1話 落ちこぼれの祓魔師は妖狐へ嫁がされる
「鈴音、お前はいつになったら魔物を祓えるようになる」
「……申し訳ありません、お父様」
父から向けられた厳しい視線を、鈴音は申し訳なさそうに目を伏せた。
「礼子は今月、すでに四級の魔物を二体も祓っている。だが、お前はどうだ? 生まれてこの方、一度も魔物を祓ったことがない。まったく……清宮の恥だな」
「そうよ、鈴音。少しは礼子を見習いなさい。十五歳でありながら、すでに祓魔師としても三級。だというのに、姉のあなたは万年五級で……はぁ、普通あなたの年齢ならもう四級に昇格している年齢なのに。私が生んだ娘とは思えないわ」
母の千鶴が、隣りに座っている礼子に視線を向ける。
つられて鈴音も目を向けると、妹の礼子が気まずそうに顔を背けた。
一歳差の妹。昔は仲が良かったけれど、鈴音と礼子との差が明確になってからは、全く会話を交わさなくなった。
鈴音にも、礼子に対する負い目がある。
本来であれば長女である鈴音がしっかりしなければいけないところを、全く成果を出せていないから、礼子は両親からの期待を一身に背負い続けている。
「そもそも、お前に魔物が祓えるかどうかは疑問だがな。霊視すらできないお前に」
「それは……」
達夫の言う通り、鈴音は魔物を見るための霊視の力がなかった。
見えていないものを祓うことはできない。
それが鈴音が、万年五級祓魔師に甘んじている理由だった。
「どうせ、仕事をサボっているのだろう」
「そ、そんなことしていません。境内の掃除はきちんと……」
「やかましい! なら祓った魔物が一体もいないわけがないだろう! 魔物の祓魔記録がゼロの理由は、お前が仕事をサボっているからに決まっている!」
「鈴音。白状しなさい」
「わ、私は……」
鈴音はうつむき、膝の上に置いた拳を握りしめる。
仕事をサボってなどいないのだから、白状などできるはずもなかった。
「本当に、一度も魔物がやってきたことがないんです。サボっているわけではありません」
鈴音の返答に対して、達夫が大きくため息をつく。
「明日は、もう少しマシな言い訳を考えておくことだな」
そう言って達夫と千鶴が立ち上がる。
両親が鈴音に向ける目には、強い軽蔑と失望がこもっていた。
鈴音の胸が強く痛む。
両親にこのような目を向けられるのは、今に始まったことではない。
けれど、辛いことには変わりなかった。
「裏山にある社の掃除でもしておけ。まあ、魔物を祓うこともせんのだろうがな」
「……はい」
鈴音はただ視線を落とし、返事をした。
世界には魔物と呼ばれる存在がいる。
穢れは人の負の感情、空気の淀み、など、あらゆるものから生まれ、その場に滞留し続ける。
そしてその穢れは魔物を生む。
魔物は人々に害をもたらし、ときには人の命を奪うこともある。
そんな魔物を祓うのが、祓魔師と呼ばれている存在である。
魔物を祓い、穢れを浄化する力を持った、人知を超えた力を持つ者たち。
祓魔師は人知れず、魔物を払い続けていた。
鈴音もそのような現代日本の、祓魔師の家系に生まれた少女である。
清宮家は祓魔師の一族としては、どこにでもいるようなごく普通の家系であり、当主である達夫も第三級祓魔師と、祓魔師としてはごく普通の才覚しか持ち合わせていない。
だからこそ、両親の達夫と千鶴はとても権力というものに対して欲深い性質を持っていた。
なまじ、達夫の前の当主が、祓魔師として一流の才覚を持ち、代々普通の祓魔師であった清宮家の地位を押し上げて、一時の栄華を味わってしまったのも悪かったのだろう。
前当主が亡くなって以降、清宮家の地位は元々の位置へと戻ってしまった。
だが、一度味わった蜜の味は、早々忘れられるものではない。
