11-10 僕の相棒
太刀鋏は何も答えず、一度刀を思いっ切り押して後ろに跳んだ。ケイトの隣に立ち、強い視線を向けながらそっと刀を差し伸べてくる。
頷き、刀を受け取る。太刀鋏の人の姿は煙のように消え、代わりに刀身が強い光を放った。
同時に、力が手に伝わっていく。強大ながらも、温かな力だ。太刀鋏のものであって、そうでない力。不思議と、そんな感じがした。
この力が何なのか、思い当たるものは一つしかない。
「君の、この力は」
それでも疑問を確信にしたくて、手にした相棒に、そっと問いかけた。
「お前の中にあった力だ。誰よりもモノを思い、守ろうとした、大きな力。お前が、知らず知らずのうちに受け継いでいた、古の道具使いの力。それが、俺に外で戦う力を与えた」
「法眼の力が、僕の中に」
驚いたが、同時に納得した。法眼の末裔だっただけでなく、自分の中に法眼の力があったからこそ、ケイトはツクノの存在を向こうの世界で感じ取ることができたのだ。自身がユーザー能力とは別に、特殊な能力を兼ね備えているのも、そのせいだったのだろう。
最初から、ケイトは選ばれていたのだ。ならば、その期待に応えなければならない。
気合を入れるように、ケイトは一度刀を払うように振った。
「行くよ、太刀鋏」
「ああ」
頷き、ケイトはオウリュウへと左の刀を投げつける。青白い光を纏った刀が、この場に広がる磁石の力を断ち切っていく。
ただそれを、黙って見ていることはしない。刀を投げたのと同時に、ケイトは間合いを一気に詰めた。
忌々しげに顔を歪めたオウリュウと、視線が絡み合う。
「おのれ、この世においてもまた邪魔をするのか、鬼一法眼!」
恨みの籠った声で、オウリュウが叫ぶように言った。
その声を掻き消すように互いに刀を振り上げ、一撃を振るった。刃がぶつかり、強い衝撃が辺りに走る。
一拍遅れて、放った刀を受け止めた太刀鋏が、オウリュウの背後から斬りかかった。
「同じ手を何度も食うかッ!」
叫ぶように言ったオウリュウに呼応するかのように、黒く太い棘状のものが、勢いよく床から二本も突き出てきた。太刀鋏を、前後から挟み込むように出てきている。
それでも、太刀鋏は物ともしない。横に一回転しながら刀を振るい、棘を容易く切り払った。ばかりか、その勢いのまま、攻撃を続行する。
「甘い!」
オウリュウが素早く反応して攻撃を受け止め、さらには再び加護を放出する。瞬間、空中に黒点がいくつも浮かび上がった。そう見えたのは一瞬だけで、黒点は石ころのような大きさになり、凄まじい勢いでケイトたちに襲い掛かってきた。
おそらく、磁石だ。足元一面に、強い加護が働いているのが目に映っている。吸引の力で、磁石の礫を引き寄せているのだ。
ケイトは太刀鋏に預けた刀を手元に引き寄せ、オウリュウから距離を取った。礫は、追いかけてくるようにこちらへと迫っている。
間近まで迫って来た礫を刀で弾くも、とてもではないが捌き切れない。まるで強風が吹き荒ぶ豪雨の中で傘を差しているようなもので、黒い礫は容赦なく肌を打ちつけてくる。異様に硬いそれが肌を叩く度に、鈍い痛みが走った。
――捌けないなら。
この空間に広がる磁力を、断ち切ってしまえばいい。ここは、磁力の空間という普通ではありえない場所だ。誤った繋がりならば、断ち切れないことはないはずだ。
刀を構え、瞬間的に集中する。その際に礫が肌を強かに打っていったが、構わなかった。自分の道具の加護の昂ぶりを感じながら、刀へとその力を伝える。
瞬間、刀身が漆黒の光に包まれ、手に異常な力を伝えてきた。誤った繋がりを断ち切る力だ。ケイトは迷わず、頭上目掛けて刀を振るった。途端に、糸が切れたような音が鳴り、周りに広がっていた加護の光がずたずたに引き裂かれる。
「よし!」
――まだだ、ケイト!
