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第八十話 王国軍撃退

 その後も俺は次々と立派な鎧を着て馬に乗った指揮官らしき者を『アイシクル・ランス』の魔法で討ち取った。


 中には密集陣形を取って指揮官を守ろうとした部隊もあったが、そうなると動くことはできない。

 指揮官を失って潰走する部隊もいれば、ごくわずかに自暴自棄になってスフィールトの町の門に向かって来る兵もいた。


 もちろん城壁の上にはアンクレードが必死に集めた兵士が弓を構えて待っているのだから、彼らが門までたどり着くことはなかった。


「頃は良さそうですな。そろそろ門を出て、敗走する敵を追撃します」


 アンクレードはそう言って、城壁の上から下りて行こうとした。


「追撃って、そんな兵がいるのか?」


 ビュトリス王国との約束で、この町の兵は百人しかいなかったのだ。

 緊急時とて予備の兵を招集し、傭兵を雇ったりしてはいるが、それでも三百人もいないだろう。 


「待て。アンクレード! いくらなんでも兵が少なすぎるだろう!」


 俺の呼び掛けに彼は振り向くと、口の端でニッとした笑いを見せた。


「危険を冒さねば大勝利は得られません。ここが勝負のしどころです。ハルト様の援護が期待できますからそこまで危険だとは思っておりませんがね」


 そう言って周りの兵に「私に続け!」と命じて馬に乗って駆け出した。


 あっという間に彼と配下の兵たちは門から突出し、門に向かって来ていた数人の兵を蹴散らして敵軍に向かって進む。

 俺は慌てて呪文を唱え『アイシクル・エクスプロージョン』の魔法で彼らの前に立ちはだかろうとしていた敵を粉砕した。


「あぶないっ!」


 俺は今後は『アイシクル・マーヴェ』の呪文で彼らの進路を阻もうとする敵部隊に一撃を加える。

 アンクレードはハルト一世の大功臣。彼をこんな戦いで失うわけにはいかないのだ。


「ハルト様。これではアンクレードから苦情が出ましょう。敵と刃を交える機会もなかったと」


 シュルトナーが呆れているが、俺は気が気ではない。

 ここは本物の戦場で、俺の魔法によるとはいえ、実際に人が傷つき倒れているのだ。


 アンクレードが何やら大声で呼ばわると、敵兵の中には両手を挙げて降伏の意思を示している者もいるようだ。


「敵は大混乱に陥っています。勝利は間近です」


 クーメルが冷静に戦場の状況を分析して教えてくれるが、俺が見ても敵軍の状況は混乱を極めていた。


 先鋒は俺が何度も魔法で粉砕し、今はアンクレードが突入して残っていた兵も降伏せざるを得なくなっていた。


 そしてそこかしこで将軍を討たれて混乱する兵や、指揮官を守ろうとひたすら防御陣を築いている部隊もある。


 さらに俺が伝令役を狙い撃ちしてこともあって、後方の部隊にはまだ情報が伝わっておらず、前線から無秩序に退却しようとする兵士たちとぶつかって隊を乱したりしていた。


「アイシクル・マーヴェ!」、「アイシクル・エクスプロージョン!!」


 アンクレードが率いる部隊は小勢ながら、あたかも無人の野を行くかのように疾駆し、その行く先で敵兵を次々と降らせていた。


 段々と遠くなって分かりにくくなってきているが、今のところ損害は出ていないようだ。


「全軍崩壊ですな」


 俺はアンクレードが包囲されたりしないよう、必死で彼の居場所を目で追い、彼の行く先の敵兵に損害を与え続けていただけだ。

 だが、彼は的確に敵軍の急所を突こうと動いていたらしく、俺が魔法を撃ち込むと目に見えて混乱が広がり、今や敵部隊は雪崩を打って退却し、アンクレードたちの前に立ち塞がる者はいないようだった。


