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落ちこぼれ祓魔師は妖狐家の掃除係になることにしました。  作者: 水垣するめ


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16話 妖狐家の掃除係

 鈴音は一番汚れのひどい場所に向かって駆け足で向かっていた。

 視線の向こう側には、黒い空気の塊のようなものが、薄く見える。

 そしてその足元には藻のように汚れが広がっていた。

 あれが最後に残った一級の魔物に違いない。あれさえ祓ってしまえば、あとはどうにでもなるはず。


「えっと、文字を指でなぞれば良いんだったよね?」


 鈴音が九尾にもらった護符を取り出し、使用する。

 護符に書かれた文字が光って、鈴音に一時的な霊視の能力を付与した。

 すると視界に、様々なものが映り始めた。

 目の前に現れたのは、巨大な黒い熊のシルエット。


「う、うそ……魔物ってこんなに怖い見た目してたの?」


 人生で初めて見る魔物に圧倒され、鈴音は後ずさる。

 すると熊が穢れを周囲に集め、塊を生成し、鈴音へ向けて撃った。


「うわっ!」


 鈴音は慌てて避けるが、穢れの塊のひとつが鈴音の頬を掠めていく。

 つい先程まで鈴音がいた場所に穢れの塊が衝突し、玉砂利が弾ける。

 躓いた鈴音は前のめりに倒れる。


「このっ!」


 立ち上がった鈴音は、熊の魔物に向けて、洗剤を撃つ。

 しかし、熊の魔物は洗剤を受けても、ただ一時的に後退するだけだった。


「やっぱり洗剤だけじゃ、一級の魔物は祓いきれないか……!」


 一度で駄目なら何度もやればいい、と鈴音は続けて洗剤をかけ続ける。

 すると大量の洗剤を受けて、熊の魔物の身体が少し縮む。


「やった、効いてる! このままかけつづければ倒せる!」


 希望を見出した鈴音が、熊に洗剤を撃ち続ける。

 しかしある瞬間から、トリガーを押しても洗剤が出てこなくなった。

 鈴音が青い顔になる。


「まさか……洗剤が切れた!? そう言えば、ずっと補充してなかったかも……!」


 攻撃が来ないうちに熊の魔物は鈴音へと近づくと、その拳を振り上げた。

 鈴音は慌てて避ける。

 手が振り下ろされると、凶悪な爪により地面が削り取られる。

 恐らく、一撃でも受けたら、いくら穢れに耐性がある鈴音でも大怪我は免れないだろう。


「ど、どうしよう! これ以外に掃除用具は持ってこれなかったし……!」


 他に掃除用具はない。つまり魔を祓うための道具がない。

 洗剤が無くても祓う方法を、と記憶を漁ったところで、鈴音は思い出す。


「あっ、そうだ! 柏手!」


 柏手なら特別な道具も必要ない。

 試しに早速両手を打ってみるが……なにも反応はなかった。


「なんで!? あっ、もしかして神様に対してじゃないから!?」


 頼みの綱である柏手に効果がなかったことで、鈴音は慌てて次の一手を考える。

 鈴音はなにか使えるものはないか、と周囲を見渡す。

 そして拝殿の方を見て……ひらめいた。


「あそこなら……あれがある!」


 思いつくと同時に、鈴音は拝殿へと向かっていく。


「痛っ!」


 道中、襲ってくる弱い魔物が、鈴音を襲っては消えていく。


「ごめんなさい、少しの間入らせてもらいます!」


 拝殿についた鈴音は、急いで拝礼を済ませる。

 拝礼で響いた柏手が熊の魔物の動きを遅らせた。

 しかし完全に祓うほどの効果は発揮できておらず、熊は鈴音に対して大きな足音を立てながら向かっていく。

 その足音が徐々に近づいてくるのを感じながら、鈴音は拝殿の中であるものを必死に探した。


「……あった!」


 鈴音が目的のものを見つけて声を上げる。

 それは、立てかけてあった梓弓だった。


「少しの間、お借りします」


 鈴音は丁寧にお辞儀をしてお願いをした後、梓弓を手に取り、外へと出た。

 外では熊の魔物が拝殿の目の前へとやって来ていた。

 視界の端では九尾と翠が戦っているのが見える。


「ふー……」


 それらを心の隅へ押しやり、鈴音は目を閉じた。

 瞑想。

 深呼吸をして、弓を構えた。

 矢はない。むしろない方がいいと思っている。


(祓魔師の試験では一度も成功しなかった神事。けれど、矢を打つんじゃなくて、境内の中にある穢れを掃除するんだと思えば……)


