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40. うちの弟に手を出すな!(小声)


 ジュリアンを見送ってから、私はソフィアに話しかけた。二人きりで話すのは初めてだったから、かなり怖かった。


「ごきげんよう。いま一緒にいたのは、私の弟のジュリアンかしら?」


「まあ、ルテール公爵令嬢アリス様……ごきげんよう」

ソフィアの淑女の礼(カーテシー)に驚いた。入学式で見たときより、格段に上達している。やっぱり健気で努力家なんだろうなあと思った。その調子でラファエル様を落としてくれよと思ったが、今はそれどころではない。


「弟と仲良くしてくださってるの?お礼を言います。ありがとう」


「勿体ないお言葉です」

俯きがちにソフィアが答えた。さっきまでの、ジュリアンと笑いあっていた様子からは打って変わって他人行儀。


「そう畏まらないで?ここは学園なのだから」


「とんでもない……あの、もうよろしいでしょうか……?」


(うわぁ、めちゃくちゃ迷惑そう~~~。でも確認しておかなくては)


「ジュリアンはここで何を?」


「あ、あの、私の作ったお菓子をプレゼントしたら、お茶に誘って頂いたので、ご一緒しておりました……申し訳ありません」

明るい茶色の髪が陽に透けて綺麗だ。口元に手を当てて、俯きがちにして、エメラルドグリーンの大きな瞳で上目遣いにこちらを見る様子はとても可愛い。


「ああ、あなたの手作り……。きっと美味しいでしょうね。私も食べてみたいわ」


はい、キターーー!ヒロインちゃんの手作りお菓子。媚薬でも盛ってんのか?と言いたくなるほどに好感度の上がる不思議アイテム。いや、手作りお菓子っていいよね。好みの味に変えられるから。私も自分で作るときは、レシピより砂糖を減らして甘さ控え目にするもの。


「でも、あなたは他にもお付き合いしてる方がいるのではなくて?ジュリアンはまだ初等部だし……」

うちの弟に手を出すな!と言いたくて、小さな声でそう話しかけていたら、後ろから物凄い勢いで肩を掴まれた。引き寄せられてよろけるくらいに。

強引に向けられた私の視線の先にいたのは、見たことない程に動揺しているアレックスだった。


「アリス……なぜ、ソフィアが泣いている……?」


「え?」と思って視線だけ巡らせると、ぽろぽろと泣いているソフィアの姿。可憐で儚げなその様子に、思わず私が「どうしたの?!」と聞いてしまったくらいだ。


「……ソフィアに何をした……?」


去年、私を叩こうとしたロアンヌ嬢の腕を掴んでいた時のように、アレックスが冷ややかな表情をしていた。その冷たい視線が、今は私に向いているのだけど。


「何もしてないわ。挨拶をして、話をしていただけ……。彼女がジュリアンと一緒にいたから、その事に……」

言いかけた私の後半のセリフは、ソフィアの泣き声で聞こえなかったと思う。


「なんでもないのです!アレックス様、そんな怖い顔をなさるのは、もうやめて!」

涙で瞳を潤ませているソフィアが、口元に手を当てたままそう叫んだ。それを見たアレックスは、私から手を離してソフィアを抱き締める。

目の前で何かイベントが始まっている……なんぞこれ。


 アレックスはヤンデレ系。ソフィアに陥落したら他人が見えなくなる。男女ともにソフィアに近づく者に敵意を向けてくる。ひたすらソフィアに執着していく……。ヒロインの立場なら病むほど愛されていいんだろうけど、端で見てるとまじこわい。


(……アレックスは敵に回したくなかったけど。まあ、入学式の日に覚悟はしてたからねぇ……)



「ソフィアもう泣かないで。僕が君を守るよ」


アレックスは私に向かって蔑み憐れむような視線を投げて、ソフィアを連れ去っていった。庭園には人がたくさんいたから、いつの間にか取り囲むように人垣が出来ていた。私が顔をあげると、野次馬していた皆が逃げるように学舎へ帰っていく。


私はどうしていいか分からずに、しばらくぼんやり突っ立っていた。

本鈴が鳴っている。

午後の授業が始まる。



(ああ、花が綺麗だ……)


「……アリス」

誰かが遠くで呼んでいる。


(赤色、黄色、ピンク色……花が咲き乱れている。美しい……)


「アリス?」

誰が私を呼ぶ声が近づいてくる。


(もう学園なんか辞めてもいいんじゃない?この国の危機に聖女の力とやらが目覚めるらしいけど、平穏無事で危機らしい危機もないし、ゲームシナリオのご都合主義ってやつで、私がいなくてもなんとかなるんじゃない?それとも学園を辞めたとしてもやっぱり私は死ぬのかな?)