「あっ……。やられる?」


 俺はまた魔法を放って、アンクレードの前方の敵を粉砕する。

 そろそろ目視するのは厳しくなってきているから、引き返して来てほしい。


 もう大勢は決し、これ以上の戦いはお互いに無意味なのだから。



 俺はそう思っていたのだが、それは早計だったらしい。


「もう少し追撃を続けたかったのですが、ハルト様の魔法に遮られました」


 その晩、祝勝会を兼ねた軍議の席でアンクレードが不満そうに発言した。


「それは済まなかったけど、もうあの先は見通せなくなっていたからな」


 アンクレードの部隊が進んだ先に起伏があって、視界が遮られて見えない場所があったのだ。

 伏兵を置ける状態ではなかったと言われればそうなのだが、敵軍に比べてアンクレードの部隊はあまりにも寡兵だった。


 何かあれば包囲殲滅されるかもしれないと、俺は心配だったのだ。


「私たちも巻き込まれるかと思いましたぞ」


 俺は視界の届かない窪地に向かって大量の氷魔法を叩き込んだから、その直前にいたアンクレードは肝を冷やしたらしい。

 追撃戦に気を良くしていた兵士たちが、冷や水を浴びせられたようになったと彼はこぼしていた。


「まあ。それでもハルト様のおかげで今回も助かりましたから、あまり贅沢は言えませんな」


 彼はそう言って、仕方がないって顔をしていたが、俺はそれを否定した。


「俺のおかげだって言ってもらえるのはありがたいけれど、俺だけだったら今回は負けていたな」


 それは俺の正直な感想だ。

 いや、感想ではあるが、おそらく事実そうなっていただろう。


「一番大きいのは、エルフたちが森を閉じてくれたことだろう。あれ程の大軍が四方から押し寄せて来ていたら、とても防ぎきれなかったと思うんだ」


 王都方面への道はなだらかで見通しもきく。

 かなり遠くからこちらへ向かって来る敵軍の様子を窺うことができたのだ。


「たしかにサーブやエズーネから、もっと言えば森に隠れて敵に接近されたら厄介でしたな」


 シュルトナーも俺に賛同してくれたが、本当にそのとおりなのだ。

 スフィールトの町はそこまで大きな町でもなく、城壁だってお世辞にも立派とは言えない。


 二十倍、三十倍の敵に包囲され、城壁に取りつかれたら、いくら俺の魔法があったとて一気に城内に入り込まれていただろう。

 混戦になると大きな魔法は使いづらいのだ。


「では私は降伏した兵たちの処分を決めねばなりませんから、ここで失礼します」


 アンクレードは早々に部屋から出て行こうとしたが、俺は彼に向かって、


「まさか処刑なんてしないよな?」


 そう釘を刺した。

 彼がそんなことをするとは思わないが、ここは前の世界からしても千年も昔の世界。

 人道的な捕虜の扱いなんて期待できないかもしれないのだ。


「当たり前です。こちらの兵は少ないのです。同じジャンルーフ人同士、できれば少しでも味方に引き込みたいところですからな」


 こちらにはスタフィーノ公爵もいるから、多少は説得もし易いらしい。

 王位継承権ということならジンマーカスと彼は大差がないようだった。


「問題はスタフィーノ公爵がジャンルーフ王と称することを拒んでおられることですな。これについては彼は頑ななのです。僭称は許されないと言って」


「そうなのか? こちらにも王様がいた方がいいんだよな?」


 俺にはよく分からないが、今のままだと俺たちは賊軍扱いだ。

 こちらにも王がいるとなれば、王室内の争いだとして中立を決め込む諸侯も出て来るかもしれない。

 これまでは情勢が圧倒的にジンマーカス側に有利だったからそうでもなかったのかもしれないが。


「さようです。何度もお薦めしようとしているのですが、公爵の家臣から止められていまして」


 フランドとブレマンディによれば、公爵はハルファタの大聖堂前の広場で王族が殺戮されたことに大きなショックを受けていて、今はそっとしておいていただきたいと彼らからお願いされているのだった。


「自分だけがハルファタを逃げ出したことに罪悪感を持っているようですな。その元凶であるジンマーカスに王権を握らせるなどあり得ないと思っていただければ良いのですが」


 俺はシュルトナーの話を聞いて、戦勝に浮かれている場合ではないなと気を引き締めた。

 王族だけでなく今日、目の前で展開された戦場でも多くの生命が失われている。


 それを仕方がないで済ますわけにはいかないのだ。


「悪いけれど傷ついた兵は敵味方の別なく、治療を受けさせてくれ」


 俺がそう口にすると唐突だと思ったのか、シュルトナーは怪訝な顔をした。


「既にそう致しておりますが。お味方にはほとんど被害がありませんから、専ら敵兵ばかりですがな」


 降った兵士たちは味方になるかもしれませんしと彼は付け加えたが、俺はそれが却って気になった。


「それから亡くなった兵士たちをきちんと埋葬してほしいんだ。あれだけ痛めつけたんだから、そのくらいの時間はあるだろう」


「敵兵もですか?」


 シュルトナーが意外そうな顔で確認してきた。


「ああ。敵兵もだ」


 と言うよりも味方にはほとんど損害がないのだから専ら敵兵を埋葬することになるのだろう。

 俺は現代人だから腐乱死体が散乱した様子など想像したくもないし、衛生上の観点からも敵味方に関わらず早く埋葬すべきだろう。


「俺も手伝うから」


 穴を掘るくらいはお手の物なのだ。もちろん魔法によるのだが。


 だが、俺のその目論見はもろくも崩れ去ることになった。


「カレークの町から伝令です!」


 軍議が行われていた部屋にダニエラ・サヴォラーエから送られた兵士が到着し、彼から緊急の連絡があったのだ。


「ビュトリス王国に不穏な動き。至急、援軍を請う」


 伝令の持って来た文書には簡潔にそう記され、その下にダニエラのサインがあった。





【ハルト一世本紀 第四章の二十五】


 大帝はカレークへ赴くと言って群臣を驚かせた。


「不敬なスタフィーノの親族を罰せず、シルトを離れられるのですか?」


 国公が面を冒して問うと、大帝はゆっくりと頷かれた。


「今はスタフィーノも彼らの行いを恥じて動こうとしない。時間が必要なのだ。また久しく向かっていないカレークの様子を見ることも必要であろう」


 そうおっしゃって、すぐにカレークに向かわれてしまったので、国公も最早、意見を挟むことはできなかった。


 カレークでは近衛騎士団長が大帝の来臨を待っていた。


「陛下においでいただき、この町の民も陛下がお忘れでなかったと安堵しています」


 大帝が姿を見せたことで、町で起きていた問題はことごとく片付いた。


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