VS.フェンリル<ラグナロク③>
グングニルを拾い上げたヴァルキリー様は、その柄を持ち直し槍投げの姿勢に入る。
鋼の鎧を身に纏う、美しくも勇ましいその姿はまさしく「戦いの女神」だ。その凛々しさに見とれていれば、「ヒルダ!」と私を急かすような声と共に体を突き飛ばされる。はっと我に返ればフェンリルは最後の悪あがきと言わんばかりに唸り声を上げ、ジタバタとその巨大な体を動かしていた。それによりフェンリルを縛り付けるロープが少しずつ千切れていき、引っ張っていた勇者たちはそのまま前に後ろにと倒れていく。
「っテメーら、ビビんじゃねぇ! ドワーフさんが作っておいた武器はまだある! 最終兵器を吐いた魔王は弱ってるはずだ! 一気にけりをつけんぞ!」
相変わらずフリガナの多い堕流救世主の頭のセリフ。しかし、それなりの修羅場を経験してきたらしい彼の言葉は皆を奮い立たせるに十分だったようだ。縦巻きロールを靡かせる令嬢に、パンツを履きなおす変態。元・殺し屋の兵隊さんはヘルメットを被り直し、なんとか自分のロープは引っ張ったままのドワーフさんが「そーじゃ! そーじゃ!」と言いながらまるで手品のようにどこからかぽんぽんとロープを取り出しそれを他の勇者に向かって投げ渡す。
「人生七転び八起き! 雨だれ石を穿つ! イージーカム、イージーゴーであきらめたらそこで試合終了じゃ! みっともなくても、神々に笑われようと気にしない! ヴァルキリーに召喚されたワシらは、とにかくこの世界を救う『勇者』の資格がある! その権利と義務を、投げ捨ててはいかん!!!」
いや、ドワーフさんはどちらかというと「召喚」ではなく「招待」されていたような……そんな細かいツッコミを飲み込んでいると、私をフェンリルから引き離してくれたらしいいカミラの声が耳に響いてくる。
「ヒルダ! なんでここにヴァルキリー様がいるかわかんないけど、私たちもヴァルキリー様と一緒に一気に畳みかけるわよ」
「ヴァルキリー様と一緒に……?」
そう! と力強く答えたカミラの目が光る。
その姿はいつもの、「私は日が落ちてからじゃないと力が出せない」と言って泣いていた弱虫な吸血鬼ではない。人間離れした美貌と力はそのままに、だけど私たちと共に懸命にフェンリルへと立ち向かうカミラは、間違いなくこの世界を救う勇者。そして――私とヴァルキリー様を助けようとしてくれる、かけがえのない大事な仲間のものだった。
「ヴァルキリー様があの槍を投げつけるのと一緒に、ヒルダもドワーフ槍をぶっ刺すのよ! 反撃の隙を与えたらコイツは絶対に倒せない! だから、2人で同時にとどめをさして!」
その時間は私たちが稼ぐ。
言い終えるが早いかカミラは猫のように爪を立てると、フェンリルに向かって飛び掛かる。なんだかんだカミラは吸血鬼だ、その身体能力はおそらく今ここにいる勇者たちの中でもトップクラス。それでも身一つで向かっていった後ろ姿を見れば、頼もしさと共に「私も戦わねば」という気持ちが湧き上がってくる。
たくさんのロープに縛られてなお暴れているフェンリルの咆哮は、大地を揺らし空気を震えさせていた。だけど――それでも、この世界を救うために召喚された勇者たちはみんな、必死に戦っている。汗を垂らし、涙目になり、なりふり構わず抗うその姿は泥臭くて――だけど、世界中のどんな勇者よりもカッコいい気がした。
「ヒルダ」
名前を呼ばれ、振り向けばドワーフ槍を構えたヴァルキリー様と目が合う。
聞きたいことは山ほどある、今だって本当は色々なことを話したい。だけど、その真剣な目を見ればもう私たちに言葉はいらなかった。
ヴァルキリー様が一度、後ずさるような動きをする。それと同時に私も自身のドワーフ槍を構えなおした。
ドワーフさんが「最高の匠」を自称するのも納得だ。さっきフェンリルの首元に突き刺したばかりだというのに、その先端には傷一つついていない。その力強さが私を奮い立たせ――同時に、「これで最後だ」と身を引き締める。
私とヴァルキリー様は呼吸を合わせる。合図なんて必要なかった。ヴァルキリー様がグングニルを投げつけると同時に、私はドワーフ槍を握りしめながら全力でフェンリルの方へと突っ込む。ぐさり、と嫌な感触がして――一瞬、世界から音が消えたような気がした。




