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32. 駆け落ちの相談を真剣にする公爵令嬢


「私はアリスと少し話がしたいから」

 母がそう言って、部屋に残った。私はリラを呼び、お茶の準備をお願いして、焦げ付いて壊れていた思考回路を何とか回復させた。


(このままだと私はラファエル様と婚約せざるを得ない……しんでしまう……)



「さて、アリス、昨夜のお話の続きをしましょう」


そう言って、母はフランドル伯との事も話してくれた。やはり、私がエリアスを巻き込んだことを怒っていたそう。騎士としての仕事という点では納得していたが、私が個人的に接点を持っていたことが許せなかったらしい。


「いずれ王妃になる公爵の娘が、騎士爵の息子を誘惑して愛人にしようとしている、という企てにしか見えないんでしょうね」


母がため息をつきながら言った。政略結婚が当たり前のこの国では、結婚後に愛人を作るのは日常茶飯事。お年を召したフランドル伯は、これまでも色んな事例を見てきたんだろう。母がフランドル伯と話して誤解を解こうとしたらしいが、父が来たせいでそれも出来なかった。フランドル伯から「アリス嬢はエリアスとなるべく関わらないで頂きたい」という事実上の絶縁を言い渡されて、フランドル伯と旧交のある父はそれを承諾した。



「もう聞くのも野暮な気がするけれど確認するわね。あなたの好きな人は誰かしら、アリス?」


「エリアス……。私が護衛を依頼した、エリアス・アヴェーヌです。私はエリアスが好きなんです。ずっと前から。多分この先もずっと」


優雅な仕草でお茶を飲んでから母が言った。

「わかってると思うけど前途多難ね、アリス。公爵家と平民では身分が違い過ぎる。いざとなったら、あなたは公爵令嬢なんて立場は捨ててしまうんでしょうけど。……でも、あなたは殿下から妻にと望まれている……」


「……ラファエル様から一度言われました。私を好きだ、と……」


「あら、そう……。殿下は本気なのねえ……」

母は少し驚いた様子だった。ラファエル様は私が好き、私はエリアスが好き、エリアスは……多分私の事なんか好きじゃない。あれ、絶望的な気がしてきた。辛い。


「事情はわかりました。私からカロリーヌと殿下に直接話します。正式な婚約はしばらく保留して欲しいと」


母は王妃カロリーヌ様とも仲が良いから、公式に公爵夫人としてではなく、個人的に会って話をするつもりなんだろう。


「ありがとうございます……お母様……」

身近な家族が、こんなに味方になってくれるなんて思わなかった。なんだかほっとして涙がぽろぽろ出てきた。こんなに親身になってくれる母を悲しませたくない。「悪役令嬢」でも母にとってはたった一人の娘なのだから、母のためにも死ぬわけにはいかない。


「でも、殿下との婚約保留と、あなたの恋が成就するかは別問題よ。だめならさっさと身を引くのも大事よ、アリス」


「はい……」

お母様は私が泣き止むまでずっと寄り添って、手を握ってくれていた。





 私の略取事件のあと、お父様が裏取引をしたんだろう。

エヴルー侯爵家の持つ利権の一部が、ルテール公爵家に分割されていた。エヴルー侯爵は健康上の理由で引退。リュカが養子になり、侯爵位を継ぐ事が正式に決まった。

宰相が空席になるが、国王陛下が親政を敷いている今は、ほぼ肩書だけの役職でもあったため、国王陛下は新たな宰相を指名しなかった。これで、内務卿である父が、名実ともに内政のトップになった。



「『ルテール公爵家は盤石。公爵令嬢は間違いなく王太子妃に相応しい』、巷ではそう言われているそうですよ」

顔の傷もすっかり癒えたカーラがそう教えてくれた。

体調不良ということで、一週間学園を休んでいたが、今日から復帰する。

お見舞いも断って避け続けていたラファエル様に会わなければならないのが、物凄く嫌だった。


「ねえ、寒いしさあ……登校拒否しちゃだめかな……」


「行きたくないお気持ちはわかります……」


カーラもリラも、私が王太子妃になりたくないことは知っている。でも、私の周りがそれを許してくれないこともわかっている。


 休みの間に私はエリアスに手紙を書いたけれど返事はなかった。カーラはエリアスから「しばらく返事は出来ません」と言われている。

また下町で会いたいな……。ガルゴットで話したことや、お茶会へ赴く馬車の中で言葉を交わしたことを思い出すと泣きそうになる。……楽しかったなぁ。ラファエル様と婚約したら、もうあんな風に会うことも話すことも出来ないだろう。



