4話 ゲームって実際凄い
トゥールル トゥルルル トゥールル トゥルルル トゥールールールールルッルー
皆さんこんにちは、転生業務日誌の時間でございます。
本日転生なさる方は、ご自宅で警備員をしていらっしゃる高山田正大氏(26)でございます。
「あれ、ここドコ? ログアウトした筈なのに……新しいイベントかなんかか?」
今日の転生マニュアルは『VRでネットゲームしていたら、異世界に飛ばされた』パターンですね。
近未来において開発されたVRを利用した自由度の高いMMORPGをしている最中に、何らかのトラブルに巻き込まれて、何故がゲームのキャラのステータスを引き継いだまま異世界に飛ばされるという物です。
これの最大の利点は、こちらでチートを用意する必要が無く、ゲームのキャラと同期させて送ればいいのでぶっちゃけ楽……いえいえ、問題は異世界に飛ばしても適応できるほどの方が見つかりにくいという点でしょうか。
「初めまして、私は貴方たちでいう所の以下略」
「以下略!?」
「という訳で貴方には異世界を救う為に、転生して欲しいのです」
「待った待った待った! 大分端折られたよな!? 説明がほぼ丸々端折られてるぞそれ!」
「騒がしいですねぇ。貴方にとっては初めてでも、こっちにしてみたら飽きるほど繰り返した内容なんですよ? 少しぐらい端折ってもいいじゃないですか」
「今アンタが言ったことの真逆の事を、アンタに返すよ!」
「かすでいなゃじいいもてっ折端いらぐし少」
「いや、そういう意味じゃねぇよ!?」
煩い方ですね……アレですかオーバーリアクションって奴ですか。
ああ言うのって、芸としてやるから面白いんであって、普段の会話でやられると只管ウザいんですよね。
「これってアレか? ネット小説で良くある異世界転生って奴?」
「流石、オタクは目敏いですね」
「一般教養だ」
嫌な一般ですね。
そんな事を覚えて教養になるんでしょうか?
「先輩は言っていた。どんな物にでも学ぶ物があり、大事なのは何から得たかではなく、それを見た本人が何を学び、何を得たかであると」
「ほう……その先輩は何を得たんですか?」
「……嫁は画面から出てきてくれないそうだ」
学んでないじゃないですか先輩、というか話が脇道に反れてますね。
ちゃんとお仕事しないと。
「話を戻しますが、貴方にはこれから異世界へ行って、世界を救って貰いたいのです」
「待て待て、俺は体力には自信があるが、戦いはからっきしだぞ?」
「大丈夫です。戦う力は既に貴方は持っています」
分かりやすいように転生先の星を空中に表示する。
彼も良く知るその星は……
「なるほど、New World Chronicleに似た世界か」
彼がここへ来る直前までプレイしていたネットゲームの設定に類似した世界。
これならば彼は十全に力を振るえる筈です。
「廃人と呼ばれているプレイヤーならば、簡単な依頼でしょう?」
「ふっ、確かにな」
得意げなドヤ顔がイラッとします。
自分では決めているつもりなんでしょうけど、ただの一般人がやった所で滑稽にしかなりませんね。
大事な事なので2回言います。得意げなドヤ顔がかなりイラッとします。
「勿論N.W.C.のプレイデータをそのまま反映しますので、所持アイテムや装備もそのまま引き継ぎます。」
すると、彼はゲーム時代のメニューが開くのを確認したのか、俯きながらニヤリと笑う。
「至れり尽くせりじゃないか」
「まあ、本来ならチート能力を与える所を、お手軽に済ませているのでこれくらいは簡単ですね」
何せ元の世界にある物を集めれば良いのだから、システム範囲内である。
ゲーム内で既にあるアイテムを複製するのと、0から作り出すのでは必要な知識も機材も圧倒的に違う。
「それで、世界を救うって何を倒せばいいんだ?」
何故か彼はそんな頓珍漢な質問をしてきた。
そういえば、説明していなかった。
「いいえ、別に何かを倒す必要はありません。貴方にやって頂きたい事はただ一つだけです」
「それは?」
「それは、料理狂である貴方にモンスターを調理して頂きたいんです」
「……なに?」
そう、彼はゲーム内において料理狂と呼ばれるほど、3度の飯より食べる事が好きなのです。
まず、もう二度と出て来ないであろうN.W.C.について説明を致しましょう。
彼の世界で10年前、当時はまだマイナーだったVRゲーム界に、後に世界的に大ヒットとなるゲームが発売されました。
それこそがN.W.C.であり、当時の人はゲームのあまりのリアルさに衝撃を受けたそうです。 まず道具の作成、普通のゲームならば必要なアイテムをメニュー画面から選択すれば完成というのが当たり前でした。
しかし、このゲームではそういう作り方も可能でありましたが、ランクの高い物を作ろうとするならばすべて手作業で作る必要がありました。
武器だろうが薬だろうが消費アイテムでも料理でも、それを製作するのに必要な職業レベルと素材が無ければ、ほぼ屑アイテムしか手に入らなかったのです。
また自由に街に自分の家を建てられたり、モンスターを捕まえてペットに出来たり、アイテムの種類も剣やポーションの他に、自動販売機やバイクを作り出した者も出てきました。
そんな自由度が高すぎるゲームは忽ち世界中でブームとなり、ファンタジーなんだか近代SFなんだか良く分からない風景が蔓延る様になりました。
そこで現れたのがマイスターと呼ばれる廃人プレイヤーです。
彼らは変態的な趣味性を発揮し、各分野において特化した高い技術を持ち、プレイヤーの間で伝説と謳われるようになったのです。
ちなみに、マイスターの9割が日本人なのは国民性なのでしょうか?
