奇襲
「離れるなって、どういう――、ッ!」
ロザリア王女は、すぐに言葉を無くしていく。
筋骨隆々とした男がすさまじい殺気を放ちながら、木の陰から現れたのだ。
見覚えのないその男は浅黒い肌を持ち、身長も僕を楽に追い越すほど高く、顔もいかついし、見た目だけでいえばかなり強そうに見えた。
「カイル、町のほうへ逃げましょう」
僕の陰に隠れているロザリア王女の声は、ならずものを見た恐怖からか微かに震えている。
城内にいれば命の危険を感じることなんてそうそうないし、少しずつ近寄ってくるあの男が怖くて逃げたくなるのも仕方のないこと。
でも、ドレスをまとったその姿じゃ、逃げきれるわけがないでしょうに。
小さくため息をつき、剣を抜いてゆるく構える。
そして、こんなことを思った。
もう少し、僕のことを信じて、頼ってくれよ、と。
「いえ、複数ならともかく、相手は一人です。逃げるより倒した方がよほど早い。必ず守るので、貴女はここにいてください」
僕の言葉に男は、にたりと笑っていく。
「賢明な判断だ。だが、そんな細っこい身体で俺に勝てるとでも思っているのか?」
細っこいとか、こっちが気にしていることを言うなよ、と口元を歪める。
確かに筋肉量で勝負をしたら、僕は確実に負けるだろう。
だが、これからしようとしているのは仕合だ。
「僕は剣を頼りにこれまで生き抜いてきました。サウスの闇商人さんに負ける気は、これっぽっちもしませんよ」
気味悪く笑う男へ僕も微笑み返し、一歩ずつ歩みを進めていく。
すると、男は途端に表情を険しくさせた。
「どうして商人だと……!」
「さぁ? 適当に言ってみただけです。僕は商人さんに用事はないんですけど、貴方は僕に何か用あります?」
「用事なんざ、一つしかねェよ。さっさと死にやがれ!」
剣を振りかざして駆けてくる男に、これだから闇商人は嫌いなんだ、と小さく息を吐いた。
「これで終いだァッ!」
突っ立っている僕めがけて、男は勢いよく剣を振り下ろしてくる。
「カイルっ!」
ロザリア王女の叫ぶ声が聞こえ、僕は口角を上げて右足で強く地面を蹴った。
斬り潰そうとしてくる剣を避けて、くすりと笑う。
「あなたの狙いは、僕ですか。それとも……」
トンと、男の背中に自分の背中を合わせて尋ねる。
「クソッ」
後ろにいる僕を斬ろうとしたのか、男は振り向きざまに斬りかかってくる。
だが、僕が飛びのいたため、剣はヒュンと空だけを切った。
手ごたえのなさに、男は剣を構えたまま冷や汗を垂らし始める。
そんな動揺する彼を見て、柔らかく目を細めた。
「僕を斬るのは諦めて、少しお話ししませんか? 気になることがあるんです」
気になることとはもちろん、王女様とマバルの葉についてのことだ。
男を安心させるために、僕は構えた剣を右側へ下ろしていく。
「そうか、話をするのも悪くねェ。だが無理だ……。テメェはもう死ぬからよォ!」
男はにやりと不気味に笑い、剣を掲げて振り下ろしてくる。
「な、卑怯よ! カイル、危ないッ」
遠くからロザリア王女が怒る声が聞こえてきて、僕は「大丈夫ですよ」と呟き、笑った。
「貴方に僕は斬れません」
両手で剣の柄を握り、下から思いきり剣を振り上げていく。
耳をつんざくほどの金属音が、あたりに響き渡った。
少し離れた地面に、ざくりと音を立てて剣の切っ先が突き刺さる。
「ぐぅうぅ」
男はひざをついて、ぎりりと歯をくいしばり、僕を憎らしげに見上げてきた。
「……暇つぶしにもなりませんね。もっと強い人連れて来て下さいよ」
剣を鞘に戻して、息を吐く。
男は折れた自分の剣を茫然とした様子で見つめていた。
「俺の方が力があるはずなのに……!」
悔しげに柄を握り締めた男を見下ろして、ため息を一つこぼす。
「剣は力で振るうものではありません。手入れもせず、技も磨かず、力だけに頼るからこういうことになるんです。さっさと商いか剣か、どちらかに決めたほうがいいと思いますよ」
ねちっこく指摘をしていくと、男は羞恥と怒りでかぷるぷると震えだした。
顔を真っ赤に染め上げた男は、額に血管を浮かせて大声をあげていく。
「若造がほざきやがって――――ッ! これで死にやがれ」
男は胸元から、何かを取り出してくわえ、大きく息を吐きだした。
すると、それと同時に、けたたましい笛の音があたりに鳴り響いて……
「ああ。これは参ったな。ロザリア、逃げましょう」
僕は立ち尽くしていた王女様の元へ向かって手をとり、駆けだした。
「な、貴方、呼び捨てにしたわね!? それに、さっさとあの男を捕えなさい!」
そう言われても、ねぇ。
僕だってあの男を捕まえて、全てを白状させてやりたい。
だけど、あそこにとどまるのはハイリスク過ぎる。
「おそらく、すぐにあの男の仲間がやってきます。貴女を守りながら戦うのは難しいし、ロザリアに怪我をさせたくない」
「また、呼び捨て! 無礼にもほどがあります!!」
「ああそっか、すいません。偽名は確かローラ、あれ、違う? ロージィでしたっけ、うっかり間違えました。ロージィに戻します」
人通りの多いところへ出ようと、僕はロザリア王女の手をひきながら走り続ける。
不機嫌な王女様に返事を適当にしていると、彼女はまたプリプリと怒り出していった。
「貴方、本当に謝る気あるの、って痛ッ!」
痛いと言う言葉と共に王女様は突然、足を止めて左足をさすっていく。
「どうしました?」
「何でもありません。行きましょう」
いつものツンとした顔でまた駆けだそうとするけれど、その額にはじんわりと汗がにじんでいて、明らかに足の運びがおかしい。
「まったく、どうして貴女はそう強情なんですか……」
深くため息をついて王女様の真横へ位置どり、膝の裏あたりと肩のあたりに手をあてて、そのまま上へと持ち上げていく。
「ひゃッ、な、なにするのよ!」
至近距離で叱られるけれど、追いかけてくるであろうサウスの闇商人に見つかるよりはよっぽどいい。
「このまま城まで向かいます。暴れたり、無理なことしたら落ちますよ。首に手をまわして、はいそうです。それでそのままじっとしていてくださいね」
そう言って脅すと、ロザリア王女は途端に静かになって、僕につかまりながら小さく縮こまっていったのだった。




