H-068 新鮮なゾンビを調べてみよう
ウイル小父さん達が帰ってきたのは、20時頃だった。
かなり速度を上げて帰ってきたに違いない。
心配していたゾンビの追跡は、デンバーの住宅街を過ぎたところで無くなったと話してくれた。
それを聞いて、ほっとした表情を浮かべていたのは中隊長のグラハムさん達だった。場合によっては、トンネル出口を封鎖するとのことでトロッコに資材を搭載していたからなぁ。
「詳しい話を聞きたいんだが?」
「一緒に山小屋に来てくれないか。映像のコピーも渡したい」
テリーさんとオリーさんが運転してきたピックアップトラックに分乗して駅を出発すると、後ろに中隊長達が乗るトラックが続く。
山小屋のリビングに入った中隊長達が真ん中で焚火が作られているのに驚いているんだけど、確かに驚くよなぁ。だけど日本にだって囲炉裏があるぐらいだから、案外世界を探せば家の真ん中で焚火を作る家があるんじゃないかな。
「面白い作りだな」
「冬は結構冷えるぞ。ストーブを今の内に用意しておくと良い。それと薪はたっぷりと集めることだ」
「すでに用意しておりますが、それほど寒くなると?」
「平均気温がマイナス10度だと思えば良い。冬季作戦用の衣類が必要だ。住民達にはスキーウエアを配っているぐらいだからな。さすがに中隊規模でスキーウエアを探すのは無理だろう」
俺達の衣類はエディによるとスノボー用の装備らしい。スキー用でもスノボー用でも暖かければ問題は無いんだけど、目立つんだよなぁ。
迷彩には程遠い感じだから、兵士に着せるのはちょっと考えてしまうけど、ゾンビ相手の戦闘ならそれでも良いのかもしれない。
焚火があるとやはり焚火を囲んでしまうのは人間の性と言うことなんだろう。
メイ小母さん達がワインのカップを配り終えたところで、ウイル小父さん達のデンバーでの様子がプロジェクターで写しだされる。
「線路を塞いでいたトラックは、道路の南北に爆弾を仕掛けたことでゾンビを一掃できた。その後で10台ほどの車を人力で移動し、トロッコを東に移動させたのだが……」
先ずは順調な出だしだったようだ。あの踏切が最初の課題だったからね。
映像が早送りで流される。
まだまだ住宅街が続いている。デンバーは大都会だけど住宅街は緑が溢れている感じだ。並木道もあるし、個人宅にも立派な立ち木があるから見通しが良くないんだよなぁ。それにしても平屋が多い。敷地が広いから2階建てにして屋内面積を広く作る必要が無いということなんだろう。
「ここだ! 長い直線だから、早くに気付くことができた」
画像が一時停止される。線路の先にいたのはゾンビの大集団だった。
「南北を繋ぐ121号の高架を通った次の踏切辺りになるのだろう。ゾンビの群れの奥に踏切の棒が見えたからな」
画像が再び動き出した。ゆっくりとトロッコが停まり、ウイル小父さん達がハンヴィーから前方を監視している様子が映し出される。
画像が10秒ほど続いた時に、急にゾンビに動きが出る。
一斉にゾンビがトロッコに向かって来たのだ。
走って来るわけではないが、いつもの動きよりも早く感じるな。
トロッコが後退を始めたからどんどんゾンビとの距離が開いていくのだが、最初の集団だけでなく左右からトロッコを囲もうかとしているようにゾンビの群れが現れてくる。
「まるで統率されているかのようだな?」
「そう思うか? 俺もそうだ。今までのゾンビの動きではないな。集団が大きくなるとあのような動きをするのかと思うと、大都市のゾンビ掃討は中隊程度では簡単に飲み込まれかねないぞ」
「グランドジャンクション攻略を来年に予定している。その為に線路沿いの町のゾンビを順次倒しつつあるのだが、場合によっては先ほどの状況がグランドジャンクションでも起こり得るということになりそうだ」
ゾンビの不思議がまた1つ増えた感じがする。
やはりゾンビとは何かを知らなければ、今後の対応で大きな間違いを起こしかねない気がしてくる。
「サミー、何か意見があるか? 今回は参加できなかったが雪が降る前にもう1度行ってみたい。その為には、あのゾンビを何とかしないといけないからな」
「少し考えないといけないでしょうね。でも群れを統率するのは人間だけとは言えないでしょう。それにゾンビを生物と言うのも考えてしまいます。そもそも死んだ体がなぜ動いて人を襲うのかさえ分からないんです」
「全くその通りだ。死んでしまえば動かない。だからこそ我等は戦で人を殺すのだからな。継戦能力の削減で戦が終わるのだ」
「ゾンビの体に何発銃弾を撃ちこんでも、向かって来る。唯一ゾンビを倒す方法が頭部の破壊だからなぁ。まったく嫌になる戦だよ」
「それもおかしなところではあるんですよね。頭部を損傷させると、ドロリとした粘液が出てきますけど、直ぐに浸み込んだりして消えてしまう。どう考えても元々の脳ではなさそうです。あれがゾンビの正体だとすれば、いったいあの粘液は何だろうと?」
生物学を学んでいるオリーさんがいることだし、グランドレイクの診療所で顕微鏡も手に入れた。
単体でうろついているゾンビを倒して、直ぐに頭の中から出てくる粘液上の物質を調べてみたいと説明を続ける。