「そんな貴方に、この世界を救って頂きたいのです!」
「飯で世界を救えってか? ふざけてんなら俺は帰りたいんだが」
「大真面目です。貴方はこの世界の平均寿命が幾つだと思いますか? 平均で40歳ですよ。貴族になればさらに下回って平均が28歳まで下がります」
「何でそんな事に? やはりモンスターとか……」
「栄養失調ですよ! あの世界の基本的な食事ってなんだと思います? 硬い黒パンにクタクタになるまで煮込んだ野菜の塩スープだけですよ!? 貴族なんて野菜と魚は週に1回食べればいい方で、殆ど肉とお酒ばっかり! これでは栄養が偏って早死にするに決まってます!」
「ま、まぁまぁ落ち着け、他にはないのか? 流石に食事がそれだけってありえないだろ、遠征とかあるだろうから保存食とか。それに酒だってあるんだろ?」
「保存食は主に肉や魚の塩漬けですね。一応香辛料はありますが薬扱いで、料理にはまず使いません。お酒はアコルという植物の実が、潰して水に薄めるだけでそこそこ美味しいお酒になるんですよ」
「な、なるほど……」
「無駄に魔法が発達しているので発酵とかそういう考えがまずありません。ちなみに魔法薬は滅茶苦茶研究が進んでいます。何故その技術の一部でも食べ物に回さないんだと言いたくなるほど、食文化が蔑ろにされています」
「で、でもコックとか、料理人はいるんだろ?」
「いますよ? ただあの世界ではただの肉の焼き方のレシピ一つだけ1家族が食べて行ける。この意味がお分かりですか?」
「……ゴクリ」
こうなってしまったのもある意味仕方ないのである。
まずこの世界には人類の脅威となるモンスターがいる。
それがいつ何時襲って来るとも分からない為、食事は手軽に食べられて、体調を壊す訳にはいかないので、毒のありそうな野菜はよく煮込み、傷んだ物や傷み易い物は食べないという習慣が根付いた。
魔法文化が発展したのも良くなかった。
お陰で肉や野菜の生産量だけが上がり、特に手を加えなくても平民ですら野菜ならお腹一杯にだけは食えるのである。 加えて実に塩を蓄える植物が存在する為、塩も安価で手に入れられる。
しかも、レシピは口伝で息子か弟子に1人だけ教える事が多く、簡単に飯の種になる物を広めたがらなかった。 お陰で次世代に伝える前に、レシピの保持者が死んでしまうパターンも幾つかあった。
「そして一番の失敗は宗教ね」
「宗教?」
「その世界の宗教の教えの一つに『命を奪い、死体を扱う事は最も卑しい行いである』があるんです」
「あー、なるほど……って、それじゃあ軍人とかはどうなるんだ?」
「彼らは人々を脅威から守る仕事です。子供たちの間では人気の職業ですよ」
「……納得いかない」
「そういう物だと割り切ってください。兎に角その所為で調理を行うのは、ほぼ奴隷の仕事なんです。しかも奴隷になるのは大体が低級民なので料理の“り”の字も知らない訳で……」
「……信じられない世界観だな」
でも実はこれある意味でゲームに忠実なのである。
ゲームでも宿屋などで出てくる料理は、焼いた肉か野菜スープと黒パンオンリーだったので変な所で共通点が点在しているのである。
「分かった。そう言われたならやってやろう。俺も一度ドラゴンとか食ってみたかったし」
「はい、いますよドラゴン。向こうじゃモンスター食って流行ってないですけど」
何せモンスターには毒を持っている種類も多いので、態々そんな物を食べなくても、何故か居る牛や豚を食べればいいのである。
彼の了承も得られたので、私は転送の魔法陣を展開した。
彼は近所のコンビニにでも行くかのように軽く挨拶した後、異世界へと旅立った。
「それにしても、食べ物への執念って恐ろしいですね……」
私は彼のキャラクターのステータスを見て、呆れを通り越して敬意すら感じるのであった。
マサヒロ・タカヤマダ
Lv250(カンスト)
ジョブ:アサシン Lv99(カンスト)
サブジョブ:料理人 Lv99(カンスト)
スキル:『短刀術(極)』『状態異常攻撃(極)』『隠密(極)』『罠設置(極)』『解剖(極)』『調理(極)』etc.
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。