30. 私には好きな人がいますと叫びたい
間があいてしまいました。申し訳ありません!
投稿いたしました。
リラが涙ぐみながら着替えを手伝ってくれた。カーラは報告のあとは、傷の手当をして休むように言ってるので、今夜はもう来ないだろう。恋人であるアランもカーラの事を心配して待ってたに違いない。
「このまま、お休みになってもよろしいのでは?」とリラが言ってたが、エリアスがいるからサロンには行かねばならぬ。自分の部屋に入ったら、正直どっと疲れが出て、ベッドに倒れこみたい気分だったが、「サロンに新規絵……サロンに新規絵……」と呟きながら着替えていた。
真夜中とは思えないくらいに、サロンが楽し気だったので、聞き耳をたてると、どうやらサシャがエリアスに絡んでる様子。わくわくしながら、そーっと覗いてみた。
そこには……エリアスの年相応の笑顔。
私に向けられるのは、不審者を見る目や、眉を寄せた嫌そうな顔や、張りつめた顔がほとんどだから、こうしてエリアスが自然にしてる姿はお目にかかれない。
以前、仲良くなりたい……と言ってたアレックスがエリアスの隣に座り、サシャとオスカーがあれこれと話しかけている。
(あああああ、格好良い!)
鼻血を出しつつ盗み見していたら、後ろからドスの効いた声が聞こえてきた。
「アリス?あなたお行儀が悪いわよ?」
振り返ると母がいて「ちょうどよかったわ」と、サロンからの声が聞こえないくらい距離をとった廊下の端まで連れていかれた。
「お父様から何か聞いた?」
「王家から遣いがきた、と……」
非公式ではあるが、内々に婚約の意思を伝える遣い。今のところ、両親しか知らないらしいが、これを受ければ正式に婚約の申込みがくるのだろう。
「そう……」
お母様が困ったような顔をしている。手に持っていた扇をパシパシ叩いていた。
「あなた、好きな人がいるのかしら?」
「えっ?!」
急にコイバナ?
以前、舞踏会のエスコート役について話したときに、母は「好きな男の子を誘ったらいいのに」と言っていた。そして、「お兄ちゃんは卒業なさい」と言われていたのを思い出した。まだエリアスに出会ってなかったから、エスコートは兄がいいと駄々をこねたわけだが。
あの頃は、母も兄も私の好きな人はラファエル様だと思い込んでいた。結局、ラファエル様にエスコートもしてもらったし、そう思われても仕方ないだろう。
でも今は違う
そう考えていたら、母が思いがけないことを言った。
「……もし、他に好きな人がいて、あなたが王家に嫁ぐのがいやなら、殿下からの申し出を断ろうかと考えているのだけど」
母の頭上に、パアァァァと後光が差した気がした。
こんな身近に味方になってくれる人がいたとは。
ええ、ええ!お母様!私は好きな人がいるんです!
