46. ヒロインちゃんのプレゼント
今日はリラとカーラが一緒にいてくれてよかった。鼻血を出して倒れた私を見て「持病がおありか?」と心配していたフランドル伯に、リラが「年頃の女の子にはよくあるのです」と誤魔化してくれていた。
私は毛細血管が弱いんだなー。だって好きな人の顔が目の前にあったら興奮するでしょ?するよね?
司書さんが自身の休憩室を貸してくれたので、そこのソファに寝かせてもらった。やたらと心配されたけど、単に興奮しただけだから私は早く図書館に戻りたかったが、しばらくは大人しく休むことにした。
エリアスが選んでくれた研究書は帝国公用語で書かれていたので、時々辞書を引きつつ解読する。これでも多国語が読めるのだ。それこそ、さっきフランドル伯に言われた通り、お妃教育の賜物。
帝国公用語は、この国にいる限り必要はない。この国で使われているアルジェント語は大陸で広く使われているから、自国語が話せればたいていの人と意思疎通が出来る。むしろ社交界ではアルジェント語を使うのが慣例なので、楽と言えば楽。閑話休題。
いま読んでいる本には、大陸の魔法の歴史について書いてある。この国に限らず、大陸ではほぼ魔法が廃れているそう。宮廷魔法使いもいるけれど、王室の薬草園の管理が主な仕事で、やってることは薬剤師みたいなもの。でも魔法が廃れたかわりに、軍事技術や農業や商業が発展したとある。
帝国は島国で、基本的に異民族の移住を許してこなかった。異国は帝国の植民地であり、異民族は奴隷。そういう文化の国だから、閉鎖的で皇帝をはじめとして強い魔力を持ち続けてきたそう。
「うーん、帝国が特殊で、大陸ではどの国も似たようなものなのね。結局のところ、ごくわずかな人間しか魔法は使えない」
じゃあ、やっぱり聖女の力は希少なんだなー。あれこれ考えていると、リラが私を呼びに来た。
ガブリエルがそろそろ紋章院に戻るらしい。
というか、本当にどうして仕事をさぼってまで来たんだろうか。そう思いながら見送りに出たら、ガブリエルの方から話しかけられた。
「エリアスに頼んでついてきたのは、アリス、君に会いたかったからなんだ」
「……何か御用が?」
「うん。実はまだ内々の話なんだけど、もうすぐ僕の妹が社交界デビューする」
思いがけないガブリエルの言葉に、私はびっくりして絶句してしまった。
噂の下のお子さんって妹だったんだ……。しかも社交界デビューさせるの?王妃様は心中穏やかじゃないのでは……。荒れそうで怖い。
そういえば、ガブリエルが公爵位を賜って表舞台に出てきた後の、新年の寿ぎ・銀竜の会では、王妃様が怒りをあらわにしていた。王弟であるリオンヌ大公フィリップ殿下が「新年のおめでたい席だから」と、とりなしてくれたけれど、その年だけはいつも和やかな銀竜の会が、かなり微妙な空気になったのを『アリス』が覚えている。翌年からは、王妃様がいつも通り振舞っておられたから、そんな雰囲気になることはなかったけど、ラファエル様も複雑だっただろうと思う。
「14歳で名をミシェルという。ミシェルはエヴルー侯爵家の養女になることが決まった」
「え?!リュカが子持ちになるの?」
思わずアホなことを口走ったが、ガブリエルは笑いながら言った。
「いや、当主の義妹になるってこと」
「ああ……そう。またリュカが忙しくなるね。それで私は何を協力したらいいのかしら?」
「エスコートは決まってるから、できれば後ろ盾になって欲しいんだ。これまで誰とも交流してこなかったし、本人が物凄く緊張している。一度お茶会に誘ってもらえる?離宮から出た事もないから」
結構、重大な役目なのでは。こんな軽く頼まれていいのかな。
「アリスならきっと大丈夫だと思ったんだ。先入観なしで接してくれるだろう?だから頼みたい」
「……わかりました。お父様とお母様に相談するわね。許可があれば正式に招待状を出します」
離宮でひとりぼっちだったお姫様か。確かに緊張するだろうな。どんな子がわからないけど、デビュー出来るのならそれなりに教育は受けたんだろう。エヴルー侯爵家の養女で、ルテール公爵令嬢が友人として振舞えば、裏ではどう思っていたとしても他の貴族たちは表向きは受け入れるだろう。
ガブリエルが紋章院に戻った後、私とエリアスは資料を集めてメモをとったり、話し合ったりしていた。フランドル伯も加わってくれて、これまで孤独に作業していた私はとても楽しかった。
成果は三つ。
魔法はない!
