到着
「レオン君の様子はどう?」
「一時休息をとっています。……大気圏突入後すぐに戦闘をしましたから」
シャーリーは少し悲しそうな顔をする。戦艦・グローリー号の艦橋から見える惑星にいる、幼馴染のことが心配なのだろう。
「そうね」
ヘレナは一言だけ、そう言った。すると、シャーリーは、思い出したように顔をハッとさせた。
「そういえば、ヘレナ大佐はユートピアに訪れたことがあるんですよね?」
「ええ。研究でね。」
「その時には何か発見できなかったんですか?」
「私が参加したのは調査の初動だけだったから、詳しくは知らないけど……その時は何も出なかったわ」
「そうなんですか……」
シャーリーは少し残念そうな顔をする。「ごめんさいね」とヘレナは言うと、艦橋のディスプレイに映っている一枚の写真をじっと見つめた。そこには、レオンが遭遇したあの生物が映し出されていた。
「バグ……ね」
「バグ、ですか?」
「シェイクスピアの『ヘンリー四世』で忌まわしきものという意味を持つ言葉よ。そのまま虫っていうのにも呼べるんだけどね」
「忌まわしき者、ですか……。あの生物は一体、何なんでしょうか……」
「罰、なのかもしれないわね」
「罰ですか? 一体、何の?」
シャーリーのその問いにヘレナは答えず、ただじっと、ディスプレイを見ているだけだった。
* * * * *
「さて、と」
休息を終えたレオンは、スイッチを操作してSoar Wingのエンジンをかける。ブオンという始動音がなるとSoar Wingはその体に光をともしていく。
(燃料は……まだ大丈夫だな。損傷箇所も特にない)
一通り確認すると、機体を加速させる。ぐんぐんと上がっていくスピードにともなって、レオンの体にGが加わっていく。それでも、レオンは顔色一つ変えずに、機体を離陸させた。
(基地は……こっちだな)
機首を基地の方に向け、飛んでいく。銀色に輝く機体は勢いよく、その場を後にした。
しばらく飛行していると、目的の建物が見えてきた。
「なんだよ……なんだよ、これは!!」
その建物は、基地の機能をもう果たせなくなっているほど崩壊していて、かろうじて形を保っている、そんな風に見受けられた。
「こちら、レオン。ユートピア基地を発見! 基地はすでに崩壊している!!」
『どういうこと!? レオン、詳細をお願い!!』
「詳細も何も、ぶっ壊れてるんだ! もう土煙も収まってる……。
こうなってから、かなりの時間が経っているかもしれない!!」
『つまり、救難信号発信時にはすでに破壊された後、ってこと?』
「その可能性が高いな! 一体、どこの誰が……」
『レオン君、危険を承知で着陸してもらえないかしら?』
「本気ですか!?」
『本気よ。まだ生存者がいた場合、私たちは救助に向かわなければならない義務があるわ』
「了解! 期待はしないでくださいよ!!」
『ええ。頑張ってね』
ヘレナはいつものおどけた調子で返答をする。レオンは内心、穏やかではなかったが、目の前の任務に集中しようと頭を切り替えた。
基地の姿がはっきりしてきたころ。
「どこに降りれば……」
そうしてあたりを見ましていると、羽音が聞こえてきた。
(この音は……!)
レオンは後ろを見る。恐る恐る、ゆっくりと。そして、目に映ったのは巨大なあの虫たちだった。
「……っ!!」
スピードをあげて、距離をとる。だが、虫はじわじわと距離を詰めてきた。
「交戦規定は攻撃されたとき、のみ……。銃を撃つわけにはいかない……」
焦る気持ちが、レオンの中に渦巻く。それでも、冷静に、様子をうかがった。
彼らはただ距離を詰めてくるだけで、攻撃しようとはしない。
(さっきのやつらは攻撃を仕掛けてきたのに、こいつらは仕掛けてこないのか……?)
未知の生物にはその行動原理もわかっていないものが多い。どうしてその場所に生息しているのか、どのようにして繁殖しているのか。未知の惑星にたどり着いた研究者たちが必死になって解明しようとしているが、それでもすぐに……というわけにはいかなかった。
(攻撃をしてこないのなら、こっちにとっては好都合だ)
その惑星にいた生物をペットにした、という記録があるくらいだ。おとなしい生物がいてもおかしくはない。
レオンの肩から力が抜ける。ふと、前を見ると、虫が鎌を今まさに振り下ろすところだった。
「……!!」
レオンは機首を地面に向ける。そのままスピードを最大限まで上げ、距離をとった。
レオンの頭上、コックピットの真上を鎌の先端が通り過ぎる。そして、そのまま離れると、虫たちに向き直った。
「くそっ!」
油断した、レオンの頭にその単語が浮かぶ。レオンは次の攻撃に備えて、虫たちの方へと向き直った。
(ん……?)
よく見ると、虫たちの目の色が違っている。攻撃をしてこなかった虫は黄色なのに対して、攻撃をしてきた虫は赤色だ。
「いとずけそぐかわさ!!」
黄色い目の虫が赤い目の虫に対して、なにかを叫んでいるように見える。
(会話……だと!?)
