39. 人の話を聞け~~~
今日は午前中しか授業がなかったから、放課後に二人は庭園にいたんだろう。可愛いカゴに入ったランチボックスのようなものをソフィアが手に持ち、オスカーの少し後ろに立っている。
ちょっとおろおろした感じが可愛い。ルイーズお義姉様のように「守ってやらねば!」と思ってしまう。男なら、きっと尚更そう思うだろうな。
「もう私、帰るところなんだけどー……」
私はさっき図書館から借りてきた本を盾のように胸に抱きしめて、じりじりと後ずさりしていたが、オスカーは「アリスに話がある」と言いながら近づいてきた。
ソフィアを背に、守るようにして私の前に立ち、怒ったような声で言った。
「アリス、ソフィアが平民の出だからと言ってバカにしたのは本当か?」
「………………は?何の事?」
私は心の底から「は?」と言ってしまった。普段、学園では一応ご令嬢らしく振る舞っているのに、素が出てしまった。ポカーンとしていたと思う。
我に返って、私は悪役令嬢なのだから「ハッ(鼻で笑う)!何の事(せせら笑い)?」に聞こえなくもないな……と思って周りをキョロキョロ見回したが、残念ながら観客はいなかった。いても困るのだが。
「とぼけるなよ、アリス。ソフィアに向かって『下町育ちで下品で粗野だから見ていて不愉快だ』と皆の前で罵倒したと聞いたぞ」
「皆の前で罵倒?そんな酷い事……。そもそも私はそんなこと言わないわよ」
(……ああ、ジュリエットと私の言った事が混ざって大げさになってる。誰がどう悪意を加えたらそう伝わるのよ……)
私は「そんなこと言わない」と事実を口にしていたけど証拠は無い。前世のようにボイスレコーダーがあればいいのにとつくづく思った。ここにジュリエットもいないから、証言もしてもらえない。オスカーの目には、何を言っても見苦しく言い訳してるように写るだろう。
「それに、その……ロレーヌさんが下品で粗野だなんて、思った事もないし……」
恐る恐るそう説明しかけたら、ソフィアが遮るようにオスカーの腕を引いて言った。
「オスカー様、もういいんです!オスカー様が私のために怒ってくださるお気持ちだけで十分です……」
「ソフィア……」
オスカーが振り返り、二人がハートを飛ばしながら見つめ合っている。よそでやれ。
『アリス』が結構傷ついているから、よそでやってくれ。
(気持ちだけで十分なら、なんでオスカーを止めもせず私の所にきてんのよ?!?!)
内心、そうつっこみつつ、私からソフィアを守るように立つオスカーを見ると、やはりやるせない気持ちになる。いつも私が、ああして守ってもらう立場だったんだよねぇ……。
でも、誤解は解いておこうと思い、私はオスカーに話しかけた。
「あのー……聞いてる?私、本当にそんな酷い事、思ってもないし、言ってもないから」
見つめあっていた二人がこちらを向いた。二人同時に睨まれたからビビった。
(邪魔すんな、って顔してるから、そーっと帰っとけばよかった……しんどい……)
「次にまたソフィアを傷つけるような事を言ったら、いくらアリスでも許さないからな」
そう言って、オスカーはソフィアを連れて私の横をすり抜けて、学舎の中へ消えていった。
……こうも話を聞いてくれないとは……。
私は否定した。ハッキリと否定した。なのに、結局私の言い分は聞かないまま、オスカーとソフィアは、二人の世界を展開して立ち去っていった。
(うおぉい……。どうしろっていうの?ヒロインについて、ちょっとした会話だけでこんなことになるなら、強制イベント『悪役令嬢の断罪』の回避って出来ない気がする……もう駆け落ち相談しようかな……でも、きっとエリアスは来てくれない……あ、やばい、私、久々に泣きそう……)
俯いていると足元に雫が落ちる。
涙なのだと気づいたら止まらなくなった。
「アリス」
急に名を呼ばれたから、びっくりして顔をあげると、ハンカチを差し出したエリアスがいた。困ったような、憐れむような表情で立っている。
「どうして弁明しなかった?」
(えええええ!どこから聞いてたんだろ?!ダッサい所を見られてしまったー!!いやだあああ恥ずかしい!!!)
