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第七十四話 スタフィーノ公爵の依頼

 スタフィーノ公爵は尚も話を続けた。


「彼の政敵はことごとく不審な死を遂げています。前の宰相であったペローモ侯爵しかり、彼の宰相就任に反対した宮内長官のマルデホしかり。

 ペローモ侯爵は収賄の発覚を怖れて自殺したとされ、マルデホは暴漢に襲われて生命を落としましたが、いずれも陰で奴が糸を引いていたと私は睨んでいるのです」


 前の宰相は彼の罪をなすりつけられたのだとさえ彼は主張した。


「それは……、証拠はないんだろう? それに宰相に任命されたってことは国王陛下から信頼されていたんじゃないのか?」


 俺は場合によってはこのまま公爵にお引き取り願おうと思っていた。

 王族間の権力争いなんかに関わって碌なことはないと思うのだ。


「奴はシグスデアル陛下に巧妙に取り入ったのです。跡継ぎの王子を亡くして気落ちしている彼に、自分もたった一人の息子を亡くしたばかりだから痛いほど気持ちがわかりますなどと言って」


 たしかにそれで取り入ったのかもしれないが、子どもを亡くした人の気持ちは同じ境遇の人にしか分からない面もあるかもしれないし、一概に非難できないだろう。


「いや。申し訳ないし、大変失礼ですが、誹謗中傷だと言われても反論のしようがない気がします。それに宰相がそんな人なら、あなたも危ないのではないですか?」


 そんな噂を広めていると知られたら、その何とか言った宮内長官みたいに暴漢にでも襲われるんじゃないだろうか?


「もとより覚悟の上です。あなたも明日になれば私の言ったことが正しかったと知ることになる。何しろ行方不明になって亡くなったと言われていた奴の息子が生きていて、奴の即位後に王太子となると告げられるのですから」


 彼の告発にさすがにクーメルも驚いた顔をしていた。


「それは本当ですか?」


 俺が口を開く前に彼は公爵に尋ねていた。

 俺自身はそのジンマーカス公爵の息子とやらが行方不明になっていたことも知らなかったから驚きようもないのだが、それを知っていたクーメルとアンクレードは衝撃を受けたようだった。


「もちろん本当です。そして私は先ほどそのことを知り、身の危険を感じてここへ伺ったのです。奴が王位に就いた後、私たちのような王家の血を継ぐもの、王位継承権を持つ者の生命は風前の灯と言えるでしょう」


 それでも俺は彼を信じてジンマーカス宰相に敵対するのは危険だと思った。

 お互い王族同士なのだし、王位継承権を放棄するとかして彼の下でおとなしく暮らす方法だってあると考えたのだ。


「私がそれを恐れるのは前例があるからです。国王陛下も、そして跡継ぎだったエドムンデル王子も急に衰弱し、原因不明の病で亡くなられたのです。

 私たちが生きている限り、彼とその息子への王位継承に異議を唱える者に担がれる可能性があるのです。そんな危険の芽を奴が摘み残すとは思えません」


 彼は必死に訴えたが、彼の挙げたのは状況証拠ばかりで、俺には判断できかねた。


「ハルト様。ハルト様にジンマーカス宰相の意向を汲んでいただき、宰相府の命令にも従っていただいたのは、私もシュルトナーも彼に胡乱なものを感じていたからです。私たちは王家の内情は知る由もありませんでしたが、それでも何か不審だと思ってはいました」


 クーメルもそう言って、俺にスタフィーノ公爵の側に付くように助言してくれたが、俺にそんな判断はつきかねた。


「どうしても俺にはあなたがジンマーカス宰相に取って代わって王位に就きたいと思っている気がしてならない。それにどうして俺なんだ?」


 俺なんかに頼らず、王族なんだから自分たちの権力で何とかできるんじゃないかと思うのだ。


「奴は王都の軍権をすべて掌握しました。その上で貴族は陛下の葬儀が済むまで王都を出てはならないと命令しました。私たちには既に逃亡する術もなくなったのです」


「そうしてすべてのお膳立てを済ませた上で、自らの国王即位と、湖で行方不明となったと言われていた子息が生きていて彼が王太子となることを明日、同時に発表しようと言うのですね」


 クーメルは俺に目で訴えてくるが、結局はジンマーカスとその息子を除いて、スタフィーノ公爵が王位を襲うのではないだろうか?

 下手をすると俺は王位簒奪の片棒を担ぐことになるような気がしていた。


「そうです。事態は切迫しています。私は王位に就く気などありません。ただ生命さえ助けていただけるのなら、それ以外は何もいりません。奴以外の王族たちをまとめ、スフィールト卿。あなたを宰相に推薦いたしましょう。約束いたします」


「いや。ちょっと待ってくれ」


 スタフィーノ公爵は何かとんでもないことを言い出した。

 彼は俺にこの国の宰相になれと言うのだろうか?


「いいえ。待てません。私には時間がないのです。こうしているうちにも奴の魔の手が迫っているはずです。そしてそれはスフィールト卿。あなたにも……」


「なんだって?」


 どうして俺がジンマーカス宰相から危害を加えられなければならないのか理解に苦しむ。

 俺はずっと彼に従順な取るに足らない下級貴族だったはずなのに。


「スフィールト卿はパラスフィル公国の大公の首を()げ替えたとお聞きしています。これまで奴はあなたの実力が噂どおりのものか試していたのでしょう。王位を左右するような力を持つ者の存在を奴が許すはずはありません」


 俺があの国でやったことは、いつの間にかそういう風な話になっているようだった。


 ドンドンドン!


