孤独に咲く薔薇
「私ね、ずっとティアのことが怖かったの」
しばしの沈黙のあと、微かに夕陽に照らされた王女様は、呟くように言った。
「え、どういうことです?」
信じがたい言葉に、思わず聞き返してしまう。
どう見ても、ティア王妃殿下のほうがよっぽど、ロザリア王女のことを恐れていたように見えたからだ。
そんな僕の疑問を察したのか、王女様は少しばかり苦笑いをして口を開いた。
「まだ私が子どもだった頃のことだけど、城内で臣下たちがこんな話をしていたのを聞いたわ。『どちらが女王になっても素晴らしい国になる』『ロゼッタも安泰ね』と」
「良いことではありませんか」
僕の言葉に、王女様は静かに首を横に振る。
「反対に第一王女の危機だと言う者もいたわ。そういう話が出ること自体、次期女王として失格だと」
思わず眉が寄ってしまい、不快感が隠せなくなる。
たとえ相手が次期女王とはいえ、幼い子どもにそんな極端で残酷なことを言うなんて、信じられないと思ったのだ。
「誰がそんなことを」
「……誰だったかしらね。でも、それは正しいと思った。女王は他を寄せ付けず、唯一無二でなければならないから。それから私は全て、ティアの上をいくことを自分に課したわ。知識、美貌、決断力、恋愛……とにかく全てをね」
王女様は寂しげな顔を浮かべ、朗読でもしているかのように淡々と昔語りを続けていく。
「それから私は、ティアが私を越えてしまわないように、あの子へ冷酷に当たるようになった。ティアは人当たりがいいし、いつも周りに人がいたけれど、私はそんなふうにはなれない。だから、第一王女というのが、たった一つ残った自分の存在意義だったし、それがなくなったら自分には何もなくなってしまうと、そう思っていたの」
存在意義。その言葉に、僕は静かにうなずいた。
それを失いたくないという王女様の気持ちは、何となくだがわかるような気がする。
僕だって、王国軍という場所にどれほど救われたか、言葉じゃとても言い表せられない。
王女様はうなずいた僕を見て、わずかにほっとしたような顔を見せてくる。
ひょっとしたら、王妃殿下いじめについて嫌悪の表情をされなかったことを、少しだけ安心したのかもしれない。
王女様は、視線を下に落としたまま昔語りを続けていく。
「ティアにひどくあたるのは、最初は辛かった。けれど、それも必要な痛みだと言われて、私はティアをいじめ続けた。次第に臣下たちは私の機嫌を伺うようになって。私は、それを次期女王として畏怖の念を抱かれているからだと安心し、それからずっと勘違いしていた」
「それで、さらにティア王妃殿下にひどくあたるようになった……そういうことですか?」
僕の問いかけに王女様は静かにうなずいた。
「ティアに恋をした男も奪ったわ。キスを許せば、満たされるかとも思ったけれど、感触が気持ち悪いと思っただけ。あの子の物を奪えば奪うほどに心の穴は広がって、深い闇に包まれていく気がしたけど、もういまさら止められなかった。……だから、ティアに婚約の話が来たときは正直ほっとしたわ。もうあの子と比べられないと思ったから」
そう言って王女様は、深く息を吐いて、きゅっと膝を抱えていき、言葉を続ける。
「だけど臣下たちは、私のことを恐れ続けて、私はさらに孤立した。だんだんと地位と責任の重さに耐えきれなくなって、次期女王の座から逃げたくなった。幼馴染のクライブならわかってくれるかと思ったけど、あの人はティアに心を奪われていたし、どうせ助けてくれるわけないって思ったら、辛くて悔しくて、またいつものように、ティアから奪い取ろうとしてしまったの。本当にバカよね」
隣で王女様は膝を抱え、小さく震えていた。
これまでその華奢な身体と、細い肩にどれだけの重圧を抱えてきたのだろう。
何度、その孤独と、女王という責任の重みに押し潰されそうになったことだろう。
彼女のことを何も知らないままに、表面の姿だけで嫌いだと思っていた過去の自分を恥じた。
「クライブはどうせ、私を王妃殺害事件の実行犯なのだと思ってるんだろうし、幼馴染という最後の味方を失った私は、どうにでもなれって思ってた。全てを諦めて、全てを終わらせようとしていた……」
王女様は、悪夢を見てしまった子どものように、抱えた膝に顔を埋めていき、その声も徐々に小さくなっていって。
慰めようと手を伸ばしかけたその時、王女様はすっと顔を上げ、これまでとはトーンが違う、わずかに明るさを含んだ声を発する。
「だけど」
「だけど、なんです?」
促すように僕が問いかけると、王女様はにこりと微笑む。
そして、強い意志のこもった瞳で、僕の顔をまっすぐに見つめてきた。
「貴方が『いつでも人は変われる』って言ってくれたから、私はそれに賭けたいって思った。自分を変えて、ロゼッタの国民のためにいい女王になりたいって、そう思ったの」




