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第三十一話 婚約者の贈り物

「今日は宝石商に預けた石をお受け取りになる予定ではなかったですかな? 私が留守番をしておりますから安心してお出掛けください」


 このところ宿でのんびりと過ごすことに慣れてしまってきていたが、俺もさすがに当初の目的を忘れてはいない。

 今日はアンクレードが言ったとおり、あの魔光石が出来上がってくる日だ。


「クーメルはまた図書館か。シュルトナーもさっさと出掛けてしまったし。じゃあ悪いけど頼むよ」


「頼まれました。ごゆっくりどうぞ」


 アンクレードを宿に残し、俺はイレーネ様と王宮にほど近いハンフィール商会へと足を向けた。

 


「お待ちしておりました。できておりますよ」


 ハンフィール氏は俺たちを笑顔で迎えてくれた。


「自信作に仕上がりました。これでよろしいでしょうか?」


 オーバルカットと言うのだろうか、全体的に楕円形でいくつもの面を持つようにカットされた魔光石はかなり立派な大きさだ。

 真っ黒な表面が磨き上げられて黒光りしていたが、確かに宝石とは言い難いだろう。


「ああ。ありがとう。これに着けられるよな」


「ご注文のとおり金の台座をお付けしましたから……」


 彼の手によって元はタリスマンが着けられていた金の鎖に魔光石が通された。


「立派な大きさですな」


 ハンフィール氏が大きさを誉めてくれるのは、やはり煌めく宝石だと思われていないからだろう。

 普通なら輝きが美しいとか綺麗だとか言うものなのだから。


「ああ。満足のいく仕上がりだな。ありがとう」


 俺はそう言って代金を支払った。

 金貨で二枚だから金の台座を使っているとはいえ、結構なお値段だ。


(加工する石が二束三文だから、取りに来ないんじゃないかとひやひやしてたかもな)


 俺は少し意地悪かもと思いつつ、そんなことを考えた。

 普通なら宝石が担保みたいなものだろうが、この時代には価値のない魔光石では、俺に逃げられたら加工賃を取りはぐれてしまう。


 ディミトーラ氏の紹介だから受けてもらえたが、俺一人だったら難しかったかもしれなかった。


「早速ですけれど、これを受け取っていただきたいのです」


 俺は魔光石の首飾りをそのままイレーネ様に差し出した。


「これはハルト様が見つけられた石ですね。たしかハルト様はこの石を……」


 彼女は馬車の中で俺がこの魔光石を輝かせるのを見てしまっているし、サプライズ・プレゼントにならないのは残念だが、それでもかなり立派な魔光石だと思う。


 ここまで大きな魔光石は前世では見たことがないくらいだった。


「では後ろを向いてくださいますか?」


 俺がお願いすると、彼女は素直に背中を見せてくれた。

 首飾りを持つと、それを慎重に彼女の首に回し、後ろで金具で留める。


「ありがとうございます」


 イレーネ様がお礼を言ってくれるのをハンフィール氏は無言で眺めていた。

 どう誉めていいのか迷っているのかもしれなかった。


 イレーネ様の淡い水色のドレスにそのネックレス、いやペンダントと言って良い大きさの黒い石はいかにも不似合いだ。


「よろしければ別の宝石もご覧になりますか?」


 見かねたように彼は俺たちにそう勧めてきた。


「いえ。大丈夫です」


 そう答えたイレーネ様の前に俺は回り、そのまま胸の前の石に手を伸ばす。

 そして握った右手に魔力を込めて魔光石に送り込む。


「えっ?」


 驚きの声を上げたのはハンフィール氏だった。


「以前、見た時よりも綺麗です」


 イレーネ様もそう言ってくださった。

 それはカットして磨いてくれたハンフィール商会の手柄だろう。


 魔力を得た魔光石はきらきらと輝き、見る角度によっては紅く、或いは蒼く光っているように見える。


「これはいったいどうしたことです? 魔法を見ているような……」


 ハンフィール氏はそう言って驚きを隠せないようだったが、彼が見ているのは魔法そのものなのだ。


「このような虹色に輝く宝石は見たことがありません。これがあの黒い石なのですか?」


「ああ。そうだ。あの石は魔力を込めると光るんだ」


 その輝きはこの店にあるすべての宝石を凌駕するだろう。

 なにしろ魔光石は、ほかの宝石とは違い自ら光るから、暗い場所の方が美しく見えるくらいなのだ。


「そのような力があの黒い石に?」


 そう言って一瞬、考え込んだ彼はすぐに気がついたように、


「お客様。その宝石を私どもに買い取らせていただけませんか? そうですね。金貨百枚ではどうでしょう? 是非、お願いできませんか?」


 俺にそう依頼してきた。


「いや。これはもう彼女に贈ったものだから、俺にはどうすることもできないな」


 俺はそう答えながら、これでは判断をイレーネ様に押し付けることになるなって思ったのだが、


「では、改めてお嬢様。是非、買い取りを。金貨百二十枚でもよろしゅうございます」


 やはり彼はイレーネ様に向き直り、そう懇願してきた。


「いいえ。申し訳ありませんがお譲りすることはできません」


 イレーネ様は考えることさえされず、すぐにそう返された。

 千年後の世界でこの大きさの魔光石なら、国宝級として扱われる気もするから、そう易々(やすやす)と渡すわけにはいかないよなって思ったが、どうもそういうことではないらしかった。