 何度も何度も練習した型の通りに、鈴音は弓を引く。

 才能という壁に阻まれて、祓魔の能力はほとんどなかった鈴音だが、人一倍努力を重ねたその姿は、とても美しかった。


 鈴音は目を開けず、心の中の邪念を取り払っていく。

 熊の魔物がその拳を振り上げ、動かない鈴音へと振り下ろす。

 そして全ての雑念が消えたことを確認した鈴音は……弦から指を離した。


 弦を弾いた音が広がり──魔物を浄化する。

 清らかな音は波紋となって境内へと広がり、全ての魔物も、穢れも一匹残らず祓ってゆく。


 熊の魔物でさえも。

 拳は鈴音の頭に当たる直前で、その波動に消され、消えていく。


 音が静まった後、鈴音が目を開けた。


「あ、いなくなってる」


 心の雑念を消すことに集中していた鈴音は目を開けて、ようやく穢れが祓われていたことに気がつく。

 一級の魔物を祓えたことに、鈴音は胸をなでおろす。

 だがすぐにその耳へ、妖術を打ち合う戦いの音が届き、鈴音の意識を引き戻した。


「あ、こんなことをしてる場合じゃない。九尾様のところにいかないと!」


 鈴音は丁寧にお礼を言うと、梓弓を携えて九尾のところへと向かった。



***



「くそっ……どうして、どうして勝てない!」


 翠が焦ったような口調で愚痴を吐く。

 目の前には炎の刀を持つ九尾がいる。


 九尾は決して傷を負っていないわけではない。

 むしろ、全身に細やかな傷を負っていて、翠は何度も九尾に対してその攻撃を当てることができたことを証明した。

 だが同時に、そこまで攻撃を当てても、一度も決着に至る有効な傷をつけることができていないという証拠でもあった。


「属性では僕の方が圧倒的に有利なのに……!」


「わかりませんか?」


「なんだと?」


「これが私とあなたの実力差です」


「ぬかせ!」


 翠は水で刀を作り、九尾に斬りかかる。

 九尾も炎の刀でそれを受け止め、鍔迫り合いに持ち込んだ。

 水と炎の刃がせめぎ合い、蒸発するような音を立てる。


「ずっと、ずっとお前が邪魔だったんだ! 才能だけで妖狐家の当主に選ばれたお前が!」


 翠は力任せに九尾の刃を押し切った。


「お前がいなければ、僕は幸せになれたんだ!」


 大きく隙が生まれたところへ、翠が水の式神で襲わせる。

 しかし九尾が炎を纏うと、水の式神が消滅した。

 翠が歯ぎしりをする。


「どうしました? さきほどより式神の力が弱くなっていますよ」


「うるさい!」


 翠は水の弓を作り出し、放つ。

 三本の矢が時間差をつけ、追尾するように迫る。

 九尾はそれを炎の刀で弾き飛ばした。

 水しぶきと火の粉が空中に舞う。


「やはり、力が弱まっているようですね。先ほどならば刀で撃ち落とせるような威力ではなかったはずです。霊力も底をつき始めましたか?」


「うるさい……っ!!」


 翠が懐から護符を取り出す。

 それを同時に使用した。

 翠の目の前に方陣が展開され、現れたのは巨大な象の水の式神。


「流石にお前と言えど、この大きさの式神を蒸発させることはできない! ここまでで、相当な霊力を消費しているはずだ!」


「それはどうでしょう」


「なに?」


 九尾は印を結ぶ。

 すると、象の式神の足元に方陣が現れ、火柱が立ち上った。


「な」


 翠がその火柱を呆然と見つめる。


 暴れ狂う炎が、翠の切り札の象を焼き尽くしていく。

 炎が収まった後、そこには何も残っていなかった。


 最大の切り札すら対処された翠は、その場に膝をつく。

 霊力の使いすぎで、身体から力が抜けたのだ。


「バカな! そんな霊力がどこに残って……!」


「残念ながら、霊力はありあまるほどありまして。もっとも霊力があっても形勢が逆転するかどうかは微妙なところですが」


「っ……!」


