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第七十六話 シュルトナー救出

 結局、ネマーニャさんの叔母さんであるスティカさんに馬車を用立ててもらい、俺たちはスフィールトに帰ることにした。


「すっかりお世話になりました。このご恩は必ず……」


 俺がそうお礼を言うとスティカさんは、


「いいえ。久しぶりにネマーニャに会えて嬉しかったですし、ネマーニャのお相手とその弟さんにまで。私には子どもがいませんからネマーニャのことは娘みたいに思っていたんです。これからもいつでもいらしてくださいね」


 そう親しみを込めて言ってくれた。

 彼女への説明はネマーニャさんに任せてしまったが、スタフィーノ公爵のことはどう伝えたのだろう?



 馭者は公爵の家臣の二人、フランドとブレマンディが務めてくれると言うので、俺たちは馬車の中で今後の方策を話し合った。


「ハルト様も進歩がありませんな」


 アンクレードが無遠慮に言ったがそのとおりではある。

 このままだと結局、スタフィーノ公爵の口車に乗って、宰相閣下改め新王陛下に敵対することになりそうだった。


 ほとんどパラスフィル公国の時と同じ構図だ。


「シュルトナーは褒めてくれるんじゃないか?」


 俺は不安な気持ちを隠して、そんな軽口を叩いた。

 本当に重要なのは、俺の今回の判断がハルト一世にどう評価されるかなのだ。


「クーメルは間違っていたと思うか?」


 俺が隣に座る彼に尋ねると、スタフィーノ公爵の顔に不安そうな表情が浮かぶ。

 彼は王都で叛逆者として拘束されそうになっていたから、彼にとってはこの判断は間違っていなかったのだろう。


 この時代、公正な裁判なんて受けられそうにない気がするし。


「これからそれは明らかになってくるのではありませんか?」


 クーメルは静かにそう答えた。


「果たして彼の子息が本当に生きていたのか? そうだとしてそれをどう言い繕うのか? そして彼以外の王族にどう対応するのか? そうしたことがすぐに分かってきますから」


 それを見れば俺の判断が正しかったかどうかは、簡単に分かるはずだと彼は言った。


「まったくの勘違いだったらどうしたらいい?」


 俺の問い掛けに、彼は澱みなく答えてくれる。


「勘違いなら勘違いだったとお伝えすれば良いのです。それで領地と爵位を返上したとて、ハルト様はお困りにならないでしょう」


 随分な言い種だと思うが、彼の言うとおりだろう。

 ここまで彼やシュルトナーががんばって町を発展させてくれたし、俺も少しは開発に協力したから、その成果を捨てなければならないとすると忸怩たる思いはあるが、この国を逃げ出しても何とかなる気がする。


