29. だ、だからフラグを折ろうとしたのに
めちゃくちゃ遅くなりましたが、投稿いたしました~。
「大丈夫なの?エリアスはいまどこにいるの?」
私がそう聞くと、アレックスが明らかに言いよどんでいた。
横で数人の年若い騎士達が、縛り上げた男爵や賊を見て「仕事が終わってる……」と言っていた。カーラが手短に説明している。
この場で、一番年配の騎士が大声で告げた。
「エーメ男爵の罪についてはすべて露見しております。この度の公爵令嬢の略取事件だけでなく、傷害や脅迫、贈収賄などについてもすべて。エーメ男爵邸も捜査中です。抵抗は無意味ですので、このまま来て頂けますか?」
そう言われた男爵はさすがに体を強ばらせていた。
傷害?脅迫?贈収賄?轢き逃げをもみ消したのなんて日常茶飯事だったんだ。
もしあの場にガブリエルが来なくて、あの轢かれた男の子が取り返しのつかないことになっていたとしても、きっと揉み消していたんだろう。
予想以上に酷かった。
連行されていくエーメ男爵の姿を見送ってアレックスが言った。
「エリアスは……僕たちがエーメ男爵邸に着いた頃には、血まみれになってた」
「血まみれ?怪我したの?無事?」
私はアレックスの腕を掴んで叫んだ。アレックスはやっぱり言いづらそうにしていた。
「……本人は傷一つ負ってない。……全部返り血」
まじで?こわ。
「黒い服がさらにどす黒くなっていて、血まみれの手で華奢な男爵夫人の首に剣をつきつけてたから、事情を知らなかったらエリアスが賊に見えたと思うよ……」
まじで?こわ。※二回目
「彼は報告も兼ねて一度、王宮へあがってる。そのあとでルテール公爵家に来る段取りのはずだよ」
エリアスが怪我もなく無事ならそれでよかった、と思っていた。
迎えの馬車が来ると言われたので、それを待つ間にアレックスが私の質問に順に答えてくれた。
ここはかつて憲兵隊が城外活動する際に使用していた小屋で、現在は別の場所に新しい小屋を建ててあるから、いまは誰にも使われていない事。
そして憲兵隊の隊長が、贈収賄に関わっていたこと。
「隊長が?一番トップが腐ってたの?!」
私が思わずそう言うとアレックスが困った顔をして笑っていた。
「本当に君はストレートに物を言うね」
「君がエリアスに護衛の依頼をしたから、僕たちもその動きは追っていたんだ」
「どうして?」
「憲兵隊の内部告発があった。金を受け取って特定の貴族の罪をもみ消している人物がいる、とね」
内部告発により、司法省でも水面下で調べを進めていたそう。そして、その捜査対象の男爵家でお茶会をするということで、護衛の依頼を受けた騎士団も、司法省と協力して情報を共有していたらしい。
「司法省の役人たちは、なかなか決定的な証拠を挙げられなくて困ってたみたいだよ」
アレックスがそう言った時、迎えの馬車が来た。寒かったからありがたい。
とにかくエリアスに会いたいし、家族の顔も見たい。
馬車の中で、アレックスが説明を続けてくれた。
「今回の略取事件で男爵が捕らえられたから、彼が証言すれば、憲兵隊隊長の嫌疑については近々証拠もあげられるだろう。問題は……」
アレックスはそこで言葉を切った。馬車の中にいるのは、三人だけ。
私とカーラとアレックス。私はアレックスに言った。
「カーラは信用できるから大丈夫よ」
「君が言うならそうなんだろうね」
アレックスが微笑む。綺麗な顔だなあ、とちょっと見とれた。
「これは公には言えないのだけど、君の略取事件にダンピエール伯爵が関わっていると思われる。亡くなった男爵の父親とダンピエール伯爵家のジェローム商会とは、昔から癒着があったようなんだ。男爵は手駒に過ぎず、黒幕はおそらくエヴルー侯爵家」
まあ、それはそうだろうな、という答えだった。他に心当たりがないし。
「そっちはリュカが調べてたみたいだけど、結局物証を上げられなかった。今後の取り調べでエーメ男爵の口からダンピエール伯爵について出てくるだろうけど、立件は多分無理だろうね」
「どうして?証言があればいいんじゃないの?それが証拠にはならないの?」
「相手が侯爵家、だから」
身分か。私は黙るしかなかった。これがこの国の現状か。
どこの国でもきっと似たような事はあるんだろうけど、こうもあからさまに身分を振りかざされると頭にくる。なんなら王妃にでもなってこの国を変えてやろうかとも思った。あ、それだと死ぬんだった。
「手紙とかの物証があればよかったんだが。男爵が『ダンピエール伯に指示された』と主張しても、伯爵に『そんなことは言っていない。男爵は私を陥れるために嘘をついている』と言われたら、身分が高い方が勝つんだよ……」
私は内心むかつくなあと思っていた。言った言わないの水掛け論になったらどうしようもない。
ボイスレコーダーでもあればいいのに。
