H-715 さて次は砲撃だ
キャビン後部の監視窓から外を見ると、かなり明るくなってきた。
時刻は6時を回ったところだ。一睡もできなかったけど、シグさん達は短い仮眠を取っている。『睡眠不足はお肌の大敵!』なんてCMがあったぐらいだからね。短い眠りでも取れる時にとって貰おう。
残っていたポットのコーヒーをカップに注いで、タバコに火を点けるとモニターに視線を向けた。
まだ戦っているからウイチタから誘導してきたゾンビはかなり善戦しているようだな。とはいえ昨夜とだいぶ状況が異なることは確かだ。
今は大きなゾンビの集団の中、丸い輪を作ってゾンビ同士が争っている。
7万体を誘導してきたんだが、映像からは推測すると2万体も残っていないように思えるんだよなぁ。
このまま推移したなら2時間程で狩り尽くされそうだ。
オクラホマ・シティのゾンビは 都合5つもの集団を投入した事になるんだが、1つの集団が3万体程度であるなら、15万体をウイチタ市のゾンビを倒すために投入した事になる。ランカスター式を使うならオクラホマ・シティの損害は1.5万体程度になるのだろうが、生憎と戦力の順次投入になってしまったからなぁ。少なくとも5万体を超える損害を出したに違いない。
35号線の路上は見るに堪えない状況だけど、2日も掛からずにゾンビがどこかに運んでしまうだろう。
倒されたゾンビはゾンビにとって食料源そのものだ。後片付けを俺達がしないで済むだけでもありがたい話ではあるんだが……。
「明るくなってくると、かなりな眺めだな……。もう直ぐ朝食なのだろうが、ずっと見ていたからなぁ。今朝はコーヒーだけにしよう」
「カロリーバーなら食べられるんじゃないですか? 確かに食欲はなくなりますよねぇ」
あちこちに手足や頭が転がっているからなぁ。道路は青黒く染まっているんだが、そもそもゾンビの体液はすくないんだよね。雨上がりのような光景を作るにはどれだけのゾンビが犠牲になったのかと考えてしまう。
「動かないゾンビを運んで行くよ。やはりどこかにコクーンがあるのかもね」
「オクラホマを開放するのはずっと後になりそうだ。今回はダラスを攻撃する俺達を後方から襲わない程度にゾンビを減らすのが目的だ」
「とは言っても、どれだけ減らせば危険がなくなるかは誰にも分からん。ある意味、マリアン殿の裁量次第という事だろう。だが推定数20万体を15万体程度には減らせたはずだ。そろそろマリアン殿が動くと思うのだが……」
俺達の位置は教えてあるから、案外攻撃寸前に連絡してくるかもしれないな。それともその前に俺達にも何らかかの指令を出すのだろうか。
「いずれにせよ、連絡は来るでしょう。その前に少しでも朝食を取って置かないと、後がきついですよ」
「そうだな。ジュリー、コーヒーを頼む。朝食はカロリーバーとドライフルーツで良いだろう。足りなければレーションのビスケットを摘まもう」
「お湯だけ沸かせば良いのね。直ぐに出来るよ!」
ジュリーさんが通信席を立って、大きなポットを電熱器に掛けている。フクスの乗員は運転席に2人、ドローン操縦者が2人と俺達3人の7人だ。コーヒーを纏めて作ると1.5ℓのお湯を作る御ことになるからなぁ。簡単に準備とはいかないんだよね。
「周囲のゾンビは静かなものだな」
「東の住宅地にはあまりゾンビがいないのかもしれませんね。動員が掛かるかと思っていたんですが、ゾンビが集結した場所は全て35号線の西側でした」
「市の中心部が西側ということもあるのだろう。となると、航空支援と砲撃は35号線の西が中心となりそうだな」
それならここには間違っても爆弾や砲弾は落ちてこないだろう。それだから攻撃開始時刻をまだ知らせて来ないのかもしれないな。
ジュリーさんが作ってくれたコーヒーを飲みながらカロリーバーを齧っていると、通信機の着信アラームが鳴った。
コーヒーを一口飲んだシグさんが直ぐにヘッドセットを使って交信を始めたけど、直前までカロリーバーを食べていたんだよね。上手くコーヒーで胃に流せたのかな?
「おはようございます……。そうですか! ……了解しました。その旨伝えますが、何かあれば直ぐに連絡して下さい。常に2人を待機させます。以上!」
ヘッドセットを使わずにスピーカーとマイクの方が良いかもしれないな。会話の内容が全く分からない。
ジュリーさんと顔を見合わせて首を捻っている俺達にシグさんが笑みを浮かべる。
良い知らせという事かな?
