H-100 群れを率いる前に統率型ゾンビを倒す手段
デンバーから帰還した翌日の13時、中隊長が曹長の運転するピックアップトラックで山小屋を訪れた。
主だった連中が焚火の周りに座り、白板を背にゾンビの群れとの遭遇とその対応についてウイル小父さんが説明する。
「……と言うことで、本部の作ってくれた装置が役立つことが実証された。これで津波のように群れを成して俺達を襲って来るゾンビを、ただ集団を作るだけのゾンビにすることができる。使ったエアバースト弾は3連射が3回、これで統率型ゾンビを2体倒すことが出来た」
「素晴らしい! 実は私達も試してみたんだが……、どのように使って良いのか分からん始末だ。確かにゾンビの群れに装置を向けるとヘッドディスプレイに濃い赤が表示されるのだが、数十体も集まると皆同じような表示に見えてしまうらしい」
「我等にそれが可能だったのは、昨夜報告した通り、サミーがいてくれたことが原因だろう。サミー、次は通常ゾンビと統率型ゾンビをどうやって区別したのかを説明して欲しい」
レディさんの指示を受けて席を立つと、プロジェクターに俺が使った2つの装置から取り外したメモリーを差し込む。
「ある意味、興味もありましたから通常型のゾンビの声を最初に聞きました。これはレディさんからも報告があったと思いますが、俺の良く知るコオロギの鳴き声にかなり似ています。ですがウイル小父さん達の耳では単なるノイズにしか聞こえないという事でしたから、ちょっと不思議な思いがあったことも確かです。
通常型がコオロギなら統率型は違った虫の鳴き声をしているのかもしれないという疑問がわきました。
これはゾンビが群れを成した場合でしか確かめられなかったので、今回ようやくその疑問が解けたということになります。
統率型は鈴虫と言う虫の鳴き声によく似ていました。
ちょっと聞き比べてみましょう。先ずは通常ゾンビの出す音です……。次は統率型が混じったゾンビの群れの音になります……」
「私には違いが分からんのだが? 最後の音の中に本当に統率型の声が混じっているというのか?」
「混じってます。これを聞き分けることが出来たので、音を見る装置の共振周波数と帯域フィルタを設定することが出来ました。設定後にゾンビの群れを見た画像がこれになります。
左手に赤が集約されてますね。そこに統率型ゾンビがいることになります。たまたま装置を付けたまま後ろを振り返ろうと頭を回転させて時に、別の群れにもう1体統率型がいることが分かりました。
位置が分かれば後は撃つだけです。エンリケさんにヘルメットをかぶって貰いエアバースト弾を放つことで、統率型ゾンビを倒すことが出来ました。倒した後のゾンビの群れはこのように群れから少しずつ小さな集団に分かれ始めています。残ったエアバースト弾とグレネード弾で、の狐狸のゾンビがバラバラになる前に可能な限り倒していきました」
中隊長達がジッと俺に視線を向けているんだよなぁ。
推測通りに上手く行ったんだから、問題ないと思うんだけど……。
「そうなると、我等が持っている音を見ることが出来る装置の設定を変えれば、同じことが出来るということになる」
中隊長の呟きに、小さく頷いた。
「レディ、報告書をまとめてくれ。これはサンフランシスコだけでなく統合作戦本部にも知らせるべきことだ」
「すでに書き始めております。明日にはお渡しできるかと……。その報告書ですが、これからサミーが説明する装置の概要と製作依頼を添付してもよろしいでしょうか?」
「まだ何かあると?」
「現状で可能なのは群れを作ったゾンビの中から統率型ゾンビを見付けることが出来るだけになります。サミーは、それをさらに発展させて空中から統率型ゾンビを見付けて爆殺することを考えているようです。可能であればゾンビが群れを作る前に統率型ゾンビを倒すことが可能になるでしょう。もう1つは、先程のノイズ強弱を常に聞き取ることで、近くにゾンビがいるかどうかを知ることが出来ます。
現在再作された2つの装置の簡易版ともいえるものですから、コストそれに製作に要する時間を短く出来ますし、建物の内部調査の危険性を減らすことも可能かと」
中隊長と曹長がウイル小父さんに視線を向ける。
「生憎と、サミーは俺の部下になる。中隊本部詰めはまだ早いだろう」
「そこまでアイデアを出せるなら、本部が欲しがりそうだが?」
「統合作戦本部の指示が有効な内は、俺達と一緒だ。上は欲しがるだろうがなぁ」
再び俺に注目が集まったところで、昨夜説明したドローンによる捜索と迫撃砲弾による爆殺の説明を繰り返した。
「それにしても、あの雑音の中に別の音があるなんて全く分からんぞ」
「それが分かるのが日本人らしい。もう一人の元日本人のナナも聞き分けられるそうだ。まったくその能力に驚かされるよ」
「だが、私達にはありがたい存在だ。あの群れの映像を始めてみた時には、多大な犠牲者を覚悟しなければならなかったが、その群れを作る前に対処できる方法まで考え付くのだからなぁ。レディ、上手く纏めて欲しい。実証試験をする際には私の部隊からも何人か参加させて欲しい」
「了解しました。実証試験は夏になってしまいそうですね。簡単と言ってもそれなりの電子回路を組み立てる必要がありますから」