 翠が悔しげな顔で九尾を睨みつける。


「これでわかりましたか? 属性の差があろうと相手を凌駕する。それこそが妖狐家の当主たるゆえんであるということに」


「結局、才能なのか……!」


 翠がその手に持つ水の刀を握りしめる。

 するとその時、境内に清らかな波動が広がった。

 二人が視線を向けると、鈴音がちょうど梓弓を引いたところだった。

 境内の穢れや魔物が一斉に浄化されていく。

 その光景を見た翠が呆然と呟く。


「そんな、五級祓魔師が一級の魔物を祓うだなんて」


 一瞬、翠の意識が鈴音へと向く。

 その瞬間を見計らい、九尾が翠の刀を手から弾き飛ばした。


「ぐっ……!」


「これで終わりです」


 九尾が翠の首筋に刃を当てる。


「九尾様、大丈夫ですか!」


 鈴音が二人の下へと駆け寄ってくる。


「ええ、大丈夫です。ちょうどいま、こちらも終わりました」


 九尾は警戒を解かず、視線を固定したまま鈴音へと返事をする。


「終わっただと? いいや……まだ終わってない!」


 翠が水弾を撃ち出し炎の刃から逃れると、後方へと飛び退く。


「翠、もうやめなさい。これ以上戦っても結果は見えています」


「黙れ! お前に僕の何がわかる! ここで勝てなきゃ、何の意味もないんだよ!」


 そう言って翠はあるものを取り出した。

 それは禍々しい瘴気を発する、ビー玉ほどの水晶。

 中には黒く悍ましい泥が不気味に蠢いている。

 翠が禍々しい笑みを浮かべる。


「まさか、これを使うことになるとは思っていなかったよ」


「また穢れを放つつもりですか?」


「いいや、違う。こう使うんだ」


 翠が一気にその水晶から穢れを解き放った。


「っぐ……!」


「何をしているのですか!」


 水晶の中に閉じ込められていた穢れが、ダムの放水のように吹き出す。

 瘴気の嵐が翠を飲み込み、見えなくなった。


 続いて現れたのは、穢れを凝縮した泥。

 触れるだけで人を発狂させるほどの穢れが凝縮されたその黒い汚泥が、翠の全身を鎧のように覆っていく。

 そして全てがその汚泥に包まれた後、そこには泥の化物が立っていた。


「ど、どうだ。これが僕の新しい力だ」


 全身に穢れをまとった翠が、男性と女性を混ぜたような、汚く濁ったような声で笑う。


「じゅ、呪術師に用意させた最後の切り札だ。僕が穢れを身にまとい、新たな力を得る」


「醜いですね」


「それが、どうした。勝てば何の問題も……ぐっ!」


 翠が突然膝をつき、苦しそうに叫びだした。


「ぐあっ、やめろ! 僕の精神に入り込んでくるな!」


 悪夢にうなされた人間のように、翠が頭を抱えて何度も首を振る。

 何もない場所を手で払いのける翠を見て、鈴音は九尾へと訊ねる。


「九尾様、あれは……」


「精神が、穢れに侵食されていっているのでしょう」


「そんな……」


「自分から穢れを取り入れたのです。通常時なら耐えれたのでしょうが、霊力を消費して弱っている今は、逆に飲み込まれてしまったようですね」


「だ、黙れ……! 僕を見下すな! 憐れむな!」


 翠は頭を抱えながら九尾を睨みつける。


「梓弓で穢れを祓うのはどうでしょうか」


「できるかもしれませんが、まずは穢れを生み出す本体を取り出さなければなりません」


「穢れを生み出す本体は……」


 穢れを生み出している呪物は、あの穢れの泥の奥深くにある。


「残念ですが、ここまで飲み込まれてしまっては、こうする以外の方法は……」


 九尾が視線を落とし、炎の刀を握りしめたところで。


「待ってください、九尾様。私に任せてくれませんか?」


「祓う方法があるというのですか」


「はい。これを使えばできると思います」


 鈴音が梓弓を九尾に見せる。


