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モノとの正しい付き合い方  作者: 千変万化
一章 僕とモノと道具使い
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1-7 戦う決意

 ホムラが料理を持って部屋に戻って来たのは、少ししてからのことだった。

 ひどく弱っているケイトには卵の入った雑炊が出され、ツクノには小さなハンバーグと白いごはんが出された。

 料理人と言っているだけあって、雑炊でもとてもおいしかった。だしの程よい味とふんわりとした卵がいい感じで、ケイトはすぐに食べてしまった。ツクノの方もはしゃぎながら夢中になって食べていて、あっという間に食べておかわりを要求するほどだった。

「じゃあ、話の続きだね」

 食事を終えて一息入れてから、話を再開した。

「今度は、僕が聞いていいかな。解放軍は、どうして魔法の撚糸を断とうとしているの?」

「そのことか。あいつら、モノを人間の支配から解放させたいんだとよ。人間は物を自分の都合で使い捨てにしたりするだろ? そういうのが許せなくて、人間の世界と袂を分かつことで、自由になろうとしているんだ」

「自由に? でも待って。確か、二つの世界を繋ぐ糸が切れたら」

 少し前に聞いた話を思い返しながら、僕はツクノを見る。目が合ったツクノが、大きく頷いた。

「クロス・ワールドは衰退して、なくなっちゃうかもしれません。そのことは、クロス・ワールドに生きている人なら、誰でも知っていることなのに……」

「そうなんだよな。だけど、あいつらが糸を探し出して切ろうと動いているのは間違いないんだ。しかも、意外と賛同している奴が多くて、軍の体裁を保ってもいる。しかも、結構強い奴らばかりが集っているもんだからタチが悪い。まあ、やってることは野盗や賊徒の類と変わらないけどな」

 ホムラの言葉に、ケイトはさっきのことを思い返した。村人に強く迫り、拒んだら力づくで制圧しようとする。あまりにも暴力的で、とてもではないが受け入れがたい行為だ。そんなのが賛同を得られているなんて、正直驚きである。

「この地域のどこかにも、奴らの拠点があるって話だ。しかも、三将星の一人が出張ってるらしい」

「三将星?」

「ああ。解放軍を率いる三人の腕利きのことを、三将星って呼んでるらしい。さっきの人形野郎がクロウズがどうこう言ってただろ? そのクロウズが、三将星の一人さ。そいつが指揮して、撚糸を探しているって聞いたぜ」

「三将星、クロウズ……」

 ケイトはその名を、しっかりと頭に刻み込んだ。多分、すぐ会うことになる。何となくだが、そんな気がしてならなかった。

「今、撚糸は二本切られたって聞いたよ。ここよりもっと南東の平野と北東の湿原の糸がやられたらしい。残るは三本。こりゃ、相当やばいかもな」

「ええっ! わたしが助けを探している間に、二本も切られちゃったんですか!?」

「ああ、少し前にな。撚糸を見つけるために関係ないところの森が丸焼けにされたり、広大な草原がめちゃくちゃにされたらしいぜ」

 あまりにもひどい所業に、ケイトは口を挟めなかった。ただ、唖然としていた訳ではない。胸の内では、あまりの身勝手に怒りが燃え上がりつつあった。

 そんな僕に、ホムラが思い出したように声をかけてくる。

「そういや、ケイト。お前の世界で、山火事とか土砂崩れとか、とにかくやばいことは起きているか?」

「えっ? ええと」

 少し考えて、思い当たる節があった。ちょっと前には大きめの山が広範囲にわたって燃えてしまう事故があり、二か月くらい前には大雨による土砂崩れが起きていた。

「……起きてたね、確か。それが、どうかした?」

「やっぱりか」

 沈痛な面持ちで言ったホムラに、ケイトは嫌な予感を覚えた。偶然による自然災害。多分、そんな言葉では片づけられない事実があるのを何となくだが察した。

「やっぱりって、どういうこと?」

 聞くのはためらわれたが、ケイトの口は自然と真実を求めていた。

「この世界とお前の世界が、撚糸によって繋がっているのはわかっているよな?」

「う、うん」

「本来なら、二つの世界は糸によってある程度は離れているらしい。それで、必要以上の干渉を避けているそうなんだ。だが、今は二本も糸が切れてしまっている。クロス・ワールドは不安定に揺れ動いていて、お前の世界に必要以上に近づいてしまっているらしい。そうなると、この世界で起きたことは、お前の世界でもそのまま起きてしまう。山が焼ければお前の世界の山も焼け、こっちの世界の建物の精霊が死ねば、お前のところの建物は何らかによって崩れる。そんな具合にな」

「そんな」

 思った以上に悪い事実に、ケイトは言葉を続けることができなかった。信じられず、ツクノをちらと見る。自信なさげだが、それでも彼女は首を縦に振った。

「でも」

 ツクノが、小さな声でホムラの言葉を引き継いだ。

「すぐにってわけじゃないんですよ。クロス・ワールドと人間世界って、時間の流れ方が違うんです。こちらの世界の方が、何倍も早く過ぎているんですよ。だから、その間に少しでも元の形に戻せれば、被害は最小限に抑えられるんです」

