H-080 移民許可証と軍へ編入
クリスマスまであと1カ月ということで、俺達は大きなモミの木をスノーモービルで山小屋へと運んで来た。
根っこは必要ないらしいけど、大きな植木鉢に立たせるということで、バリーさん達が根元を十字型の木組みを取り付けている。
2段に組んで、植木鉢の中に砂を詰め込んだ土嚢で抑え込むらしい。最後は綺麗な小石を上の乗せれば出来上がりだと、笑みを浮かべながらテリーさん達と作業を進めていた。
「後は飾り付けってことかな? あの感じだと明日にはリビングで行えそうだね」
「去年も大きかったけど、今年も大きいな。天辺の星は、今年は誰が飾るんだい?」
「俺かテリーさんだろうな。さすがにサミーには頼まないと思うよ」
まあ、クリスチャンと言うわけでもないからね。
皆と一緒にケーキを食べて、ゲームをして1日過ごせれば十分に思える。
スノボーウエアを脱いで、リビングに向かうと七海さん達が小母さん達と一緒に、オーナメントの選定をしていた。
痛んだ物は使わないということだけど、それはそれで味わいがあると思うのは俺だけなんだろうな。
自分達で作ったコーヒーを焚火の傍で味わいながら一服していると、外からスノーモービルの音が近付いてきた。
スノーモービルはかつてバリーさん達が住んでいた小屋を駐車場代わりにしているのを知っている人物なんだろう。
そういえば2台用意してあるうちの1台が無かったな。レディさんが中隊本部に出掛けて帰ってきたに違いない。
案の定、レディさんがスキーウエアのジャンパーを片手に抱えてリビングに入ってきた。壁際に置いてあるベンチにジャンパーを置くと、焚火の傍にやって来た。
「サミー。嬉しい知らせだぞ。これがサミーでこっちがナナの書類だ。移民許可証とパスポートになる。その他にいくつかあるのだが、夕食後にそれは公開するつもりだ」
渡してくれた紙袋を開くと立派なファイルが2つとパスポートが入っていた。身分証明書と言うことになるんだろうな。中に何か挟んであるのに気が付いて、取り出してみると免許証じゃないか!
「事故は起こさないでくれよ。一応特殊車両まで乗れる代物だ。これはエディ、それにニックの分だ」
エディ達にも免許証を手渡しているけど、車以外特殊車両と言うのは何を指すのだろう?
「これって、親父が持ってたやつと同じじゃないか! エディ、戦車を運転できるぞ」
「少なくとも工事車両は全て動かせるってことだよな。ゾンビ騒ぎが終わったなら建設業を始められそうだ!」
エディの志望は陸軍じゃなかったのか?
だけど、良くも俺達にこんな免許証を交付してくれたものだと感心してしまう。発行元は……、国務省だと!!
「今までの働きを評価してくれたのだろう。資格があれば軍に入っても色々と優遇されるからな。だが最初から戦車は止めといた方が良いだろうな」
まぁ、それもそうだけどね。
とりあえずジープで十分だからなぁ。これはちょっとした余禄と言うことになるんだろう。
移民許可証についても発行元は国務省だ。パスポートに至っては現職大統領の直筆署名がなされていた。これを見せたら、どこでも優遇してくれるに違いない。
ん? なんだこの日付は?
「レディさん。この許可証の交付日なんですけど……」
「気付いたか? ゾンビ騒ぎの3か月前になっている。この騒ぎで帰化する者は大勢いるだろうが、それはこれから先の話だ。サミー達はこの騒ぎの前に正式にアメリカの国民であったということにしたいようだな」
どんな裏があるか考えてしまうけど、これで俺もアメリカ市民と言うことになったんだろうな。だけど生まれて育ったのは日本であることを忘れないでおこう。いずれ生まれるであろう子供達にも日本人の血が流れていることを誇りに思うような教育をしないといけないんだろうな……。
「サミーも俺達同様ってことだな。そうなると次は洗礼ってことになるのか?」
「その辺りが微妙なんだよなぁ。キリスト教は理解できなくはないけど1神教だろう? 世界にはたくさんの宗教があるんだ。どれが一番なんて考えるのはおかしいと思ってるんだよね」
「私達は子供時代からキリスト教に馴染んでいるからなぁ。他の神を否定するということは宗教戦争にも繋がりかねないし、アメリカは宗教の自由を保障している。サミーがキリスト教徒でなくとも何ら問題は無い。海兵隊の中にも仏教徒はいるし、イスラム教徒も存在しているぐらいだ」
「特に義務はないんですよね?」
「強いて言えば納税の義務ぐらいなものだ。だがサミーを始めとして、現在は収入が無いだろうから納税は憂慮するということになるだろう」
「働いて収入を得るというのが大人なんだろうと思っていたけど、確かに収入を得られるようなことはしてないからなぁ。そんな時代が早く訪れると良いと思うけど、税金は高いんだろうな」
「高額所得者程高くなるぞ。収入に応じて階段状に税額は決まっていたから、将来はそれを踏襲することになるだろう。だが、現状は皆で共同生活だ。そんなことは考えなくても良いだろう」
現状ではドルをどれだけ持っていても役立たないからね。
この騒ぎが終わったなら、改めて貨幣が作られるんじゃないかな。
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その夜。夕食後に男達がリビングに集まってきた。
今夜はテリーさんは蒸気機関の当番なんだけど、奥さん達が2時間ほど面倒を見てくれているらしい。
「サミー達から話は聞いたが、だいぶサミーを買っているようだな。そうなると、俺達を集めた理由は現隊への復帰と言うことになるのだろう?」
