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9. シリアスをぶち壊す

 

 「もう一人の王太子妃候補……」

 

 それは、照れ屋で有名だが美少女と名高いダンピエール伯爵令嬢ルイーズ。エヴルー侯爵の孫娘。17歳でたくさん結婚の申し込みがきているそうだが、いまだ誰とも婚約していない。


「本当かどうかは知らないけれど、恥ずかしがり屋でほとんど社交にも出てこない。アカデミーにも入学せず、家庭教師がついているまさに深窓のご令嬢。でも、来週のアリスちゃんの舞踏会には招待してるんでしょう?」


お父様に頂いた招待客のリストは徹底的に覚えさせられた……はずだったが、物覚えの悪い私はすぐに答えきれなかった。なんてったって人が多い。国王陛下をお招きしているので、失礼にならないよう上位貴族は軒並み招待してあるのだ。せめてアリスが会ったことがある人ならいいのだが、顔も知らない人名の羅列を見ても、ポンコツ脳みそが仕事をしてくれなかった……。サシャごめん。


「えーっと、多分……」


「ちょっとお、アリスちゃん、大丈夫~?」


だめだわこの子、と言いながら、肩をさすって「やだ、ほんとに寒くなってきたから戻りましょ」と言ってサシャは隣の教室に戻っていった。


「オスカー……」

多分、私は泣きそうな顔をしてると思う。面倒くさい。なんて面倒くさいんだ、社交界。


「なんだよ」


「私、舞踏会出たくない……」


「主役がいなくてどうすんだよ。デビューだろ?一度きりの晴れ舞台だろ?」


オスカーが頭を撫でてくれたので、心の底から「エスコートはオスカーにしておけばよかった」と思っていた。




 放課後に、私は生徒会室へ向かった。エヴルー家のリュカに、エヴルー侯爵と孫娘のルイーズ嬢の事について聞こうと思ったからだ。ドアをノックしようとしたら、中からリュカの鋭い声が聞こえたので、思わず手を止めてしまった。

 

「殿下、なぜアリスのエスコートを承諾なさったのです?争いが起きるのはおわかりでしょう」


(ラファエル様も一緒にいるのかな?私の話をしている?立ち入るべき?)


「どうしてかな。自分でもわからないんだ」


リュカの問いに答えるラファエル様の声に自嘲するような含みがあったから、私は動けなくなった。


(周りには誰もいない!指さし確認!よし!ここは盗み聞きしてやる!)



「それにね、僕は承諾したんじゃないよ。申込んだんだ」


その言葉に、普段ほとんど感情を出さない鉄面皮の生徒会長が声を荒げていた。


「ラファエル!」

「そう怒るな、リュカ。アリスなら大丈夫だと思ったんだ」


「ラファエル、それはつまりアリスを巻き込むということだ」

「……アリスの事になると取り乱すね、君は」


しばらく沈黙したのち、リュカがいつもの口調に戻って言った。

「失礼しました、殿下。お許しを」


(シリアス……シリアスだわ……どうしよう今更出ていけない……)

ドアの前で行くことも戻ることも出来ずにいる私をよそに、リュカとラファエルはまだ話を続けている。


「エヴルー侯爵が、自分の孫娘を王太子妃にしたがっているのは周知ですよね」

「ああ。勿論……」

「エヴルー侯爵と、ルテール公爵が敵対関係にあることもまた、周知の事かと存じます」

「君が怒っているのはわかったから、回りくどい言い方はやめてくれ、リュカ」


一呼吸置いて、リュカは早口に捲し立てた。


「私が言いたいのは、アリスを政争の道具にしないで欲しいという事です」


そこまで聞いて、私は生徒会室のドアを開けた。




 私がノックもせず扉を開けたので、ラファエル様とリュカが絶句していた。私が窓辺に立っているラファエル様の方へ進むとリュカが私の手を引いた。


「アリス、どこから聞いていた。何を言うつもりだ」


(何を言うつもりだ、ですって?……フッ、ノープランよ!!!)


