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第八十一話 クラウズ王子の失態

 カレークの町に着いた俺たちをダニエラと代官のジョナステ、それにステイラが待っていた。


「ハルト様。ありがとうございます」


 旧領主屋敷、今は代官屋敷なのだが、に俺が顔を見せると三人は明らかにほっとした顔をした。


「まさかビュトリス軍が動き出すとは思いませんでしたな。幸い、ハルファタから派遣された軍は撃退しましたから。ビュトリスもまた、悪い時に動いたものですな」


 ここまでの道中でシュルトナーから聞いたのだが、クーメルの出した条件に加え、カテリア王女の口添えもあって、俺のカレーク領有はけっこうすんなりとティエモザ四世から認められたと言うことだった。


 だからこそクーメルも、俺たちが対ジャンルーフ王国軍との戦いで明らかに劣勢にならない限り、ビュトリス側は動かないだろうと予想していたのだ。


「念の為に申し上げておきますが、私は手引きなど一切しておりません」


 ステイラ嬢はそう言って真剣な顔で俺を見てきた。


「ああ。そんなことは思ってもいないさ。あなたはこの町に住むことができれば満足なんだろう?」


「そのとおりです。でも、町の人の中にはそんな噂を口にする方もいらっしゃるようでしたから」


 彼女は思い出のある、そして自分の母親の墓のあるこの町に住み続けたいと申し出たのだ。

 もちろんビュトリス王国に愛着はあるだろうが、それを捨ててでもこの町に残ることを選んでいる。


「ビュトリス軍がこの町を占拠したとして、私がこの町に残ることができるか疑わしいですから。そのようなことはいたしません」


 彼女の父親はラエレース近郊の町に移封されているから、本来なら彼女もそこへ赴くべきなのだ。

 ビュトリス軍の軍政が敷かれたりしたら、俺が代官の補佐に任じた彼女は疎まれて、父親の元に送られるかもしれない。


「でも間に合って良かったよ。ここまでかなり気を揉んだからな」


 俺の言葉に代官のジョナステも不安そうだった。

 彼はクーメルの兄弟子で、彼が応変の才はないって言っていたくらいだから、平時には命令通り適切に政務を取り仕切るのだろうが、こういった変事に対応するのは不得手なのだろう。


「その後の探索によれば、兵がエフラットから出たのは間違いないようですが、思っていたよりも小勢だったのです」


 逆にダニエラの方は申し訳なさそうな態度だった。

 彼はエフラットから軍部隊が派遣されたとの情報を得て、すぐに俺のいるスフィールトの町へ連絡を寄越したのだ。


「そうか。それなら良かったじゃないか」


「いえ。ますます解せませんな」


 俺は単純に大軍に寄せてこられなくて良かったと思ったのだが、シュルトナーには別の懸念があるらしかった。


「ジャンルーフの軍と呼応して、一気にカレークの町を奪おうと考えているのかと思っていたのですが、どうもそうではないようですな。そうされていたのならクーメル殿が言っていたように、こちらには為す術がなかったかもしれませんから」


 ハルト様は一人しかいませんからなと付け加えて、彼は俺の顔を見てきた。

 たしかにハルファタから送られてきたものと同等の兵力がこの町に殺到していたら、こちらは逃げるくらいしかできなかっただろう。


「でもそうはならないと思っていたんだよな」


 クーメルやシュルトナーは老人や子どもにはこのカレークの町へ避難するように指示していたから、この町は戦場にはならないと踏んでいたのだろう。


「さようです。ビュトリス王国はティエモザ四世の下、比較的安定していますからな。この町の扱いについてはハルト様と先日合意したばかりですし、それ程不満を持っているわけではないと思っていましたから」


