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第三十話 大将軍の随身

 黄金の帝冠を手にして、俺たちはルーレブルグへと戻ってきた。


「これって本当ならクルクレーラ王国に納めるべき物なのかな?」


 貴重な帝冠を手に入れたはいいが、これを俺のものにしていいのかと問われると不安がある。


「王は遺跡で何か見つかれば遠慮なく持ち帰って土産にしろと言っていましたから、ハルト様がお持ちになっても問題はないでしょう」


 不安な顔を見せていたに違いない俺に、クーメルが澄ました顔でそう助言してくれた。


「いや。それは……」


 何も見つからないって高を括っていたからだと思う。

 あの態度からしてどう見ても真剣に検討した結果だなんて思えない。


「王の言葉ですから。まさか一度口にされたことを反故にしたりはしないでしょう」


 クーメルはなおも続けた。

 王宮が何か言ってきたら、そう答えればいいって腹づもりらしい。


「では、王宮にお届けになりますかな? カデュロス七世は吝嗇だと聞きますから、さぞお喜びになって、お納めくださるでしょうな」


 シュルトナーが見せた皮肉な笑いで、俺も心を決めた。

 そもそも俺はこれを本来の持ち主であるハルト一世に献上する必要があるのだ。



「観光でもして普通に振る舞っておられればよいのです。宿に閉じこもってばかりでは却って疑念を招きますぞ」


 遺跡から戻って以来、俺は外出を控えていた。

 アンクレードの言うとおりだと思うのだが、この部屋にあの黄金の帝冠があるかと思うと、おいそれと留守にできない気がするのだ。


 クーメルは朝から、ここ数日通い詰めている大図書館に行ってしまったし、シュルトナーもこのところ何故かディミトーラ氏を毎日のように訪問していた。


「私は久しぶりにハルト様とゆっくりできて嬉しいです」


 イレーネ様は美しい笑顔を見せてそう言ってくださる。


「私はお邪魔ですかね」


 アンクレードがそう口にすると、イレーネ様は慌てたように「そんなことはありません」とおっしゃった。


「クーメルならそんなことを口にせずに姿を消すと思うけどな」


 俺が嫌味っぽく言ってやっても、アンクレードは平気な顔だ。


「あの男がですか? 奴こそ澄ました顔で一切配慮なく居座りそうな気がしますがね」


 そう返してきて、俺はいかにもクーメルがしそうだなと思って、思わず笑ってしまった。



「アンクレードさんはハルト様ともうかなり長いお付き合いなのですか?」


 イレーネ様が聞いてくると、アンクレードは意外な顔をしていた。


「いえ。それほど長くはありませんよ。イレーネ様とお会いする少し前からですからな」


 そう言えばアンクレードが俺と行動をともにすることになった理由については彼女に話していなかった気がする。


「ハルト様とアンクレードさんはいつもとても仲が良さそうなので、気心の知れた昔からの知り合いなのかと思っていました」


 何となく羨ましそうな眼差しでアンクレードを見遣って、イレーネ様はそう言った。


「アンクレードは俺の手違いで町にいられなくなったのです」


 俺は彼に責められる前にそう白状した。


「町と言うほどの規模ではありませんなドルルーブは」


 彼の言ったとおり、彼が衛士として警察官のような仕事をしていたのは辺鄙な田舎の村といった場所だった。

 俺はクーメルと王都へと向かう途中、彼に出会ったのだ。



「随分と威張っているんだな。あれは誰なんだ?」


 ラウムという町の宿で遅めの昼食を取っていると、ほかの客などいないかのように振る舞う数人の集団が目についた。

 俺は嫌悪感を覚えてクーメルに聞いた。


「おそらくこの地方を管轄する監察官でしょう。横暴な者も多いと聞きますから。宿を替えたほうが良いかもしれません」


「そんなにか?」


 俺は驚いて尋ねた。


「ええ。監察官に睨まれると厄介ですから、監察官を監察する者は王だけですが、王の目が届く範囲などしれていますし」


 どうやら触らぬ神に祟りなしって奴らしい。


「部屋を取る前で良かったな」


「ええ。食事代だけ払って出ましょう」


 俺たちはさっさと昼食を終えると、宿を後にした。


「明日はドルルーブだな」


 監察官の一行らしき者たちの一人がそう言ったのが、彼らの横を通った俺の耳に入った。



「ドルルーブってここから近いのか?」


 俺は街道を並んで歩くクーメルに尋ねた。


「ええ。あの村がそうですね」


 少し先に見える村がそうらしい。

 明日はあの村に横暴な監察官たちがやって来るのかと思うと、俺はあの村の人たちに同情を禁じ得ない気がした。



「監察官を迎える準備かな?」


「ええ。おそらくそうでしょう」


 村へ入ると道は掃き清められ、村の中では一際大きな建物の前で、腕組みをしている背の高い男に出会った。


「お役目お疲れ様です」


 クーメルが如才なく挨拶をすると、男は鷹揚に頷いたが、何となく難しそうな顔をしていた。


「どうされましたか?」


 俺はこの村の人たちは大変だなと感じていたので、思わず声を掛けた。


