近づき始めた二人
「ヨソの国の兵士に、どうしてこんなこと話してるのかしら、バカみたい」
呆れたようにため息をついたロザリア王女は去って行こうとするけれど、僕は慌てて王女様に声をかけていく。
「お待ちください」
「何よ」
そう言いながら振り返ってくるロザリア王女は不愉快そうに眉を寄せてくる。
まぁそりゃそうだ。
成り上がりの田舎兵士と長話をするなど、嫌に決まっているだろう。
それもわかった上で、にこりと微笑みかける。
「明日、僕と一緒に城下町へ行ってみませんか?」
「あなた、私に城下へ降りろと言うの!?」
僕の言葉にロザリア王女は烈火のごとく怒りをあらわにしてきた。
「いけませんか?」
「いけないに決まっているでしょう!? なぜ、王族である私が下々のところまで降りなければならないのですか! 用も済んだので帰ります」
目を吊り上げて怒り狂う理由がさっぱりわからないけれど、こちらから誘った以上、このまま引き下がるのも男としてなんだか格好が悪い気もする。
しばし考え、良案を思いついて不敵に微笑み、帰ろうとするロザリア王女の背中に向かい、わざとらしく声をかけていった。
「おや、ティア王妃殿下が出来ることを、ロザリア王女殿下は出来ないと、そうおっしゃるのですか?」
にらんだ通り、この言葉の効果は絶大だった。
ロザリア王女は帰ろうとするその足をぴたりと止めたのだ。
「……妹は第二王女だから、考えなしに王族の威厳が地に落ちるようなことをするのよ」
王女様は振り返ってくることもなく、怒りと妬ましさからか、唸るような声で『王族』という言葉を口にする。
その様子から、ロザリア王女は王族であるということに、相当の誇りを持っているということがうかがい知れた。
そんな強情な後ろ姿に、小さく息を吐く。
「そんなことで落ちる威厳なら、さっさと落としたほうがよほどいいと思いませんか」
これまでとは違う低く真剣な声色で、呟くように本音を語る。
正直なところ表面的な『王族らしさ』を追い求める、ロザリア王女の歪んだこだわりが憎らしく思えた。
そんなくだらないことにこだわっているせいで、王女様は臣下から嫌われて孤立してしまっているのだろうから。
僕の声色の違いが気になったのだろうか。
ロザリア王女は振り返ってきて、じっと僕のことを見つめてくる。
そんな王女様に、僕はいつものように微笑みかけた。
「ロザリア王女殿下は、城下に行って確かめてみたいと思いませんか?」
「何を、よ?」
「町での貴女様の評判を、ですよ」
――・――・――・――・――・――・――
そしてその翌日、ロザリア王女と僕は城門の前に集合していた。
「勘違いなさらないでくださいましね。ティアに出来て私に出来ないことはないことを、証明しに来たのですから」
ツンとした表情で話しかけてくるロザリア王女を、ぽかんと見つめる。
まさか本当にこんな地味なドレスを着てくるとは思わなかった。
なんだかもう、目の前の王女様への困惑が止まらない。
彼女がまとうドレスは地味な薄茶色と白のドレス。
髪飾りもピアスもネックレスも全て、下流貴族や平民が使うような質の悪いものだった。
城下町は治安が良く、何があっても守り通す自信があるからこそ彼女を誘ったわけだが、王女が城下にいるのがバレると、騒ぎになるだろうし、防犯面でもよろしくない。
そう思い『中流貴族以下の者が着るドレスを着てきてください』と頼みこんだのだけれど、まさか、中流どころか、下流貴族が着るようなドレスをその身にまとうだなんて。
これは本当に予想外だ。
それほどまでにこの方は、ティア王妃殿下に敵対心を燃やしているのだろうか。
まぁ、ロザリア王女はクライブ陛下に恋をしているようだし、ティア王妃殿下のことを恋敵と思っているのならそうなるか。
そう考えた途端、胸の奥につかえのようなものを感じる。