その時、馬車の揺れ方が変わった。外を見ると内門の中に入ったようで、街灯が無くて真っ暗だけど見慣れた通りにほっとした。そして今さら震えてきた。カーラがいなかったら、きっと私は酷い目に合って2回目の死を経験してたに違いない。両親にカーラがどれだけ有能で勇敢だったかをよくよく伝えなければ。
「男爵邸の中で、君の姿を見失った、とエリアスから騎士団に報告があった」
アレックスが略取の実行についての説明をし始めた。
カーラがエリアスに、外で待機している従僕のルイに報告をお願いした後のことについてだった。
女主人の男爵夫人は「公爵令嬢は帰られた」と主張する。
御者と馬車もいない。令嬢も侍女もいない。そうなると「帰った」と判断されてもおかしくない。
だが、公爵家には戻っていない。
「帰宅途中に何者かに誘拐されたのでは?」と男爵夫人は心配する。
それに、エリアスが静かにブチ切れしたらしい……。
剣を抜いて「本当の事を言え」と迫ったため、男爵邸に残っていた雇われの傭兵に取り囲まれて……。
「そのあとのことは、君には言えない……」
アレックスが困ったように目を伏せたから、私は顔の前で手を振って極めて淡々と言った。
「あ、いいです。聞かないようにします」
聞かない方がいいことが世の中にはあるはず。
「これだけは彼の名誉のために言うけど、エリアスからは手を出していない。騎士として仕事した、ということで理解して欲しい」
ただ、全員薙ぎ払って、最終的に男爵夫人に剣をつきつけて全てを白状させたらしいから、容赦しなかったんだろうなあ……とアレックスが呟いていた。
公爵家の敷地内に入り、車寄せで馬車の扉を開けたのは、召使ではなくお父様だった。
「アリス!」
待ちきれなかったんだろう。心配かけて申し訳なかったなあと思いながら飛び降りるようにしてお父様に抱きついた。すぐに母も兄弟も来て抱き締めてくれる。
「無事で本当に良かった」
気丈なお母様が泣いている。ちょっとびっくりした。家族なんだなあと改めて思った。
お兄様は優しく髪を撫でて、たくさんキスしてくれたので、私はちょっとしにそうになっていた。多分、心臓が一回くらいはとまってたと思う。
夜遅いのに弟も待っていてくれて、「お姉様になにかあったら僕絶対許さなかった」と言ってて可愛いなと思った。
あー!帰って来られて本当によかったー!
家族と一緒にオスカーも帰りを待ってくれていた。
「俺はお前の騎士だろ、って俺は全然役に立てなかったんだけどね」
「ありがとう」
私の方から抱きついた。びっくりしていたけど、しっかり抱き締めてくれる。幼馴染の声に安心して涙が出る。皆優しいなあと思っていたら、アレックスが「エリアス……」と呟いたのが聞こえた。
振り返ると青毛の馬から下りてきたエリアスが、ふらつきながらこちらへ歩いてくる。着替えたらしく、騎士服を着ていた。
「アリス様、お守り出来ず、申し訳ありませんでした」
片膝をついて低頭するから、私は座り込んで言った。
「エリアスが無事で何よりよ」
本当は抱きつきたかったけど、肩に触れるだけで我慢した。
顔をあげたエリアスが何かを言いかけた気がしたから、お互い無言で見つめ合ってると、サシャが叫んだ。
「ちょっとお、アリスちゃんに新たな男~~~?!」
「え、サシャいつ来たの」
「今。アリスちゃんが無事見つかったって、リュカが教えてくれたから。アタシだって心配だったから顔みにきたの。それなのに、なにその男前。なにその親密な雰囲気」
「僕たちみんな修業が足りないみたいだね」
アレックスが言い、オスカーが俺も本気で騎士を目指そうかなと言っていた。
夜も遅かったが、お母様がとりあえず中で休憩しましょうと促して、エリアスも含めて幼馴染達と屋敷のサロンへ行った。
私は着替えないといけないから私室へ行こうとしたときに、お父様に呼び止められた。
「アリスが見つかったと報告を受けた直後に、王家から遣いが来た」
「はあ、心配かけてすみません」
きっとラファエル様だろう。立場上、幼馴染たちのように真夜中にホイホイ出歩けないからとりあえず何か伝言なのかなと思っていたら、お父様が私が絶望するようなことを言った。
「王太子殿下が『アリスと正式に婚約したい』とおっしゃっているそうだ。詳しくは明日話すが、早く伝えた方がいいかと。まだ私とクロエしか知らないから口外はしないでおくれ。……おめでとう、アリス」
―――私、ラファエル様に、私の気持ちも考えろって言わなかったっけ?
びりびりのスカートをもっとびりびりに引き裂きたいくらい暴れたいのを私は我慢した。
次は【30. 私には好きな人がいますと叫びたい】です。
間があいてしまいますが、来週更新予定です。相変わらずの、のんびり更新ですが、お付き合い頂けると嬉しいです。
よろしくお願いします~。
(オフ活動があり、今週は更新できないです)