達夫と千鶴は、なんとしてでもかつての栄光を取り戻そうとした。
二人は子どもたちに期待を寄せる。
その結果、鈴音は霊視すらできない凡才だが、妹の礼子は通常よりも早い八歳の頃に式神を召喚するなど、普通よりも高い才能を持ち合わせていることが判明した。
両親の期待は礼子へと一身に注がれた。
同時に鈴音はまるで無いものかのように扱われ、どれだけ鈴音が努力をしようが、両親は無関心を決め込んだ。
そんな環境にいても、鈴音はめげなかった。
霊視の能力がなくても、努力を続け、最低限の祓魔が可能であるとし、祓魔師の試験に合格する。
ただ、祓魔師としての等級は最低ランクの五級であり、両親からの関心が回復することはなかった。
そのうえ、祓魔師になってから一度も魔物と遭遇していないため、等級を上げる機会すら無い。
それでも鈴音は祓魔師として、誰かの役に立てるよう、毎日努力を重ねている。
ただし、達夫も千鶴も知らなかった。
鈴音が魔物と遭遇したという記録はないが、祓っていないわけではないということに。
そしてその事実は鈴音自身ですら知らない。
「よしっ、これで毎日の雑巾がけ完了!」
巫女服に身を包んだ鈴音が、社の床の雑巾がけを終えて、額の汗を拭う。
ここは清宮家が管理をしている、裏山の中にある神社だった。
表にある神社より古く、山の中にあるため誰もこないような寂れた神社である。
しかし、鈴音は毎日欠かさず、丁寧に掃除を行っていた。
そのため誰も来ない割には、境内も社も非常に綺麗に保たれている。
「あとは境内の掃き掃除をすれば終わりかな」
掃除用具を片付けて、雑巾から箒に持ち帰ると、境内を掃いていく。
今は春。対して落ち葉もないが、『掃く』という行為には清める意味がある。
祓魔院でも、多少ではあるが、ゴミや汚れによって溜まる穢れを祓う効果がある、とも教わっている。
祓魔師である鈴音にとって、穢れを祓うための行動はどんなことでも手が抜けなかった。
「ふんふん、ふーん」
鈴音は鼻歌を歌いながら、境内を掃いていく。
祓魔師として魔物が祓えなくても、掃除をしているこの時間は、誰かの役に立っているという感覚があるから好きだった。
──その時、鈴音の背後に黒い靄が現れた。
黒い靄は注意深く観察するように、掃き掃除をする鈴音の背後にぴったりとついて回る。
そして黒い靄が、鈴音に対して飛びかかった。
靄が鈴音の首筋へめがけていく──。
瞬間、黒い靄が弾け飛んだ。
「いたっ」
鈴音は首筋を押さえる。
反射的に背後を振り返って、なにもないことに首を傾げた。
「? 何だろ、静電気? ここ、たまに身体の何処かがチクッとするんだよね……」
涙目になりながら、鈴音はうなじのあたりをさする。
「あっ、もしかして虫!? 刺されたとこが赤くなってたらどうしよう! 帰ったら塗り薬塗っとこう……」
鈴音は境内の掃き掃除に戻っていく。
自分に襲いかかろうとしてた黒い靄に対しては、全く気がつかないまま。
そして掃き掃除を終えた鈴音は、満足気に境内を見渡す。
「よしっ、今日もきれいに掃除完了!」
仕事ぶりに問題がないことを確認すると、鈴音は社に向かう。
そして拝殿の方へ向き、二礼、二拍手。
綺麗な柏手が境内に響き渡る。
「本日の境内のお清め、滞りなく終えました」
鈴音の一つ一つの動作は、頭からつま先にいたるまですべてが磨き上げられ、洗練されていた。
見る人間が見れば、神聖な儀式を覗き見しているような気分になっただろう。
静寂のあと、鈴音は笑顔で顔を上げる。
「よし、今日も終わり!」
ひと仕事を終えた鈴音は帰路につく。
その途中、思い出したように空を見上げて、ため息をついた。
