第三十二話 ルーレブルグの君臣問答
「宝石商に預けていた石も戻って来たし、そろそろ出発しないか?」
俺は皆が集まったダイニングの朝食の席で、そう提案した。
クルクレーラ王国にも「ハルト」という名の貴族はいないと分かった以上、ここにいる理由がない。
「出発するとおっしゃいますが、どちらへ向かうのですかな?」
シュルトナーがそう尋ねてくる。
「ジャンルーフへ戻るとおっしゃるなら賛成いたしかねますな」
彼はそう付け足した。
俺が先日弱音を吐いた時も、彼は俺がスフィールトの領主で満足するのかと気色ばんでいた。
「ちょっと先が見通せない気がするんだよな」
それが俺の正直な今の気持ちだ。
ハルト一世の手掛かりは依然として得られず、彼がジャンルーフの出身だという説が正しければ、王都のハルファタやイレーネ様の出身地であるラマティアの町で待っていた方がいい気もするのだ。
だが、これまで一番しっかりと彼を探したのもジャンルーフであることも確かなのだ。
元々俺の出身地が辺境とはいえジャンルーフの国内だし、彼を探す旅に出てからも国内の各地を巡り、最後には王都ハルファタで貴族を管理する宮内官にまで尋ねたのだ。
「ここにとどまって、男爵の地位を実のあるものにされてはどうでしょう?」
シュルトナーの提案は俺からすると勿体ない気がする。
これだけのメンバーを引き連れて合流すれば、さすがにハルト一世から授けられる爵位は最終的には男爵ではないだろうと思うのだ。
そこには早めに彼に仕官できればという前提があるのだが。
「シュルトナーはそれでいいのか?」
俺はそう思って彼に聞くと、彼は憮然とした顔を見せた。
「それでいいなどとは思っておりません。下の下策だとは思いますが、ジャンルーフへ帰るよりはマシでしょう」
確かにジャンルーフに帰れば、俺はスフィールトを領する勲爵士に過ぎない。
あの町はもう行き止まりではなくなってはいるが、発展するには時間が掛かるだろう。
いや、クーメルやシュルトナーがいるから、結構、早く大きな町になるのかもしれないが。
「ルーレブルグには残りたくないんだよな。色々と知られたくないこともできてしまったし……」
「古代遺跡の宝物のことですかな。それなら問題ありませんぞ」
シュルトナーが珍しく食い下がってくる。
「私が日々、ディミトーラさんを訪ねていたのは無駄話をするためではありませんからな。彼から王宮へ働きかけてもらい、ハルト様がこの国で得た利益には税を課さないとの勅許を得ていますから」
「いつの間に……」
驚く俺に彼は得意気な顔を見せた。
帝冠のことを知られないかと気になって、宿にこもっていた俺なんかより、彼の方が余程、用意周到に動いていたようだった。
「でも、それ以外にもあるんだ。だから少なくともこの国は出てしまいたいな」
帝冠以外でも魔光石のことだってある。
ハンフィール商会が秘密にしておいてくれればいいが、誰かに知られてしまう可能性はある。
王宮にでも知られれば、吝嗇だという悪評のあるカデュロス王が俺たちから情報を引き出そうとするだろう。
下手をすれば拘束しようとするかもしれない。
「でしたら聖都リュクサンダールで神託を仰がれてみてはいかがですか?」
クーメルが彼にしては珍しく遠慮がちにそんな提案をしてきた。
「聖都か。かなり遠いな」
アンクレードが言ったとおり、聖都と呼ばれるリュクサンダールはクルクレーラからはかなり南にある聖ファニス大聖堂のある町だ。
周辺は教会領となっていて、大陸各地から多くの巡礼が訪れていた。
「神託なんて、当たるものなのか?」
俺の発言は不信心この上ないのかもしれないが、元が現代日本人なものだから、神託だとか言われても、そうそう信じる気にはならないのだ。人によるのかもしれないが。
「神託を受けることが目的ではありません。私は初め、ハルト様はラマティアの町の領主となることをお受けになるべきだと申し上げました。しかし、ハルト様はそれを拒否されました」
「いや。それはちょっと無理があると思ったからで……」
俺はクーメルに責められている気がして、そう弁解したのだが、彼は静かに首を振った。
「いいえ。結果としてハルト様のご判断が正しかったのです。私はあの領を足掛かりとされて、少しずつ勢力を拡大していくのが上策だと考えていました。ですが、今、ハルト様は既に男爵の爵位を得られています。まさかこれ程早く、昇爵されるとは思ってもみませんでした」
「クーメルも見誤っていたってことだな。ハルト様の魔法の力を」
アンクレードの指摘に、クーメルは素直に頷いた。
「ハルト様のお力は私の想像以上でした。そして、それに私は人智を越えたものを感じているのです。動けば動くほど、ハルト様の前に道は開ける。そう思うのです」
「クーメルは大袈裟だな」
それはさすがに俺のことを買いかぶり過ぎだと思う。
俺は千年後の世界でもその前に生きた現代日本でも、そんなご大層な人物ではなかった。
それどころかそのどちらでも十五歳で事故を起こし、その世界を去ることになったのだ。
「いいえ。そんなことはありません。私の感じたものが正しいのかどうか、大聖堂で神託を仰いでみたい。ハルト様を見ていると私でさえそんな思いを抱いたのです」
いつも冷静な彼の言葉に熱がこもっていた。
「それもいいかもしれませんな。あのラエレースで出会った坊主も手紙をくれたではないですか。聖都へ行ったら使ってくれと言って」
「ああ。あの手紙か」