 そう言っていた彼の顔色が変わり、何かに気がついたようだった。


「その部隊を率いているのは何者なのだ?」


 彼は慌ててダニエラに尋ねた。


「確証はありませんが、どうやら王族の一人が率いているようです。兵数は数百人規模のようで、王国の正規軍としては少なすぎますし」


 ダニエラの回答に、シュルトナーの疑念は深まったらしい、彼は考え込むような様子を見せた。


「それでも数百人か。こちらも兵の数は少ないし、町にはスフィールトからの避難民もいるから戦場にされるだけでも危険だからな。間に合って良かったよ」


 ビュトリス王国のエフラットからは、カレークの町はそんなに遠いわけではない。そう考えると俺にも少し不思議な気がしてくる。


「ジャンルーフ軍の情報を集めていたのかな? それなら逆に撤退しても良い気がするんだけど」


 まだスフィールト郊外で行われた戦闘の結果が伝わっていないのなら、逆にこれまで攻め寄せて来ていないのも不自然だ。

 どうもこの町に侵攻する気配を見せている部隊は、ジャンルーフ側との連携がそこまで取れていないのかもしれなかった。


「王族の中に一人、強硬派がいたことを思い出しました。ハルト様に譲歩すべきではないと繰り返していた者が。最後は誰からも相手にされなくなっていましたがな」


「シュルトナー。突然、どうしたんだ?」


 俺は彼が何を言い出したのだろうと思ったのだが、どうやら彼にはこの町へ攻め寄せようとしている軍の正体に見当がついたらしい。


「いつまでものろのろとこの町周辺を徘徊するように軍の動きが定まらないのも理解できますな。恐らく率いている者の資質によるのでしょう」


 何だか自分だけで納得しているようだが、俺たちは早めにその部隊に対処する必要があるのだ。

 スフィールトは小安を得たとはいえ、俺が長期間、町を離れるのは危険だと思うし。


「ハルト様はクラウズと言う名の王子を覚えておいでですか?」


 シュルトナーから聞かれて俺は面食らったが、その名に何となくではあるが聞き覚えがあった。

 そうして、記憶をたどるうちに、王子というにはラフな格好をした黄色い髪の男の姿が浮かんできた。


「あ。あのビュトリス王国の、カテリア王女の弟か?」


 俺がエフラットを訪ねたのはもう随分と前のことだから、すっかり忘れていたが、たしかあの王宮の中で会った王子がそんな名前だった気がする。

 随分と失礼な王子で、イレーネ様に「俺の女になれ」とか言っていたはずだ。


「そうです。何故か彼は最後までハルト様にカレークの町を与えることに強硬に反対をしていました。


「そうなのか? 俺は彼に恨まれるようなことをした覚えはないけどな」


 あの頃の俺は田舎から出て来た勲爵士に過ぎなかったのだ。

 今でもそれほど進歩したとは思わないが。


「ハルト様にこれ以上便宜を図るべきではないと、彼はずっとそう主張していました。はっきりとした理由を挙げられませんでしたから、皆は首を傾げておりましたが」


 俺にはあの軽い感じの王子が王宮でシュルトナーの意見に反対したり、ましてや軍を率いて攻め寄せるだなんて、どうにも半信半疑って気がする。


「で、その部隊は今はどこにいるんだ? 町に攻め込んで来るでもなく、周辺をうろうろしているって言っていたけれど」


 いずれにせよ、カレークの町に長く足止めされるのは危険なのだ。

 攻め寄せてこないのならば、さっさと撃破して禍根を絶つ必要がある。


「領域を侵犯していることはたしかです。シュルトナー殿がエフラットで取り決められた境となる川のこちら側に、少しだけ侵入しているのです」


 何とも微妙な侵攻軍のようだが、だからこそダニエラが対応に苦慮しているのかもしれなかった。

 いっそ攻め寄せてくれば守りを固め、籠城して援軍を待っていただろう。


「分かった。俺が行って様子を見て来よう。それで対応が可能なら対応してしまうから。兵を十人ばかり貸してくれないか?」


「それだけでよろしいのですか?」


 ダニエラは驚いたようだが、それで十分だ。

 人数は少ない方が失敗した時に逃げやすいし。



 翌朝、俺たちは兵舎へ行って、ダニエラが選抜してくれた兵士十人を伴い、すぐに町の東、エフラット方面へと向かう街道に馬を走らせた。


「ハルト様。本当に私がエフラットの王宮までお連れするのですか?」


 シュルトナーが聞いてくるが、相手がクラウズ王子だとしたら、吹き飛ばして終わりにするわけにはいかない。

 曲りなりにも王族なのだから、そんなことをしたらビュトリスの宮廷を敵に回すことになってしまう。


「ああ。率いているのが本当に王子だったらな。丁重にお引き取り願うしかないし。一人で帰らせるわけにもいかないからシュルトナーに随伴をお願いしたいんだ」


 俺がそう言うと、彼は疲れたって顔をした。


「やれやれですな。私は部隊を率いているのがあの王子だと思っておりますし」


 俺が借りた軍馬はダニエラ配下の兵が丁寧に世話をしてくれているらしく、快調に街道を飛ばす。

 そして午後には敵軍らしき部隊の姿が見えてきた。


「川のこちら側だよな」


「そうですな。領域を犯していることは間違いありませんな」


 シュルトナーに確認したから間違いないだろう。

 俺は敵軍を前におもむろに呪文を唱えた。


「ヴァユーヴォ ボーベ ファオノリート トゥフェーゼ キネーセ」


 赤く光る魔法陣から光が立ち昇り俺の身体を包む。

 ここは『妖精の森』から遠く離れているから、火炎系の魔法を使っても問題はないのだ。


「ファイアボール・マーヴェ!」


 俺の魔法が完成し、魔法陣からいくつもの炎の球が飛び出して敵部隊へと向かう。


 そしてその直前の地面に落ちて、その場所の下草が燃え上がった。


「敵だっ!」、「ひいいっ」、「逃げろっ!」


 戦う気はないのかよって思ったくらい、敵部隊は脆くも崩れ去り、一目散に領域の境である川に掛かった橋を目指して逃げて行く。


「おいっ! お前ら。逃げるな! 待てっ!」


 その中で一人、戦場には不似合いな膝下くらいまでの長さのパンツをはいた黄色い髪の若い男が、兵たちに怒鳴るように声を張り上げている様子が目に入った。


「あれって……」


「クラウズ王子ですな」


 シュルトナーにも分かったようだ。

 早く逃げないと一人だけ置いていかれるのにと思ったが、いずれにせよもう遅い。


「スリープ・ミネトゥリス!」


 俺の胸の前に現れた薄紫色に光る魔法陣から、同じ色の靄のようなものが飛び出して奴に向かう。


「うわっ!」


 それに包み込まれて悲鳴を上げながら、崩れ落ちるように眠りに落ちたクラウズ王子を気に掛ける者は誰もいなかった。





【ハルト一世本紀 第四章の二十五】


 カレークの町で起きていた問題の一つは、ビュトリスにその原因があった。


「念の為、かの地を治める者に知らせておきましょう」


 国公はそう言って残念そうな顔を見せた。

 ビュトリスを治める者とつい先日話し合ったのは彼だったからである。


「国公よ。待つがいい。その原因を取り除き、証拠の品を持って向かうべきである」


 大帝はお笑いになって、国公にそれを与えた。


「陛下のお慈悲にビュトリスを治める者たちは言葉もないでしょう」


 国公は嘆息して言ったが、その言葉に反して、彼はその後もビュトリスに手を焼くことになった。


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