犬やサルなど泣き声などで意思疎通を図る動物は珍しいことではないが、レオンはそれよりも明らかに人とかけ離れた生物が対話していることに驚いていた。
その虫たちは何かを言い争っているようにも見えたが、それは黄色い目の虫が赤い目の虫に一方的に言っているように見える。その証拠に、赤い目の虫は先ほどから泣き声を1つも発さずレオンの方を見ていた。
そして、うんざりしたのか、赤い目の虫はレオンの方へと飛んできた。
「くそっ!」
スピードを上げて、基地の方へと飛ぶ。距離を離せばあきらめるだろう、レオンはそう考えていた。だが、そんな考えは甘かったと、すぐに思い知らされた。
「なにっ!?」
基地から出てくる多数の赤い目の虫。それは一匹二匹という次元ではなく、数十から数百はいるだろう。それほどの大群が、レオンの乗るSoar Wingに向かって飛来してようとしていた。
「絶体絶命か……!」
大気圏突入時に爆発する危険性を伴うミサイルはSoar Wingに搭載されておらず、バルカンも弾は無限ではない。明らかに不利な状況だった。
「くそっ!」
レオンはコックピットの窓をたたく。ごつんという鈍い音がするだけで、窓には傷一つはいらない。
(……切り抜けられるか?)
レオンは頭を切り替える。その眼は先ほどと違って、戦いを覚悟した眼だった。
「シャーリー!」
『どうしたの?』
「虫に囲まれた! 第1種危険生物交戦規定の適用を申請する!!」
『ちょっ! レオン、本気!?』
「本気も何も、戦わなきゃ死ぬのはこっちだ!!」
第1種危険生物交戦規定―――。それは未開拓惑星において、調査員及び軍関係者に生命の危険が及ぶ場合に適用される交戦規定だ。攻撃されてからでは命を守ることができない、そんな状況下のみで申請を行うことができ、オペレータ経由で上官に承認されれば攻撃されていなくても攻撃することができる。だが、この規定が承認された例は、1回しかない。それほどまでに厳しいものだった。
『レオン、申請したわ!』
「答えはっ!!」
『「承認」』
「了解! 第1種危険生物交戦規定に基づき、前方の昆虫群を敵と判断、交戦する!」
『宣言承諾、武装ロック解除……確認。バルカンしかないけど、推力や運動性能に関してはロックが解除されたわ』
「助かる!」
レオンはスイッチをいじり、ロックの解除を確かめる。
(これくらいあれば……!)
突破できる。レオンはそう確信していた。
「行くぞっ!」
その声にこたえるかのように、虫たちが一斉に飛来した。
「ギィィィギギギィッ!!」
赤い目をした虫が一斉に攻撃を仕掛けてくる。よく見るとほとんどの虫が赤い目をしていた。
「殺る気満々ってことかよ!!」
レオンはバルカンを放ちながら、正面突破を試みる。単機でできることなど限られていたが、基地にたどり着ければよしと考えていたレオンにとっては突破できる武装があれば十分だった。
振り下ろされた鎌を機体をひねって避ける、回転させて避ける、機首を下げて避ける。
弾薬のことなど考えずバルカンを放ちながら、レオンは確実に前へと進んでいく。その行動は虫たちの群れに小さな穴を作った。
(いまだっ!!)
レオンはスピードをフルスロットルにしてその穴に飛び込む。虫たちはレオンを見失い、混乱しているように見えた。
その間にレオンはユートピア基地へと降り立ち、格納庫のシャッターを突き破ると、Soar Wingを停止させた。
(ここなら武器もそろうだろう……)
格納庫のシャッターを破ったとはいえ、虫たちがレオンが乗るSWを破壊する知能を持っているようにも見えない。しばらくの間は隠しきれるだろう。
レオンは一息つくと、シャーリーに通信を入れた。
「こちらレオン、ユートピア基地に着陸した」
* * * * *
「了解。引き続き調査をお願い」
「どうしたの?」
「レオンがユートピア基地に到着しました」
「そう」
ヘレナはそっけない返事をする。そして少し考える仕草をすると、手をたたいた。
「少し休憩にしましょう」
「へっ?」
シャーリーの口から素っ頓狂な声がこぼれる。それぐらいヘレナが言ったことはおかしなことだった。
今は任務中。しかも、レオンは惑星ユートピアでいまもひとりで調査している。そのレオンを放って休憩にしようとは、誰が思いつくだろうか。全員が「えっ? 今ですか?」という顔をしているのに対して、ヘレナは当たり前のことかのような顔をしていた。
「シャーリーちゃんはここにいてもらうけど、あとのみんなは自動航行にすれば問題はないはずよ。レオン君がユートピア基地についたということは、これから忙しくなるから今のうちに休んでおかないと」
その説明に、乗組員の大半は「ああ、なるほど」という顔をする。自動航行の設定にすると、ヘレナは全員を連れて艦内食堂に向かっていった。
一人残されたシャーリーは、どこか違和感をぬぐえないでいた。
(どうして救難信号が出された基地についたら忙しくなるの? もうすでに”シャトルは射出された後”だっていうのに……)
それこそが、この任務の一番不思議なところだった。
ユートピア基地から救難信号が発信され、その後の記録ではシャトルが射出されたことになっているが、そのシャトルとも、基地とも連絡はとれていない。忽然と姿を消した人々の行方がまるでわかっていないのに、ヘレナはまるで”まだ基地に人がいる”かのように話すことにシャーリーは違和感を覚えていた。
(レオン……どうか、無事で……)
そう祈るシャーリー。その姿を陰から見つめる視線に気付かずに。