「アリス!!!」


思考から現実に呼び戻してくれたのは『クラスメイト』だった。

私の前に立って、私の肩を掴んで、心配そうに私を見ているエリアスの緑の瞳に私が映っている。


私は多分、錯乱してたと思う。


「エリアス、私はもうどうしていいか、わからない……」


でなければエリアスの胸に飛び込むなんて出来なかっただろう。投げ出すように体を預けたけど、エリアスは受け止めてくれた。

体温を感じる。鼓動の聞こえる広い胸。これは現実なのだ。どうせ一度は死んでるし、逃げずに立ち向かいたい。見苦しくても足掻きたい。だって、せっかく好きな人に会えたのだもの。


「……アリス、大丈夫か?」


返事をしない私の肩を、心配そうに抱いてくれた。

顔を合わせて正気に返った。


なんぞこれ。なんだ、この状況!!!



「きゃあぁぁーーーーーーーーー!!!!!ごめんなさいいいい!!!」


「いや……」


急に至近距離で叫ばれたから耳が痛かったんだろう。エリアスの眉間に皺が寄る。そういえば、まだ出会って間もない頃は、こんな表情しか見せてくれなかったな。いまは、バタバタ慌てている私を見て、エリアスが少し笑っている。私は鼻血が出るかな?というくらい頭に血が上った状態で体を離すと、両手をぶんぶん振り回した。


(近い近い近い近い近い近い近いいいいいいっ!)


「あの、ほんとーにごめんなさいいっ!」

一歩後ろに下がったけど、さっきの温もりが体に残ってる。心臓がバクバクしてるから、また寿命が縮んだと思う。本当に心臓に悪い!


「倒れるかと思った……」


「あ、あ、あ、ありがとう。少しめまいがして。あのあの、このハンカチを貴方に返そうと修練場へ行こうとして……」


エリアスは「ありがとう」と言い私の手からハンカチを受け取ると、それを芝生の上に広げた。


「少し休んだ方がいい。座ろうか」


(ああああーーーー格好良いーーー!!!)


脳の許容範囲を超えて、私は語彙力を失った。

言われるままにぺたんと座った。見下ろすエリアスが言った。


「辛そうだな、ここに医師を呼ぶか?」

「いえ、ありがとう」


「では、少し休もう」

「……ありがとう……」


ありがとうしか言えない。あ、ああああああああーありがとう!

神様、私生きます!頑張ります!

弟が敵に回ろうと、世界全部が敵に回ろうと、私は生きます!!!


私の隣にエリアスも腰をおろすと、エリアスが言った。


「庭園で揉め事があったと皆が騒いでいて……授業が始まっても君が教室に戻ってこないから、探しにきた。また何かあった、アリス?」


「心配して、探してくれたの……?ありがとう……」



 私はエリアスに、ソフィアと弟ジュリアンが庭園に一緒にいた事を話した。そして、それを確認していたら急にソフィアが泣き出して、アレックスが彼女を連れて行った事を。


一場面だけ切り取れば、私がソフィアを虐めていたようにしか見えないだろう。今日は大勢の観客(※目撃者)もいたし。



「アリスはもっと周りを頼った方がいいんじゃないか?」

「ええ、そうね。……でも」

去年、ロアンヌ嬢の件をリュカに相談した時にも言われたことだ。

『一対一ならまだよいが、相手が複数ならこちらも味方を複数持った方がいい』

一人でだめなら周りに相談しろ、味方を増やせ、と。


「でもね、恥ずかしながら、相談できる人が減ってしまって」


私は情けなく笑った。オスカーとアレックスが私に向けてくるのは敵意。リュカは何となく私に好意を持ってるような言動だけど、実際は何を考えてるかわからない。サシャも好意を示してるけど、いつソフィア側につくかわからないし、安易に相談できない。

ラファエル様は論外……。カミーユやジュリエットはソフィアが平民だから、彼女に対してやや公平さを欠いている気がする。


私が黙っているとエリアスが言った。


「……俺は……」


「え?」


「俺ではだめか?相談相手になれないか?」


真っ直ぐ見つめられて、私はこのまま時が止まればいいと思っていた。色鮮やかな花の中で、エリアスが真剣な顔で私を見ている。花の芳香に溺れそうだった。


「……今度、一緒に王宮図書館に来てもらえないかしら?」


その時、私は手紙を一通書こうと決意していた。



お読みくださり、ありがとうございました~。

次は【41. 王子様が黙ってない】です。

金曜日更新予定です。よろしくお願いします~。

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