー内ではイイリコさんを見かけると「イイリコさんこっち向いて!」と呼びかけるのが半ば恒例になっていて、要するにいじられキャラだ。
外部掲示板なんかでも有名PCの一角を連ねてて、だから他サーバーだったジュリアさんも知っているってわけだ。ちなみに僕も有名PCの一人だが、主にプレイ時間による。
照れているイイリコさんのそばで、僕らは食料のことについて情報交換をした。ジュリアさんたちは襲撃の際に即席で組んだ小隊でしばらくプレイするらしい。
「昨日、やっぱり戦わなかったプレイヤーもいたんです。その人たちはますます萎縮しちゃって、ほら、城の壁って戦闘なしで補強できるからそっちをやりたがる人がどうしてもいて」
ジュリアさんの知り合いがチキンに陥ったままだということだ。もともとジュリアさんがWWで組んでいたパーティからは二人だけがCHに参加している。
「だからどっちにしろメンバーは探さなきゃいけなかったんですけど」
苦笑いしながら。
「それで、私たちはノリアキングさんたちの小隊と一緒にウルフ狩りにいく予定なんです。城壁の上から見た感じ、東の平原でウルフがポップするみたいで。よかったら行きませんか」
「そうっすねぇ、どうしましょう」
「湖なんかはありませんでしたか」
エイタローが尋ねる。水も、心配の種だ。
「この近くにはないですね。平原から道を挟んで西に森があるんですけど、平原からなら向こう側が見えるんじゃないかってノリアキングさんは言ってました」
僕らは手持ちの水分と食料を確認する。城の食料を食い尽くしたおかげで、初期から所持している丸焼き肉はまるまる残っている。が、水がない。小隊で3。
「水、探した方がいいかもねぇ」
リアルにおいても、水は食料よりも優先度が高い。水があれば一ヶ月生きられるとかよく言うけど、それを抜きにしても食事の際に飲み物がないのはまずい。
僕らは話し合って、とりあえず森の中に行こうと決めた。
ここからはWWの経験からのメタ知識になるけど、森の中には果物アイテムがある。さらにWWにおいて、多くの森には湖があった。
ゲームの趣旨を考えても初期城の近くでは食料や水なんかは比較的容易に取得できるようになっているはずなので、水源が見えないのなら森の中に隠されている可能性が高い。
森は平原なんかに比べてモンスターレベルが高くなりがちだけど、それにしたって極端なものじゃないだろう。せいぜい昨日倒しまくったプラントベビーなんかが中心のはずである。
「僕らは森の中に行ってみようと思います」
ジュリアさんにそう伝えて、もう一つの会議が始まった。
いや、なあなあで終わりそうなところに僕が口火を切ったんだけど。
「それで、僕はどうしよう」
「なにが」
ガートランドは意味をはかりかねているようだった。
「僕がこの小隊に残るか、だよ」
「残留でいいじゃないっすか。昨日の見た感じ、全然問題なさそうでしたし」
「だけどレベルが上がってきたら、どうしても守りを考える必要があるだろ?」
「まあまあ、WWでも絶対にナイトが壁やらなくちゃダメってわけじゃなかったし、転職考え出してからでも遅くないんじゃない?」
と、基本的にはユージンとイイリコさんは僕の味方だ。だけどこの問題は味方がどうのってものじゃない。
「あの、僕もジェスト君はいた方がいいかな。その、昨日も助けられたし」
エイタローはいいやつだ。だけど、問題を抱えているのも彼女だ。
「姫代子は、どう思う」
「……あんた、この小隊抜けたいの?」
「そんなわけあるか。でも職業のバランスが変わったせいで小隊の攻略に支障が出るのはもっと嫌だ。一応、WWじゃトップクラスのパーティだったんだ」
「私も嫌よ、そんなの。絶対に」
「僕が小隊に残るとなると、壁がどうしても必要になる。姫代子とエイタローはどっちも経験がないし、プレイスタイルも違うだろ?」
「わかってるわ、そんなこと」
渋面で答える姫代子。言い出せないでいるのはわかっている。僕が小隊に残るということはすなわちエイタローが壁になる可能性が高くなるということである。
これまでイイリコさんの「特にそういうのは考えなくて良いじゃない」という方針で、たまたまバランスがいい僕らが集まったのがWWでのパーティだ。それぞれの好きなプレイスタイルがマッチしてちょうどバランスが取れていた。
イイリコさんのそのポリシーを貫くのなら、エイタローを無理に壁役にすることはできないのだ。かといって、姫代子のグラップラー、ガートランドのランサーは壁役にはあまり適さない。
「僕が壁やる」
姫代子が黙っていると……そして、誰もが次の言葉を探していると、突然エイタローが言った。
「僕がやるよ。守護神目指す」
「ちょちょ、ちょっと待ってエイタロー君」
ううん、さすがにイイリコさんが慌てて止めに入った。
姫代子も制止しようとしたが、
「姫代子さん、普段から効率って言ってるけど、ジェスト君には残ってほしいんでしょ」
「なによ、それ」
「だってずっとWWで一緒に組んでたんだもん。簡単に抜けるとかそういうのできないって。だから言い出せないんだ」
「だからってあんたが壁になることないでしょう。他に補充すれば……」
「それができないからはっきり言えなかったんでしょ。僕、それがちょっと嬉しかったんだ」
「は?」
エイタローは笑うと、
「姫代子さんも同じだったんだって。せっかくみんな選ばれたCHなんだし、みんなで攻略したいよ、僕は。ジェスト君がこのパーティに残るなら、僕がみんなを守るよ」
くせぇ。
くせえよエイタロー。でもかっこいいぞ。でもいいのかそれ。
「……はい、そこまで!」
パン、と手を叩いてイイリコさん。
「エイタロー君、決心は嬉しいけど、まだ先の話。方針ガチガチにしちゃったら後で絶対後悔するから、とりあえず今はそこまで」
「でも、イイリコさん」
「あたしのポリシー、みんなわかってるわね? 全力でゲームを楽しむ。今はこれに従ってもらいます。なんども言うけど転職はまだ先。スキルや装備も新しいものが増えてるし、システムも大幅に変わってるし、WWの常識はある程度自重しましょう。ネクロマンサーが思わぬスキルを持ってたりするかもしれないしね」
帝の反応を見る限り期待は薄そうだ。
「幸い、私たちの小隊は初期職業が前衛に固まってたから今は全く問題ありません。来年のことをいうと鬼が笑うわ。おいおい、考えて行きましょう。まずは目下、一週間を生きられるかどうかが問題。姫代子ちゃん、いい?」
「なんで私だけに聞くのよ」
「だって昨日の言葉聞いちゃうとねえ」
姫代子はため息をつくと、
「わかったわ、撤回します。撤回。ブラインドはリアル判定のおかげで強スキルみたいだし、イイリコさんのタゲ取りと併せて、うまく決まったら中盤くらいまでは壁の必要性もあまりなさそう。私もちょっと防御寄りの装備にすればしばらくどころかかなり問題なく進めそう。強モブはWW以上に対策に力とお金をかけて。それでも転職レベル近くなると不安があるでしょうけど、それは今は考えないわ。イイリコさん、どう?」
「さすが効率厨」
ガートランドの軽口を睨みつけると、
「森に入る前にちょっと平原で狩った方がいいと思う」
と姫代子は言った。
「訓練もかねてね」