「これは私が婚約者のハルト様からいただいたかけがえのないものです。たとえその輝きが失われたとしても、手放すことなどありません。どうかこれ以上おっしゃらないでください」


 なおも食い下がるハンフィール氏に、イレーネ様は申し訳なさそうな顔を見せながらも毅然と答えた。


「ハンフィールさん。次にこの石を見つけたら、お譲りしますから。今回は諦めてください」


 俺がそう取りなすと、彼は冷静さを取り戻したようだった。


「失礼しました。あまりに見事な輝きに宝石商として黙っていられなくなりました。しかし本当に素晴らしい。次は是非、私どもに扱わせてください。よろしくお願いいたします」


 そう言って深々と頭を下げた彼は、それでもまだ未練がありそうだったが、俺はイレーネ様を促して店を後にした。



「お帰りなさいませ。遅かったですな」


 宿に戻るとアンクレードが迎えてくれた。

 クーメルとシュルトナーはまだ帰っていないらしい。


「石はどうなりましたか? 拝見してもよろしいですかな」


 アンクレードが宝石に興味なんてあるのかと思ったが、珍しいものであることは間違いない。

 この世界では初めて見るものだろう。


「ええ。どうぞ」


「おおっ。すごいですな」


 イレーネ様が羽織っていた上着の中から魔光石を取り出すと、それは美しい輝きを放っていた。


「どのくらい持つものなのですか?」


 アンクレードが俺に聞いてきた。


「ざっとニ、三か月かな。それなりに魔力を注いだからな」


 魔光石は魔力を効率よく光にして放出するから、思った以上に光り続けると前世で聞いた記憶がある。

 おそらく古代魔法帝国時代の魔光石も帝国崩壊後、数十年は光り続けたものがあったはずだ。


 それでもさすがに千年も経てば、光を保っているものはないのだろう。


「イレーネ様。良かったですな。それに光がなくなったら、また魔力を注げばいいのでしょう? ハルト様がまたそうしてくださるでしょうから、その宝石はずっと光り続けますな」


 アンクレードがそう言ってイレーネ様が頷くと、俺は彼女に魔光石をお贈りしたのは早計だったかなという気がした。


 今はイレーネ様は俺の婚約者ということになっているが、将来、ハルト一世が現れたなら彼の妃になるはずなのだ。

 その時に彼女が俺が贈った首飾りをされていて、しかもそれに俺がずっと魔力を込めていたと知ったなら、ハルト一世はどう思うだろうかと考えてしまったのだ。


 彼女に深入りして将来、主君に「妃に邪な思いを抱いた」なんて糾弾されるのは御免だ。

 かと言って、皇妃に「粗略に扱われた」とハルト一世に告げられても俺の未来は真っ暗だろう。


 実は彼女の扱いがもっとも難しい問題なのかもって、時々思わされるのだ。


「ハルト様にしては上出来だと思いますが、あの鉱山でこの石を見つけられて良かったですな」


 アンクレードの言葉には多少棘がある気がする。


「ああ。でもあの宝石商で加工してもらっているからな。金の台座だってお願いしたし」


 俺の方が原価ゼロってことに拘(こだわ)ってしまっているのかもしれないと思いつつ、俺はそう反論した。

 この国の資産も何もかも近い将来、ハルト一世の物になるのだ。

 それを俺なんかが私的に使ったと後で知られたら、とても許してもらえるとは思えない。


(ハルト一世は鷹揚な主君だったと聞くから、後で取り返せるだろうからな)


 まずは彼に仕えることが先決なのだ。

 年代からしてそれ程先のことではないし、ここが我慢のしどころだと俺は思っていた。


「とても綺麗です。ハルト様。ありがとうございます。大切にしますね」


 イレーネ様はそう言って本当に愛おしそうに俺が贈った魔光石を撫でてくれていた。

 俺のポケットマネーでできることなんて、このくらいが限度なのだが、それを心から喜んでくれているイレーネ様は本当に天使のようだと俺は思った。





【ハルト一世本紀 第三章の十四】


 皇妃のとりなしによって、君臣の和が保たれたことに大帝はいたく感謝された。


「思えば皇妃は女性の身でありながら、ここまで皆と艱難をともにし、泣き言ひとつ漏らすこともなかった。そればかりか我らを危地から救ったことさえ度々であった」


 大帝が感慨に耽る様子を見て、大将軍が口を開いた。


「臣等は大帝からお褒めの言葉をいただき、時には賞を下賜していただいています。失礼ながら、これまで皇妃様にはそのようなことがなされたことをお見受けしておりません。以前にも申し上げましたが、陛下には何卒、皇妃様に臣等に対する以上のお心遣いをいただきたいのです」


 それに対して大帝はお笑いになり、


「妃は謂わば我が身も同然、なれど我が身を労わることも必要であろう。大将軍が言うのなら、そのとおりにするであろう」


 そうおっしゃったが、賢明な皇妃はそれを固辞された。


「今はまだ身を修め、将来を計る時期。私にお心遣いなど無用です。どうしてもとおっしゃるのなら、路傍の石をいただきます」


 大帝はその心を喜ばれ、偉大な魔法を使われた。

 皇妃に贈られた路傍の石は、大帝の奇跡の力により光り輝くものとなった。


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連載『賢者様はすべてご存じです!』は折をみて更新しています。
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