聖都へ行くように勧められたわけではないので半分忘れかけていたが、確かに彼はそう言っていた。
何が書かれているのか分からないが、彼はクーメルの体調を整えてくれたし、互いに協力して町の火災を鎮めたのだ。
それ程酷い内容であるとは思えない。
「それも神のお導きかもしれませんね」
イレーネ様もそう言って、どうやら皆の意見はリュクサンダール行きでまとまりそうだった。
「聖都か。俺が探している方は僧侶ではないと思うけど。行ってみるか」
ハルト一世が僧侶から還俗したなんて話は聞いた記憶がないから、可能性は低いと思うが、教会にも様々な情報が集まるから行ってみたら何か手掛かりが掴めるかもしれない。
「ハルト様はそれでよろしいのですか?」
シュルトナーの声は少し不満そうだ。
「ああ。この国を出て別の国へ行くのなら、それで構わない」
通信も発達していないし、いくつもの国に分かれていて、ハルト一世を探すにしても結局、直接そこまで行って聞くしかないのだ。
それらしい人物が旗揚げしたなんて噂も聞かないし、まだ探せば間に合うと信じたい。
「ハルト様は私どもの意見を採用してくださる場合が多い気がしますが、時にはご自分の我を通されても良いのですぞ。何しろ私どもの主君なのですから」
俺はてっきり彼はクルクレーラに残るべきだと主張するのかと思っていたので、虚を突かれた気持ちだった。
「ハルト様が本当にジャンルーフに戻りたいとお考えなら、私どもはそれに従うでしょう。決して良い策だとは思いませんが」
彼の言葉にクーメルも頷いていた。
「ちょっと待ってくれ。俺には皆の主君だってつもりはないんだが」
この三人の主君はハルト一世なのだ。
そして俺なんかは彼らを紹介する代わりに何とかハルト一世の下でポストを得ようと考えているに過ぎない男だ。
ハルト一世が必要とする彼らのような治世や軍事の才能は俺にはないのだから。
「少なくとも私はハルト様にお仕えするようになった時、ハルト様を主君と仰ぐと申し上げたはずですが」
アンクレードがそう言ってきたが、あの時は彼とともにドルルーブの村を逃げ出さなければならなかったから、それどころではなかったのだ。
「えっ。じゃあシュルトナーはどうなんだ? だってシュルトナーはジャンルーフ王国に仕えているんだろう? スフィールトの代官だったじゃないか」
彼が俺とともにいるのは「スフィールトの新領主である俺に付き随うべし」という王命に依るのだ。彼自身が以前、そう言っていたはずだ。
「ここまでご一緒した私に、ハルト様はそうおっしゃるのですか? 私としてはもう、毒食らわば皿までという心境なのですが」
どうやら俺が考えていた以上の決意を彼らはしていたらしかった。
「ハルト様。ハルト様はいつもお優しくて私たちに気を遣ってくださいます。でも、彼の言うとおり皆を遇していただければ皆も安心できると私は思います。それはクーメルさんも同じですね」
イレーネ様がそうおっしゃると、クーメルも目を瞑って頷いていた。
「私の考えは変わりません。ハルト様が私たちをまだ見ぬ高みへとお連れくださる。そう思っているのです。それは私の処遇などとは関係なくそうなると思ってはいます。ですがハルト様も男爵になられたのですから、正式に家臣として遇していただいても良いのではありませんか?」
目を開いた彼は、俺に諄々と説くように言ってきた。
「いや。俺なんかが皆の主君だなんて、おこがましい気がする。ここにいる皆は全員、高位に上るだけの才能を持っていると思うしな」
「ハルト様。皆がそれを望んでいるのです。ハルト様の奥床しさは良く分かっていますが、皆の気持ちも汲んで差し上げてはいかがですか?」
煮え切らない俺に、イレーネ様がもう一度、そう促してくれた。
それでも俺は、彼らがハルト一世にとって陪臣になってしまうのでは、それでいいのかという思いを断ち切ることができなかった。
「分かった。では、皆は俺の家臣だと思ってもらって構わない。俺も主君としての責任は果たそうと思う。でも、俺は心の中では、皆のことを家臣だなんて思わない。素晴らしい才能を持った尊敬すべき人だと思っているから」
皆を見回してそう伝えると、アンクレードはもとより、シュルトナーやクーメルでさえ嬉しそうに見える。
彼らが俺なんかの家臣になるなんて、誤ったかという思いがないではないが、ハルト一世に仕えることができさえすれば、解消することも可能だろう。俺はそう思っていた。
【ハルト一世本紀 第三章の十六】
「陛下は私などに対しても敬意をもってされ、決して粗略に扱われることがありません。しかれども君は君、臣は臣としてその分を尽くすことで創業はなされるもの。陛下におかれては臣を臣として遇することこそ急務ではないでしょうか?」
国公がお諫めしたが、大帝は納得されなかった。
「汝らはいずれも一騎当千、知略縦横の者。謂わば我が師たる者ばかりである。どうしてそれを臣として扱えようか」
皇妃が見かねたように続けて大帝をお諫めした。
「今、国公は外に向けて家臣を家臣として扱うよう求めておられます。陛下が彼らを尊重し、師の如く扱われるのは、もとより内向きのこと。ただ内と外を分けていただかなければ、彼らも立つ瀬がないでしょう」
「賢明なる国公の言葉に従おう。師として遇するのならば、その言葉を尊重しないわけにはいかないであろう」
不承不承といった様子で大帝がおっしゃると、そのとおりであると国公は笑った。




