立派な女王
「ねぇ、カイル。教えて頂戴。私はどうしたらいい。どうしたら立派な女王になれるの?」
王女様は真剣な瞳で見つめてくるけれど、僕は兵士で、王になるような地位の者じゃないし、どうすればいいかなんて答えは持っていない。
「そうですね……残念ながら、答えは僕にもわかりかねますが、お母様と同じような女傑になり、評価を得ようとすることを止めてはいかがですか?」
「どういうこと?」
僕の言いたいことがわからなかったようで、王女様は僕の隣で小鳥のように首をかしげてくる。
可愛らしい仕草に思わず微笑み、夕陽の差し込む小窓を見上げた。
「僕と同じ“大尉”の地位にあり、中隊を率いる者は、他に何人もいます」
「ええ、と……?」
「第一中隊を率いるのはフランツ氏。彼はバリバリの軍人です。甘えを許さず、血も涙もあったものじゃない。まさに鬼教官を地でいっています」
「ちょっと、ねぇ、カイル?」
唐突に、フランツ氏について語る僕を、王女様は不思議に思ったのだろう。
僕の名を呼ぶ声は少し不安げなものだった。
それでも王女様に構わず、話を続ける。
「第二中隊長はオリバーさん。彼は頭がよく、交渉事も得意ですし、穏やかな方です。ロゼッタのジェームズ中佐に雰囲気が似ていますね」
「ちょっと、どうしちゃったのよ」
僕がおかしくなってしまったとでも、思っているのだろうか。
王女様は、困ったような顔をして、顔をのぞきこんでくる。
「先代の第三中隊長は、とても勇猛な方でした。劣勢とあれば、自ら前線に飛び出て兵たちを鼓舞していた。僕も、そんな彼のことを尊敬していました。ですが……彼は先の戦の傷で命を落としました」
僕は先代の第三中隊長を思い、そっと目を閉じた。
「命を……それはお気の毒に……だけど、急にどうしたの? 貴方は一体、何の話をしているの」
王女様は、困惑の表情を浮かべながら首をかしげてくる。
不安げな彼女を落ち着かせようと、僕はにこりと微笑んだ。
「何の話って、僕の話、です。僕は新しい第三中隊長として迎え入れられました。ですが、未熟な僕は部下をどう率いて良いのかわからなかった。だから、僕は最初、フランツ氏の真似をしました。口調を変え、部下に厳しくあたってみたんです。けれど、部下の心はだんだんと離れていった」
あの日のことを思い出して、苦々しく笑う。
いま振り返ってみれば、自分でも柄にもないことをしてしまっていたと思う。
「フランツ氏のやり方は自分に向いていなかったので、次はオリバーさんの真似をしてみました」
「どうなったの?」
王女様は、次第に僕の話に興味が沸いてきたようで、身を乗り出して尋ねてくる。
「それはもう、大失敗でしたよ。若い僕を舐めて、兵士たちがだらけはじめました。ロザリア王女殿下にもその光景をお見せしたかったほどです」
苦笑いをすると、王女様はくすくすと可愛らしく笑う。
「なんだか、その姿が想像できる気がするわ。でも、どうやって持ち直したの?」
その言葉に僕は、王女様の澄んだ瞳をじっと見つめた。
「すっぱりと悩むのを止め、他人の目を気にするのも、誰かの真似をするのもやめました。僕は僕らしく、僕の思うようにやってみようと思ったんです」
「そ……れは、うまく、いったの?」
見つめられたことにまた照れてしまったのだろうか。
王女様は視線を横に泳がせながら、か細い声で尋ねてくる。
「さぁ、どうでしょう。でも、誰かの真似をして無理に背伸びをしていた頃よりは、いいと思いますよ」
「そう……」
伏し目がちな彼女は優しく、それでいて寂しげに笑う。
まぁきっと、どうすればよい女王になれるのか、僕の話を聞いたところで結局、つかめなかったのだろう。
国を崩しかねない最悪の女に思えていた第一女王のロザリア王女の根が、こんなにも真面目だったとは思いもしなかった。
隣でうつむき、思い詰めたような顔をしている王女様を見ながら、ふっと小さく息をはいて微笑みかける。
「長々と話しましたが、僕がお伝えしたかったのは『リーダーの形に正解はないのではないか』ということなんです。女王だって人間です。完璧である必要はありませんし、時には誰かに助けてもらうのも間違いじゃない。それに、結果や信頼なんてものは、いずれ後からついて来るものですから、気になさらない方がいいですよ」
彼女の『立派な女王になる』という思いは決して間違っていないのに、全てが空回りしている。
恐らくは、自分らしさを捨て、他人を貶めて、権力を見せつけ、簡単に評価を得ようとしているのが全ての原因なのだろう。
だが、それに気付けさえすれば、彼女はきっと、変われる。
ロゼッタはいまよりもさらに豊かで素晴らしい国になる。
僕はそう確信していた。
「正解は、ない……」
呟くように言う王女様に、うなずく。
「僕が思うに、女王であれ、兵士であれ、商人であれ、大切なことは、自分の胸に掲げた信念。そして、状況を見極めて判断する力だと思います」
「信念って……?」
「自分自身がどうありたいか、誰のために何をしたいか、どう生きていきたいか、ということです。ロザリア王女殿下も、人から望まれる姿に固執せず、まずはご自身の思いと向き合ってみてはいかがでしょうか?」
僕の言葉に、途端に王女様は目を見開いてぴくりと身体を震わせていく。
そして、すぐに柔らかく微笑んだ。
「カイル、ありがとう……なんだか目が覚めたような気分だわ。私は評価を気にし過ぎて自分を殺し、流れを見誤っていたのかもしれないわね」