「駆け落ちしかないかなぁ」

以前は冗談で言っていたこのセリフに、リラもカーラも動きをとめる。リラが真剣な顔で私に言う。


「その時はお供しますから、必ず相談してくださいね」


「うん、ありがとう。逃げるならどこがいいかな」


私の問いにカーラが答えた。

「隣国ジルヴァラはまだ内政が安定してませんからダメですね。アルゲントゥム帝国は今は平和ですが、数年前までは後継者問題でもめてましたから、あまりお勧めは出来ないです。ただ、海を隔てていますし、何といっても大帝国ですから、帝国へ行きさえすれば、船便で各地の帝国領土へ逃げることも出来ますね」


「南へ逃げるのがいいですよ、きっと。果物が美味しいらしいです!」

リラは旅行気分で言ってるみたいだが、私は割と真剣だった。北は?と聞いたが、凍土に覆われているから厳しいとカーラに否定された。


「……あのさあ、そもそも、エリアスは一緒に来てくれるかなあ?」


「まあ、十中八九、来てくれないでしょうね」


「カーラ、そんなにはっきり言わないで……」

私は泣きそうになりながら、がっくりうなだれた。





 学園はいつも通り賑やかだった。私のお見舞いに、と席まで来た幼馴染達が相も変わらず騒いでいる。


「リュカってば、侯爵様になるわけよね!すごいわあ!アリスちゃんに求婚しても大丈夫じゃない?」


サシャがそう言うと。リュカのアイスブルーの瞳が揺らいで、それから伏せられた。


「そうだな。コルベール伯爵家ご令息よりは、公爵令嬢を娶りやすいだろう」


「ちょっと!乗り気?やあだあ!そんな反応だとは思わなかった~~~!こっちが赤面しちゃうう~~~!」



「リュカがライバルとなると手ごわいね」

艶やかなテノール。美しい金髪が飾る誰もがうっとりするほどの美貌。そして天性の穏やかな気質。こんな優しい王子様が婚約者なら、女の子は誰でも喜ぶだろうね。

わざわざ私の教室まで来てくれたらしいので、私は立ち上がって一礼した。


「ラファエル様、おはようございます。ご心配をおかけしました」


「心配したよ。()()()()()


ラファエル様は絶句してる私を抱き締めた。公衆の面前で。

ざわつく教室は、以前までと違って祝福ムードになっている。

私的な場とはいえラファエル様の「俺の女」宣言に、サシャが「あーらら、実力行使されると王太子殿下には敵わないわあ~」と呟いていた。


抱き締めたまま、ラファエル様が言った。

「第一候補だ、第二候補だと周りが騒いでも、さっさとこうしておけばよかったよ」


あのー……私の気持ちはー……もうお空のかなたなのでしょうか……。





 私はエリアスへ一方的に手紙を書き続けた。返事は来ない。「返事が来ない」ということが返事なのは十分わかっていた。それでも、虚しくても、私は手紙を書き続けた。一度だけ、カーラと一緒にこっそりマルシェに行き、彼らしい人影を見つけたが、追いかけることが出来なかった。本当に拒否されてしまうのが怖かった。




 そして、王宮の占星術師にお告げがきた。


「16年前、銀水晶の聖女が復活した」

―――ゆえに16歳になる子女で特に秀でたものは、皆王立アカデミー高等部へ入学するように、と国王の名で国中にお触れが出る。


 高等部に入学すればヒロインと対面することになる。そして多分、エリアスに会える。「クラスメイト」として。


 私はラファエル様との正式な婚約は保留したままだし、マクシムお兄様は攻略対象外になった。

 少しずつシナリオはズレているはず。そう信じたかった。



次は【公爵令嬢の書簡3】です。月曜更新予定です。よろしくお願いします~。

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