 キルダ王国のアンジェリアナ女王も召し抱えてくれるって言っていたし、俺の目標はそもそもハルト一世に仕えることなのだ。



 途中の検問は『インビジブル』と『サイレント』で切り抜け、俺たちの馬車は順調にスフィールトへ向けて進んだ。


「検問。まだやっているのかよ」


 それでもやはり面倒で、俺は不満たらたらだったのだが、クーメルはいつものとおり、


「王国の制度を変えるのには時間が掛かるものなのです。まして国王が病に倒れていましたから」


 そんなことを言って、気にも留めていないようだった。



「うわっ!」


 突然、馬車が街道を外れたらしく、酷く揺れてすぐに止まってしまった。


「どうしたんだ?」


 アンクレードが素早く降りて、公爵の家臣に尋ねると、すぐに答えが帰ってきた。


「前方から騎兵の一隊がやって来ます!」


 俺は慌てて『インビジブル』の魔法を掛け、路肩に乗り上げた馬車の姿を隠す。


 どうやら前から来たのは、俺たちが以前王都の側の町で見た騎兵部隊らしかった。


「何だかゆっくりだな」


「静かに! 気づかれますぞ」


 アンクレードに怒られたが、騎兵たちは俺たちを追い抜いて行ったときとは裏腹にやけにゆっくりと進んで来る。


 近づいて来たのを見ると、どうやらけがをした者がいるようだった。


「あれは!」


「おい! 気づかれるだろう」


 今度はアンクレードが大声を出し、俺が注意をしたのだが、彼が声を上げた理由が俺にもすぐに理解できた。


 騎兵たちがゆっくりと進んでいたのは、彼らが檻車を()いていたからで、その中に閉じ込められている男に俺たちは見覚えがあったからだ。


「それどころではありませんぞ。あれはシュルトナーではありませんか」


 檻車はますます近づいて来て、今は中にいる男の姿をはっきりと見ることができた。

 檻の中に座っていたのはどう見てもシュルトナーだった。


「スリープ・マーヴェ!」


 俺は迷わず魔法を発動し、騎兵たちを眠らせた。

 そして『インビジブル』の魔法を解いて姿を現し、檻車へと向かう。


「ハルト様! どうしてこちらに?」


 シュルトナーは驚きの声を上げるが、それはこちらの台詞だ。


「王都から逃げて来たんだ。シュルトナーこそ……」


 俺がそう答えると何故か彼は納得したようだった。


「そういうことですか。ハルト様も我慢が足りませんな」


「ハルト様。そこをどいてください。シュルトナー。下がるんだ」


 アンクレードが剣を手にして俺たちに声を掛けてきた。

 彼の手にある剣は見たことのないものだったから、どうやら騎兵から取り上げたものらしい。


 彼が二度、三度とその剣を振るうと、檻車の扉に付いていた簡素な鍵は吹き飛んで、開けることができるようになった。


「やれやれ酷い目に遭いました」


 檻から出たシュルトナーは狭い場所に閉じ込められていたからだろう、そう言った後、首や肩を回していた。


「いったい何があったんだ?」


 俺が尋ねるとクーメルから声が掛かる。


「ハルト様。事情は後ほど聞きましょう。今はこの場を離れるのが先決です」


 そう簡単には起きないけどなと俺は思ったが、街道は俺たち以外の旅人も通るから、このままここにいたら騒ぎになるだろう。


「分かった。シュルトナー、歩けるか?」


「なんてことはありませんな」


 今の今まで檻に閉じ込められていたんだからと、俺は心配したのだが、あまり問題はなさそうだった。


「よし。行こう!」


 シュルトナーを馬車に乗せ、俺たちもその後に続くと、ブレマンディが馭者席に戻って手綱を握り、馬車はその場を離れた。



「で、改めて何があったんだ? あの騎兵たちは王都から来たんだよな?」


 馬車の中で俺が尋ねると、シュルトナーはもういつものとおりの顔を見せた。


「やつらはハルト様が叛逆者に(くみ)して、その逃亡を助けている。反乱幇助の罪でスフィールトにいるハルト様の縁者を捕らえ、王都へ連行すると告げたのです」


「なんだって?」


 ある程度予想していたとは言え、いきなりそこまで過激な手段に出てくるとは思わなかったのだ。


「彼は応対に出た私をいきなり捕らえ。あの檻車へ押し込めたのです。すぐにダニエラが兵を従えて来てくれたのですが、彼も初めは事情が分からず、対応が後手に回っていたようですからな」


「じゃあ。スフィールトの町は……」


 俺が恐る恐る聞くと、彼はからからと笑った。


「少し出遅れましたがダニエラが来てくれたのです。酷い目に遭ったのは私だけです。王都の軍服だけが立派な騎兵など、彼の指揮する兵の敵ではありませんから」


 どうやらダニエラが騎兵を撃退してくれたらしかった。

 だが、そうなると……。


「あの騎兵どもの隊長はダニエラに向かって『王国の敵め』と捨て台詞を吐いていましたからな。これで我らは晴れて『王国の敵』というわけです。そのうち告知もされるでしょう」


 彼は愉快そうだが、俺は生きた心地もしない。

 ジャンルーフ王国全体が俺の敵に回ったら、いくら俺の魔法が強力だとしても、勝ち目はないと思うのだ。


 最後は物量勝負ってのは、どこの世界でも通用しそうだし。



 スフィールトの町に入るとダニエラが、そしてイレーネ様が迎えてくれた。


「シュルトナー様。よくぞご無事で……」


 ダニエラはそう言ってシュルトナーに謝っていた。


「檻車は初めてでしたが、さすがにもう御免ですな」


 シュルトナーは笑っていたが、それも助け出されたからこそだろう。

 あのまま王都に連行され、最悪、処刑されていた可能性だってあるのだ。


「ハルト様もご無事で本当に良かったです」


 イレーネ様は涙を浮かべ、俺の帰還を喜んでくれた。

 王都から騎兵が押し掛けて来たりして、それは恐ろしかったことだろう。


「申し訳ありません。怖かったですね」


 俺が謝罪の言葉を口にすると、彼女は頭を振った。


「いいえ。私の身辺はダニエラがいつも守ってくれていましたから」


 たしかにイレーネ様が檻車に入れられていたらと考えただけでぞっとする。

 シュルトナーなら良いってわけではまったくないのだが、彼はもう平気な顔をしてるしな。


 でも、ハルト一世は彼の七功臣の一人をあんな目に遭わせたジンマーカスを決して許さないだろう。

 彼は家臣を思うこととても厚い君主だったらしいからな。



「また軍が送られてくる可能性は高いですし、今度はもっと大軍でしょう。こちらも準備を進めましょう」


 領主屋敷に皆が集まり、今後の対応を話し合う中、クーメルはそう自らの考えを述べた。


 その意見に反論できる者は俺たちの中にはいなかった。





【ハルト一世本紀 第四章の二十一】


 キヨプリの町を出た大帝の一行は、一路シルトを目指した。


 一方、シルトからは途中まで国公が迎えに出た。


「国公には不自由を掛けた。近衛騎士団長は伴をしなかったのか?」


 大帝は彼を労うとともに、そうお尋ねになった。


「騎士団長は皇妃をお守りするのに忙しく、私は一人で参りました。陛下にお会いできるのですから不安などありません」


 そう答えた国公とともに、大帝はシルトへお戻りになった。


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