城下の二人
城門を出たあと、後ろから見られているような気配とわずかな殺気を感じる。
ちらと視線を送ると、赤髪の侍女が木陰に隠れていくのが一瞬だけ見えた。
あの身のこなし、ただの侍女じゃない。
おそらくマリノさんと同じように、護衛件侍女といったところなのだろう。
隠せるはずの殺気を隠そうとしないということは、つまり『おかしなことをすればいつでも殺してやる』とでもメリダさんは言いたいのだろうか。
別に何もしないのに、と小さくため息を吐き出した。
「ロージィ」と声をかけ、頭一つぶん背の低いロザリア王女を見おろし、微笑みかける。
「せっかく城下に来たのですから、お店でも見に行きませんか」
「……欲しいものがあるのなら、こちらから出向かずとも城に呼べばいいのです」
むすっとした顔で王女様は返してきて、思わず苦笑いをしてしまう。
全く、どうしてこの方はこうも素直じゃないのかな。
未だに表情は硬いし、身体も少し震えている。
変に意地を張らず、行くのが怖いのなら怖いと言ってくれれば、まだ可愛げもあるんだけど。
「まぁ、そう言わずに。ほら見てください。あれ、綺麗ですよ」
店の奥に見える絹の羽織りを指差すと、王女様はふんと鼻で笑った。
「そんな質の悪い絹、買う価値ないわ」
さっそく王女らしさを丸出しにする彼女に、僕は頭を抱えるしかない。
それとほぼ同時に、奥にいた店の亭主が立ち上がり、真っ赤な顔をしてずいずいと僕らの前に詰め寄ってきた。
ああ、まずい。
こういう職人気質で仕事に誇りを持っている人は貴族うんぬん関係ないし、一度怒らせると引いてくれなかったりもするのだ。
特に最も一般市民に近い下流貴族が相手となると、我慢が効かないことも多いように思う。
最悪な相手にケンカを売った張本人である王女様は澄ました顔をしていて、僕からすれば本当に世間知らずとしか言いようがない。
「ウチの一級品を馬鹿にするなんて、下流貴族がお高く止まりやがって! それにおい、てめぇも妻のこと叱らねぇのかよ!」
ほら、始まっちゃったよ。
帽子を勢いよく地面に叩きつけたおじさんの髪は薄く、頭のてっぺんまで怒りで赤くなっている。
そんなおじさんに、ただひたすら誤魔化し笑いをすることしか出来ない。
失礼を謝ったら謝ったで、ロザリア王女がまた火に油を注いでいくだろうし……
どうしたものか、と考えていると、僕が何もしないのをいいことに、ロザリア王女は目を見開いて、驚きと怒りが混ざった顔をして声を荒らげていく。
「なっ、私が下流貴族で、この男の妻ですって!? どこをどう見たら……むぐぅ!」
「すいませんね。僕の妻はいいものを見ると、こうやって口が悪くなるんです。自分に言い聞かさないと買っちゃいそうになるから」
無礼だとは思いつつ、ロザリア王女の口を手で塞いで、店の亭主にへらっと微笑みかける。
このままじゃ、気の荒い王女様は店の亭主を侮辱罪で処罰するとか言い出しかねない。
「フン。なんだ、そういうことかよ。それならいいんだ」
僕の言葉に亭主は途端に笑顔になって、また店の方へと戻っていった。
僕はそのまま路地裏まで、王女様を無理やり誘導し、王女様も思ったより素直についてきてくれた。
ああ。これからきっと、説教タイムが始まるんだろう。
すぐに怒りが収まってくれるといいんだけど。
そう思いながら非礼を詫びると、ロザリア王女は顔を真っ赤に染め上げ、僕のことを睨みつけてきて、口を開いた。
「カイル! 先ほどのは、一体何なのです! 私がいつ貴・方・の・妻になりましたか!?」
王女様のお怒りの言葉に、あっけにとられて言葉を失ってしまう。
口を無理矢理塞いだこと、侮辱してきた男を放置したこと、性格を捏造したこと、そのどれを怒られるのかと思っていたのに、まさか開口一番でこれを言われるとは思ってもみなかったのだ。
「僕の、妻……ですか。別にいいじゃないですか。これは、おままごとみたいなものなんですから、なんだって」
予想外の行動ばかりのロザリア王女が面白すぎて、笑いそうになるのを必死にこらえる。
「よくありません! カイル、その顔……まさか笑ってないでしょうね」
「いえいえ。僕は元からこんな顔ですよ」
そう言ってはぐらかすけれど、王女様はしばらく面白くなさそうな顔をしていた。
――・――・――・――・――・――
それからも王女様は僕をずいぶんとハラハラさせてくれて、気が付いたらもう昼時を迎えていた。
「ロージィ、これ食べます?」
池の近くにあるベンチに二人で腰かけ、途中で買った甘いパンを半分に割って王女様へと差し出した。
「そんな平民が食べるようなパン、いりません」
「そうは言ってもさっきからお腹、ぐーぐー鳴ってますよ。試しに食べてみたらどうです? ほら、おいしいですよ」
お腹の音を指摘されたロザリア王女は顔を赤くし頬を膨らませて、不愉快そうに池を睨みつけていく。
「結構です!」
あーもう。どうしてこの人はこうも強情なのかな。
こうなったら奥の手だ、と青い空を見上げて、ロザリア王女にも聞こえるようにわざとらしく呟いた。
「ティア王妃殿下ならきっと、美味しいって言って食べてくださるのに」
相変わらずこの言葉の効果は絶大だ。
ロザリア王女は面白くなさそうに口をとがらせて、僕の差し出したパンを奪い取っていった。
「……さっきから、なんなの貴方! 食べるわよ、食べてあげればいいんでしょう!?」
パンを一口大にちぎって、口の中にそっと入れた途端、むすっとしていた彼女の顔がぱぁっと明るくなっていき、もう一度パンをちぎっていく。
「素朴な味で、なかなかおいしいでしょう?」
にこりと微笑んで問いかけると、王女様はまた表情を変え、ツンとした顔を見せてきた。
「まぁ、悪くはないわね」
その言葉に思わず噴き出しそうになってしまう。
嘘つけ。さっきあんなに目をキラキラさせてたくせに。
王女様に見つからないように、僕は上がってしまった両の口角と、緩んでしまったほほを必死に隠していったのだった。