「そういうことだ。ここでやばいことが起きても、修繕とか継承が間に合えば、最悪の事態は免れる」

「そんな簡単に、修繕とかできるのか?」

 いくらなんでも、自然が破壊されたりしたらすぐに直るとは思えない。考えなくてもわかることだ。

 だが、ここはもう少し考えて言葉を出すべきだったかもしれない。

「おいおい、忘れたのか? この世界には、ユーザー能力があるって」

「あっ」

 言われてみればそうだ。道具使いのユーザー能力ならば、現実ではありえないこともできる。きっと、自分がまだ知らない能力がこの世界には溢れていて、それによって修繕したりできるのだろう。

「結構な被害だって、そこそこの時間があれば何とかなるんだぜ? 元々、ユーザー能力ってのは世界を豊かにするためにあるんだ。戦うより、そっちの方が力を使いやすいのさ」

「まあ、それも世界が繋がっていればですけどね。世界が繋がっていなければ、モノの力を供給できなくなっちゃいますし。何より、繋がりがないことで直すことだって難しくなっちゃいます」

「向こうのマスターとの繋がりも、時々切れそうになるしな。ったく、解放軍め。酷いことするぜ」

 ホムラがはっきりと舌打ちし、右の拳を左手に打ちつける。乾いた音が、短く響いた。

 確かに、解放軍は酷いことをしている。同じように、ケイトも怒りたくなる。しかし、頭の中では別のことを考えていた。

 ――解放軍は、一体何を考えて撚糸を断ち切っているのだろう。

 そのことである。

 ここまで聞いた話を統合しても、撚糸を断ち切ることによるクロス・ワールドのメリットは、ほぼないと言っていい。寧ろ、リスクがあるばかりだ。それなのに、敢えて世界を切り離そうとするのは、何か思惑があってのことだろう。

 だが、考えてもわかるはずがない。わかっているのは、どんな思惑があろうが阻止しなければならないということだけだ。

「……彼らの暴挙は、何としても止めるよ。僕は、そのためにここへと呼ばれたんだ」

「ケイトさま……!」

 両手を合わせたツクノが、キラキラした目でケイトを見つめてくる。

 いつもならばそんな視線も少し気恥ずかしくなるものだが、今は気持ちが昂っているからか、それほど気にならない。

「ったく、一人でかっこつけんな」

 苦笑気味のホムラの声が聞こえて、ケイトはそちらに目を向けた。

 実際、顔には苦笑が浮かんでいて、ホムラは肩を竦めながらこちらを見ていた。

「相手は解放軍なんだぜ? 一人で戦ってたら、いずれしんどくなるに決まってる。だからさ」

 ホムラが徐に近づいて来ると、力強く肩を叩いてきた。

「俺も一緒に、戦わせてくれよ」

 思いがけない言葉に、ケイトはホムラから視線を逸らせなかった。真剣なものを浮かべた彼の顔は、冗談を言ったようには見えない。

「いいの? 手伝ってくれるなら、正直ありがたいけど」

「ああ。情けない話だが、俺の力だけではあいつらを倒すのは難しい。だがな、お前とならできるかもしれない。お前と一緒に戦えば、繋がりを守れるかもしれない。だから、頼む」

