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第四十一話 炎のオベリスク

「オベリスクの試練って、いったい何なんですか? 知っていたら教えてもらいたいんですが」


 総大主教への謁見からの帰り道、不安でいっぱいの俺はシスター・プレセラとジルニャーノ修道士に聞いてみた。

 一番知っていそうな修道院長は、「私はこの後、別件で打ち合わせがありますので」と言い遺して主教庁の奥へと消えて行ってしまい、俺には二人以外に頼る人がいなかったのだ。


「私は初耳です。ジルニャーノ師はご存知ですか?」


 さきほどあれだけの啖呵を切っておきながら、シスターは『オベリスクの試練』については何も知らないようだった。


「一般には秘匿されていることですので、私も詳しくは知らないのですが……」


 ジルニャーノ修道士はそれでも知っていること教えてくれた。


「あのオベリスクは聖ファニス教会のシンボルのようになっていますが、実際には教会が建てたものではありません」


「それはクーメルも言っていたよな。当時の総大主教がこの地にやって来た時には既にあったものだって」


 聖都へ来てあのオベリスクの前を通った時、彼からそんな話を聞いた記憶がある。


「ドリファナス一世です」


 クーメルは例のしたり顔を見せて、それでも俺の記憶違いではないことを教えてくれた。


「そのドリファナス一世の建てた礼拝堂、今は大聖堂の一部になってしまっていますが、そこから地下通路がオベリスクの下まで伸びていると言われているのです。いえ、おそらくはその地下通路を隠すために礼拝堂が建てられたのだと考えられています」


「どうして隠す必要があるんだ?」


 俺も思っていたことをアンクレードが聞いてくれた。


「それは……、私にも分かりません。今、私がお伝えしたことも、これまで断片的に聞いただけのことですから。ですが『試練』と言うからには、何らかの障害があるのでしょう」


 本当に聞きたいのはその試練とやらの内容なのだが、それはジルニャーノさんも知らないようだった。


「あのイシリリーノ枢機卿は何があるか知っているのかな?」


 聞きながら、まあ知っているんだろうなと思った俺の考えをジルニャーノ修道士は肯定してくれる。


「おそらくは。彼は次期総大主教と目される教会の重鎮です。主教庁の一切の事務を取り仕切っておられます。彼のおかげで近年、教会の財政は安定していますから、私たちも安心して療養所を運営していられるのです。多少、信仰心に欠けるとの批判はありますがね」


 どうやら有能な官僚タイプらしい彼が何を考えているのか分からないが、あまり好意的なものは感じられなかった。

 何となくではあるが、彼は面倒な話はさっさと終わらせたいって思っているように見えた気もする。


「いずれにせよハルト様には『オベリスクの試練』に挑んでいただかなければなりません。明日にでも礼拝堂を訪ねましょう」


 彼が主教庁にそう伝えてくれると言ったので、俺は否応なく明日、その試練とやらに挑むことになってしまった。


「ハルト様。私もお伴いたします。神もきっと見守ってくださいます」


 興奮気味に話すシスター・プリセラの様子は聖女の名が似合うようには見えなかったが、彼女が将来そう呼ばれることを知る俺には、彼女を幻滅させるという選択は取り得なかった。