「あの全身を覆っているのは穢れなんですよね? 私なら翠さんを殺さずとも、穢れを祓うことができます」


「そうかもしれませんが、近づいて穢れの元を取り出す必要があります。それに、危険です」


「私なら大丈夫です。ちょっとやそっとの穢れくらいなら跳ね返しますから。……だめですか?」


 力こぶを作った鈴音は、一転して上目遣いで訊ねる。

 そんな鈴音に九尾は観念したようにため息をついた。


「……わかりました。ですが、危険なようでしたらそのまま引き上げますからね」


「ありがとうございます!!」


 鈴音は勢いよくお辞儀をする。

 改めて翠へと向き直った。

 穢れに飲み込まれて苦しむ翠は、もはや九尾と鈴音すら認識できなくなったのか、ただその場に蹲って頭を抱えている。


「……よし!」


 鈴音は頬を叩いて気合を入れると、意を決したように翠へと歩き出した。

 すると翠を包む穢れの泥が暴走し、鈴音へと触手を伸ばし、攻撃する。

 穢れの泥の触手が、鈴音の腕を掠めていく。


「っ!」


 鈴音の身体がふらつく。


「涼音さん……!」


「大丈夫です」


 身体を支えようとする九尾の手を断り、鈴音は改めて深呼吸をすると、泥の中に進んでいく。

 穢れは鈴音が触れた先から浄化されていくが、代わりに絶え間ない激痛となって降りかかる。

 穢れは浄化されるそばから溢れ出て、尽きることがない。

 再現のない苦痛に耐えながら、鈴音は泥の中に全身を入れる。

 穢れを通して、翠の記憶、そしてやるせなさや憎しみといった感情が鈴音の中に流れ込んでくる。


 手が何かを掴んだ。

 この感触は翠の腕だ、と鈴音は確信する。

 その中を探り、翠が持っている水晶を引き抜く。


「見つけ、たぁ!」


 泥の中からそれを抜き取った鈴音は、泥から身体を抜いて、水晶を空へと放り投げた。

 そして即座に梓弓を構えて、引く。

 浄化の波動が広がる。

 穢れを生み出す水晶が、その波動を受け、泥の放出を止める。

 そして水晶にヒビが入ったかと思うと……空中で破裂した。

 大本の呪物が消えたことにより、翠の全身を包む泥も消えていく。


「やった!」


 消えていく穢れに、鈴音が笑顔を浮かべた。


「うぐっ……」


 泥が消えて、全身を露わにした翠が、その場に倒れ込む。

 何度か咳込んだ後、精一杯の意地なのか、顔を上げて鈴音と九尾を睨みつけた。


「どうして、僕を助けた……」


 恨めしげな声で鈴音に問う。


「助けるべきだと思ったからです」


「そうやって、僕を憐れむのか」


「違いますよ。私も同じだったからです」


「なに……?」


「私の場合は妹の方が凄かったけど、私にも祓魔師としての才能がなかったんです。どれだけ努力しても両親には認めてもらえませんでした」


 鈴音の言葉を聞いて、翠が皮肉げに笑う。


「はは。だから、自分の方が不幸だって言いたいのかよ」


「それも違います。その気持ちはわかるよって、言いたかったんです」


「なんだと……?」


 鈴音の言葉に、翠が目を見開く。


「……お前、そんなことを言うためだけに僕を助け出したのか?」


「そうですよ。なにか悪いですか?」


 開き直るような鈴音の言葉に、翠は考えこむように黙る。


「……お前に僕の記憶が流れ込んできたように、お前の記憶も僕に流れ込んできた。だから、お前がどんな扱いを受けたのかも分かった」


 翠は確かめるように鈴音へと問いかけた。


「〝あれ〟を経験して、どうしてお前はそんなことが言えるんだ。なぜ恨まないままでいられる」


「誰かの役に立ちたかったからです」


 鈴音は即答する。


「たとえ才能がなくても、私のしたことが誰かの役に立ってるならそれでいい。私には、最初に抱いたその思いがずっとありました。翠さんにもそれがあったんじゃないですか?」