それまでは今の状態で対応するということになるんだろう。
とはいえ、統率型ゾンビの対策が出来た事も確かだ。脅威度はかなり下がったに違いない。
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数日後に、オリーさんからメールが届いた。
季節の挨拶の後に、レディさんの報告書を研究所の人達が回し読みしたらしい。
『2種類の虫の鳴き声がこの中にあると分かるのは日本人ぐらいだろうと、長老が言ってたわよ。極少数の種族がそれを判断できるんですって。
サミーがその場にいたことを神に感謝していたほどだから、皆が驚いていたわ。
群れを作り前にゾンビを見付ける手立てにも、皆が感心してたわ。出来れば呼び寄せて欲しいと上部に直訴したらしいけど、結果はどうなるのかしら。
でも、私はサミーにそこにいて欲しいわ。そこで分かることを色々と教えてくれるとこっちも助かるの。
それにこの頃は動くのも大変になっているから、助手が欲しいと要求してるんだけど中々やってこないのよねぇ。やはり人口が極端に減ったからなんでしょうけど、ジュニアスクールの生徒ぐらいは何とかしてほしいところなんだけど……』
最後が愚痴になってるなぁ。
それほど忙しいということなんだろう。でも助手がジュニアスクールは無いんじゃないか? 最低でもハイスクールの生徒から選んだ方が良いと思うんだけどなぁ。
火のついていない薪ストーブ傍にあるベンチでオリーさんのメールをプリントアウトして読んでいると、七海さん達がやって来た。
コーヒーカップを渡してくれたから、代わりにオリーさんのメールを渡してあげる。
「……そんなに忙しいの! でもジュニアスクールは無いわよねぇ」
笑うポイントは同じ見たいだ。感性はそれほど違わないということだな。
「これだと、研究所にヘッドハンティングされかねないわよ」
「すでに、研究員になってるよ。今さらだよね」
「オリーさん、忙しそうですね。体を壊さなければ良いんですが」
確かに心配だよなぁ。研究者は興味が沸くと、それに一直線らしいからね。ある意味趣味と実益のベクトルが合致したようなものだろうから、逸れこそ寝食を忘れて……なんてことになりかねない。
その辺りをきちんと関してくれるような人物がいれば良いのだろうけどなぁ。そんな人材は少ないのかもしれないな。
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2日間の休養を取ったところで、再びデンバーへとトロッコを進める。
前回遭遇した群れに大量のエアバースト弾とグレネード弾を放ったから、線路上のゾンビの撤去だけで午後になってしまった。
さすがに先に向かうのはウイル小父さんも躊躇うところがあったのだろう。
線路際の住宅をさらに焼いたところで引き返したからね。
2日後にデンバーに向かい、前回ゾンビの掃除をした地点より更に東に進む。
カー・ストリートとの踏切に差し掛かった時だった。
踏切の直ぐ傍にガソリンスタンドがある。道の反対側はコンビニだ。これは帰りに寄るべきだろうな。上手く行けば燃料調達とタバコが手に入りそうだ。
そのまま東に進み、国道121号線の高架橋でトロッコを止める。ここなら線路の前と後ろを監視するだけで済みそうだ。
監視用ドローンとランタンを吊り下げたドローンが飛んでいく。
東に飛ぶのではなく、西に向かっているんだよなぁ。
ウイル小父さんに寄れば、ガソリンスタンドから数百mほど離れた場所にゾンビをおびき寄せる為らしい。
4つのランタンを下ろしたところでバッテリーの交換を行い、今度はジャックを吊り下げて東へと向かって行った。
俺達は待機と監視だけだからなぁ。線路を降りて高架橋の上から国道を眺めながらタバコを楽しむことにした。
「やはりかなりの車が乗り捨てられてるなあ。ガソリンもたっぷりあるんじゃないか?」
「だけど、ゾンビの数もかなりだよ。どこかに誘き寄せたならガソリンの調達が出来そうなんだけどなぁ」
車がガソリンタンクに見えるようになってしまってはねぇ……。
エディ達の会話を聞きながら、ゾンビの動きに変化がないか注意して見ることにした。
「コーヒーが出来たぞ!」
レディさんの大声に、近くのゾンビが上を見上げているけど、線路に上がる方法が無いから、その場でうろうろするだけだ。
確かに、陸橋の上はかなり安心できるな。
コーヒーカップを受け取っていると、ウイル小父さんがここで2時間ほど休むと宣言してくれた。
ほとんど午前中じゃないか? 少し早めの昼食も取れそうだ。
「午後には、途中にあったガソリンスタンドに寄ってみよう。予備に用意したジェリ缶の中身をハンヴィーに入れれば2缶は調達できるだろうし、スタンドならいくつか容器もあるに違いない」
「地下タンクに残っているようなら、次はドラム缶を積んでこよう。燃料はいくらあっても困ることは無いぞ」
ウイル小父さんとバリーさんがコーヒーカップを片手に話しているんだけど、アメリカには『取らぬ狸の皮算用』という言葉は無いのだろうか?
先ずは確認が先だと思うんだけどなぁ。俺達もコンビニを前に、ちょっとそわそわした気分だから案外同類なのかもしれないな。