悪魔はいる!
聖女は悪魔を封じることができる!
以上。
「はあ……。結局、悪魔封じって自力では何とか出来ないのかあ」
「どうしてアリスは、悪魔の存在を信じてるの?」
エリアスの素朴な疑問に、私は答えることが出来なかった。
(「ここが前世の『私』が知ってる世界で、シナリオ上、私が悪魔を呼ぶらしいんです」とは言えない)
日も暮れて閉館時間が迫ってきたし、フランドル伯も疲れたご様子だったので、私達は帰り支度を始めた。ラファエル様が待ってて欲しいと言ってたけど帰っちゃっていいよね。
さっさと車寄せに行こうとするとまたフランドル伯に話しかけられた。
「今日一日、あなたを観察させてもらった」
うん、やっぱりね。何を言われるんだろう。
「アリス嬢、あなたは何を知っていて、何を隠している?」
うん、やっぱり質問が直球だわ。でもこればっかりは、答えるわけにはいかない。
「いずれ来る、国難について心当たりがあるのです。でもそれは言えません。でも、隠し事があるのは、フランドル伯も同じでは?」
私がそう言うと、フランドル伯は一瞬だけ視線を鋭くして、相好を崩した。
「ご存知でしたか。お互い様でしたな」と言って、顔をくしゃくしゃにして笑っていた。
「時に、エリアスは学園ではどんな様子かな?」
急に話題が変わってびっくりしたけど、私は笑って答えた。
「とても勉強熱心で真面目で素敵です」
「友達はいるのだろうか?」
「たくさんいますよ。エリアスは誰にでも優しいですから」
「そうか……。儂は長年、亡くなったエリアスの祖父と懇意にしておった。だから、それこそ本当の孫のように可愛いのだ。これまで色々と我慢させてきたから、ほんのわずかな期間かもしれないが、年相応に学園生活を楽しんでいるとうれしいのだよ」
笑ってるフランドル伯を見ていると、心からそう言ってるのだろうなと思った。
ラファエル様は「エリアスの祖父と両親の事について」知っていると言った。フランドル伯は悪い人じゃない。きっとフランドル伯と仲が良かったというエリアスのお祖父様も、きっと悪い人じゃない。
そう思った。
翌日は、エリアスに昨日王城に一緒に行ってくれたことのお礼を言って、いつも通り過ごしていた。ラファエル様が言い訳しに来るのかなー?と思っていたけれど、結局来なかった。
拍子抜けしていると、放課後、思わぬ来訪者が私を訪ねてきた。
ヒロインちゃんだ。
「ルテール公爵令嬢。これを差し上げたくて参りました」
そう言って、ソフィアはまたもやピンクの可愛い包みを差し出してきた。すこし遠慮がちにしている仕草が相変わらず可愛い。
巷の噂によると『私がソフィアを虐めている』らしいので、なぜわざわざ彼女の方から近づいて来るのか謎だったけど、(わーい!また美味しいお菓子かなー?)と浮かれてしまった。
そして、その思考にはっとした。
(これは……私も攻略されそうになってる?)
自分を虐めているはずの公爵令嬢に対して、贈り物をしているヒロインちゃんの姿に、周りの野次馬達(特に男子)がざわめいている。
「意地悪されているのに、その相手にプレゼントを持ってくるとは、なんて彼女は優しいんだろう」
「まさに伝説の聖女のようだ……」
「彼女が聖女様に違いない」
(男子!)と思いつつ、私がお礼を言って包みを受け取ると、周りがソフィアを褒めたたえる。
ソフィアはにっこり笑うと、教室の入口で待っていたアレックスと一緒に帰ってしまった。
エリアスでさえ、ソフィアが去っていくのを目で追っていた。
(はい! 私、完全に引き立て役の悪役令嬢ですねー!)
自虐しながらも、お菓子は楽しみだからと早速もらった包みを開いた。
中身は小さなカップケーキで可愛らしくデコレーションされている。相変わらず女子力高い。
いっこ食ーべよ、と思ってカップケーキを手に取ったら、エリアスが小さく叫ぶように言った。
「アリス、食べないで」
言われた事の意味がわからず、ぽけっとしていると、エリアスがさらに小さな声で、私にだけ聞こえるように言った。
「多分、それには媚薬が入っている」
はい?今なんて言った?なんで私に媚薬入りのお菓子を?え?私も攻略されそうになってる?
ますます意味がわからないから、私は教室の中で呆然としてしまった。
お読みくださり、ありがとうございました~。
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