 翌朝、大聖堂に向かう準備を整えて宿で待っていた俺たちのもとに、ジルニャーノさんが姿を見せた。


「申し訳ありませんが、大聖堂には今夜、お出でいただきます」


 彼はしきりと恐縮していたが、本当は彼だって忙しいはずだ。

 それが俺なんかのために駆けずり回らされて、俺の方が申し訳ない気分なのだ。


「大聖堂の通用口でカンラーダという者がお待ちしていますから、日が暮れて後、そちらをお訪ねください。プリセラ。お願いしますよ」


 彼はこれから療養所へ戻らなければならないらしく、今夜は同道できないそうだ。


「分かりました。今夜、ハルト様をお連れして、そして必ず無事に戻ってまいります」


 彼女だって忙しいだろうに良いのだろうかと思わないでもないが、総大主教や枢機卿の前で宣言してしまったのだから、俺について来るのだろう。


 これでは入って早々、尻尾を巻いて逃げ出すわけにはいかないだろう。



「あなたがカンラーダさんですか?」


 俺たちが夜の通用門を訪ねると、そこでは黒い僧衣を着た大男が待っていた。


 無言で頷いた彼の顔は、手に持つランタンの光が下から当たっていることもあって、不気味な化け物のように見えなくもない。


 その後も彼はひと言も話すことなく、大聖堂の中、俺たちを先導して歩いて行く。


「ちょっと気味が悪いですな」


 シュルトナーがそう言って周りを見回す。

 イレーネ様もそうお思いなのか、いつにも増して横を行く俺との距離が近い気がする。


 静寂の中、俺たちの足音だけが響く大聖堂を進むと、カンラーダと同じようにランタンを下げた男性が一人静かに佇んでいた。



「お待ちしておりました」


 そう言って礼拝堂で俺たちを迎えた男性をよく見ると、神官服を着ていた。

 こんな時間に大聖堂の中にいるのだから、聖職者に違いないとは思うのだが、俺には彼の服装からどのくらいの地位なのかは分からない。


「ハルト殿ですな。ほかの方々はいったい? 聞いておりませんが」


 彼は戸惑った表情を見せたが、俺は不安から皆に同行してもらっていた。


「あのオベリスクには隠された秘密があるようですね。興味があります」


 クーメルはそんなことを言っていたが、俺はそこで試練に挑まなければならないのだから、興味の問題ではない。


「全員、俺の仲間なんだ。別に人数は制限されなかったけどな」


 さすがに無理があるかなと思ったが、シスター・プレセラがすかさず、


「私は同行することを総大主教にお認めいただきました。ハルト様とともに試練に挑みます」


 自信に満ちた口調でそう告げた。

 総大主教は何も言わなかったけれど、あれで認めたことになるのだろうか?


 神官の彼はシスターの威勢に気圧されたように見えた。

 そのせいかは分からないが彼は頷くと、


「まあ、いいでしょう。皆さん、ここで見たことは他言無用に願います」


 そう言って俺たちを差し招いて礼拝堂の奥へと誘った。


 暗くて気づかなかったのだが、彼は腰に大きな鍵を提げていた。

 そして祭壇の向こう側に回っていく。


「そちらでお待ちください」


 そう言った彼は祭壇の下の床に額ずくようして姿を消した。


 ガチャリ……


 鍵を回す音がして、彼は立ち上がって姿を見せると俺たちを手招きした。


「では、ご案内いたします。こちらへどうぞ」


 誰かが生唾を飲んだような音がしたが、それは俺だったのかもしれなかった。


 俺たちの前には人一人が屈んでようやく通れるくらいの正方形の穴があった。


 カツ、カツ、カツ


 神官が穴の中へと足を踏み入れると靴が床を叩く音がした。

 暗いランタンの光ではしっかりと分からなかったが、どうやら階段があるらしい。


「ハルト様。参りましょう」


 シスター・プレセラが俺に右手を差し出して穴の中へと誘う。


「ああ。行こう。でもこのままでは危険だな」


 階段は狭く、天井も低いので頭をぶつけそうだ。

 俺は魔法の光を飛ばし、穴の中を照らした。


「気をつけて下りよう」


 明るくはなったが階段の幅は狭く、下りるのも一苦労だ。

 俺は天井に手をついてゆっくりと下りていった。


 そうして人の身長の倍くらいあっただろうか、階段の先は思ったより広い通路になっていた。


「ハルト様。これは……」


「ああ。あそこと同じだな」


 俺の後ろを歩くイレーネ様が気づいたように、その真っ黒な壁には見覚えがある。


 それはあのルーレブルグの遺跡、魔法の帝冠を手に入れた古代魔法帝国時代の遺跡の壁と同じような黒光りする石の壁だった。


「そうなると魔法の光が揺れるのも……」


 通路の奥へ向かう魔力の流れがあるようだった。


「行くしかないな」


 神官はすでに先に向かって歩き出していた。

 互いに頷き合い、二列に並んで奥へと進む。

 すると通路の先の方がほんのりと赤く輝いているように見えた。


「外に繋がっているんですかね?」


 アンクレードが言ったのは先に階段が見えたからだろう。


「いいえ。この先はオベリスクの底です」


 神官が答えたとおり、歩いた距離を考えても大聖堂から広場を横切ってオベリスクのある位置くらいまで進んでいるはずだった。


 オベリスクの中に明かりがあるのは意外だったが。


「これが……オベリスクの中なのか?」


 俺たちがそこで見たのはかなりの高さのある巨大な空洞と、その壁に沿って作られた螺旋状の階段。

 だがその階段の上にはいくつかの踊り場を除き、噴き上がる真っ赤な炎で覆われていた。





【聖人、福者列伝・第三章の七】


 聖女プレセラは『戦場に降り立つ銀髪の天使』と呼ばれた。

 それは彼女の癒しの力がいかに多く戦場において発揮されたかを如実に表す呼び名と言える。


 彼女は傷ついた者であれば敵であろうと癒しの力を用いて救ったので、その慈愛に満ちた紫の瞳はすべての兵から敬愛された。


「敵の兵を癒すことは、正に利敵行為と言えましょう。あの女を罰するべきです」


 将兵の中には、少ないながらそう主張する者も見られたが、それが容れられることはなかった。


 ハルト大帝も聖女が敵の兵を癒すことを問題視しなかった。


「彼女は以前からそうである。真っ直ぐで正しいと思えば迷うことはない。それが我らにも恩恵を及ぼしてきたのだ」


 実際にハルト大帝の軍が、聖女の癒しの恩恵を最も受けたであろうことを彼は知っていたようだった。


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