痛みにも似たつかえの正体はよくわからなかったけれど、一瞬の出来事だったし放っておくことにした。
「ちょっと、カイル。あなた、聞いています?」
ぼんやりとしている僕にイラついたのか、ロザリア王女は口を曲げて問いかけてくる。
「ええ。聞こえておりますし、先程の件も承知しておりますよ」
僕としては軽くあしらったつもりだったけれど、彼女は満足そうに微笑みうなずいてきた。
「ところで王女殿下。これから城下に入りますので、呼び名を決めましょうか。身分を偽っているのに、名前はそのままというわけにはいきませんから。まぁ、お名前からするとロザリーがわかりやすいでしょうね」
そう提案をすると、ロザリア王女はなぜか口元をゆがませて視線を落としていく。
もしや城下でも王女と呼べと言いだすのではないだろうな、と警戒していると、彼女は僕の予想とは違う返答をしてくる。
「ロザリーは……なんだか嫌」
「どうしてです?」
知り合いにそういう名前の人でもいたのだろうか、と首をかしげていると、ロザリア王女は口をとがらせ、不思議とほんのり頬を染めていく。
「今日は、そういう目的で来たわけじゃないから」
そういう目的って何なんだよ……
いくら考えてみてもロザリア王女の話していることの意味がさっぱりわからない。
「うーん。よくわかりませんが、それならロージィと呼ばせていただきます」
「そうして頂戴」
「ロージィ、あまり王女っぽいふるまいはお止めになってくださいね。あくまで下流貴族の娘の設定に徹してください」
一応一言念押ししておくと、ロザリア王女は不敵に笑いうなずく。
「言われなくてもわかっています」
「それなら、そろそろ行きましょうか」
まぁ、この方は賢いし、いらない心配だったのかもしれない。
そんなことを思いながら、王女様の前に立ち、右手を差し出す。
けれど、いつまでたっても僕の手に彼女の手が触れてくることはない。
家柄が良い者のエスコートしか受けるつもりはない、とでも言いたいのだろうか。
これだから女は嫌なんだ、と心の中で一人ごちて、ロザリア王女の顔に視線を送る。
すると、彼女は僕ではなく、町のほうを見つめていて、どこか不安げな顔をしていた。
華奢な手もよく見ると、わずかに震えている。
……なるほど。怖い、んだろうな。きっと。
さしずめ、『城中の者から嫌われて拒絶され、さらには城下の者にまで嫌われているんじゃないか』とか、そんなことを思っているのだろう。
ああ。まったく、世話の焼ける王女様だな。
少しばかり呆れて小さく息を吐くけれど、両口角が自然と上がっていくのが自分でも、わかる。
一歩前に出て、心ここにあらずといった様子のロザリア王女を見つめ、微かに震える右手をさらい、自分の左腕に添わせていった。
「では、行きましょう」
「ちょ、っと。いきなり何するのよ!」
「何ってエスコートですよ。どうして驚くんです? こういうのは慣れてらっしゃるでしょう?」
とぼけた僕に、ロザリア王女は声を荒げて怒り出す。
「それなら手を差しだされるのを待ちなさい! そんなの常識ですわよ!」
常識、ね。
まぁそんなのは知っているけれど、勇気が出なくて二の足を踏んでいる貴女を待っていたら、夕方までかかってしまいそうな気がするんだよね。
「すみません。僕がロザリア王女殿下をエスコート出来ると思ったら浮かれてしまって、つい」
その場しのぎで半分冗談を口にすると、ロザリア王女は不愉快そうに口の端をゆがめる。
そして、僕の言葉に照れてしまったのか、少しばかりほほを赤らめ、反論できないまま静かにうつむいてしまった。
いつもは気丈な彼女がふいに見せた、いじらしいその姿がなんだかとても可愛くて。
王女様を嫌う者たちに見せてやりたいと思う一方で、ずっと僕だけの秘密にしておきたいと、そう思ってしまうのが自分でも不思議だった。