太刀鋏が、今度は頭の中で語りかけてくる。
ハッとして前を見る。オウリュウが長剣を前に向け、力を溜めるような素振りを見せている。この場が震えるほどの凄まじい力が剣先へと集まり、巨大な黒の球体が帯電しながら作られていく。
「纏めて吹き飛ばしてくれる!」
カッと目を見開いたオウリュウが、その球体を一気に撃ち出した。さながら、磁力の衝撃弾か。大きさの割に、それは勢いよく迫る。避けようにも大きく、それでいて速いから、多分間に合わない。
――間に合わないならば、真っ向から受けるしかない。
何よりも、このまま回避したら、後ろで離れているツクノにも被害が及ぶ。今ここで、何とかしなければならない。
そうと決めたら、覚悟を固めるのに時間はかからなかった。太刀鋏を構え、迫り来る衝撃弾を待ち受ける。その覚悟に応えたかのように、刀身を覆う黒の光が、一度妖しく光った。
「消し炭になれッ!」
オウリュウが叫び、衝撃弾の勢いが増した。
瞬く間に迫る衝撃弾が間合いに入るより早く、ケイトは両の刀を交差させながら思い切り振り下ろした。
瞬間、刃が力の塊にぶつかる。全てを切り裂く黒の力でさえも、過密な加護の塊を斬ることはできなかった。ぶつかり合った瞬間に、激しい衝撃と電流が刀を通して手へ、体へと伝わってくる。
「くうっ……!」
全身に、予想以上の痛みと痺れが走る。刀を握る手は焼けたように痛み、体のあちこちも衝撃の勢いによって傷をつけられているようだ。皮膚が裂け、血が噴き出しているのを感じる。何とか堪えてはいるが、いつまで耐えられるかはわからない。
「……違うだろ」
自分の言葉を、すぐさま否定する。耐えるために、今頑張っているのではない。この攻撃を、斬り伏せる。そのために、真っ向勝負を選んだのだ。
「はああっ!」
弱気を自分の中から追い出し、裂帛の気合と共にさらなる力を籠める。
ほんの少しだけ、衝撃弾を押し返す。だが、それ以上は進まない。ばかりか、両の刀が軋んだような音を立てた。
ちらと、刃に目をやる。うっすらとだが、ひびが入っていた。これ以上受け続ければ、折れてしまうかもしれない。
「構うな、ケイト!」
心の内を察したのか、太刀鋏の必死な声がすぐに聞こえてきた。姿は見えないが、全力で衝撃弾を受け切ろうとしているのが、刀を通して伝わる。折れても構わない。そう思ってさえいるのも、はっきりと感じる。
相棒がそこまで覚悟しているのならば、腹を括らないわけにはいかない。
「わかった! 行くぞ、太刀鋏!」
「おう!」
勇ましい声が返り、太刀鋏が強い光を放つ。その光は、瞬間的にケイトを包み込んだ。同時に、力が沸き上がってくる。
心と心が交わる。そんな思いに、ケイトは捉われた。今自分は、太刀鋏と一体になっている。体の奥底から沸き上がる力を前に、確かにそう感じた。
今ならば、何であろうと斬れる。
「うおおおおっ!」
吼えるように、ケイトは声を上げた。
瞬間、刀を黒い光が覆い、巨大な刃を形成していく。二倍ほどもある黒の光の刃が、衝撃弾を僅かに押し返す。
そこを逃さず、ケイトは目一杯力を入れた。激しい衝撃が全身に伝わり、体を傷つけて行こうが、構わず太刀鋏を振り抜いた。
一度、重々しい音が鳴り響いた。衝撃弾がバツの字に切り裂かれ、勢いを失って霧散する。
「ば、馬鹿な!?」
オウリュウのうろたえた声が聞こえる。余程衝撃だったのか、驚愕で顔を引きつらせて、動きを止めたままだ。
今までで、一番動揺している。それを、ケイトははっきりと感じ取った。オウリュウを包み込む真っ黒な道具の加護も、大きく揺らいでいるように見える。
「……やっと、見つけました」
不意に聞こえたツクノの声に、ケイトは一瞬だけ目を向けた。額に大粒の汗を浮かべながらも、強気の表情を見せる彼女の双眸と、すぐに視線がぶつかる。
「あの子の心は、まだ残ってます! ケイトさま、胸の真ん中に散らばる、小さな光です!」
視線を前へと戻し、すぐにオウリュウを凝視する。真っ黒に包まれた体に、針の穴ほどの白い色が散らばっているのが確かに見える。だが、あまりにも小さ過ぎる。あれでは、いつ掻き消されてもおかしくはない。
「大丈夫!」
ケイトの不安を遮るように、ツクノが叫ぶように言った。
「わたしが、引っ張り出します! だからケイトさま、力を貸してください! あの子の闇を、切り払って!」
「ああ! 僕が、いいや僕たちが、何とかして見せる!」
「行こう、ケイト!」
太刀鋏が、勇ましい声で促してくる。その声に頷きながら、ケイトは自身がボロボロなのも忘れて、一気に駆け出した。