ウイル小父さんが俺達を立って見ているレディさんに確認している。
小さく頷いたところを見ると、その通りと言うことになるんだろう。
「グランドレイク、それにグランビーのゾンビ掃討に多大な貢献をしたことは確かだ。優秀な人材はいくらでもアメリカは必要だということになるのだろう。
2つ書類がある。1つは統合作戦本部からの指示書であり、もう1つは国防総省からだ。
先ずは国防総省からの指令を伝える。
ウイリアム・エドソン元海兵隊軍曹を海兵隊曹長に任じる。エンリケ・エモルド元陸軍軍曹を海兵隊1等軍曹に任じる。バリー・レブナント元巡査長を海兵隊2等軍曹に任じる……」
次々と海兵隊員が増えていく。
ベントンさん達陸軍機甲兵も海兵隊への転属と言うことになったけど、階級が上がったと喜んでいるようだ。
「ニック達だが、パット、クリスそれにナナは上等兵となる。任務はドローン操作と衛生兵と言うことになるだろうが、M4カービンを持つなら問題は無さそうだ。
エディとニックも上等兵となる。これからはM16にM203を装着した品を使う事になる。中隊本部から頂いてきたから装備1式と一緒に明日渡そう。
最後にサミーだが、伍長扱いとする。これは中隊本部や将来の大隊本部への出入りを想定しての措置だ。階級と実力に齟齬があるのは仕方あるまい。だがサミーの考えは上層部においても評価しているようの思われる」
「俺達の知恵袋だからなぁ。もっと上でも良かったろうに?」
「あまり上げるのも組織としては問題だろう。今後の作戦次第ではサミーを別の部隊に移すこともあり得るかもしれん。伍長ならそれほど目立たんだろう」
「そういう事か……。まだまだ仕込みが足りんからなぁ。格段の配慮に感謝する。そうなると、統合作戦本部からの直々の指令が気になるところだ」
ウイル小父さんの言葉に、レディさんがにやりと笑みを浮かべた。
「これが指示書だ。本部議長のサインは私も初めて見るものだし、国防長官、それに大統領のサインまであるのには、中隊長もその指示書を見てしばらくは口を閉ざすことができなかったからな。
内容は、デンバー国際飛行場をゾンビから奪還する事。その一言だ。期間も書かれていなければ支援部隊の名前さえ書かれていない。補足事項として、全ての軍はウイル殿に協力する事と書かれているぐらいだな」
指示書を取り出して。ウイル小父さんに渡すと、ライルお爺さんとバリーさん達が後ろから指示書を覗き込んでいる。
「これは家宝にしときたいな。将来かなりの値打ちになるんじゃないか?」
「ウイルだと直ぐに汚しそうじゃ。ワシがラミネート加工をしてやろう。確かに宝物じゃな」
「以上になるが、質問はあるだろうか? 場合によっては大隊本部に相談することになるだろうが?」
特に無いような気もするな。今までやって来たことが正式な指示となったような物だしね。
「階級章と制服、それに装備は次の輸送機が運んでくるはずだ。ウイル殿には中隊から1班を出すことになる。外にあるキャンピングトレーラーを2台供与して貰えないだろうか? 彼らの住居として使わせたい」
「それくらいなら構わんが、ロッキーの冬はかなりの寒さだぞ。薪ストーブが小屋にはあるが……」
「外部からの温水を循環する簡易ヒーターがあるんだ。車内では火は使えんが、それで何とかなるんじゃないか? 海兵隊なら雪の中で寝ることだってあるんだろう?」
雪中訓練もあるってことかな?
薪ストーブが小屋に会って、個別の簡易ヒーターがあるなら、寒さをだいぶ凌げるだろう。最悪は、このリビングで雑魚寝をすれば良い。
数日後に山小屋にやって来たのは、マリアンさん達と俺達を案内してくれた若い兵士だった。
2台に分かれて眠りについたみたいだけど、結構暖かいと言っていたんだよなぁ。
今まで暮らしていたハイスクールがかなり寒かったという事なのかな?
「食事は美味しいし、寝る場所はずっと広くなった感じね。来春までここにいたら太ってしまうんじゃないかしら?」
「ちゃんと訓練はして頂戴。エディ達だってあのトンネルで訓練してたでしょう」
「色々揃ってるのよねぇ。私達も試してみたけど……、サミーって本当に一般人なの? あんな腹筋のトレーニングなんて見たこと無いわ」
そんな話を焚火の反対側でしてるんだよなぁ。ニックはまだ寝ているし、エディは蒸気機関の部屋に行っている。
焚火にあたりながら、春の攻勢をどのように行うのかを考えていたら、レディさん達がやって来て反対側に腰を下ろしたんだけど……。
「逆さ吊りの状態でのトレーニングなんて聞いたことも無いわよ。サミーって自虐癖があるのかしら? それとも拷問に対する訓練とか?」
「ぎりぎりまで自分を追い込むことで、体力を上げるという事らしいわ。それに彼の足音を聞いたことが無いでしょう? 普段からそうなんだけど、彼は足を踵から下ろさずにつま先から下ろすの。それで足音が断たないみたいだから今度やってみたら?」
「それより、彼は寝ているの? さっきから全く動かないんだけど」
「この薪を後ろから投げつけて見たら、ちょっと面白いものが見られるわよ」
まったく、俺を玩具にしないでほしいものだ。
ずっと聞いてるんだけどね。直ぐに誰かが席を立ち気配が分かる。あれをやるってことだな?
何度かレディさんの不意打ちを防いだから、いつでもそれが出来ると思っているんだろうけど、案外レディさんの殺気は小さいんだよなぁ。自分でも気が付いたことを褒めたいぐらいだったからね。