「ああ。旅の方か。実はこの水溜まりを何とかしたいのだが、手伝いを頼んだ住民たちは先ほど帰してしまったのだ。また集めるのも悪いと思ってな」


 衛士だろうか、まだ若く見える彼はそう言って少しだけ困ったような笑みを見せた。


「水溜まりですか。なら、俺が……」


 そう言って俺は呪文を唱えた。


「ファイアボール・マーヴェ!」


 俺の炎の魔法が連続して地面に当たり、水溜まりを乾かしていく。


「ちょっと待ってくれ! いったいあんた」


「まだ足りないみたいですね」


 水は比熱が大きいからなって思った俺は続けて魔法を放った。


「ファイアボール・マーヴェ!!」


 今度こそ、俺の魔法で衛史の側にあった水溜まりは消え去った。


「ありがとう。助かったが、それにしてもあんたは?」


「ハルト様。いつになく軽率ですね」


 クーメルが苦言を呈したが、俺はこの村の人が哀れに思えて、捨ててはおけないと思ったのだ。


「ハルト様は魔法を使われるのです。古代魔法帝国時代もかくやという強力な魔法です」


「そうなのか。信じられない気がするが、目の前で起きたことだからな。ありがとうハルトさん。私はここを守るアンクレードと言う者だ」


 俺は彼の名を聞いて驚いた。

 それはハルト一世の右腕と言われた大将軍の名前だったからだ。


「アンクレードってまさか大将……」


「代償と言われても、申し訳ないが、こんな山里ですから何もないんだが。何ならお茶くらいはご馳走しますよ」


 そう言って案内された官舎らしき建物の中で、俺とクーメルは彼からお茶を振る舞ってもらうことになった。



「ラウムの町で衛士長を務めていたのですが、どうも私が上司である代官を批判したと讒言した者がいたようでして、弁明の機会を与えられることもなく、この田舎へ赴任するように言われまして。まあ実質的な島流しですな」


 気楽そうな口調で身の上話をする男の様子に、俺は彼がハルト一世の七功臣のひとり、大将軍アンクレードなのか疑わしいという気がしてきていた。


「アンクレードって、結構ある名前なのか?」


 俺が小声でこっそりと尋ねると、隣に座ったクーメルは、目を瞑ったまま澄ました顔で、


「いえ。そこまで聞くことのある名前ではありませんね」


 そう答えてくれた。

 そうして俺たちはお茶の時間を過ごしていたのだが、それは長くは続かなかった。


「火事だ!」


 表から叫ぶような声が聞こえ、俺たちは慌てて外へ飛び出した。

 見ると監察官を迎える式典に使うのだろう、仮に(しつら)えられた真新しい木造の屋根と柱が炎に包まれていた。


「ア、アイシクル・マーヴェ!」


 大慌てで氷の魔法を使って延焼を防いたが、仮設の建物は焼け落ちて、無惨な姿を晒していた。


「どうしてこんなことに……」


 茫然自失となったアンクレードを横目に、クーメルが小声で俺に告げる。


「ハルト様のせいですよ。魔法の炎を無分別に放ったからでしょう」


 どうやら俺が水溜まりを乾かすために使った炎の魔法の残り火が、建物に引火したらしかった。



「ハルトさん。責任は取ってもらいますよ」


 アンクレードが迫ってきて、俺はどうしようかと頭がぐるぐる回る気がしていた。

 責任を取れって言われても、どうすればいいと言うのだろう。


「私は逃げ出すことにします。明日までに準備を整えるのは無理でしょう。上官に嫌われて左遷され、今度は監察官の顔色を伺って右往左往する。そんな宮仕えがほとほと嫌になりました。ハルトさんとともに旅に出ることにします」


「そんなことして大丈夫なのか?」


 俺の心配を他所にアンクレードはさばさばとした顔をしていた。


「幸い家族もありませんし、ハルトさんの魔法を見て心を決めました。今後はあなたを主君と仰ぎましょう。ハルト様。これからよろしく」


 取るものも取りあえず、俺たちはドルルーブを後にした。





【大宰相、大将軍列伝・第ニ章の一】


 大将軍アンクレードはジャンルーフ地方の人であった。初めラウムの町を治める代官から衛士長に任ぜられたが、その苛斂誅求の過ぎたるを憂い、自ら身を深山幽谷に隠した。


「我は唯、英主を求める者である。我を知りこの忠節を捧げる価値のある者を待っているのだ」


 山野に寝起きして日々を送りながら、大将軍はそう(うそぶ)き、彼の大才を知らぬ者たちは、皆これを(わら)った。


 春浅き日、大帝と大宰相がラウム近くのドルルーブを通った。

 大将軍は雀躍してこの車駕を迎え、大帝の拝謁を賜った。 


「君こそ久しく求めていた英主に他なりません。今、深い谷に立ち込めていた霧が晴れ、蒼い空と輝く日の光を目にした思いです」


 大将軍の言葉を大帝は嘉し、彼の手を取って同じ車に乗せようとした。


「有り難き思し召しなれど陪乗(ばいじょう)をお許しいただくには早すぎます。君が至尊の御位に就かれて後、功成った私にこそ、その栄誉をお与えください」


 大将軍はそう言って、まずは馭者を務められた。

 彼が大帝を敬うことは、初めからこのようであった。


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