 まさにその時、俺たちのいる宿の部屋のドアが叩かれ、野太い男の声が聞こえた。


「ここをお開けください!」


 扉を振り返ったスタフィーノ公爵は、また俺の方を振り向いて真っ青な顔を見せた。


「いったい誰だ?」


 こんな時間にあんなに乱暴にドアを叩いて、俺だって外にいる奴らを部屋に入れるのは躊躇する。


「王都の警備兵です。ここをお開けください」


「警備兵が何の用ですか?」


 クーメルが冷静に対処してくれているが、どうもそれでおとなしく引き下がってくれるような相手とは思えない。


「この宿に先の国王陛下の葬儀の場で、反乱を企む不逞の輩が逃げ込んだとの目撃情報があります。中を改めさせていただきます」


 スタフィーノ公爵の目が恐怖に見開かれ、俺に懇願するような態度をとった。


「クーメル。開けてやってくれ」


「ハルト様。しかし……」


 公爵が必死で首を振るが、俺は敢えてゆっくりとクーメルに語りかけた。


「いいから。話が通じる相手ならお引き取り願うし、そうでなければ公爵が正しいってことだろう」


 俺の言葉にクーメルは頷くと、ドアの鍵を外し、中へと開いた。


「やはりここでしたな。反逆者スタフィーノ。あなたを連行します」


 突入してきた三人の兵のほかに、部屋の外にはまだ何人もの兵士がいるようだった。


 スタフィーノは俺の方へ下がり、彼の二人の家臣が前に立った。


「ちょっと待ってくれ。いったいこの人はどんなことをしでかしたんだ?」


 俺は別に公爵を助ける義理はないのだが、理不尽なまねをするというのなら見過ごすわけにもいかない。

 ハルト一世は困っている者を見捨てない人だったと伝わっているから、俺も同じように行動した方が良いという思いもある。


「これまでの言動から叛乱を起こすおそれが極めて強いとの宰相閣下のご判断だ。この男は王国に対する反逆者と認定されたのだ」


 まるっきり理不尽な理由に、俺は開いた口が塞がらない気がした。

 俺が元々現代日本人だからというのが理由なのだろうが、そんな治安維持法の予防拘禁みたいなものは酷過ぎると思わざるを得ない。


「とてもじゃないが、そんな理由なら彼を引き渡すわけにはいかないな」


 俺の返事に兵士たちは驚いていた。

 逆にスタフィーノ公爵の顔には生気が戻ったようだった。


「次の国王が即位するまで摂政として大権を行使されるジンマーカス宰相に逆らうのか?」


 どうやらジンマーカス公爵は既に国王気取りらしい。

 いや、彼の取り巻き連中が、もう政権を手中に収めた気でいるのだろう。


「まともな為政者ならそんな命令は出さないだろう。国王が崩御してすぐに、王家の内でせめぎ合いか? 呆れてものが言えないな」


「貴様!」


 怒りに燃えた兵士の一人が俺に向かって突進してきた。


「あぶないだろう?」


 アンクレードが俺の前に出て、その兵士の拳をかわし、脚を掛けてひっくり返した。


「抵抗するか!」、「やれっ!」


 兵士が次々と部屋へ入ってくるが、狭い部屋の中のこと、一度に襲ってくる人数は自ずと限られる。

 その兵士たちをアンクレードとその横に並んだ公爵の家臣のフランドとブレマンディが次々と打ち倒していった。


「ハルト様。どうされますか?」


 三人が戦う後方、俺の横でクーメルがいつもの調子でそう尋ねてきた。


「きりがないな。逃げ出すしかないんじゃないか?」


 どこかでもこんなことがあったなって思ったが、パラスフィル公国の首都アイヴィクの町の宿だ。

 いきなり火を掛けられないだけ、あの時よりはマシかもしれない。


「お兄様のことはよろしいのですか?」


 クーメルにそう言われて、今度は俺が顔を青くする番だった。


(まずい。忘れてた!)


 薄情だと言われるだろうが、俺も事態の急展開に頭がついて行っていなかったのだ。


「お兄様の官舎の場所は調べてあります。そちらへ寄って、拾われればいいでしょう」


 シュルトナーはテーバン兄さんは人質だと言っていたから、クーメルとこういった場合の対策も話し合っていたのだろう。


「ハルト様。そろそろ限界ですぞ!」


 見ると今は剣を持った兵士が三人、俺たちに向かって突っ込んで来ていた。


「きぃええぇぇぇ!」


 叫ぶような声を上げて部屋になだれ込んできた兵士どもに向かって、俺は冷静に魔法を放つ。


「スリープ・マーヴェ!」


 多くの兵に囲まれた時は、この呪文が一番なのだ。





【ハルト一世本紀 第四章の十九】


 治める者を失ったハルファタでは、その後継を巡って争いが起きた。


「このようなことになるのならば、彼の請いを容れるべきであった」


 大帝は骨肉相食む様子をご覧になって心を痛められた。


「私は彼らと争うつもりはありません。ただ陛下の慈悲を求める者です」


 彼らのうちの一人、スタフィーノはそう言って大帝の庇護を求めた。


「彼らのいずれにも与しないつもりであったが、逃げ場を失った鳥が懐に飛び込んでくれば、猟師も敢えてそれを殺さないと言うではないか。彼は守られるであろう」


 大帝の加護を得て、彼は生命をながらえた。


「先にこの地を治めていた者が望んだように、陛下にもっと早くこの地を治めていただくべきでした。


 スタフィーノはそう言って大帝に町を献じた。


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