「手を離して、リュカ」

私はシリアスな雰囲気に耐え切れずドアを開けただけ。私のいないところで勝手に道具だのなんだの言われるのが嫌だっただけだった。開き直って嗤う私の顔はさぞ怖いだろう。リュカは躊躇いながらも手を離してくれた。そして、特に何もセリフが思い浮かばず、(何て言おうかなーっ!)とラファエル様を見つめていると、無言の圧力だと勘違いしたのか、「ごめんね、アリス」と謝罪された。


ラファエル様はうつむいて続けた。憂う表情まで美しい。

「僕は、父上のようになりたくないんだ……」



 国王と王妃が不仲なのは、残念ながら国民皆が知っている。

先の戦争が終わり、戦後処理に何年もかかっていた。その際、なかば人質として嫁いできたのが、敗戦国であるジルヴァラ王国の第一王女カロリーヌだった。

王はカロリーヌとの間に、ラファエルをもうけるのだが、そのあとは義務を果たしたとばかりに、もっぱら離宮の妾の方へ通っている。政略結婚が当たり前の世界ではありふれた話だが、それが自分の家族なら悩みもするだろうと思う。

アリスの両親は恋愛結婚で、幸いなことに家柄も釣り合っていて夫婦仲もいい。だが、それはとても珍しいことなのだと改めて思った。



「一枚岩でない王家というのは、貴族間の争いを生む。せめて、僕は真に支えあえる関係を築ける人を正妃にしたい……」

「それが私?だとしたらお断りします。私には無理です」


(こ、これはいい流れでは?ラファエル様には申し訳ないけど、ここまま王太子の婚約者ルートから外れてしまおう。ワクワク)


「そんなことはない。アリスはちゃんとお妃教育も受けているし……何より僕が君を……」


「君を?」


「……僕が君を好きだから」


突然の告白に、私は喜びではなく絶望で目の前が真っ白になった。


(突撃するんじゃなかった―――リラの推測が正しかった……私のバーカバーカ)




倒れそうになったが、気を取り直して私は言った。逃げなくては。

「ありがとうございます、ラファエル様。私も好きですよ。でも友人としてです。私は……そのように想ったことはないのです」


「それでもいい。僕は君を守りたいんだ。政争の道具にしようなんてかけらも考えてない。僕のそばで守りたいんだ」


「守りたい?……どういう意味ですか?」


「エヴルー侯爵はすでに行動を起こしている」

突然、リュカが言った。私はその言葉の意味が全くわからなかった。

リュカが淡々とした口調で続けて言った。


「先日のルテール公爵家の馬車の事故だよ、アリス」


……私が記憶を取り戻したあの事故が、仕組まれていた?

動揺した私に向かって、リュカが説明してくれる。


「憲兵隊が調べたという報告書を読んだが特に不審な点は何もなかった。まぁ、馬車の事故など日常茶飯事で通りいっぺんの調書だったわけだが。ただ……乗合馬車の馬が暴走したとのことだったが、乗客はいなかった。そして、当日その馬車は貸切だった」


「……ジェローム商会だったんだろう?」


「その通りです、殿下。ジェローム商会が貸し切っていて、その日に限って御者も自前だったそうです」


「証拠はなにもない。ジェローム商会がダンピエール伯爵の経営だからといってもそれは状況証拠に過ぎない。だが、その結果、アリスは……3日も意識を失って……」


ああ、それでお見舞いに来たのか。意識を取り戻してすぐに。



(よし、滅ぼす。私がそのダンピエール伯爵家とやらを滅ぼしてやる。邪魔しないでいいのにいいいいいい!言ってくれれば王太子殿下をお譲りするのにいいいいいいい!!!変な裏工作するから、王子様の庇護欲かきたてちゃってるじゃないのよおおおおおお!)


とても表では言えない事を心の中で叫びながら、私は微笑んで言った。


「わかりました。私の身を案じてくださるのはとてもうれしいです」


その言葉にラファエル様が安堵の表情を浮かべる。


「ただ、お妃候補としての話は別問題です。私の気持ちもお考えください」


「そうだよね、ごめん。君に振り向いてもらえるよう、頑張るよ」


(違ーーーう!そうじゃない!!!……頑張らないで王子様……)


 藪をつついたら蛇が出てきた。アナコンダ級だ。もうなるようになれ。

 せめて舞踏会は楽しもうかと現実逃避を始めた私は、一週間ひたすらダンスレッスンに打ち込み、舞踏会当日をむかえた。


次は【10. リハーサル通りにしてくれない王子様】です。来週火曜日更新予定です。相変わらずのんびり更新ですが、読んでくださる方いつもありがとうございます。

来週は多分、火木更新予定です。よろしくお願いします~。

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