「んーと。じゃあ、ダメかな」

「何?」

「ど、どうしてです、ケイトさま?」

 即座に否定したケイトを、ホムラがキッと睨んでくる。ツクノが慌てて袖を引っ張ってくるが、意に介さない。

 射抜いてきそうなほどに鋭い視線だが、ケイトはそれをまっすぐ受け止めた。

「できるかもしれない、じゃダメだよ。やるからには、必ず倒す。絶対に繋がりを守る。それくらい言ってくれなきゃ」

 にこりと笑みを浮かべながら言うと、二人が唖然としながら見つめてきた。

 少しの間、そのままでいた。誰も何も言わず、この場はとても静かだ。

「く、くく……」

 真っ先に静寂を破ったのは、ホムラだった。額に手を当て、声を押し殺して笑っている。

「ははっ、言うじゃないか。まだ半人前のくせによ。だが、そうじゃないとな!」

 一度声を上げて笑ったホムラが、力強いものを満面に浮かべながら言った。

「やってやるよ。俺とお前で、世界の繋がりを守ろうぜ!」

「うん!」

 ホムラが片手を上げ、ケイトはその手を思い切り叩いた。ハイタッチの音が、小気味よく響く。

「これからよろしくな、ケイト」

「よろしく、ホムラ」

 互いに見つめ合い、二人して大きく頷いた。

「青春ですねぇ。……って、ねえわたしはー?」

 微笑ましそうに頷いていたツクノが、ケイトとホムラの間に割って入った。

 ホムラが、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

「ちっこいの、お前もよろしくな」

「むー、ちっこいのって言うなー!」

 口を尖らせて喚くツクノに、ホムラがもう一度声を上げて笑った。

「はははっ、悪い悪い。お前もよろしくな、ツクノ」

「ちゃんと覚えてるじゃないですかぁ。もー」

 不満そうに頬を目一杯膨らませたツクノが、恨めしそうにホムラを見ている。

 その様がどこかおかしくて、ケイトはホムラと一度顔を見合わせてから、しばらく声を上げて笑った。

「……さて、そろそろ休もうぜ。明日は、王都に向かうんだろ? ここから距離があるから、しっかり寝ないと辛いぞ」

「あれ、どうして知ってるの?」

「推薦状をもらってただろ? あれを見ていたんだよ。推薦状が使えるところなんて王都しかないから、すぐにわかるさ」

 よく見ている男である。こういう目端の利くタイプは、結構頼りになるものだ。

 それに、さっきの戦いを見た感じ、身のこなしは軽く、腕も結構立つ。思えば、どんなユーザー能力を持っているのかを詳しく聞きそびれたが、明日から共に行動するのだ。聞く機会はいくらでもある。

「じゃあ、俺は隣の部屋に行くぜ。先に借りた部屋を、無駄にするわけにもいかないし」

「そうなんだ。じゃあ、また明日ね」

「ああ」

 言って、手を軽く振ったホムラが部屋の外へと出て行った。

 ホムラを見送ってから、ケイトはゆっくりと布団に向かった。結構我慢していたけれど、そろそろ限界である。起きているのが辛くなってきた。

 布団に入ると、すぐに部屋の明かりが消された。どうやら、ツクノが気を利かせてくれたらしい。

 部屋が真っ暗になると、途端に眠気が襲ってくる。ケイトは抗うこともせず、それに身を委ねようとする。

「ケイトさまー、まだ起きてます?」

 不意にかけられた言葉に、ケイトは何とか眠気を追い払った。

「う、うん。何とか起きてるよ。それで、どうしたの?」

「いやぁ、ケイトさまって結構場慣れしてるのかなぁって思って。女の子と二人っきりでいても、あんまり動じないなぁって」

「あっ……」

 そういえばそうだ。よくよく考えれば、女の子と二人きりで部屋にいて、しかも眠ろうとしている。そんな経験、今までしたことがない。

 意識すると、少し緊張してきた。相手が付喪神の少女であっても、それは変わらない。

「ご、ごめん。全然気づいてなかった」

「あはは。うそうそ、冗談ですよー。ただちょっと、からかいたくなっただけです」

 ツクノが、小さく笑う。少し面白くなくてその声の方に顔を向けるも、闇の中に彼女の影が見えるだけで表情はわからない。

 それも、すぐにやんだ。

「……ごめんなさい。それもうそです。本当は、不安を紛らせたかったんです」

 沈んだ声で、ツクノが続ける。

「撚糸が二本も切られちゃってるなんて思わなくて。これからどうなっちゃうんだろうって思ってたら、何だか怖くなっちゃって」

 ツクノの体が震えている。表情は闇に覆われていて見えないが、不安でいっぱいになっているだろうことは容易に予想できた。

 そんな彼女を見ていたら、体は無意識のうちに動いていた。布団から体を起こし、ツクノの頭へと手を伸ばして、優しく撫でた。

「け、ケイトさま……!?」

 困惑したような声が返ってくるも、ケイトは手を止めない。さらさらの髪をそっと撫でながら、努めて優しい声で囁く。

「大丈夫。僕が、何とかする。きっと、何とかするから。だから、安心してね」

「は、はい……」

 されるがままのツクノが、恥ずかしそうに俯いている。

 それでも、彼女の不安が少し払われたのは、何となくわかった。

 そのツクノが、ケイトからそっと離れた。

「えへへ、ありがとうございます、ケイトさま。少し、怖くなくなった気がしますー」

「そう。なら良かった」

「これで、ちゃんと眠れそうです。ケイトさまも、ゆっくり休んでくださいね」

 ツクノが、いつの間にか敷いていた自分の布団に潜り込んだ。

 暗がりでもわかるほどのあまりにも早い動きに呆気に取られたが、気を取り直してケイトもまた布団に入り直す。睡魔が、また襲い掛かってきた。

「ケイトさま」

 また、ツクノが呼び掛けてきた。

「ん?」

「おやすみなさい」

「……うん。おやすみ」

 そう返すと、すぐに小さな寝息が聞こえてきた。彼女も、余程疲れていたのだろう。

 とはいえ、それはこちらも同じだ。意識はもう、半分以上落ちかけている。

 ――明日は、何が起きるのだろう。

 少なくとも、楽なことはないのだろうな。

 そんなことを思っていたら、いつの間にかケイトは深い眠りに誘われていた。

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