そう叫びたかったが真夜中だったので抑えた。
「本当ですか?」
おそるおそる私がそう聞くと、にっこり笑って母が言う。
「私は好きな人と結婚して、幸せだもの」
本当に幸せそうに言うからとても羨ましかった。母クロエは、好きな人と結婚して、子供が三人いて、夫婦仲も睦まじい。
「娘には幸せになって欲しいと思うのは当たり前です。今回の略取事件でよくよくわかりました。だから、もう一度聞くわね、大切な私の娘であるアリス。あなた、好きな人がいるのかしら?」
私は暗い廊下の端で、母にだけ聞こえるように返事をした。本当は叫びたかった。
「います。それはラファエル様ではありません」
母が真剣な顔で問う。
「それは誰?自分の口から言えるかしら?」
言える。私は頷いた。だって、私はエリアスが好き。この世界に生まれる前から好きだった。現実に言葉を交わして、ますます好きになった。ちょっと恥ずかしいけど、お母様に言おう。そう思って口を開いたとき、慌てた様子の執事のルベンが走ってきた。
「奥様、フランドル伯爵がお越しです」
母はルベンを制するように手をかざした。そして、私の方を向いて「言ってごらんなさい、アリス」と言った。
だが、いつもなら従うルベンがお母様の指示に従わず、歩みをとめなかった。
どうしたんだろうと、私と母がルベンの方を向くと、老練の執事がややうろたえながら言った。
「フランドル伯は大変お怒りのご様子なのです。旦那様がちょうど湯浴みされていて、すぐ対応出来ないので、奥様に一刻も早く来て頂けませんか?」
「お怒り?何故?公爵家が何かしたかしら?」
私は、多分、フランドル伯には嫌われている。
嫌な予感しかしなかった。
母から「アリスはサロンで待ちなさい」と言われたので、その通りにした。でも、心の中は恐怖でいっぱいだった。エリアスの後見人ともいえるフランドル伯からみたら、私は自分のトラブルにエリアスを巻き込んだ厄介者だろう。
落ち込みつつサロンへ行くと、サシャが私を呼んだ。
「やだ、アリスちゃん、顔色悪い。無理せず寝たら?私たちもそろそろ帰るわよ」
テーブルの上の軽食は平らげてあって、「育ち盛りの男子だなぁ~」と微笑ましかった。
エリアスを見たら、いつもより表情が柔和な気がした。人と関わらないようにしてたらしいけど、さっきまでの歓談は楽しかったのかな。だったらいいけど。
「皆、心配してくれてありがとう」
私がそう言うと、サシャが笑った。
「ねー、何にも出来なかったけど、アタシも少しはリュカの調査を手伝ったのよ」
「そういえば、リュカは?」
「多分、司法省じゃないかしらね。あとは宰相府」
サシャに続けてアレックスが補足してくれた。
「公爵令嬢の略取事件は、街でも騒ぎになってる。誤魔化しようがないから、なんらかの形で決着させなければならない。恐らく、エヴルー侯爵は宰相を辞任するだろう」
「そう……」
そこに、侍女頭のマーゴが来た。
「エリアス様、フランドル伯爵とお父様がお迎えに来られています。お支度をお願いします」
「フランドル伯と……父も……?」
エリアスが少し驚いていた。でも、若干15歳なのだから、心配して当然だろう。アレックスも同じ思いだったのか、エリアスに向かって言った。
「報告はもう済んでいるのだろう?今日と明日はゆっくり休んで。じゃあ、また来週。会えるのを楽しみにしてるよ」
オスカーとサシャも、手を振ってエリアスを見送り、自分達も帰ろうか、と言った。
「本当にありがとう」
私が改めて御礼を言うと、オスカーが言った。
「ラファエルにも礼を言ってやれよ。お前が行方不明だと知ったあいつは、ありとあらゆる手段を使ったんだから」
「ありとあらゆる?」
「憲兵隊隊長に嫌疑がかかってたから、憲兵隊は動かせなかった。だから、ラファエルは騎士団だけでなく近衛も動かした」
「そう……」
(有り難い。でも、そこまで想ってもらっても応えられないのが申し訳ないなぁ)
皆を見送るため玄関ホールに行くと、母とフランドル伯爵がまだいた。母の纏う空気が冷たくて、つい、怖くて後ずさってしまった。
「それは本人が決めることではないでしょうか」
母がそう言うと、フランドル伯が反論する。
「王家には王家の、公爵家には公爵家の責任があろう。子供とてそれは同じこと。公爵家に生れた令嬢なら、国と国民に対して責任がある。その責を全うすべきだ、と申し上げているだけだ」
「フランドル伯爵のおっしゃる事はごもっともです。ですが、私はその国への責任のために、個人の幸せを捨てるかどうかは、周りの大人ではなく、本人が決めることだと申し上げているのです」
どう考えても、私の事で言い争っている。私が出ていってもいいのかどうか判断出来なかった。
次は【31. これはもはやバッドエンド】です。
木曜更新予定です。よろしくお願いします~。