 その言葉を受けた翠は何かに気がついたように目を見開き、拳に力を込める。


「…………クソっ」


 翠は長い沈黙のあと、悪態をついた。

 そして吐き出すように呟いた。


「僕も……みんなに幸せになってほしかったんだ」



***



 鈴音が目を覚ますと、妖狐家の自分の部屋に寝かされていることがわかった。


「目が覚めましたか」 


 声がしてそちらを向くと、九尾が自分の隣に座っていることがわかった。

 鈴音は頭痛がする頭を押さえながら起き上がる。


「なんで私はここに……」


「力を使いすぎて気を失ったんです。覚えていませんか?」


「あー……なんだか思い出してきたような気がします」


 あの後、鈴音は翠を祓魔院の人間が捕らえにやって来て、連行されていくのを見届けた。

 そこで力が抜けたように気絶してしまったのだ。

 最後に見えていたのは白んできた空だった。


「あっ! 礼子は! 朱里さんや有雲さんは無事ですか?」


「ええ、無事です。特に大きな怪我もありません。心配しないでください」


 九尾の言葉を聞いて鈴音は安堵の息を吐いた。

 そして落ち着いてくると、改めて自分が気絶した後の顛末が気になってきた。


「あのひとはどうなったんですか?」


「翠は祓魔院で捕らえられています。仲間も一緒に捕らえられました。妖狐家の分家の者たちです」


「翠さんは、今後どうなるんですか?」


「まだ罪状が正確に決まったわけではありませんが、かなり重いものになると思います。龍脈と龍穴の奪うことを画策した上に、禁じられている呪術での穢れの誘導も行いましたから」


「そうですか……あ、そういえば、清宮家についてはどうなるんですか?」


 現在、清宮家が持っている裏山の社、達夫と千鶴の処遇は、九尾が預かるところとなっている。


「あの二人に関しては、私が用意した場所で暮らしていただくことになります。不自由はありませんが、清宮家には今後関われないような場所で、です」


「それを聞いてちょっと安心しました。やっぱり、多少は情がありましたから。あっちはどう思っているかは知りませんけど。あ、社の方はどうなりますか?」


 軽い調子で流した鈴音に合わせて、九尾も答える。


「今は一時的に妖狐家の預かりにしていますが、現在の清宮家の当主から完全に代替わりしたあと、返却するつもりです。もちろん新しく当主になる方の意向によります」


「うーん、確かに礼子ひとりで管理できるかは怪しいですしね……」


「……鈴音さんが清宮家の当主になるという選択肢もありますが」


「え? 私が、ですか? それはありえませんよ! 私よりも礼子の方が当主には相応しいです」


 鈴音が慌てて否定する。

 その言葉を聞いて、九尾が安心したように胸をなでおろした。

 そして深呼吸をすると、意を決したように言う。


「あの、それでですね」


「?」


「その、鈴音さん。問題が解決して、もう婚約者でいる必要はないのですが……よろしければ、このまま妖狐家にいませんか?」



「えっ、いいんですか!?」


 鈴音が前のめりになって、九尾の手を握った。


「え、ええ。鈴音さんが望むのなら」


「よかったです! 私、ここからもう離れないといけないのかと思って、すごくドキドキしてたんですよ! こんなに素敵な場所、他にありませんから!」


「……」


 鈴音が「あー、よかったぁ」と安堵する。

 そんな鈴音を見て、九尾は視線を下にして考え込んだ後、何かを決めたように頷いた。


「…………鈴音さん、私の名前をお教えいたします」


「え? はい」


 態度が変わった九尾に不思議そうな顔をしながら、鈴音は続きを聞いた。


「私の名前は炎陽。炎に太陽の陽で、炎陽です。それが私の本当ノナメです」


 九尾はそう告げた後、何かを待つように沈黙する。


「なるほど、炎陽さんですか……」


 噛みしめるように何度も頷く鈴音に対して、九尾は緊張の面持ちで待ち続けた。


「それはすごく格好いい名前ですね!」


 鈴音が目を輝かせて、感想を述べた。


「……はい?」


 予想外の回答に対して、九尾が素っ頓狂な声を上げる。


「炎陽って、九尾様の能力のまんまじゃないですか! すごいです、私もそんなバチッと決まる名前が良かったなあ!」


「は、はは……」


 本気で羨ましがる鈴音を見た九尾は乾いた笑い声を出した。


「どうかしましたか、九尾様?」


「いいえ、なんでもありません。肩の力が抜けただけです」


「? そうなんですか」


 九尾はニコリと微笑んで、鈴音に言う。


「それでは、これからよろしくお願いします。鈴音さん」


「はい! 私、これから頑張りますね──妖狐家のお掃除係として!!」


 九尾が目を丸くする。

 数秒かけて、自分と鈴音がそれぞれ盛大な勘違いをいていたことに気づいた九尾は──苦笑した。

ここまで読んでいただきありがとうございました!

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