「でも、また今日も魔物こなかったなぁ。表のほうに来てるなら、私の方にも来てもおかしくないのに」
残念そうに鈴音は肩を落とす。
──しかし、鈴音は知らない。
拝殿の雑巾がけで、貯まっていた穢れが一掃されていることを。
掃き掃除で、淀んでいた空気が晴れていくことを。
最後にした柏手一つで、境内に残っていた穢れが祓われていることを。
霊視の才能を持たない鈴音は、穢れを祓っていることを全く知らなかった。
***
「鈴音。お前には妖のもとへ嫁いでもらう」
「……え?」
家に戻った鈴音は、両親から居間に来るように呼び出された。
普段は鈴音が顔を見せることすら疎ましがる両親にしては珍しいと思い、居間に行った途端、告げられたのはその言葉だった。
突然すぎるその言葉に、鈴音の思考が追いつかない。
「聞いていなかったのか? 妖に嫁いでもらうと言ったのだ」
妖。人とは違う種族。
人の世界とは違う異界で暮らすか、人の世界に溶け込んで暮らしているという。
百年前までは人と妖は血で血を争う戦争を繰り広げていたそうだが、その戦争に辟易とした両者が和平を結んだ。
今は互いに人界と異界に分かれながらも、魔物という共通の敵に対して協力しあって共生している。
鈴音も妖がいることは知っていたが、まさか突然嫁に送られるとは思っても見なかった。
「ちょっと待ってください。急にどういうことですか?」
「以前から考えていたことだ。お前は祓魔師としての能力も低く、いつまで経っても清宮家の落ちこぼれ。ならばいっそ、嫁に出したほうがいいとな。ちょうど妖側からの祓魔師の嫁を要請する声もある。よって、お前を嫁がせることにした」
「良かったわね、鈴音。あの四華のうちの、妖狐家との縁談よ」
「そうだぞ。我々人間の六門に並ぶほどの家格を持つ家だ。妖狐家とお前が婚約すれば、清宮はさらに躍進するだろう」
達夫と千鶴がそう言うが、現在、妖狐家には昔ほどの力はない。
妖の四家と、人の六家。
これらは祓魔師の中でも最も地位の高い家である。
それぞれ、四華と、六門と呼ばれている、合計十の家は、日本にある龍脈と龍穴を守り、日本中の穢れが溢れ出ないようにする役目を担っている。
そして妖狐家はその妖の四華の中の一つで、普通の祓魔師の清宮とはかけ離れた家格を持つ家だが、近年、その力は急速に衰えている。
というより、妖全体の力が弱まっているのだ。
妖の祓魔師も数が足りず、人の祓魔師と比べても著しく衰退している最中。
普通の家であるならば、妖と人との文化的な違いなどを考えて、いくら妖狐家とはいえど、娘を嫁に出したりなどはしない。
それでも二人が鈴音を嫁として送ることにしたのは、役立たずの鈴音を少しでも有効活用したいからだろう。
妖狐家と婚約を結んだ家として、地位を上げたいのだ。
鈴音は、そういう事情をなんとなく察した。
「けど、私がいなくなったら裏山の社は誰が掃除するんですか?」
「うちには礼子がいる。そもそも、魔物が一匹も出てこないような場所だ。お前がいなくなったところで問題ないだろう」
「そうねえ。礼子もこのまま行けば二級、いえ、一級祓魔師にもなれるでしょうし。礼子がいれば、社は十分管理できるわ」
鈴音は言い返せなかった。
確かに裏山の社には未だに魔物一匹も出ていない。
穢れがないのなら、鈴音が毎日掃除をする意味など、はじめからないのだ。
それでも、鈴音にとってはあの裏山の清掃が、唯一の生きがいだった。
自分が祓魔師であることの証明だったから。
「よかったな鈴音。お前でも清宮の役に立てるんだ」
「しっかりと嫁としての役割を果たしてきなさいね」
取り付く島もないとはこのことだった。
翌日、鈴音は厄介払いをされるかのように、妖狐家のもとへと送られた。