「ゾンビをその場で調べるという事か。残った人達の中にも生物学の権威がいないとも限らないが、彼らのところに届くゾンビは倒してから大分時間の経過したものばかりだろう。先行部隊がクレムリングでゾンビを掃討中だ。彼らと一緒に行くなら、そのチャンスがあるだろう」
「なら、俺達3人にオリーさんの4人で同行したいと思います。いつ出掛けるんでしょう?」
「毎日出掛けているぞ。あの機関車を使ってな。出発は8時丁度だ。明日、出掛けられるか?」
エディ達と顔を見合わせると、笑みを浮かべて頷いてくれた。
同行できるということだな。オリーさんは……、「OK」サインをだしている。
「それでは明日の朝に向かいます。指揮官は?」
「ジョナ少尉のところのオリバン軍曹だ。レディ、引率は頼んだぞ」
「了解です。新たな情報が得られれば良いのですが」
「なにも得られなかった、という情報も貴重だ。それ以上の事はここでは出来んからな。それではよろしく頼む」
レディさんが席を立ってウイルさんに見事な敬礼をすると、ウイル小父さんもその場で答礼を返した。ニックが画像のコピーを同行してきたマケインさんに手渡しているから、今回のデンバー行きの結果は供用できたという事かな。
「さてサミー達の方だが、倒した直ぐ後のゾンビの観察は危険に思えるんだが?」
「頭部を銃撃すれば、今までは二度と動きませんでしたよ。周囲のゾンビには十分気を付けるつもりです」
「ゾンビは群れるからのう。上手く単体で動いているゾンビを見付ければ良いんじゃが」
「数体なら、その場で倒せるだろう。その場で我等が周囲を見張り、短時間に調査を終えるなら問題はあるまい。危険だと私が判断したなら直ぐに撤退すれば大事にはならんだろうし、その場にゾンビを留める為に目覚まし時計を用意して置く」
それなら問題は無さそうだ。
ウイル小父さんが苦笑いを浮かべてニックの肩を叩いている。「頑張れよ!」と言うことなんだろうな。
3人でシャワーを浴びに出掛ける。
さっぱりしたところで部屋に戻り、シェラカップにワインを注いでカップを掲げる。とりあえず一口飲んだところで、明日の準備を整えよう。
「積極的に狩るわけではないからなぁ。拳銃と久しぶりにホッケースティックを使うか」
「それで良いんじゃないかな。俺はスコップの柄を持っていくよ。ライルお爺さんがL字型のフックを付けたスティックを作ってくれたから、それで足をひっ掛ければ転倒させられると思うんだ」
「転倒したら手足をスティックで叩き折れば少しは安心できそうだ」
「最後は俺が胴体を踏んで、頭をL字フックで押さえれば無効化できるはずだ。オリーさんの準備が出来たところで、エディ、上手く頭を叩き割ってくれ」
了解だという意思を込めて大きくエディが頷いてくれた。
ニックは何も言わないけど、その間の周囲の監視を引き受けてくれるに違いない。
言葉に出さずとも、俺達なら自分の役割を分かり合えるからな。
「さすがにGジャンでは寒いよなぁ。サミーはバックスキンを着ていくんだろう? 俺達も革ジャンってことでいいな?」
「ああ、靴もバスケ用ではなくブーツで良いんじゃないか。もっとも裏地は皮ではなくビブラムソールだ。滑ることはないぞ」
あれね。変わったブーツだと思ってたんだよなぁ。靴底が登山靴みたいな形だったからなぁ。だけどあれなら長靴感覚で履けるし、結構足にフィットするんだよなぁ。
「サミーも拳銃を使うんだろうけど、パイソンはダメだぞ」
「それぐらい分かってるさ。ワルサーを使うよ。でもゾンビが少ないなら、スコップの柄の方が確実だ」
「全く、変な特技ばかり持ってるからなぁ。頼りにしてるよ。それでその外には……」
エディが次々と必要な装備品を口にすると、ニックがナップザックからそれを取り出して俺達が座る床に並べていく。
食料は非常食を1食分。ポンチョは雨具代わりだな。予備の銃弾は手元に3マガジン、予備が2マガジンと言うことだけど、俺の場合はマガジン内の銃弾数が少ないからなぁ。それに予備のマガジンが3つだけだから、9mmパラベラム弾の24発入りの小箱を2つ持っていくことにした。
「水筒も必要だな。小さい物で十分だ。大きい水筒はナップザックで良いだろう。『なるべく身軽に』を基本で行こう。それにキャリングバッグを1つ用意するんだから」
あのバッグね。ずいぶんと色々入れてあるからね。あれがあれば3日は籠城できるんじゃないかな。
用意ができたところで、明日着ていく衣服の上にカウボーイハットとサングラス、それに皮手袋を乗せておく。
「何か分かるかな?」
「父さんも言ってたろう。何もわからないというのも重要なことだってね。こんな事を誰もしてないんだから、案外重大な発見があるかもしれないよ」
ニックの言葉に、俺達の笑みが零れる。
名前が大きく知られるかもしれないな。それは将来にとって悪いことにはならないはずだ。
残ったワインを飲みほしたところで、ベッドに潜り込んだ。
気分は高揚してるんだろうけど、ワインのアルコールが結構効いている。
目を閉じると、直ぐに意識が遠のいていくのが分かる……。