「デンバー空港からA―10が2機やってくるそうだ。焼夷弾12発による攻撃が行われる。その後は自走砲部隊による攻撃を行うとのことだから、我等にはじっくりと休んで欲しいと連絡があったそうだ。先行部隊の上空監視は引き続きレーヴァ達が行うそうだから、我等はゆっくりと睡眠が取れるぞ」
「それで2人を待機ということですか。それならシグさんとオルバンさんでローテーションを作ってください。昨夜は仮眠もそこそこでしたからね」
前の方にいる女性達の喜ぶ声が聞こえてくる。
キャンピングカーゴのベッドでゆっくりと寝て貰おう。俺はここにハンモックを吊れば良いだけだ。
シグさん達が作った当番表は、最初の当直が俺とジュリーさんだった。
3時間だと言ってジュリーさんが新たにコーヒーを作っているけど、俺は6時間なんだよね。これって男女均等法に抵触するように思えるんだけどなぁ。
「眠くなったら、車両の周りをまわって来れば目が覚めるよ。それに濃いコーヒーもあるからね」
気の毒そうな声で慰められたけど、濃いコーヒーは飲めないんだよね。それに目が冴え過ぎたなら眠れなくなってしまいそうだ。
お湯で割ったコーヒーを頂きながら、本隊のドローンが映し出す画像を眺めていると、突然ゾンビの集団に炎が広がった。
1度だけでなく、数回の炎が集団をしっかりと炎の中に捉え込んでいる。さらに市内にも炎がいくつも立ち上がっているようだ。A-10の攻撃はかなり正確だな。
「あれでも耐えるゾンビがいるのが驚くよねぇ」
「元々が人間用の爆弾だからだろうね。ゾンビを効果的に葬れる爆弾は無いみたいだ。それでもクラスター爆弾や焼夷弾は通常爆弾よりは効果があるよ」
比較的効果があると言っても、全滅させることが出来ないんだよなぁ。出来れば反復爆撃して欲しいところだけど、厳しい懐事情があるのを知っているからねぇ。
後はマリアンさんが何処までオクラホマ・シティを叩くのかだな。
次のダラス攻撃時には補給をすると言っていたが、搭載してきた砲弾を全て使い切るようなことはしないだろう。
とはいえ、7割近く消費することは間違いなさそうだ。残り3割をどの場所で使うか、今頃リッツさんが頭を痛めているに違いない。
自走砲による砲撃はオクラホマ・シティを東西に結ぶ道路を目安にして、少しずつ南に着弾位置を移動しているようだ。
ドローンの高度を上げて砲撃状況を確認しながら進めているようだけど、そんな道路が20通り以上もあるんだからなぁ。砲弾が足りなくなりそうな気がするんだよねぇ……。
「この240号線から南は攻撃しないと思うな。また釣り出すからね。北から順次砲撃をしながらゾンビを南に追いやろうとしているはずだ」
「それで、ローチが飛んでいるのね。小さなヘリだけど、ノイズマシンが運べるなら十分ね」
「OH-6はカイユースだとニックが教えてくれたけど?」
「正式名はそうなんでしょうけど、あの姿がねぇ……」
ローチとは、確かドジョウじゃなかったか? 開発名称が「LOH」だったからだろうけど、ちょっと可哀そうなネーミングに思えるんだよなぁ。ジュリーさんは可愛い名前だと言うんだよねぇ。俺の感性がおかしいのかな。
「今日1日でノイズマシンは設置出来るんじゃないかな。そうなると、次はジャックだよねぇ。まだ残っていると思うんだけど……」
ドキリとするような事を呟いているんだよなぁ。
直ぐに2号車に確認を取って貰ったら、レーヴァさん達の引いてきたキャンピングカーゴにも搭載しているとのことだ。次に利用できるジャックの数は7個と答えてくれたから、しっかりとメモに残しておこう。
「全部使うの? 2,3個残しておいた方が良さそうに思えるけど」
「東西の通りに4個並べて、35号線上に3個で行きます。次に釣り出す前にオクラホマに残存するゾンビの推定で何個か仕掛けるでしょうけど、それは本隊の方で行ってくれるでしょう」
ミニターを眺めながらジュリーさんと雑談していると、シグさんがキャビンに入ってきた。どうやらジュリーさんと交代のようだ。俺に片手を振ってジュリーさんが外に出て行ったけど、俺が横になれるのはまだまだ先だからなぁ。恨めし気に閉まるハッチを見てしまった。
「周辺状況に変化はありません。市の方はA-10による焼夷弾攻撃でかなり損害を与えてようです。現在は本隊の自走砲が攻撃を継続中です」
「作戦通りということだな。ほう! 既に明日の準備を始めているのか」
「ノイズマシンの設置は俺達では出来ませんからね。その辺りは上手くやってくれています。特にすることはありませんから、着弾状況を見守っています」
うんうんと頷いて、ポットからカップにコーヒーを注いでいる。
シグさんと交代したということは12時を過ぎているんだが、昼食を取らなくてもいい感じだな。朝からスプラッターな画像を見ていたから食欲もないしね。
シグさんがレーションを食べる姿を、チョコレートを齧りながら見ていよう。
「弾着の散布界がだいぶ広いようだ……。意図して広げているのだろうが、被害はあまり期待出来んな」
「ゾンビを南に追いやるための砲撃ですよ。たまに焼夷弾を混ぜてはいるようですけど、1区画ずつ徹底的に叩くような砲撃ではありません。その区画に生息するゾンビの2割を倒せたなら上出来ですよ」
とはいえ、結構砲撃を続けているんだよなぁ。
105mm榴弾砲の継続射撃能力は結構あるような話を聞いたことがあるけど、1時間も継続したなら砲身が過熱してしまうに違いない。
今の状況だと、1分間に1発も発射していない気がするな。砲身の過熱だけでなく、砲弾の消耗を考えているのかもしれない。
突然砲撃が止んだ。
陣地転換ということかな? それとも砲弾の補給辺りかも……。
「着弾状況の確認かな? ドローンが高度を落としてゆっくりと飛んでいるぞ」
「統率型も忙しそうですね。盛んに声を出しているんですが、これは集結を呼び掛ける声ではありません。状況を見る限り、移動を促しているように思えます」
「オクラホマは大きな町だ。自走砲の射程を考えると、市内に入り込むことになるんだが……」
さすがに深くは入り込まないだろうな。精々周辺の住宅地までだろう。ドローンで自走砲の車列周辺を常時監視しているなら、それほど危険はないだろう。こんな時にはパラディンのような戦車と榴弾砲が合体した車両が欲しくなる。あれなら装甲板に覆われた中で砲撃を行えるからなぁ。




