2-1 旅の始まり
翌日になり、ケイトたちは軽い朝食を取ってから村を出た。
まだ日はあまり高く昇っていない頃で、辺りの空気はうっすらと寒く、それでいて清々しい。歩いていると、気が引き締まってくる思いがするほどだ。
目指す先は、国の中心にある王都である。地図を見る限りは、さっきの村からは結構な距離がある。これを歩いていくとなると、結構骨かもしれない。
「おい、ケイト。体は大丈夫か?」
「ん、平気だよ。寧ろ、今までの中で一番元気かも」
にこりと笑い、少し速めに駆けて見せる。
昨日の疲労感は、朝起きた時には嘘のように消えていた。そればかりか、体はいつもより軽く感じ、そこそこ歩いてもまったく息が上がらない。
「道具使いになったから、基礎能力が上がっているんですよー。道具の加護と言って、使い手の能力を引き上げてくれるんです。何と言っても、不思議な力を扱うのに、並の体じゃ着いて行けませんもん」
ケイトの隣をふわふわと浮きながら、ツクノが言った。
確かに、身体能力は上がっているかもしれない、とケイトは思った。思い返してみれば、巨人と戦った時には、自分でも驚くほど高く跳躍していたものだ。身のこなしも軽いし、体力は自分でも底が見えない。
「だったら、少し急ごうか。あんまりのんびりしてたら、王都に着くのが遅くなっちまう」
「わかった。そうしよう」
言うが早いか、ホムラが足早に先へと進んで行く。結構な速さだ。のんびり歩いていたら、あっという間に背が見えなくなってしまうだろう。
すぐに追いかけ、ケイトたちは王都を目指した。
その道中で、ケイトはホムラに力の扱い方を教えてもらった。道具を使う際には、まず自分が動くことを常に意識する。そうしないと、道具が体を引っ張るような形になり、ひいては必要以上の力を使うことになるそうだ。
道中で太刀鋏を何度か振るい、その感覚は何となく掴んだ。あとは、実戦で研ぎ澄ませていくしかない。
それから、他の道具の使い方を一緒に考えてもらった。針の槍は頑丈な糸と組み合わせることで、物を縫い付けられそうなことがわかった。まだ試していないから確実なことは言えないが、針としての性能を考えたら十分あり得る。待ち針の手裏剣は、そのまま投擲武器ということで落ち着いた。
長い旅路だから、他にも話は弾んだ。ホムラのこれまでの流浪の旅やケイトの生活、ツクノがあちこちで見聞きしたことなど、多岐に亘ったが、一番興味を引いたのは、やはりホムラのユーザー能力だ。
ツクノが予想した通り、ホムラは調理に関する事柄を技として扱えるらしい。特に得意としているのが火と水の扱いで、火を熾したり水を流したりする以外に、相手に向かって放つこともできるそうだ。ユーザー能力は慣れてくると応用が利かせられるようになるらしく、本物の魔法使いみたいでちょっと羨ましかった。
「それにしても、見かけによらず色々なことを知ってるな、ツクノ」
話題も尽きかけ、王都までもう少しというところで、ホムラが言った。
「そうだよね。この世界のことや道具使い、魔法の撚糸についてまで知ってるし」
「そりゃあ、付喪神として結構過ごしてますからねぇ」
「気になってたんだが、お前は一体何の付喪神なんだ?」
確かに、ケイトもそれは気になっていた。初めて会った時、ツクノはあるものの付喪神としか名乗らなかったのだ。
ツクノが、ちょこんと首を傾げた。
「あれ、言ってませんでしたっけ。わたし、今は羽衣の付喪神なんです」
「今はって、前があるの?」
「んーと、あるって言えばあるんですけど、記憶が曖昧でうまく説明できませんねぇ。まあ、すんごく長く生きてますから、仕方がないんですけど」
「そっか。……いや、何だって?」
今、聞き捨てならないことを聞いた気がする。つい流してしまいそうだったが、確かに気になることをこの子は言った。
ホムラが、ケイトの脇腹をそっと小突く。ちらと見ると、強張った彼の顔が見えた。ホムラも、流してはいけない言葉を聞き咎めたらしい。
でも、聞いていいのだろうか。仮にも、この子は女の子だ。
「……なあ、ツクノ。長く生きてるって言ったが、お前はいつから付喪神なんだ?」
少しの躊躇いも見せずに、ホムラが疑問を口にした。ケイトはぎょっとするも、よく口にできるな、とつい感心してしまう。
ツクノもツクノで、それほど気にした風もなく答えようとしている。
「えーと、この姿になってからだと、少なくとも二百年くらいですかねぇ?」
衝撃的な数字に、つい耳を疑った。
「に、二百……!?」
「ば、ババアじゃねえか……!」
「ちょっと!?」
慌ててホムラの口を押えたが、少し遅かった。
今のを聞き逃さなかったツクノが、頬を目一杯膨らませて睨んできている。
「ば、ババ……!? 麗しき乙女に向かって、なんてこと言うんですかー!」
「いや、仕方ないだろ! 二百年だぞ!? ババアはババアじゃねえか!」
ケイトの手を振り解き、ホムラが余計なことをはっきりと言ってしまった。
「むっかー! ホムラのばかぁ! そんなこと言う口なんて、縫い付けちゃうんだからー!」
いつの間にかケイトの待ち針を持ち出し、さらには何本もの針を宙に浮かせては、ツクノが乱暴に振り回しながらホムラに迫る。
「ば、ばか! シャレになんねえぞ!?」
逃げるホムラを、ツクノが執拗に追いかけていく。
しばらく騒がしい追いかけっこが続いて、ケイトは苦笑しながらそれを見守っていたが、遠目に映るものに気づいて二人を止めた。
「ねえ、あそこに見えるのって」
厳かな石の城門に、そのやや後ろで高くそびえる西洋風の城を指差す。
「いてて……。あ、ああ、やっと見えたな。あれがこの国の王都、ミュゼムだ」
「朝早くに出たおかげで、お昼を少し過ぎた程度で良かったですねー」
痛そうに腕を擦るホムラを横目に、ツクノが満面の笑みで言った。どうやら、何回か針で攻撃できたことで満足したらしい。
「ねえ、王都ってどんなところなの?」
「悪い。俺はまだ、王都には行ったことがないんだ。ツクノはどうだ?」
「もっちろんありますよー。多分二人とも、ある意味驚くんじゃないかと思いますねぇ」
「どういうこと?」
「それは、行ってからのお楽しみということで。ほら、もう入口が見えてきましたよー」
確かに、王都に繋がるだろう石橋と、大きめの城門が間近に迫っている。
「とりあえず、最初は王様に謁見しよう。休むのはそれからね」
二人が頷き、ケイトたちは城門を潜って中に入った。