みっともないけど、手でごしごし顔を拭く。涙を見せてしまったのは不覚だったから、にっこり笑ってみた。
「聞く耳のない人にお話ししても、伝わらないもの。私は大丈夫!明日、きちんとオスカーに話してみるから!」
でも、エリアスは困ったような表情のまま、ハンカチを持った手をさらに伸ばしてきたから、素直に受け取ることにした。
薄いとはいえ、リラが毎朝お化粧してくれるから、ハンカチが汚れないようにちょんちょんと使ったけど、何故か思いきり汚した。ごめん……洗って返す。
「明らかな誤解だろう?文言は正確ではないし、見ていて不快だと言ったのはデルベ伯爵令嬢だろう?」
あれ?結構前から聞かれてる。私がキョロキョロしたときに、観客はいなかったはずなのに。
「どこで聞いてたの?」
「……盗み聞きするつもりは無かったんだが……」
そう言って、修練場の方を指差す。学舎に戻ろうとしたら前にオスカー達が歩いていて、ソフィアと親密そうだったから、二人を邪魔しないようにと距離をとっていたらしい。
「話し声は聞こえていた。アリスが誤解されていたから止めようと思ったが……」
その台詞を聞いて私は思っていた。さっきのソフィアじゃないけど『エリアスが私のために止めようとしてくれた気持ちだけで十分』と思っていた……。
エリアスはわかってくれている。
それだけで良い。
そう思って、ポワンポワンポワンポワ~ンと意識が天国に逝きそうになっていたら、エリアスが呟くようにこう言ったから現実に引き戻された。
「皆の前で罵倒されたかどうか、など、言われた本人が一番わかってることじゃないか。何故彼女は何も言わないのだろうか」
……オスカーはソフィア以外から聞いたのかもしれない。でも「事実じゃない」とソフィアが一言いえば終わった話だった。入学式の日にコラリィが私に絡んできたときも、彼女は黙っていた。
否定も肯定もせず、黙っていた。
翌日、私はエリアスに借りたハンカチを返す機会を伺っていた。刺繍などもない質素な木綿の白いハンカチは、我が家の有能な侍女が丁寧に洗ってから炭火アイロンで綺麗に整えてくれている。席が前後ろだからすぐに返せるけど、私は下心があったから、そうはしなかった。
(出来れば二人きりがいい!お礼も言いたい!!)
お昼休みに、ジュリエットとカミーユが席を外したのを狙って、私は修練場へ向かった。昼休みや放課後にエリアスが修練場によくいるのは知ってた。昨日もいたそうだし。
エリアスの事を考えてると心が弾む。私は自分が置かれた状況を一時忘れて、のんきにスキップしながら広い庭園を横切っていた。暖かいから庭園でランチしたり、散策したりしている生徒も多い。生徒会室や修練場、倉庫などの施設がある一角が見えてきた頃、花の蔭に見慣れた姿を見つけてしまった。
目を疑ったが事実で、あまりの事に呆然と立ち尽くすしかなかった。
―――そこでは、
私の弟ジュリアンが、
ソフィアと一緒に、
お菓子をつまみながら談笑していた―――。
今年13歳になるジュリアンは、まだあどけなさも残るが背も伸びてだいぶ男の子らしくなっている。活き活きとした青い瞳には、負けん気の強さも垣間見えて、可愛い弟からカッコイイ弟になっていた。
二人で笑い合っている姿はまるでお花見デートイベント。ソフィアは頬がほんのりピンク色でとても可愛い。うちのカッコイイ弟も、楽しそうに何かを話している。
何これ……。
(……どうして?攻略対象のはずのマクシムお兄様がルイーズ嬢と結婚したから?ストーリーにずれが生じて、本来登場しなかったはずのジュリアンが表舞台に出てきてしまったの?)
あり得ないわけじゃないと思う。
でも、いつも一緒に仲良く通学している弟までソフィア側についたら、私は本当に学園での居場所を無くしてしまう……。
花盛りの季節なのに背筋が寒い。
足掻いても未来が変えられないとしたらどうしよう。あと約一年で、私はやっぱり死んでしまうの?
予鈴が鳴り、ジュリアンが初等部の方へ帰るのを見送って、私はソフィアに近づいた。
お読みくださり、ありがとうございました~。
次は【40. うちの弟に手を出すな!(小声)】です。少し空いて水曜日更新予定です。
来週の更新予定等については、よろしければ活動報告をご覧ください。
よろしくお願いします~。




